日本外国特派員協会(FCCJ)における
今井経団連会長講演

2001年11月7日(水) 12時30分〜14時
有楽町電気ビル 北館20階 FCCJ会議室

  1. はじめに
  2. ご紹介ありがとうございます。
    日本外国特派員協会でお話しをさせていただくのは、経団連会長に就任直後の1998年6月に続き2回目となります。21世紀を迎え、わが国を取り巻く環境が激変する中で、再びお話しをする機会を得ましたことを大変光栄に存じております。本日は、わが国の経済状況、ならびに構造改革の推進についてお話しさせていただきます。

  3. 国際的テロリズム撲滅に向けた日本の貢献
    1. その前に、さる9月11日に米国で発生した同時多発テロ事件についてふれさせていただきます。
      まず今回のテロ事件で被害に遭われた多くの方々に対して、心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。世界の政治・経済の中心ともいえるニューヨークとワシントンに対する攻撃は、米国人のみでなく、日本人をはじめ多くの諸外国の方々をも巻き込む、過去に類例をみない甚大な被害をもたらしました。また、ワシントンやニューヨーク等でマスコミや議会関係者を中心に炭疽菌による被害者が多数出ておりますが、このように一般市民を不安に陥れるような行為に強い憤りを覚えております。

    2. 今回の事件を通じて我々は、テロリズムは、いかなる理由においても容認されない卑劣な犯罪行為であり、人類共通の敵であるという認識を新たにいたしました。
      私は、わが国も国際社会の一員として、当事者意識を持って、テロリズム根絶に向けた国際社会の行動を全面的に支援していくべきであると考えます。また多くの日本国民も、わが国が世界第2位の経済大国にふさわしい国際的貢献を果たすことを強く望んでおります。
      その意味におきまして、湾岸戦争の反省に立って「テロ対策特別措置法」が迅速に成立いたしましたことを私は高く評価しております。今後は、同法に基づいて自衛隊による物資の輸送・補給などの米軍の後方支援や被災民の救援活動、さらに周辺諸国への経済援助など、平和憲法の枠内で許される最大限の協力を行うべきであると考えます。

    3. また、経団連の姉妹機関である経済広報センターが日本企業及び米国現地法人を対象に行ったアンケート調査によると、今回のテロ被害に対する義援金として 217社・6団体より総額42億円(3500万ドル)にのぼる寄付が米国赤十字社や The September 11th基金等に対して行われております。
      またこれとは別に、経団連の呼びかけで、経済界ベースの募金を行うこととし、現在までに約4億円が集まっております。このお金は、New York Community Trust を通じ、救援活動中に亡くなられた消防士や警察官の方々の子女に対する育英基金にあてて頂くこととしております。
      今回の事件は、誠に痛ましいものでありますが、日米両国民の心と心の繋がりを一層深めると共に、同盟国としての日米の結束を強化することになったということも指摘できると思います。

  4. 日本経済の現状
    1. それでは次に、日本経済の現状についてお話しいたします。
      わが国経済は、依然として混迷の度合いを深めております。経済界は、閉塞感漂う現状を打破し、グローバルな競争に耐えうる強靭な経済社会を築くため小泉政権による「聖域無き構造改革」を全面的に支援しております。特に今回の米国における同時多発テロ事件という不測の事態を受けて、世界の経済情勢が不透明となった現在、わが国が経済社会の抜本的構造改革に取り組み、経済の活性化を図ることは待ったなしの状況にあります。

    2. 日本経済は、米国に端を発するIT不況の影響を受け、昨年夏頃をピークに再び後退局面に入っております。
      景気の先行きについては、米国のテロ事件の直接、間接の影響等、予測しがたい要素が多い中、米国向け消費財輸出の不振が続けば、もう一段の在庫調整もありうると考えております。
      米国は、思い切った財政支出拡大や金融緩和措置を打ち出しております。これを受け、テロ事件後に実施された米国主要予測機関の見通しの集計結果は、米国経済は来年第1四半期にはプラスに転ずるとの見方になっております。その後の対テロ軍事行動の展開等により1〜2四半期遅れるとしても、米国経済がこのようなシナリオで推移し、これに伴い世界経済が回復するならば、日本の実質成長率は、本年度はマイナスとなることは間違いありませんが、来年度後半には、プラス成長に転じることが期待されます。

    3. これまで、日本政府はこうした厳しい経済情勢に対し、財政拡大をもって対応してまいりました。しかしながら、90年代後半以降、公共事業を中心とした景気対策の景気浮揚効果は大きく減じております。むしろ、本年度末の国と地方を併せた債務残高が当初予算ベースで666兆円に達するという状況を背景として、日本国債の格付け低下に見られるように、財政拡大はかえって格付けの低下による長期金利の上昇などで不安定要因になっており、財政規律の強化が求められております。

    4. 他方、金融政策の面では、日本銀行が本年3月以降、金融市場調節の操作目標を短期金利から日本銀行当座預金残高に変更し、量的緩和策を展開しております。その残高は6兆円を上回る目標で、一時は12兆円を超えるレベルになり、現在は8〜9兆円規模であり、長短金利も極めて低水準になっております。
      量的緩和は、テロ事件以降、世界的規模での流動性供給には役立っておりますが、国内の銀行貸し出しは減少を続けており、金融緩和措置がマネーサプライの増加や景気浮揚に繋がっておりません。

  5. 構造改革のポイント
    1. 以上申し上げました通り、3年連続で物価が下落するデフレ状況においては、従来型の財政金融政策では経済の閉塞状況を打開することは極めて難しいと存じます。今は、制度・組織の根幹にメスを入れて、生産性の低い分野に滞留しているヒト、モノ、カネの経営資源を、生産性の高い分野に速やかに移動させる構造改革が一番必要だと思います。

    2. 本日は、私どもが取り急ぎ実行すべきであると考えております構造改革につきまして、民間が行うべきことと政府が行うべきことに分けて、ご説明申し上げます。

    3. まず民間が進めるべきは、不良債権の処理です。金融機関はこれまでに70兆円に及ぶ不良債権を処理しておりますが、問題はそのスピードが遅いことにあります。金融庁は10月から特別検査を実施しておりますが、金融庁や日本銀行の検査・考査を通じて、市場の評価を反映した適切な債務者区分を速やかに徹底していく必要がございます。つまり要注意債権の中でも問題のあるものは破綻懸念先に移すことなどです。そしてこれを前提に十分な引当てや償却を行っていかねばなりません。
      また併せて、不良債権処理の選択肢を増やしていく必要がございます。経団連も検討に加わった私的整理のガイドラインは9月に発表されました。また現在、RCCの機能拡充に向けた法案が近く国会で審議されることとなっております。これはRCCの機能を拡大して入札に直接参加できるようにすること、そして買取価格についても、これまでは簿価1兆円のものを380億円で買い取っておりましたが、これを時価にするというものです。これらの手段を通じ、デット・エクイティ・スワップ等を活用して企業再建を進めていくことが求められます。
      もちろん、これらの不良債権処理が新たな金融不安を招くことがあってはなりません。まだ枠がありますので、公的資本の再注入といった手立ても検討する必要があると存じます。

    4. 民間が進めるべき第二の構造改革は、不良債権処理と表裏一体の関係にある産業の再生であります。経団連の働きかけで、企業再編法制や関連税制の整備が進んだこともあり、それらを活用した企業の再編・整理が進んでおります。
      なお一層の進展が望まれるところでございますが、そのためには、長年の懸案でございます連結納税制度を次の国会で是非とも実現する必要があるということで運動しております。

    5. 以上の民間が進めるべき構造改革と並んで、政府が進めるべき構造改革は、規制改革、行政改革、財政構造改革の3つであります。
      規制改革につきましては、情報通信、物流、エネルギー、金融などの分野に加えて、政府の総合規制改革会議は本年7月に「生活者向けサービス分野」に重点を置き、医療、福祉・保育、教育、労働、環境、都市再生の6分野で規制改革を進める方針を打ち出しました。これらの社会的規制の分野に競争原理を導入し営利企業も含めサービス提供主体を多様化することは、新産業・新事業の創出、さらには新規雇用の創出にも繋がることから、これが最も急がれる改革です。早期に取り組む必要があると考えております。

    6. 行政改革の中では特殊法人改革が重要であります。国が経済全体に占めるウェートを減らしていくということです。
      「民間に委ねられるものは民間に委ねる」という基本原則に立ち、政府は本年6月に、特殊法人については5年以内に、原則として、廃止、独立行政法人化、民営化などを含めた整理・縮小を進めていく方針を打ち出しました。さらに9月、小泉総理は所信表明演説で、一番金を使っている「道路4公団、都市基盤整備公団、住宅金融公庫、石油公団の廃止、分割・民営化などについては、他の法人に先駆けて結論を出す」ことを表明されております。経済界としても、特殊法人が現在行っている個々の事業やその背後にある政策目的の今日的意義、妥当性・効率性・必要性をゼロベースで徹底的に見直し、年内に内容のある整理・合理化計画をとりまとめていただくよう、政府に強く申し入れております。

    7. 最後に、財政構造改革への取組みがあります。
      わが国の国と地方を合わせた政府債務は来年3月末には、対GDP比130%とG7諸国の中でも最悪になることが見込まれております。わが国では今後、本格的な少子高齢化社会に突入することが予想されるため、財政を総合的に考えなければなりません。社会保障制度、歳出構造、税制を一体として抜本的に改革し、将来に対する国民の不安を払拭していくことが求められております。

    8. こうした構造改革は短期的には痛みが伴うことが予想されますが、わが国の経済を民需主導の回復軌道に乗せるためには、着実かつ迅速に改革を実行していくことが必要です。我々経済界は、ここ2〜3年の痛みは覚悟し、様々な意見が経済界にも政界にもありますが、その意見で改革が後退することの無いよう、一致団結して小泉政権を支援していく所存であります。

  6. グローバル・イシューへの取組み
  7.  最後に、今後わが国が取り組むべきグローバルな課題についてお話します。

    1. 第一は地球環境問題であります。
      大事な問題であり、米国抜きで決めるのは問題であります。世界の25%、先進国のCO2排出量の39%を占める米国が参加しない国際的枠組みは温暖化防止に実効性を持ちえません。第一ステップとして米国、EU、ロシア、日本等の先進国が参加する仕組みを構築しないと、第二ステップとして中国、インドなどの発展途上国が参加するわけがありません。
      わが国産業界は1973年のオイルショックを契機に省エネルギーに努力してまいりました。その結果、GDP当たりのCO2排出量は、米国の3分の1、欧州の2分の1となっております。最も効率がいいわけです。特に日本の経済界は、環境自主行動計画を策定し、国際交渉の進展とは関わり無く着実に自らが課した温暖化対策の目標達成に向けて引き続き努力してまいります。それとは別に、地球的な枠組みとしては、皆が参加できるものにしなければなりません。日米欧の参加する国際的枠組み作りに向けて、米国への働きかけを続けていきたいと思います。

    2. 第二は、WTO新ラウンド交渉の立ち上げです。
      明後日からカタールのドーハで開催される閣僚会議において新ラウンドを立ち上げ、貿易の自由化や国際的な貿易・投資ルールの確立を通じて、世界の経済成長を促進することが必要だと思います。日本の経済界としては、今度のWTO閣僚会議において投資ルールやアンチダンピング規律の強化などを含む包括的な新ラウンドが立ち上がることを期待しています。
      また同閣僚会議では、中国のWTO加盟が実現することとなっておりますが、わが国としては、これをおおいに歓迎すると共に、中国が今後、WTOルールを遵守していくよう、他の加盟国と協力して注文すべきことは注文していくことが必要と考えます。

  8. 終わりに
  9. 以上、テロ事件以降の日本経済の状況と、わが国が取り組むべき構造改革を中心にお話しいたしました。
    日本経済が直面する課題は極めて厳しいものでありますが、21世紀の経済社会の強固な発展基盤を築くため、経済界は不退転の決意で構造改革を推進してまいります。また来年5月には経団連と日経連が統合して、これ迄以上に強力な政策提言能力と実行力を有する経済団体になっていくと思います。
    今後とも皆様のご理解、ご支援をお願いいたします。

以  上

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