[ 日本経団連 | コメント/スピーチ ]
第39回日米財界人会議
奥田日本経団連会長スピーチ

「日本の政治経済状況」

2002年10月21日(月) 8:50〜9:10
於 帝国ホテル

只今ご紹介いただきました奥田です。
本日は、長期にわたる経済低迷と閉塞感を打破し、21世紀に活力ある豊かな日本を創造するために、わが国が取り組むべき課題についてお話ししたいと存じます。

1.日本をめぐる環境・時代認識と新ビジョンの策定

20世紀のわが国は、欧米へのキャッチアップを目指し、主に物質面での豊かさを追求して参りました。それが国民の目標や価値観として共有され、高度経済成長と高い生活水準を築く原動力となりました。
しかし、既にこの目標が達成された今日、わが国は明治維新や第二次世界大戦後にも匹敵する、歴史上の大きな転換点を迎えています。即ち、国内においては少子化、高齢化が急速に進むとともに、グローバル化や情報通信革命の進展、中国という巨大で強力な競争相手と大市場の出現、さらには地球環境問題の高まりといったグローバルな課題にも直面しております。
これらの急激な変化に対応するためには、これ迄の価値観や経済社会システムを柔軟かつ大胆に変革していく必要がありますが、その対応が遅れ、あるいは先送りされてきたことが、バブル崩壊後、10年以上の長期にわたる日本経済の低迷に繋がっていると思います。
私はその最大の原因は、欧米へのキャッチアップを果たした後に、日本として、将来どのような経済社会を目指すのかといった目標、またそれをどう実現するのかという戦略的ビジョンを、国民や企業が持つことが出来なかったことにあると思います。
こうした認識に基づき、日本経団連では、来年3月までに、わが国の具体的な将来展望と、それを実現していく上で必要な制度改革の提案を含む新しい国づくりのビジョンを発表したいと考えております。
私はこのビジョンの基本理念は「多様性が生み出すダイナミズムの実現」におかれるべきだと思っています。
それは、戦後我々が志向してきた物質面での豊かさの追求という画一的な生き方や横並び志向を改め、各個人それぞれが持つ多様な価値観や個性を重視し、お互いの違いを認め合う社会をつくりあげていくことであります。
そして個人や企業が、多様な目標を掲げ、その実現に向けて複数の選択肢の中から自由な活動を展開するエネルギーを創り出すことで、新しい日本の経済社会を切り拓いていくことができると確信しております。
日本経団連では、これ迄規制改革の推進を通じた「小さな政府」の実現を目指してまいりましたが、これは個人や企業の創意と工夫を最大限に発揮できる、活力ある社会を構築しようという試みです。今後は、これを一層積極的に進めていかなければなりません。
また、そのためには、これまで以上に海外の優れた人材や技術、ノウハウを取り入れていくことも必要でありましょう。

2.景気の現状と構造改革

以上、やや中長期の観点から日本経済の進むべき方向について申し上げましたが、次に、足元の景気認識について触れさせていただくとともに、この厳しい現状を突破して、活力と魅力あふれる日本社会を実現していく上で、具体的に取り組むべき課題についてお話ししたいと思います。
本年4−6月期の実質GDPは、前期比0.6%増となり5四半期ぶりにプラス成長となりました。
しかし、その3分の2は外需の寄与によるもので、国内の設備投資や住宅をはじめとする民需は低迷を続けており、社会保障制度の改革の遅れ、雇用、所得環境の厳しさから消費も力強さを欠くなど、依然として楽観は許されない状況にあります。
また米国経済の先行きや、国際政治情勢、原油価格に対する不透明感の高まりにより国際環境は厳しさを増しており、いつまでこういった外需依存の景気回復傾向が続けられるか、予断は許されません。またバブル崩壊後の最安値を更新するなど、最近の株価の下落が日本の金融システムや実体経済に与える影響も憂慮されます。
株価下落による金融システムや実体経済の混乱を未然に防いで景気の底割れを回避し、中長期的な成長に繋げていくためには、規制改革の前倒しや大規模な先行減税などの前向きな政策の実施が必要不可欠であります。
先月末の内閣改造における竹中経済財政担当大臣の金融担当大臣兼任は、不良債権処理の促進に対する小泉総理の強い決意の表れであります。私は、不良債権処理を加速することには賛成ですが、それに伴って予想される倒産や失業の増加などに対するセーフティ・ネットの強化・拡充が不可欠であると考えております。足元の景気に配慮し、需要の底上げをはかりつつ構造改革を進める、言わば「攻めと守り」の双方の戦略を持って臨まなくてはならないわけであります。
我々経済界は、小泉総理が主導されている「聖域無き構造改革」を全面的にサポートしております。構造改革のメニューは既に提示されております。後はそれを実行していく政治のリーダーシップの問題であります。改革の過程で利害が対立する難しい問題が出てきても、先送りすることなく、必ず結論を出し、実行すべきであります。
この点におきまして、私は、小泉総理の強力なリーダーシップに大いに期待しておりますが、我々経済界もこれを強く支持するとともに、自らも日本経済の閉塞感を打ち破り前進すべく、民間の活力を発揮していかなければならないと考えております。

さて、わが国が取り組むべき構造改革には幾つかの重要な課題がありますが、本日は、その中でも特に重要と考えている税制改革と社会保障制度改革について述べたいと思います。
デフレ経済から脱却し、経済再生の鍵となる企業活力を維持し強化するためには税制改革が急務です。これから年末にかけて政府・与党を中心に来年度の税制改正をめぐる議論が本格化すると思われますが、経済界としては、法人の税負担の軽減を中心とする大規模な先行減税の実施を強く求めて参りたいと存じます。
具体的には、企業の研究開発や設備投資、あるいは住宅投資の促進に向けた政策減税と、法人の実効税率の引き下げを戦略的に組み合わせて効果の高いものとしていくことが重要であります。
さらに税と社会保障をあわせた国民負担の上昇を抑制していくことも、経済の活力を維持していく上で不可欠です。特に急速な少子化・高齢化の中で、医療、年金、介護といった社会保障制度全体が、持続可能なものとなるよう抜本的に改革し将来の負担増に対する国民や企業の不安を解消していくことが重要です。
他方、我々経済界も、構造改革は自らが主体的に取り組む課題であることを認識しなくてはなりません。
企業は、国際競争力を高めグローバルな競争を勝ち抜くために、選択と集中を通じた経営の強化や、企業間の提携推進などの経営改革に取り組む必要があります。日本経団連としては、企業が十分に活力を発揮できるような環境の整備を、粘り強く政府に働きかけていきたいと考えます。

このように政府、企業、そして国民が一丸となって構造改革に取り組まなくてはならない折に、誠に残念ながらわが国においても消費者や国民の信頼を裏切るような企業不祥事が相次いで発生いたしました。
これは米国においても全く同様であると思いますが、社会の信頼が無ければ企業の存続はあり得ず、そのことを理解しない企業は、市場からの退場を余儀なくされます。また構造改革には国民の理解と信頼が不可欠であり、いくら経済界が小泉改革を支持すると言っても、国民が企業の行動に疑念を抱いていたのでは、歩調を合わせて改革をすすめていくことは困難であります。
そこで、日本経団連では、企業行動憲章を改訂して、会員企業のトップに対して企業倫理の徹底を要請しております。
他方、米国においても、相次ぐ企業会計不正処理事件の発覚を受けて、本年7月30日に企業改革法(Sarbanes-Oxley Act)が成立いたしました。この法律は、米国資本主義の根幹である証券市場の信頼の回復を目的とするものであり、米国政府の迅速かつ包括的な措置を高く評価しております。米国で株式を上場しているわが国企業も、その趣旨に賛同し、この法律への対応に努力しているところであります。
しかしながら、両国のコーポレート・ガバンスについての法制度の違いがあります。そこで、日本の法律と相容れない部分については、SEC(米国証券取引委員会)やNYSE(ニューヨーク証券取引所)に対し、適用除外をはじめとする特段の配慮を要望しているところであります。米国の経済界の皆さんにもご事情をご理解の上、ご協力いただければと存じます。

3.グローバルな課題への対応

最後に、日米両国が協力して取り組むべきグローバルな課題の中から、WTO新ラウンドの推進と地球温暖化問題への対応について、私の考えを述べたいと思います。
昨年11月にドーハで開催された第4回閣僚会議において、包括的な新ラウンド交渉の開始が合意されました。新ラウンドは、貿易、投資の一層の自由化やWTOルールの見直し等を通じて、一定の規律の下で貿易の拡大を図り、世界経済の発展を実現しようとするものであります。
2005年1月1日が最終期限でありますが、当面は、来年9月にメキシコのカンクンで開催予定の第5回閣僚会議に向けて、交渉は本格化しつつあります。
日本と米国の経済界は、サービスの自由化、市場アクセスの改善等、多くの分野において共通の利害を有しており、ラウンドの成功に向けて協力していくことが何よりも重要であります。また新ラウンド交渉においては、今やWTO加盟国(144カ国、地域)の8割を占めるに至った発展途上国のニーズに十分配慮する必要があります。わが国経済界としては、先進国のみならず途上国をも含む全てのWTO加盟国がその成果を享受できるようなバランスのとれた新ラウンドの実現に向けて、政府に働きかけるとともに、欧米をはじめとする諸外国の経済界とも連携を強化してまいりたいと存じます。

最後に、地球温暖化問題についてでありますが、わが国は、本年6月に京都議定書を批准しており、ロシアの動向次第で議定書は来年にも発効する可能性があります。
わが国産業界は、1997年に策定した「環境自主行動計画」に基づき自主的に対策を推進し、2010年度の電力、石油、ガス部門を含む産業界全体の温暖化ガスの排出量を1990年度レベル以下に抑えるべく着実に努力を重ね、既に、ほぼこの目標を達成しております。さらに今年度より第三者評価委員会も設置して、自主行動計画の透明性・信頼性を高める努力をしております。
他方、世界のCO2排出量の4分の1を占める米国や、今後の人口増加や経済発展に伴い排出量の大幅増が見込まれるインドや中国等の途上国は議定書に参加しておらず、排出量削減の義務を負っておりません。真に実効ある地球温暖化対策のためには、米国や途上国が排出削減の枠組みに参加することが必要であります。我々としては、本日ご出席の米国経済界の皆様にも是非この点をご理解いただきたいと存じます。特に、2013年からの第2約束期間以降については、先進国、途上国を問わず全ての国が受け入れ可能な削減目標設定のあり方を早い段階から検討していかなければならないと考えております。
いずれにしろ、温暖化問題については、政府、民間レベルでの話し合いの強化が必要であり、今回の会議においても是非、米国経済界の皆様のご意見を伺いたいと思います。

なお本日の私のテーマとは少し離れますが、米国西海岸で起きている港湾労使紛争の問題について、一言触れさせていただきたいと思います。
わが国経済界は、今回の労使紛争の解決に向けて、ブッシュ大統領がタフト・ハートレー法を発動するなど、適切なアクションを取られていることを高く評価しております。
しかしながら、依然として日米両国企業に多大な損害が生じ、両国経済にも影響を及ぼしていることに鑑み、日米財界人会議としても、米国政府に対し、労使紛争の早期解決に向けて引き続き働きかけていただくよう、要望してはどうかと考えております。

4.終わりに

わが国の経済再生への取組みは本年が正念場であります。また米国経済をはじめ、世界経済を見渡しましても、問題は山積しております。
こうした中で、日米両国の経済人が集い、直面する諸課題について率直な意見交換を行い、問題解決のためのアイディアを出し合うことは大変有意義だと思います。
これから二日間にわたる本会議が実り多いものとなることを祈念いたしまして、私の話を終えたいと思います。
ご清聴ありがとうございました。

以 上

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