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「希望の国、日本」の実現に向けて

〜内外情勢調査会における御手洗会長講演〜

2007年1月25日(木)
於 ホテルニューオータニ ザ・メイン 鶴

1.はじめに

ただいまご紹介にあずかりました、経団連の御手洗でございます。
本日は、伝統と格式のある内外情勢調査会にお招きにあずかりまして、大変光栄に思っております。
経団連では、本年1月1日に、「希望の国、日本」と題するビジョンを公表いたしました。本日は、われわれがビジョンで掲げた目標や、具体的な政策などを中心に、また、私がビジョンに込めた思いも含め、お話をさせていただきたいと思います。
お手元に冊子をお配りしております。大部の資料ですので、適宜ご覧いただきながらお聞き取りいただければ幸いでございます。

2.ビジョンの狙い

はじめに、今、このタイミングで経団連としてビジョンを出す狙い、目的について申し上げたいと存じます。
今回のビジョンの最大の目的は、これからの日本が目指す目標を明確に掲げることであります。私たちが、これから歩むべき道筋、ロードマップを示すことができれば、と考えたのであります。
われわれは、この10数年間、バブル崩壊後の日本経済を何とか再浮上させたいという一心で、懸命に取り組んでまいりました。その結果、2002年度以降、日本経済は、4年連続でプラス成長を実現し、昨年末には「いざなぎ景気」を超えて、戦後最長の景気回復を続けることができております。
しかし、これでよしとする訳にはまいりません。私は、今年のキーワードを一つ言うならば、それは「加速」であると思います。改革を加速させるということであります。英語でいえば、「モメンタム」、つまり「時の勢いを得たい」ということであります。
現在の景気回復は、戦後最長といっても、デフレが続くなかでの回復であります。言ってみれば、長い間、水面下にあった経済が、ようやく水面スレスレまで上がってきたという状況に過ぎないのであります。
景気回復の実感がわかないという声も根強くございます。経済が実質額だけでなく、名目額でも拡大していかない限り、身近な例で言えば、給料の手取りなどもなかなか増えてまいりません。物価も上昇してまいりません。
いざなぎ越えで、一段落だとか改革疲れだなどと言っている場合ではないと思います。むしろ今こそが、新しい成長に向けたスタート地点だと認識すべきだと思うのであります。そのために、改革のスピードをさらに加速させていかなければならないと思っています。
後ほど、詳しく申し上げますが、日本経済の実力を考えれば、中長期的に実質で2%以上、また名目では実質値を少なくとも1%以上は上回る成長率を実現することは、十分可能だと私は考えております。
その意味で、今回のビジョンは、ようやくデフレから抜け出してきた日本経済が、今後どこを目指すべきか、新しい目標を設定し、同時に、そこへ向けた具体的な道筋を示すことを意図するものであります。
すなわち、われわれ経済界が、日本の将来ビジョンを世に問う意義は、日本国の発展、そして日本国民の幸せというものを考える上で、経済の持続的成長を抜きにしては考えられないからであります。
そして、経済成長の源は民間企業であります。企業の活動が活性化してこそ雇用が増大し、国民の所得も向上していきます。こうした好循環を生み出していくことにより、財政や社会保障制度を維持することも可能となります。また、この社会保障制度が健全に運営されることにより、セーフティネットが機能し、国民一人ひとりが安心して様々なことに挑戦していくことができる社会が実現するのであります。
こうして考えると、当然のことながら、国民と企業は決して対立する存在ではありません。企業を構成するのは人であり、一人ひとりが力を合わせない限り、企業が立ち行かないことは当然であります。逆に、企業の活力が削がれ、経済がシュリンクしてしまえば、それによる苦しみを受けるのは、一人ひとりの国民であります。
バブルが崩壊して以降、公共事業を中心に政府が需要を追加することで、経済を浮上させようと何回も試みましたが、しかし、そうした試みはすべて失敗に終わりました。今回の景気回復は、民間企業が懸命な自助努力を通じて、利益が出る筋肉質の体質を作り上げた結果、ようやく始まったものであると言えましょう。民間主導の景気回復だからこそ、政府による需要追加がなくても、これだけの持続性を持つことができたのだと思います。
経済が持続的に回復するなかで、雇用や賃金の面も、改善し続けております。一時は6%近かった失業率は、いまや、完全雇用に近い水準まで下がってきております。雇用面とともに、賃金の面も、着実に改善しております。経団連の調査では、ボーナスは2年連続で史上最高を記録しております。初任給や派遣社員の賃金なども上昇しております。
いま、いわゆる「格差社会」ということが盛んに言われ、フリーターやニート、あるいは、若年層の雇用などが問題となっております。しかし、フリーターが急増したのは、90年代後半から2000年ごろにかけて、経済が極端に悪化した時期のことであります。その後、民間主導で景気が着実に回復を続けるなかで、2004年度以降は、フリーターの人数は徐々に減少に向かっているのであります。
同じように、若年層の雇用が、氷河期といわれるまで悪化したのも、経済の低迷が最大の原因でありました。すでに足元では、新卒採用は引く手あまたという状況になっております。もちろん、就職氷河期などで取り残された人たちに対して、適切な再チャレンジの機会を作っていくことは、社会全体の責任として、重要だと考えております。そのためには、企業の雇用・賃金制度の見直しなど、企業自らが取り組むべき「内なる改革」も、必要になってくるのであります。
しかし、より基本的には、日本を深刻な格差社会にしていかないためにも、経済を再び、失速させることがないようにしなければなりません。民間の経済活力を最大限高めていくことが重要であります。われわれ経済界としては、このビジョンを通じて、こうしたことの重要性を、世の中に広く、訴え続けていきたいと考えております。

3.ビジョンのタイムスパン

つぎに、ビジョンが狙いとするタイムスパンでございますが、およそ10年後、2015年を目途としております。私は、昨年5月に経団連会長に就任したときの挨拶で、「日本を希望の国にしていく。そのために全力を挙げたい」と申し上げました。そして、それを実現するために経団連会長として新しいビジョン作りを即座に決断したのでありますが、作るからには経済界ならではのビジョンにしたいと思い、どうしたら良いかいろいろと考えました。
そこで、思い至ったのは、企業の経営計画と同じように考えてはどうだろうか、ということであります。私の会社の場合、経営計画は長期、中期、短期の三段構えで策定し、その進捗を確認しながら全社一丸となってその実現に向けて取り組んできております。すなわち、まず長期のスパンで目指すべき姿のビジョンを示し、次に中期のスパンで戦略を立て、そしてそれを実現させるための短期的かつ具体的な戦術や実行計画を練るというものであります。
そのような思いから、今回のビジョンでは、まず、10年後の2015年を視野に、それまでに目指すべき目標を掲げました。その上で、向こう5年間で何をなすべきかという戦略を立て、具体的な行動計画を作りました。なぜ10年後かといえば、これは企業の経営計画でも同じですが、世の中はだいたい10年単位で、様変わりしているように思います。ましてや、今は、経済がグローバルに一体化し、様々な環境変化のスピードも、振幅も、非常に大きくなっていくことが確実であります。したがって、最大限見通せるとして、10年であろうと考えました。また、10年間というタイムスパンは、日本経済が置かれた全体的な状況からしても、適当だと考えております。
2005年からいよいよ、日本の総人口は減少に向かい始めました。しかし、人口の減少によって、経済に大きな負荷がかかってくるのは、10年程度先のことであります。それまでの間、当面その影響は、軽微なものに止まるわけであります。したがって問題は、今後10年間のうちに、人口減少下においても、着実な経済成長を実現できるような経済社会の構造を、われわれが確立できるかどうかにかかっていると思います。
その意味で、この10年が最後のチャンスと言ってもいいかもしれません。そこで、今回のビジョンでは、10年後までに、経済社会全般を通じ、広い範囲にわたるイノベーションを進めることにより、新しい「日本型成長モデル」を確立することを、最大の柱といたしました。

4.希望の国の姿

それでは本題の、われわれが目指す「希望の国」とは、どのようなものかにつきまして、申し上げたいと思います。資料をお開きいただきますと、序文の次に目次があり、その次に全体の「概要」がございますので、こちらをご覧ください。ビジョンでは、「めざす国のかたち」として、三つの柱を掲げております。
まず、第一点目は、「精神面を含め、より豊かな生活」を実現することであります。国民一人ひとりが、将来への希望を持てるようになるためには、何といっても、持続的な経済成長の実現が不可欠であります。人々が、日々働き、成長し、また国の宝である子供を産み、育てていくうえで、「今日より明日、明日よりあさって」が良くなるという希望が持てることは、当たり前のことではありますが、欠かすことのできない、非常に重要なことであります。
日本経済はすでに成長期を過ぎており、ましてや今後は人口が減少していくのだから、高い成長は望めないという見方をする人もおります。しかし、こうした考え方は間違っております。捨て去るべきであります。一国の経済は、ナマ身の人間のように、成長期があり老年期があり、やがて寿命が来るというようなものではありません。その意味においては、企業経営と似ているところがあるかもしれません。
企業は、これはあるいは他の組織でも同じかもしれませんが、頑張り次第では、なかば永続的に発展し続けることが可能であります。例えば、アメリカでは、マイクロソフトやグーグルなど、新しい企業が続々と生まれ、経済をリードしているということがよく言われます。しかし、よく見てみますと、そうしたフレッシュな企業がある一方で、例えば、200年以上の歴史を持つデュポン、あるいは創立170年のP&G、トーマス・エジソンのGEなどといった、長い伝統を持つ企業が、自らの姿を時代に対応して大きく変化させながら、いまなお超優良企業として、存在感をはなっているではありませんか。
一国の国民経済にも、同じことが言えるのではないかと思います。それを証明するのが、アメリカやイギリスなど、経済的に成熟した先進国が、再び活力を取り戻した数々の例であります。私は、1960年代後半から20年余りをアメリカで過ごしました。70年代のアメリカは、ベトナム戦争の後遺症やオイルショックなどにより、深刻な経済停滞に見舞われておりました。えん戦の気分がはびこり、社会のムードも全くもって沈滞しておりました。そこへ登場したのが、「強いアメリカの復興」を掲げ、81年に就任したレーガン大統領でありました。大胆な規制改革や税制の抜本的改革、技術政策の強化などを通じて、見事、アメリカ経済に活力を取り戻しました。レーガン大統領が掲げた、民間活力を重視する経済政策はその後の政権にも引き継がれました。アメリカ経済は、グローバル化やIT革命などの流れをうまく取り込んで、高い経済成長を続けております。
イギリス経済も同様であります。「イギリス病」などと言われたのは、遠い昔のことであります。サッチャー首相の大胆な改革は、政権が代わってからも受け継がれ、イギリス経済は実に15年連続で景気回復を続け、いまなお、拡大し続けております。
資料のいちばん始めに掲げました序文をご覧いただきますと、わたし個人としての経験も思いも踏まえ、いま申し上げたようなことを書いております。いったん活力を失いかけた国が世界をリードする成長経済として復活した成功例として、積極的に我々はこれらの国を見習わなければなりません。
ただいま、企業や国民経済は、永続的に成長することは可能だと、申し上げました。しかし、そのためには一つ、絶対に必要な前提条件がございます。それは、常に時代や環境の変化に果敢に対応し、日々、自らを作り変え、進化させるということであります。90年代以降の失われた10年余といわれる時代にあって、多くの名門といわれた企業が変化に対応できず、時代の波に飲み込まれていきました。その一方で、積極果敢に挑戦し、グローバルな経済に自らを対応させることに成功した企業もあり、高い成長を続けております。
一国の経済にも同じことが言えるでしょう。経済の進化から取り残された社会主義経済は、あっけなく崩壊してしまいました。いまでこそロシアは、BRICSの一員として、かなり発展しておりますけれども、冷戦終了直後の国家体制の崩壊に直面した国民は、大変な苦労を味わうことになったのではないでしょうか。
こうしたことを考えまして、ビジョンでは、論点をあえて単純化し、やや刺激的と思われるかもしれませんが、一つの問いかけをしております。ページ番号で2ページ目に、その概念図を掲げておりますがそれは、成長を何よりも重視するか、あるいは、弊害の是正に重きを置くか、という選択肢であります。われわれが目指すべきは、「成長重視」の選択であることは言うまでもございません。成長なくして国民生活の安心はありません。そのためには、日々の変化をいとうことなく、改革を加速させていかなければならないのであります。
もちろん、現実の問題は、常に二者択一のどちらかで割り切れるものではございません。たとえば、このところ格差の問題など、改革の弊害とされるものの是正を優先すべきだという声が、目立つようになっております。しかし、改革を中断してまで格差の是正をしようという考えをとったのでは、本末転倒になってしまいます。先ほども申し上げましたが、格差が生じる最大の原因は、経済が十分な成長を遂げられないことから来るのであります。いわゆる格差を是正するためにも、経済全体のパイを拡大させることが必要であります。
それでは、今後、日本経済は、どれくらいの成長が可能でしょうか。結論から申しますと、ビジョンでは、今後10年間の平均で、日本経済は実質で2.2%、名目で3.3%の経済成長を遂げることが可能だと考えております。これは、後ほど申し上げますように、ビジョンで掲げた様々な改革を行うことを前提にマクロ経済モデルを作って検証した結果であります。一人当たりの国民所得でみれば、10年間で30%程度、増加することとなります。
今後、日本の人口はどんどん減っていくのに、どうして成長が可能なのかという疑問もあるかもしれません。しかし、過去の日本の経済成長において、人口の要因が占める割合は、非常に小さいものでありました。これは、かつての高度成長期においてさえそうです。また、今回の景気回復局面において、労働投入が経済成長に与える影響は、すでにマイナスになっております。しかし、それに打ち勝って、戦後最長の回復を遂げてきているのであります。
どうしてそれが可能かといえば、日本はこれまで、そして、これから先も同じだと確信しておりますけれども、技術革新を中心とする幅広いイノベーションの力で、経済を成長させ、発展させてきたからであります。
諸外国を見渡せば、この10年間で、中国は平均で10%近い勢いで伸びておりますし、それはまあ、例外といたしましても、アメリカやイギリスも、3%程度の成長を維持しております。
こうしたことを考えますと、これから2%を超える成長が日本で可能だ、などと言いましても、海外の目から見れば、日本は、たったそれだけしか成長しないのか、という風に見られるかもしれません。とは申しましても、日本の過去10年間の成長率は、わずか1%という数字でしかなかったわけであります。しかも、この期間は、歴史的にも稀な、長期にわたるデフレに陥ってしまっておりましたので、名目でみればもっと低い数字、ほとんど成長していないような状態にございました。
日本経済は、ようやくデフレという大病から立ち直って本来あるべき成長軌道にのってきたという段階にございます。こうした状況ですので、まずは、いま申し上げました成長を目指して、改革努力を重ねていくことが重要であると思うのであります。

さて、「希望の国」の二番目の柱は、「開かれた機会、公正な競争に支えられた社会」ということであります。日本に暮らす人々、あるいは、海外から日本にやってきた人たちも含めて、あらゆる人に対して、成功に向けたチャレンジの機会が開かれ、本人の努力と研鑽次第で、大いにステップアップしていくことができる。このようなオープンな社会であることは、「希望の国」にとって、欠かすことの出来ない側面でございます。
私は、アメリカでの20年余りの生活で、多くの友人に恵まれました。その中には、立派な学歴など何も持たずに社会に飛び込み、自らを厳しく律して努力を重ねることで、社会のトップ層まで上り詰めた人がかなりおります。こうした人を英語では、ご承知かと思いますが、「self-made person」と呼ぶのでありますが、アメリカにはこのような人々を賞賛し、尊重する風土があります。
それと同時に重要なことは、アメリカ社会には、例えば、海外から来た人への無償の語学学習や、いったん社会に出た人が学校で学びなおす機会など、「self-made person」を続々と生み出していくような様々な仕掛け、制度が社会の中にビルトインされているということであります。こうした点は、われわれが「希望の国」を目指すにあたっても、大いに学び、参考にすべきと考え、二番目の柱として「開かれた機会、公正な競争」を掲げたのであります。
その際には、われわれ自らの意識を変えていくことも欠かせません。とくに強調したいのは、「結果の平等」から「機会の平等」へという、基本的な考え方の転換であります。
日本社会においては、これまで、ともすれば「結果の平等」が、重要視されすぎてきたきらいがあります。「結果の平等」にあまりに重きを置くあまり、いかなる格差も認めないということになれば、人々から挑戦の気概や意欲、やる気は失われ、社会を動かしていく活力は生まれてまいりません。
ビジョンでは、すべての人々に平等に挑戦の機会が開かれることの重要性を訴えております。同時に、平等な機会と公正な競争の結果として生じる格差は、健全かつ当然なものであり、積極的に受け入れていくことの重要性をあわせて強調しております。
もちろん、挑戦はしたけれども、運悪く、結果として失敗するということも、往々にしてあるでしょう。そうした場合には、何回でも再チャレンジできる、再挑戦できる機会が社会の中に豊富に用意されていることも、非常に重要であります。たった一度の受験の失敗や、学校を卒業する際の就職先の選択いかんによって人生の大半が決まってしまうような、そうした固定的な社会が望ましいとは、決して言えません。さらに、不運にして競争に参加できないという人々や、様々なハンディキャップを持つ人たちに対しては、必要十分なセーフティネットを整備することも欠かせません。
この「開かれた機会と公正な競争」ということに関連して、ひとつ、私が憂慮していることがあります。それは、日本の社会の中から、「向上心」や「挑戦する気概」といったものが薄れているのではないか、ということであります。どんなに学びなおしの機会や、再チャレンジの様々な仕組みを設けたとしても、一人ひとりの心のうちに向上心がなければ、絵に描いた餅に終わってしまうでありましょう。
この10何年かというもの、経済が停滞した状況が続きましたので、人々の気持ちが萎縮してしまったということもあるかもしれません。しかし、日本はこれから、攻めの姿勢で、改革にまい進していかなければなりません。そのような中にあって、国民一人ひとりが挑戦の気概を持つことは、非常に大切なことだと思うのであります。
そのためには、やはり、若い人たちへの教育を見直すことが欠かせません。ただし、私は、このことを、若者に対してだけ、言いたいわけではありません。例えば、2007年問題とも称されるように、団塊の世代の方々がリタイアする時期にさしかかっています。しかし、人生80年という時代において、引退して20年近くの間、趣味の世界に生きるのはどうかと思ってしまうのであります。本日の会場には、この世代の方も大勢お見えになっているかもしれませんが、こうした団塊の世代の人たちにこそ、希望の国の実現に向けて挑戦する心を大いに発揮していただきたいと思うのであります。

「希望の国」の三番目の柱は、「世界から尊敬され、親しみを持たれる国」であるということであります。
国際社会が抱える課題は、まさに山積しております。多角的通商体制の強化、環境・エネルギー問題への対応、貧困問題の解決、さらには、国際的な安全保障問題など、幅広い分野において日本の貢献が求められております。とりわけ、中国をはじめ新興途上国が急激な成長を遂げるなかで、地球環境やエネルギーの問題がますます深刻になっております。こうした分野では、日本がもつ優れた技術をいかしながら、わが国ならではの貢献をしていくことが可能であります。国際社会からの期待も大きいと考えております。

5.「希望の国」実現に向けた優先課題

以上が、われわれが考える「希望の国」の三つの特徴であります。
この「希望の国」の実現に向けてどのような課題に取り組むべきか、「概要」の右側のページに、列挙しております。まず、大きな柱として、第一の「新しい成長エンジンに点火する」から、第五の「教育を再生し、社会の絆を固くする」まで、五つの項目を挙げております。この五本の柱にそって、(1)のイノベーションの推進から、(19)の憲法改正まで19の具体的課題を整理し、それぞれ詳細を述べております。その上で、資料では136ページ以降になりますが、「アクションプログラム2011」と題しまして、当面5年間で取り組むべき項目を全部で114個にブレイクダウンして、特記しております。
大変に広範で、網羅的ではありますけれども、これらすべての課題に、同時並行的に取り組むことを通じて、「希望の国」への道筋が切り開かれるものと考えております。
冒頭に私は、今回のビジョンは具体的な行動計画であると申し上げました。それは即ち、ビジョンで掲げる目標は、単なる将来の絵姿とするのではなく、実現に向けて、直ちに行動に移していかなければならない、ということであります。
そこで、経団連自体が、こうした膨大な課題にどう取り組んでいくのか、あるいは、どう取り組んでいけるのか、ということですが、経団連には経済政策委員会や財政制度委員会などをはじめ、全部で51の政策委員会・特別委員会があります。また、アメリカ委員会や中国委員会などといった、22の国際委員会がございます。
そのそれぞれについて、経団連の副会長をはじめ、有力な企業のトップの方々に委員長になっていただいております。また、会員企業の高い意識と専門性を持った役員や幹部の方々が、それぞれの委員会や部会のメンバーとなって、日々、精力的に活動しております。
こうして見ますと、経団連の活動を支える事務局はせいぜい200人程度と、言ってみればささやかな存在ですけれども、委員会の活動全体を通して見れば、延べ何千人もの人たちが経団連活動に従事しているわけでありまして、その範囲は大変に幅が広く、また、強力な推進力を持っていると思います。
それぞれの委員会はこれまでも日本の経済全体を良くしていくために、活動を続けてまいりましたが、今回、この新しいビジョンを出したことをきっかけといたしまして、ビジョンに掲げた目標を分担し、その実現に向けて、全ての委員会が全力であたるよう、私から改めて、大号令をかけているところであります。
それでは、優先課題の具体的な内容について申し上げたいと思います。ただし、すべての項目にわたってご紹介しておりますと、時間がいくらあっても足りませんので、本日は重要なポイントに絞って、お話をさせていただきたいと思います。まず、優先課題としてとり上げた五つの柱が、どのような関係にあるかということでございますが、23ページをご覧いただきますと、概念図のようなものを載せております。
上の二つのハコ、「新しい成長エンジン」と、「アジアとともに」というところが、経済の持続的成長を実現するために直接関わってくる、二本の柱であります。次に、下の三つのハコ、「政府の役割」、「道州制や労働市場」、「教育」、といった項目は、国の基本をなす基盤に関わる問題であります。
通常、イノベーションと言いますと、研究開発からスタートして、新しい製品やサービスが生まれ、新たな市場が拡大し、経済社会の発展につながっていくという、一連のプロセスを意味するものであります。こうした、本来の意味におけるイノベーションこそが、日本経済を発展させる原動力であり、今後ますます、このプロセスを加速していかなければならないことは、いうまでもありません。
同時に、ここで挙げたような、政府部門の改革、中央と地方の関係の見直し、教育のたて直しといった問題も、広い意味におけるイノベーションであると考えられます。中長期的に、日本全体を豊かにし、国民一人ひとりの生活水準を高めていくためには、このような国の基礎をかたちづくる、経済社会の制度面、体制面に踏み込んだイノベーションが求められるのであります。

五本柱の関係をご理解いただいたところで、最初の「概要」のページに戻っていただきたいと思います。
まず、一番目の、「新しい成長エンジンに点火する」という柱は、ひと言で申しますと、日本経済の足腰を鍛えなおすということであります。その基本となるのが、これまで何回も申し上げてまいりましたが、イノベーションの推進、先ほどの用語法でいきますと、科学技術を基点とする、もともとの意味でのイノベーションを加速するということであります。
イノベーションを担う中核は、われわれ民間企業であり、新しい製品やサービスを生み出していくために、より一層の努力を重ねていく必要がございます。逆に、そうしないことには、企業として生き残っていけないのが、市場経済の鉄則であります。実際に、失われた10何年と言われる期間において、民間部門では血のにじむようなリストラを進めました。その一方で、研究開発だけは、未来に向けて、なくてはならない投資として、歯を食いしばって維持し、あるいは拡大してきた企業が多かったと思っております。
現在、デジタル家電や、環境性能の高い自動車、あるいは高品質の素材産業など、広い範囲にわたる分野が活況を呈しているのも、そのような企業努力があって、はじめて可能となったのであります。ただし、科学技術の水準がますます進化し、また、グローバルな競争が激しくなるなかで、イノベーションを生み出すために、政府が果たすべき役割が大変大きくなっていることも確かであります。
具体的には、民間企業がなかなか手を出しにくいような基礎研究の推進であり、また、制度面では、知的財産政策や国際標準に関する戦略を強化することであります。現在、政府においては、「科学技術基本計画」や「知的財産推進計画」などが、国家戦略として推進されており、従来に比べれば、この分野の政策は、かなり強化されてきてはおります。とりわけ、科学技術基本計画では、政府の研究開発投資額を5年間で25兆円、諸外国なみのGDP比1%の水準まで積み増すことを掲げており、経済界はこの方針を強く支持しております。
ただし、研究開発予算を増やしたとしても、それが重要な研究分野に、重点的、効率的に投入されるということが大切であります。
たとえば、アメリカでは、NASAやNIHといった世界的な研究開発拠点に対して、資金が重点的に投入され、宇宙開発やバイオなどの基礎研究が、素材産業や医薬など、具体的な成果にまでつながっております。
そこでビジョンでは、2010年までに、30以上の世界的研究拠点を整備することを目標として掲げました。これは、言うは易しで、非常にハードルの高い目標ではございますが、こうした意気込みで、官民が力を合わせ、日本全体を世界のイノベーション・センターにするために、全力を挙げていくことが重要だと考えております。

二番目の、「アジアとともに世界を支える」という柱は、考え方としては、世界経済のダイナミズムを活用しつつ、日本自らも成長を遂げていくということであります。
いま、世界経済は、かつてない速度で成長を続けております。世界全体の成長率を見ますと、4%から5%という、高い水準を保っております。日本の周りを見渡せば、マーケットはふんだんにあるのです。成長へのチャンス、成長への「窓」が、大きく開かれているのであります。したがって、国と国との間の貿易障壁を撤廃して、市場の一体化を進めていくことが重要であります。
市場が統合され、企業活動がシームレスに行えるようになればそれは、日本の国内の規模が拡大するのと、同じ意味を持つことになります。
この点について、日本はかねてより、WTOを中心とする多角的貿易交渉と、二国間のEPAの締結を、車の両輪として進めてまいりました。ただし、現実問題としては、WTOの新ラウンドは交渉がもつれ、スタックしております。このため、当面は、二国間・多国間のEPA交渉を加速していくために、全力を挙げるべきだと考えております。
これまで、シンガポールやマレーシアとのEPAはすでに発効しており、フィリピンやタイ、インドネシアなどとのEPAも、ほぼ出来上がりつつあります。ただし、韓国との交渉は中断しており、中国とはまだこれからという状況にございます。しかしこのような交渉をさらにスピードアップさせていかなければならないと思っております。ビジョンでは、2015年までに、東アジア全域にわたるEPAを完成させることを目標にしております。
いま申し上げた二つの課題は、「イノベーション&オープン」ということで、安倍政権の進める政策の中にも重要項目として組み込まれておりますが、日本を新しい成長経済へと移行させていく上で、もうひとつ欠かせない柱があります。法人税制の見直しであります。
EPAやFTAにより、市場が世界的に一体化することにより、企業活動から国境の壁は取り払われていきます。研究開発、生産、流通、販売まで、グローバルに立地の最適化が進むこととなります。また、そうしない限り、各国企業との厳しい競争に打ち勝ち、市場で生き残ることはできません。
そういたしますと、企業の公的負担、とりわけ法人実効税率の水準が、企業が投資判断を行うにあたっての重要なメルクマールとなってまいります。投資環境が劣位にある国・地域は、多くの企業を引き付けておくことは難しくなるでしょう。その結果として、十分な雇用や税収の水準を確保できなくなるかもしれません。
このことは、厳しいようですが、グローバルな経済における現実であります。そしてこれを我々は直視しなければなりません。実際に、こうした状況を認識した国々は、法人税の軽減に動いており、良い悪いは別として、世界的には、法人税の引き下げ競争が展開されております。
例えば、EU諸国の平均税率は、1990年代前半は40%近くでしたが、現在は25%台まで下がってきております。欧州の先進国のなかでは、今のところドイツは日本と並んで税率が約40%と、国際的にも高い水準にあります。しかし、私が昨年10月、ドイツを訪れた際、メルケル首相は、ドイツの競争力を強化するために、法人税率を30%以下に引き下げたいと、強い決意を表明しておられました。
グローバル経済において、企業が生き残っていくためには、他の企業に打ち勝つ優位性、すなわち、コンペティティブ・エッジを確立しなければなりません。それと同じように、国としての投資環境そのものに関しても、他の国より有利であるか、少なくとも劣後しないという、制度としてのコンペティティブ・エッジが求められるのであります。
法人税の問題は、企業優遇かどうかといった矮小化された議論ではなく、日本の経済が、グローバルな競争のなかで、いかにして生き残っていけるかという観点から、考えていく必要があると思っております。ビジョンでは、こうした骨太の成長戦略の考え方に基づき、法人実効税率を現在の40%から30%程度へ引き下げていくことを掲げております。

三番目の、「政府の役割を再定義する」という柱は、行財政改革、社会保障制度改革、税制改革、という三つの項目からなっております。
財政の持続可能性を確保し、また、国民生活の安心の前提となる社会保障制度を安定的に維持していくために、これらを一体的に見直していく必要がございます。基本的な考え方としては、第一に、経済成長と財政健全化の両立を図ること、第二に、行財政改革を徹底し、筋肉質の「小さな政府」を作ることが重要であります。
われわれは、「成長なくして財政再建なし」という考え方は、基本的に正しいと思っております。税収は名目GDPに比例いたしますので、経済がデフレに陥れば、税収も落ち込み、巨額の政府債務を返済していくことも、できなくなるのであります。諸外国の財政健全化への取り組みを見ておりましても、経済が順調に拡大する環境がない限り、財政を健全化することは不可能であると考えられます。
ただし、成長「なくして」といいますのは、成長を続けてさえすれば、自然に財政が健全化するということを意味するものではありません。成長戦略をとるなかで、同時に財政健全化に向けた努力は、それはそれとして行う必要があります。その意味で、あくまで「車の両輪」であると、認識いたしております。
これに対し、昨年に閣議決定されました、政府のいわゆる「骨太の方針」では、来年度から5年間の、包括的な歳出削減の方針が定められました。今国会で審議される来年度予算案でも、きっちりとその方針が貫かれていることは、良いことだと思います。
政府の現在の方針は、2011年度に、国・地方を合わせたプライマリー・バランスを、黒字化するというものであります。われわれは、この方針を強く支持しております。しかし同時に、ビジョンで強調していることは、プライマリー・バランスの黒字化は、財政健全化に向けての第一歩、いわば一里塚である。そしてさらなる改革を続ける必要がある、ということであります。
プライマリー・バランスとは、いうまでもなく、債務の返済分を除いた歳出と税収が等しくなるということであります。その年の政策的な経費をその年の税収で賄えるようになるというと、聞こえは良いし、安心できるような気もしますが、逆にいうと、借金の元利払いは、新たな借金で賄っているということであります。経営者の目から見ますと、要するに「自転車操業」に過ぎないのであります。
ビジョンでは、プライマリー・バランスを黒字化した後の目標として、国・地方それぞれについて、債務残高のGDPに対する割合を着実に低下させていくことを掲げております。今日現在、債務残高対GDP比は約150%と、世界でも類を見ないほどの高率となっております。
このような中長期的な財政再建目標に向けて取り組んでいくなかで、先ほどから申し上げておりますように、まずは、歳出削減に最大限、力を入れることは当然であります。しかし、国民の安心の基礎となる社会保障制度を安定的に維持していくことなどを考えますと、歳入面の見直しも、やはり、避けては通れないと考えております。
このため、ビジョンでは、新たな財源として、5年後の2011年度までに消費税率を2%程度引き上げることはやむを得ない、としております。ただし、現実にどのような歳入改革を行うかについては、今後の歳出改革の進捗度合いや、経済の動向、国・地方の財政事情などを踏まえながら、広く国民的に議論して、決めていく必要があることは言うまでもございません。

四番目の柱は、道州制や労働市場の改革、少子化対策でございますが、このうちの「道州制の導入」は、私の思いとしても、ビジョンでもっとも強調したい項目であります。
これまで日本は、中央と47都道府県が結びついた中央集権型のシステムで、発展を遂げてまいりました。こうした仕組みは、発展途上型の経済で、中央であらゆる政策を決め、資源配分を行うことが効率的だった時代には、うまく適合していたかもしれません。
しかし、新しい成長経済においては、地域が自らの知恵と努力で、自立することが必要であります。いまの47都道府県の仕組みのままでは、自らの足で立てないところも多いでしょう。
そこで必要となるのが道州制であります。一定の人口、面積、産業の集積や大学などの知的拠点を備えた「広域経済圏」を作ることで、それぞれの地域が自立することが可能となると考えられます。各地域が豊かにならない限り、日本全体の豊かさにもつながりません。
100年以上続いてきた体制を変えるわけで、具体的な制度設計を行うための論点は多岐にわたっております。そこで、経団連としても、昨年末に、道州制に関する検討会を設置して、勉強を開始しております。「希望の国」の実現に欠かせない重要な課題でございますので、しっかりと取り組んでいきたいと考えております。

最後の五番目の柱は、教育の再生、企業倫理の徹底、政治への参画、憲法改正ということで、国のかたちの基礎をなす問題でございます。
このうち、われわれ経済界の責任として、肝に銘じなければならないのはCSRの推進と企業倫理の徹底だと考えております。「希望の国」の実現に向けたビジョンを掲げる以上、自らが社会に積極的に貢献し、また、企業不祥事を引き起こさないよう、改めて、身を引き締めていかなければなりません。85ページに、経団連の企業行動憲章の全文を、あえて掲載しております。
ビジョンの本文で、この項目にさいているページ数は少ないのですけれども、それは、とりもなおさず、企業として取り組むべきことは、この企業行動憲章に、すべて書いてあるということであります。経団連としては、引き続き、企業行動憲章の遵守を会員企業に徹底してまいりたいと考えております。

6.おわりに

以上、ビジョンの内容を中心に、お話をさせていただきました。
最後に、「希望の国、日本」というタイトルについて申し上げるのを忘れておりましたが、これは、昨年5月の経団連総会で私から申し上げ、いわば、会員の総意として決まったものでございます。
「希望」という言葉は非常にシンプルですけれども、この10何年間、暗く厳しい時代が続くなかで、われわれが、なかば失いかけていた言葉かもしれません。そして、いまの日本にとって、最も必要とされる言葉でもあると思うのであります。このような思いから、あえて直球で、「希望の国」を題したビジョンを、世に問うたのであります。
もちろんこれは、われわれなりの考え方であります。日本を「希望の国」にしていくために、国民が議論を重ね、力を合わせて、行動していくことが、何よりも大切だと考えております。
ご清聴ありがとうございました。

以上

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