(公財)経団連国際教育交流財団日本人大学院生奨学生留学報告

私のパリ留学体験記

見瀬 悠 (みせ はるか)
2012年度奨学生
東京大学大学院からパリ第12大学に留学

私は2012年9月からの二年間、フランスのパリ第12大学の修士第二課程に留学した。研究テーマは18世紀フランス王国における外国人の受入れである。当時外国人はフランスで相続権を持たず、フランス生まれの相続人なくして死亡すると財産を国家に没収されるという法律があった。私の研究は、この法律の適用の実態を分析することで外国人の受入れを法社会史的観点から解明するものである。国境を越えた移動と交流が盛んな現代の国際社会で外国人をどのように扱うのかは重要な問題であり、私の研究は今日の移民問題に一つの視野を提供できると考えている。

この研究を進めるうえで、今回の留学は決定的に大きな転機となった。これまでの二年間に私は二つの幸運な出会いに恵まれた。一つは歴史学において本質的に重要な「史料」との出会いである。私の研究の主な史料は上述の法律が適用される際に作成される調書なのだが、実は留学して初めてこの史料の存在を知った。パリだけでなくルアンやボルドー、ナント、アミアン、ディジョンといった主要な地方都市の文書館を訪れてこの史料を探し回ったことで、従来の研究でほとんど扱われていなかった外国人の財産没収の実態を解明する糸口とその研究の将来性を見出すことができた。留学をせずに日本から短期滞在で来ていたとしたら、このような経験はできなかっただろう。18世紀の手稿文書を読むのは容易ではなかったが、フランス語作文に苦労しながら懸命に書いた修士論文は丁寧な分析が評価され高い評価を得ることができた。

私は指導教官との出会いにも恵まれた。先生は近世外国人史研究の専門家で、史料の保存状況や法制史史料の読解に精通している。この分野の研究の困難も重要性も誰よりもよく認識しているため、早く論文を書かねばと焦る私に対してじっくり読書することと史料と虚心坦懐に向き合うことを教え諭し、古文書読解と議論の整理の難しさにくじけそうになる私を辛抱強く励ましてくれた。出会ったばかりの頃は極東の島国から来た留学生にどう接すれば分からなかったようだが、留学二年目の論文執筆の頃には私の原稿に丁寧に目を通し問題点を何時間もかけて指摘してくれるくらい指導熱心になっていた。先生からは研究遂行の技術だけでなく、研究における勇気、忍耐、誠実さも学ばせてもらった。また先生との出会いを通して、言葉も文化も違っても、研究という共通の場で相互に理解しあえるという学問の持つ普遍性を実感することができた。

私は現在、同じパリ大学で博士課程に進学し、引き続き上記のテーマで博士論文を準備している。3,4年かけて博士号を取得したら、日本に戻り就職することを希望している。フランス生活の最初の二年間での経験は、学問的にも精神的にも、私の大きな財産である。最後になったが、このような貴重な機会を与えてくれた貴財団に心からの感謝を申し上げたい。

パリ14区の自宅近くのリュクサンブール公園にて
(2015年2月掲載)

経団連ホームページへ