(公財)経団連国際教育交流財団日本人大学院生奨学生留学報告

コロナ流行期のドイツ留学

柴田 隆功 (しばた たかのり)
2019年度奨学生
東京大学大学院からドイツ/ライン・フリードリヒ・ヴィルヘルム大学ボンに留学

2021年秋、ワクチン完全接種後、友人とケルン大聖堂の前で
2021年冬、ボン大学の本部棟(旧ケルン選帝侯宮殿)
2021年冬、2年ぶりに開催されたクリスマスマーケット

私は2019年秋から2年間、経団連国際教育交流財団のご支援を受けてボン大学に留学した。専攻は政治と法の歴史で、現在のドイツ・北イタリアを支配したオットー朝の時代(919-1024年)を研究対象としている。

当時の法は近現代的な意味での効力を持たず、裁判では法に関する様々なバックグラウンドを持つ人々が各自で規範を持ち寄り、君主の立法は強制という性質を伴わないこともあった。君主の側で条令を文字化して情報を管理するのではなく、使用者の側が書き留め編集し後世に伝えた。そうして伝わるオットー朝期の世俗向け成文条令は10点足らずで、前の王朝で現在の独仏伊を支配したカロリング朝の時代およそ150年間から伝わるテクストが聖俗合わせて250点であるのに比べると、著しく少ない。このような特徴を持つ10世紀にどのような文字文化・法文化があったのかを調査することが私の研究課題である。

この課題を掲げて留学を開始したものの、対面授業は1回きりだった。最初の学期は指導教授が研究休暇で、1回だけ修論報告会に出席するとコロナ流行期に入ってロックダウン・オンライン授業になってしまった。対面で交友関係を開拓する機会のないまま、私はボンの自宅に缶詰めとなった。その一番大事な家も様々な不具合に見舞われた。深刻だったのは大雨による浸水で、しかも留学生に理解があって親切にしてくれた上階に住む大家さんは改修工事中に急逝してしまった。

それでも研究を続けてこられたのは、ドイツ人や在独邦人の友人との交流が心の支えとなったからだ。縁を繋いでくれたのは留学前からの友人・知人だった。ドイツの友人たちは規制の範囲内で私を家に招き、食卓を共にしてくれた。家族ぐるみでもてなしてもらい、ドイツの家庭料理をご馳走になったこともある。

一方、社会が急速にオンライン化・デジタル化したことで、距離を越えて新たに人と知り合い、あるいは旧交を温め、研究会に参加し、史料にアクセスすることができた。指導教授は私の拙いドイツ語を辛抱強く聞き、文章を読み、研究内容について肯定的な言葉をかけてくれた。近い関心を持つ日独の研究者に交じって大いに刺激を受け、私が研究を始めるきっかけとなった先生(ミュンスター大学)や、関心を共有する気鋭の先生(ケルン大学)とも個人的に議論する機会を得た。制限が厳しくとも充実した留学生活だったと思う。

2021年冬学期にようやく対面授業が再開されたが、感染者数は深刻な水準であり、政権交代した直後のドイツでは先行きは不透明だ。しかし、今後も私は留学を続け、博士論文の完成を目指している。研究生活を続けるための基盤を用意できたのは、ひとえに財団からの手厚いご支援あってこそであり、心から感謝申し上げたい。

博士論文を完成させた暁には帰国し、留学や研究を通して得た知見を社会に還元したい。情報化・グローバル化が進む現代社会において、私たちは情報の洪水に翻弄され、各国の法・慣習が衝突する場面に遭遇しうる。今とは異なる情報処理の仕方や規範の衝突についての実例を紹介することで、人々が自らを取り巻く環境を相対視するための一助になれれば本望である。

(2021年11月掲載)

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