(公財)経団連国際教育交流財団日本人大学院生奨学生留学報告

「他文化」の経験と研究生活

内山 尚子 (うちやま なおこ)
2013年度奨学生(東京倶楽部奨学生)
お茶の水女子大学大学院からユニバーシティ・カレッジ・ロンドンに留学

ロンドンの「東洋」を見る。
2015年夏に友人と訪れたキュー・ガーデンズにて。

2013年10月より、ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン、インスティチュート・オブ・エデュケーションの博士課程において、芸術家の旅と表象される地域性との関係をテーマに、20世紀美術史の研究を行っている。地域史や各国史で論じられることが一般的な美術史研究において、近年、トランスナショナルな芸術活動を位置づける方法が模索されている。決して均衡ではない国家間、地域間の関係性を不可避的に反映して作り出される国や地域の文化的イメージが交錯する中、生涯にわたり世界を旅した芸術家の国際的な活動を、安易な普遍主義に陥ることなく、いかに歴史の中に分析し評価することができるのだろうか。

こうした問題について博士論文を執筆するにあたり、留学生として、多文化都市ロンドンで研究生活を送る機会を得たのは何事にも代え難いことである。日本というひとつの住み慣れた場所を離れ、慣れ親しんだものとは異なる「他文化」として「イギリス」を見、さらに、イギリスから別の国や地域へと出掛けることで、私の知る「イギリス」や「日本」に照らしてまた別の「文化」を見る経験をした。普段自明のものと思っている「文化」が、状況に応じていかに意識し直されるのか、身を以て経験することとなった。

様々な国や地域の出身者が集うロンドンでは、それぞれに異なる文化の多様性を尊重する多文化主義がスタンダードである。人と異なることを否定されることもなく、折に触れて違う習慣や考え方に触れることができるのはこうした場所で暮らす醍醐味だが、一方でそれは自らエキゾチシズムに陥ったり、あるいはエキゾチシズムに踊らされて安易に「日本らしさ」を喧伝したりする可能性もまた孕んでいる。こうした矛盾をひしひしと感じる中、私は幸いにも指導教官の先生との出会いに恵まれた。先生が多文化主義の功罪をめぐる美術史の議論、とりわけ、誰にとっての「多文化」なのか、という問題に眼を向けるよう諭してくださったことは、博士論文の理論的枠組みの支えとなっているだけでなく、こうした社会の中で戸惑いながらも自分の立ち位置を考える大切な手掛かりとなっている。

研究の内容と直接リンクするロンドンでの生活は日々知的刺激に満ちている。残り数年の博士課程では、多くの研究機関の集まるロンドンという土地柄を活かして引き続き学内外の研究会等にも積極的に参加しながら、博士論文の完成を目指す予定である。最後に、博士論文を構想執筆する時期に、こうした貴重な経験をする機会をくださった貴財団に、心よりの感謝を申し上げる。

(2016年2月掲載)

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