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「希望の国、日本」の実現に向けて

〜読売国際経済懇話会(YIES)における御手洗会長講演〜

2007年2月19日(月) 12:00〜14:00
於 経団連会館 ダイアモンドルーム

はじめに

ただいまご紹介に預かりました、御手洗でございます。
本日は、伝統ある読売国際経済懇話会にお招きいただき、お話をさせていただく機会を頂戴いたしましたこと、大変光栄に存じます。
経団連では、今年の年明けに、「希望の国、日本」と題する、将来ビジョンを発表いたしました。皆様のお手元に、冊子をお配りしておりますけれども、本日は、このビジョンの内容を中心に、また、ビジョンに込めた私自身としての思いも含めまして、お話をさせていただければと、思います。

ビジョンの意義

まずはじめに、なぜ今、われわれ経済界が、日本の将来ビジョンを出すのか、という点について、申し上げたいと思います。
その理由を、ひと言で申しますと、持続的に経済を成長させることを通じまして、日本の国全体を豊かにしていきたい、そして、国民一人ひとりの暮らしを、より良くしていきたいと、切に願うからであります。しかし、日本を豊かにしたい、国民の生活を良くしていきたいと申しましても、単に漠然と言っているだけでは、現実は何も変わりません。
日頃から、企業経営に携わる立場といたしまして、組織を長期的に発展させていく上で、何よりも欠かせないことは、目指すべき目標を、明確に設定することであります。私は、これは、国家の運営に際しましても、あるいは、一人ひとりの人生をどう過ごしていくかを考えましても、同じではないかと思っています。
この10何年か、われわれが目指してきたのは、デフレスパイラルに陥った日本経済を、何とか正常化させる、ということであったかと思います。デフレからの脱却こそが、国民共通の願いであり、最大の目標であったといっても、過言ではありません。
失われた10年、あるいは10何年などとも言われますが、これまで長い間、大変に暗く、厳しい時代が続きました。しかし、国民一人ひとりが頑張り、また、企業も、経営改革に懸命に取り組みました。政府にも、さまざまな構造改革を通じて、こうした民間の取り組みを、強力にバックアップしてもらいました。その結果、日本経済はようやく、デフレからの完全な脱却を、展望できるところまでまいりました。
しかしながら、今の日本が置かれております状況は、単なる不況からの立ち直り、というだけにとどまらないのではないかと思います。もう少し、高い視点から、眺めてみますと、今の日本は、歴史的な転換点に直面している、と考えられます。90年代以降の日本は、明治維新、戦後の民主化に続く、第三の開国が求められている、と言うこともできるのではないかと思います。
歴史を振り返ってみますと、一つの時代が終わり、新しい時代が始まるまでには、おおよそ15年程度の期間を要するように思います。例えば、幕末にペリーが黒船で来航して明治維新までが、ちょうど15年でありました。その後、日本は、本格的な近代国家への発展を開始したのであります。また、太平洋戦争が始まり、敗戦を経て、日本が国連に加盟して、国際社会に復帰するまでの期間が、やはり15年であります。それからの日本が、奇跡的な高度成長を遂げたことは、改めて申し上げるまでもありません。今回、1991年にバブルが崩壊してから、デフレを克服し、経済が正常化するまでに、やはり15年という時間を要しました。
このようにして考えますと、デフレ不況という長いトンネルを抜けた現在、われわれが、まさに今、立っているのは、新しい時代に向かってのスタート地点にほかならないと、思うのであります。
こうした時期において、最も重要なことは、日本が目指すべき目標を、改めて共有することであります。そして、国民が協力しあいながら、行動していくことが重要だと、思うのであります。「信念を持つ者は、前を向く」という言葉がございます。このように考えまして、今回、われわれ経済界なりの考え方として、新しいビジョンを、世に問うたのであります。
「希望の国」というタイトルは、昨年5月に、私が経団連の会長に選任された際、経団連の総会で私から申し上げ、会員の総意として、決まったものであります。希望という言葉は非常にシンプルではありますが、これまで10何年か、厳しい時代が続くなかで、われわれがなかば忘れかけていた言葉かもしれません。そして、いま、われわれが、必ず取り戻さなければならない言葉であると、思うのであります。そうした意味で、希望の国、と題するビジョンを打ち出したのであります。

新しい時代における潮流変化

それでは、われわれがこれから向かっていく、新しい時代とは、いかなるものとなるのでしょうか。ビジョンでは、今後10年間に予想される潮流の変化として、二つのポイントをあげております。
その第一は、グローバル化のさらなる進展であります。そして第二は、人口減少と少子高齢化の進行であります。

第一の、経済のグローバル化が、本格化したのは、1990年代のはじめ、東西の冷戦が終了したことによるものであります。その結果、従来の西側先進国に加えまして、旧社会主義国や、途上国を含め、非常に多くの国々が、市場経済に参入し、経済発展に向けた大競争が始まりました。
私は、昨年5月に、経団連の会長に選任されてから、多くの国々を訪れました。具体的には、中国、ベルギー、ドイツ、フランス、イギリス、ベトナム、韓国、アメリカ、オーストラリアと、全部で9カ国を訪問し、経済界や政界の首脳と、意見を交換してまいりました。これらの国々は、いずれも、経済のグローバル化に積極果敢に対応し、力強い成長を遂げておりました。それと同時に、私が、強く感銘を受けましたことは、各国のトップ層、すなわち、政治家も、官僚も、そして経済人も含めまして、経済の競争力を強化し、国民生活を向上させることが、国家の重要な目標であることを、強く認識し、日々、努力を重ねている、ということであります。
例えば、中国がこのところ力強い成長を遂げていることは、皆さんもよくご承知の通りであります。近年の平均成長率は、10%近くを維持しております。沿岸部を中心に中間所得層も大いに育ってきております。また、安い労務費を武器にした産業だけでなく、知識集約型の産業の強化、高度な人材の育成なども、着実に進められています。また、ベトナムの経済も、大変な活気に満ち溢れておりました。2005年、2006年の経済成長率は8%を越える水準に達しております。
高い成長を遂げておりますのは、こうした新興途上国だけではありません。例えば、アメリカは、グローバル経済の中心として、長期にわたる繁栄を遂げております。しかし、アメリカ経済にも、かつては長期にわたり、苦しかった時期はありました。
私は、1966年にアメリカに渡り、以後23年間、アメリカ社会で過ごしました。1960年代のアメリカは、いわゆるゴールデン・シックスティーズ、黄金の60年代と言われるように、経済の繁栄を謳歌しておりました。しかし、1970年代に入りますと、一転、深刻な経済停滞に見舞われることになりました。ベトナム戦争の影響、オイルショック、金本位制の廃止などもありまして、この時代は、社会に厭世的なムードが蔓延し、沈滞していたことを、よく覚えております。
こうした状況を打破したのが、1981年に登場したレーガン大統領であります。レーガン大統領は、強いアメリカの復興をスローガンに掲げ、サプライサイド・エコノミー、つまり供給側の再生・強化のために、大胆な税制改革や、幅広い分野における規制の撤廃、イノベーション政策の強化などを通じて、アメリカ経済の足腰を鍛えなおしました。その結果、アメリカ経済は見事に復活し、1990年代以降も、経済のグローバル化を牽引し、今なお、成長を続けていることは皆さんご承知の通りであります。
イギリス経済も同様であります。1970年代のイギリス経済も、英国病などと揶揄されておりました。しかし、サッチャー政権による大胆な構造改革の結果、グローバル経済に対応できる、力強い経済として蘇りました。そして、イギリス経済は、なんと15年間も連続で、プラスの成長を実現しているのであります。ちなみに、今月はじめに訪れましたオーストラリアも、15年間にわたって、平均3.5%という高い成長を遂げております。
このようにして考えますと、経済のグローバル化の進展は、およそ全ての国に対して、経済を成長させるチャンスを提供するものであると、言えるのではないでしょうか。
同時に、いま申し上げましたような、アメリカやイギリスの経験は、経済が成熟した先進国であっても、国のリーダーが明確な目標を掲げ、国民が一丸となって努力することで、強い経済を復活させることは十分可能だということを、証明しています。
翻って、日本の90年代の状況を見ますと、バブル崩壊の後始末に悪戦苦闘していたこともあって、国全体としては、グローバル化がもたらすチャンスを、十分に活かすことができませんでした。この10年間の年平均成長率は、わずか1%強であります。多くの国々が、高い成長を遂げるなかで、いわば足踏みしているような状態だったのであります。
しかし、先ほどから申し上げておりますように、不良債権問題をはじめ、日本経済の足枷となっていた問題は、いまや完全に解消いたしました。これからは、グローバル経済のダイナミズムを大いに活かして、諸外国に負けずに、成長に向けた競争に参加していかなければならないと、思うのであります。

さて、新しい時代における潮流変化の、二番目の問題は、人口減少と少子高齢化の進行であります。日本は、2005年からいよいよ、総人口が減少する時代に突入いたしました。そして、少なくとも当分の間、次第に人口が減っていくことは、避けることのできない事実であります。
しかし、重要なことは、これにどう立ち向かっていくか、ということではないでしょうか。そもそも、人口減少の影響に、あまり過剰反応して、悲観的になる必要はないと思います。冷静に分析してみますと、わが国の経済成長において、人口の要因が寄与してきた割合は、ごく小さなものでしかありませんでした。これは、高い成長率を誇った高度成長期においてさえ、同じであります。
日本経済の成長は、これまで常に、イノベーションを中心に、生産性を向上させることを通じて成し遂げられてきたのであります。そして、このことは、これから先も同じだと、確信いたしております。また、われわれにとって幸いなことに、これから10年程度の間は、適切な政策対応を行っていくことによりまして、人口減少が経済へ与えるインパクトは、ごくわずかなものに抑えることが可能なのであります。したがいまして、問題は、今後10年の間に、人口減少下においても、確かな成長を可能とする、新しい成長モデルを確立できるかどうか、ということにかかっているのであります。
世界を見渡せば、人口減少に見舞われるのは、何も日本だけではありません。例えば、お隣の韓国や中国、あるいは、アメリカは例外といたしましても、多くの先進諸国も、近い将来には、人口が減少していくと、見られております。
したがって、考えようによりましては、日本は多くの国々が直面するであろう課題に、いち早く取り組むことになったと、見ることもできるわけであります。われわれは人口減少を、あまり悲観的にばかり考えるのではなく、むしろ、国際社会が抱える問題に、日本が解決策を提示してやろう、というくらいの意気込みで、立ち向かっていく必要があるのではないか、と思うのであります。

めざす国のかたち

それでは、いま申し上げましたような時代の変化のなかで、日本がこれから、どのような国を目指すべきか。すなわち、われわれが考える、希望の国のかたちにつきまして、申し上げたいと思います。
資料をお開きいただきまして、序文と目次の後に、ビジョンの概要をまとめております。こちらをご覧ください。
まず、めざす国のかたちと致しまして、三つの柱を掲げております。その第一は、精神面を含め、より豊かな生活であり、第二は、開かれた機会、公正な競争に支えられた社会であります。そして第三は、世界から尊敬され、親しみを持たれる国であります。

第一の柱の中心となるものは、先ほどから何回も申し上げております通り、持続的な経済成長の実現であります。持続的な経済成長は、国民の日々の暮らしを支える基盤であります。経済が拡大していく環境がないかぎりは、国民の所得や、雇用は増えていきません。また、良好な経済環境のもとで、税収などが着実に入ってきませんと、国民の安心の基礎となる社会保障制度を、安定的に維持していくことも、できなくなるわけであります。もちろん、経済成長だけで、社会のすべての問題を解決できるわけではありません。
また、環境保全などの問題を後回しにして、何が何でも経済を成長させるべきだ、ということを言っているわけでもありません。こうした諸問題には、それぞれ、適切に対応していく必要があることは、当然であります。
しかし、経済が着実に成長していかないことには、国民生活を支える雇用や所得は失われ、多くの国民が困難な状況に直面することになるのであります。その意味で、持続的な経済成長は、国民生活の安定、生活水準の向上を図るうえで、欠かすことのできない前提条件であると、言えるのだと思います。われわれ自身のことを考えましても、子供や孫の生活が、自分たちの世代よりも貧しくなっても構わないなどと思う人は、誰一人いないと思います。やはり、人間誰でも、今日より明日、明日よりあさっての暮らしが良くなる、そうした希望を持つことができて、はじめて、日々働き、学び、あるいは、子供を育てていく活力が、沸いてくるのではないでしょうか。こうしたことから、持続的な経済成長の重要性を、希望の国をかたち作る、第一の柱に置いたのであります。
それでは、今後の日本経済が、どれくらいの成長を遂げられるのでありましょうか。結論から先に申しますと、今後10年の平均で、実質では2.2%、名目では3.3%の経済成長率を実現することは、十分可能であると考えております。これは、後ほど申し上げますけれども、イノベーションや生産性の向上、内外の新しい需要の創出など、ビジョンで掲げました改革の効果を織り込みまして、独自にマクロ経済モデルを作成して、検証した結論であります。一人あたりの国民所得に直しますと、10年間で30%、生活水準が向上することとなります。
この実質2.2%という数字につきまして、アメリカやイギリスが、この10年間の平均で3%の実質成長率を維持していることを考えますと、やや、物足りないという感じがするかもしれません。他方で、日本のこの10年間の平均成長率は、先ほど申し上げましたように、1%少ししかありませんでした。したがって、これに比べますと、およそ倍増ということになります。
この点をめぐっては、われわれがビジョンを年明けに出しました後、1月下旬には、政府から、「日本経済の進路と戦略」という表題で、日本経済の中期の経済展望が出されました。これによりますと、成長を高めるための改革が進んだケースで、やはり実質で2%強、名目で3%強という数字が、算出されているのであります。期せずして、民間と政府の両部門から、今後の日本経済が目指すべき成長率につきまして、ほぼ同水準の目標が、示されたわけであります。
したがいまして、今後これを、必達目標と申しますか、少なくともこの目標は必ず実現するということで、官民が力を合わせて、新しい成長モデルの確立に向けて、取り組んでいくことが重要だと考えております。
さて、ただいま経済成長の数字的な側面について、お話しいたしました。しかし、改めて申し上げるまでもありませんが、人間の幸福というものは、物質的な豊かさだけで計ることは、できないのであります。やはり、精神面での充実を伴って、はじめて、真の意味における豊かな生活と言えるのではないかと、思うのであります。その意味におきまして、希望の国の第一の柱として、精神面も含め、豊かな生活という概念を、強調しているのであります。
ただし、精神面の豊かさは、文字通り、数字では計れませんし、また、個人ごとに、求められる内容は異なって当然であります。そうした中で、例えば、清貧というような概念を、重視する人があっても良いのではないかと思います。また、最近は、日本語の「もったいない」という言葉が、海外でも使われるようになっているようであります。このような、日本人が伝統的に大切にしてきた節約の精神は、いま、世界的な課題となっております、地球環境の保全などといった取り組みにつながると思います。
あるいは、豊かで成熟した経済社会におきましては、物質面や金銭面の豊かさと、人間としての徳や品格といったものとの両立を考えることも、ますます重要となってくると私は思っています。例えば、アメリカでは、社会貢献や寄付の文化が、非常に発達しております。社会的に成功をおさめた人々の多くは、社会福祉や教育機関などに、かなりの額の寄付を、当たり前のように行っているのであります。また、私がアメリカ社会で過ごす中で感じましたのは、極端な富裕層だけではなく、社会のごく普通の人たちの間にも、広くチャリティの精神が根付いているということであります。データを見てみますと、アメリカにおける、個人の寄付金の総額は、年間約23兆円と、日本の100倍以上となっております。こうした面におきましては、日本はまだまだ改善すべき点が多いように、思うのであります。

さて、希望の国をかたち作る、二番目の柱は、開かれた機会、公正な競争に支えられた社会、ということであります。これは、日本に住む人、一人ひとり、あるいは、海外から日本にやってきた人も含めまして、すべての人々に、成功へのチャレンジの機会が、平等に開かれている、ということであります。
明治時代に福沢諭吉は、封建制度は親のカタキでござる、と書きましたけれども、生まれながらにして、チャレンジの機会が狭められてしまっていたり、あるいは、一度でも失敗すると、再挑戦の機会が閉ざされてしまう、ということであっては、希望の国と言うことはできないのであります。したがって、この点については、社会の中から、様々な壁を取り払って、個人の努力と研鑽次第で、どこまでも、あるいは、何回でもチャレンジしていくことのできる社会の仕組みを、作っていくことが重要であります。
いま考えると、信じられないような気もするのですが、少し前を振り返っただけでも、日本の社会の中に、個人の力では越えることが難しい壁が、いくつかあったことは確かであります。例えば、皆さんが会社に就職した時代がそうだったかもしれませんが、昔は、新卒でなければ、企業にしても、官庁にしても、なかなか就職しにくいなどということが、往々にしてあったのではないでしょうか。あるいは、男女雇用機会 均等法以前は、社会に出た女性が、男性と同等に働いていくことは、大変な努力を必要としたことも、確かであろうと思います。
今ではもちろん、そうしたことはまったくないのであります。例えば、企業においても、あるいは、官庁においてもそうだと思いますが、女性が仕事の中心となって働く姿は、もはや当たり前の光景となりました。また、多くの企業では、中途採用や、第二新卒といった人たちの採用も、日常的に行われるようになっております。現に、私の会社でも、さまざまな経験を持った人を年中採用し、大いに活躍してもらっているのであります。あるいは、社会に出た後に、学校に戻って勉強し直すということも、昔は、学者を目指す人などは別にいたしまして、あまり一般的ではなかったかもしれません。しかし、今の、とくに若い人たちの間では、スキルアップのために学び直すということは、ごく普通のこととなっているのではないでしょうか。実際に、いわゆるロースクールや、あるいは、そこまで高度なものでなくても、社会人が通うことができる様々な講座が、夜間に通うものも含めて、今ではかなり、整備されてきているように思えます。
ところで、アメリカの社会では、こうしたことは、昔から当たり前だったのであります。例えば、私が、アメリカで会社を経営する中で、現地で採用した社員を、奨学金を与えて学校に通わせまして、弁護士や公認会計士の資格をとらせる、などということもたくさんありました。また、私自身のことで恐縮ですけれども、私も、アメリカに渡ってしばらくの間は、平日会社が終わってから、あるいは週末に、語学の学校に通ったり、会計を習いに大学に行ったりして、必死になって勉強したこともございました。
そうしたことを考えますと、ようやく日本も、アメリカの社会環境に追いついてきたな、という感じがしなくもないのですが、個人の努力と心がけ次第では、さまざまにチャレンジし、あるいは、再チャレンジできる環境が、かなり充実してきたのではないかと、思うのであります。
したがいまして、いま重要なことは、一人ひとりが、様々な人生の課題にチャレンジする気概を持つ、あるいは、取り戻すということなのではないかと、思うのであります。そして、個人の努力の成果が、正当に報われるようにすることであります。こうしたことを踏まえまして、ビジョンでは、結果の平等ではなく、機会の平等を重視することの重要性を、訴えているのであります。
さて、こうしたことと関連するのかもしれませんが、いま、格差社会ということが、盛んに言われるわけであります。この点につきましても、ビジョンの理念に即して言うならば、平等な機会と努力の結果として生じる格差は、正当なものとして、受け入れていくことが重要だと、考えるわけであります。他方、個人の努力だけでは、乗り越えられないような格差につきましては、出来る限り、解消していくことが重要であります。
したがいまして、一言で格差と申しましても、それが何に起因しているのかを、よく見極めることが、まずは必要であります。例えば、格差問題ということで、いま大変に問題となっておりますのは、フリーターをはじめとする若年層の雇用問題であります。しかし、こうした問題が、根本的にどこから生じてきたかを考えますと、それは、経済が十分な成長を遂げられなかったことに、起因しているのであります。
フリーターと呼ばれる層が大きく増えましたのは、90年代に入って、バブルが崩壊し、経済がデフレに陥った期間においてであります。逆に、2002年以降、景気回復が始まってからは、フリーターの数は頭打ちとなり、2004年以降は、減少に転じているのであります。また、新卒の就職が氷河期と言われるほどに悪化いたしましたのも、90年代後半に、経済が失速したことによるのであります。足もとでは、新卒の採用は、まさに引く手あまた、という状況になっております。
また、格差の問題の最たるものの1つである失業につきましても、完全失業率の推移を見てみますと、最悪の時期には、6%近くまで上昇いたしましたが、現在では、4%程度にまで低下してまいりました。有効求人倍率も、昨年は14年ぶりに1倍を超えております。地域によるばらつきはありますけれども、平均では、希望すればすべての人が、職につけるという状況にまで、改善しているのであります。
現在、企業におきましても、優秀な人材を、積極的に正社員に採用する、あるいは、派遣社員やパートという形で雇用していた人たちを、正社員に転換するという仕組みを活用する企業が、かなり増えてきているのであります。経団連の会員企業を対象とした調査でも、採用人数を増やした企業の割合は、4年連続で上昇しているという結果が出ております。
このようにして考えますと、若年層を含め、雇用の問題を解消していくためにも、基本的には、経済を安定的に成長させていくことが、何よりも必要だと、考えられるのであります。
問題が残るとすれば、一つには、就職氷河期の時期に社会に出た若い世代の能力開発を、どう行っていくかということが、あろうかと思います。このような世代の人たちが、たとえ働く意欲はあっても、職業能力を高める機会に恵まれず、その結果、しっかりとした職にも就きにくいという、悪循環に取り残されるようなことが、あってはなりません。こうした問題については、社会全体として、取り組んでいく必要があろうと思います。
まず、企業においては、人事・報酬制度の改革が求められます。基本的な方向性としては、従来型の年功序列賃金を見直し、職務と役割に基づく賃金体系に変えていくことが、重要であります。そうすることによりまして、年齢や性別とは関係なく、能力がある人は、たとえ若い方であっても、年配の方であっても、積極的に評価していくことが、できるようになるわけであります。また、政府の政策と致しましては、フリーターを含め、意欲を持つ人たちの職業能力を高めていくためのプログラムを、早急かつ抜本的に、拡充していくことが、重要な課題であると思います。

さて、希望の国をかたち作る三つの柱のうち、最後の三番目の柱は、世界から尊敬され、親しみを持たれる国である、ということであります。
国際社会が抱える課題は、まさに山積しております。多角的通商体制の強化、環境・エネルギー問題への対応、貧困問題の解決、さらには、国際的な安全保障問題など、幅広い分野において、日本の貢献が求められております。とりわけ、中国をはじめ、新興途上国が急激な成長を遂げるなかで、地球環境や資源エネルギーの問題がますます深刻になっております。こうした分野では、日本がもつ優れた技術をいかしながら、わが国ならではの貢献を果たしていくことが可能であり、国際社会からの期待も大きいと考えております。
また、世界から尊敬され、親しみを持たれるということは、自ら求めるものというよりは、むしろ、結果としてそうなる、という側面も大きいのではないかと考えております。
世界から尊敬されるというからには、まずは、その国自身が、大いに繁栄し、国際社会における存在感を、強めていかなければなりません。世界の国々が早いスピードで発展し続けるなかで、十分な成長を遂げられないというようなことでは、日本は、世界からの尊敬を受けるどころか、極東の片隅に置かれた周辺国の一つに、なりかねないのであります。また、日本が、海外の人々からみて、行ってみたい、住んでみたいという、オープンな社会であってはじめて日本に対する親しみも、わいてくるのだと思います。
そうした意味におきまして、第一の柱である「確かな成長」と、第二の柱である「開かれた機会」を実現していくことが、結果として、世界から尊敬され、親しみを持たれることにつながるだろうと、考えるのであります。

希望の国の実現に向けた優先課題

ここまで、われわれが考える、希望の国のかたちについて、申し上げてまいりました。次に、この希望の国を実現するために、取り組むべき優先課題について、お話しいたしたいと思います。
概要のページの右側に、課題を列挙いたしております。まず、大きな柱として、第一の「新しい成長エンジンに点火する」から、第五の「教育を再生し、社会の絆を固くする」まで、五つの柱を掲げております。
その上で、これを細分化いたしまして、カッコ1のイノベーションの推進からはじめまして、全部で19個の具体的政策課題を取り上げております。ビジョンの本文では、この全ての課題につきまして、10年後に目指すべき姿を描いております。そして、それを実現するために、今後5年間の取り組みをどう行っていくか、につきまして、かなり詳細に述べております。また、この5年間の課題につきましては、別途、136ページ以降に、アクションプログラム2011と題しまして、合わせて114個の細項目にブレイクダウンいたしております。
このように、ビジョンと申しましても、その中身は、具体的な行動計画となっているところが、今回のビジョンの最大の特徴であると、考えております。
企業経営との関連で言えば、長期経営計画のようなものであります。私の会社では、経営戦略を長期、中期、短期の三段構えで考えております。まず、長期的に目指すべき目標を掲げ、中期のスパンでそれを実現するための戦略を立ててまいります。そして、短期のスパンで、具体的な戦術、行動にまで落とし込んでいくわけであります。そこで、今回のビジョンも、同様の構成にしたのであります。
次に、優先課題で掲げた五本柱の関係がどうなっているのか、ということでありますが、23ページをご覧いただければと思います。まず、上の二つの箱、「新しい成長エンジンに点火する」と、「アジアとともに世界を支える」という二本は、持続的な成長を実現するために、直接重要となってくる課題であります。冒頭に申し上げました、今後のわが国を取り巻く二つの潮流変化、すなわち、人口減少とグローバル化という問題に即して考えますと、左側は、人口減少が進む中でも、着実な経済成長を実現できるような、新しい成長モデルを確立する、ということであります。また、右側は、経済のグローバル化に積極果敢に対応し、成長する世界経済のダイナミズムを、自らの成長につなげていくという考え方であります。
次に、下半分の三つの箱ですが、これは、いずれも、国を支える基盤に関わる課題であります。先ほど、日本は今、数十年に一度という歴史的な転換期にあるということを申し上げました。明治維新の際も、第二次大戦後のときも、日本は、それまでの仕組みを根本的に見直すことを通じて、日本の社会そのものの存続を図り、また、国民生活の向上を実現してきたわけであります。財政や社会保障制度といった政府の基本的な役割、国と地方との関係、あるいは、教育や憲法のあり方も含めまして、これらを、新しい時代にふさわしいかたちに見直し、日本社会の長期的な繁栄につなげていかなければならないと、思うのであります。
それでは、はじめの概要のページに戻っていただきたいと思います。ここからは、優先課題のうち、われわれがとくに重要と考えるポイントにつきまして、何点か申し上げたいと思います。

まず、第一の「新しい成長エンジンに点火する」という柱ですが、これは、先ほども申し上げましたが、一言でいいますと、人口減少をはねのけて、着実な成長を実現可能とする新しい成長モデルを、確立していくということであります。その最大の柱が、イノベーションの推進であります。
イノベーションとは、基礎的な研究から、新しい製品やサービスが生まれ、それにより新しい市場が作り出されることで経済が成長し、社会が高度化していくという、一連のプロセスであります。広大な国土を持たず、鉱物資源などにも乏しい日本が世界に冠たる経済発展を実現することに成功してきた最大の要因は、イノベーションを連続的に起こすことを通じて、経済のダイナミズムを生み出してきたことによるのであります。長らく低迷状態にあった日本経済が、いま、力強く復活しておりますのも、さまざまな新商品、新サービスなどが、次々と市場に投入され、新しい需要を生み出しているからであります。例えば、今回の景気回復を牽引している、薄型テレビや、デジカメ、携帯電話、環境にやさしいハイブリッド自動車などは、つい10何年か前には、世の中にほとんど普及しておりませんでした。これらはすべて、絶え間ないイノベーションの成果なのであります。
それでは、こうしたイノベーションを、今後さらに加速するには、どうすべきかでありますが、いまお話しいたしましたように、マーケットに新しい製品やサービスを投入するのは、基本的には、企業の役割であります。したがいまして、まずは、われわれ企業が、引き続き、研究開発努力を重ねていくことが重要であります。逆に、そうしないことには、他の企業との競争に打ち勝って、市場で生き残っていくことも、出来なくなるわけであります。
ただし、グローバルな競争がますます激化し、また、科学技術の水準が高度化するなかで、イノベーションを継続的に生み出していくために、政府の役割が大きくなっていることも、事実であります。実際に、アメリカなどの先進諸国だけでなく、中国などの新興途上国におきましても、政府と民間が結束して、イノベーションに取り組む動きが強まっているのであります。例えば、アメリカでは、アポロ計画やスペースシャトルを開発したNASAや、100人以上のノーベル賞受賞者を輩出している国立衛生研究所、通称NIHなどといった、世界的な研究拠点に、政府の研究開発予算が重点的に投入され、それが、さまざまな新素材や医療、バイオなどの具体的な成果にもつながっているのであります。
したがって、日本におきましても、民間では手を出しにくいような、基礎的な研究に対しては、政府の研究機関や大学が、今後大きな役割を果たすことが、期待されるわけであります。その上で、官民が協力して、日本を世界のイノベーション・センターにしていくことが、重要だと考えております。
イノベーションの推進とならんでもう一つ、日本経済の成長戦略の重要な柱となるのが、法人税の実効税率の引き下げであります。
現在、わが国の雇用の8割は、企業が生み出しているのであります。企業の活動が活発化し、内外からの投資が増えることによって、はじめて、国民の生活を支える雇用が拡大し、税収も着実に増えてまいります。ただ、グローバルな経済において、企業に対する競争圧力は、ますます激化しており、企業は、研究開発から生産、販売、流通に至るまで、国境をまたいで、常に立地を最適化していくことが求められております。そうした中で、企業の公的負担、とりわけ、法人実効税率の水準が、企業が投資を判断する際の、重要な指標となってまいります。こうした状況を認識した国々は、法人負担の軽減に動いており、世界的には、法人税の引き下げ競争ともいえる状況が、展開されているのであります。
これに対し、日本の法人実効税率は現在約40%と、欧州の先進国に比べましても、10%程度高いという状況にあります。法人税の問題は、企業優遇かどうかといったような小さな議論ではなく、まさに日本の経済が、グローバルな競争のなかで、いかにして生き残っていけるかという、成長戦略の観点から、考えていくことが重要であります。ビジョンでは、こうした考え方に基づき、法人実効税率を、現在の40%から30%程度へ引き下げていくことを、掲げているのであります。

二番目の柱の、「アジアとともに世界を支える」というセクションは、基本的な考え方としては、高い成長を遂げるグローバル経済のダイナミズムを、うまく活かしながら、日本も一緒になって成長し、かつ、国際社会に貢献していくということであります。
現在、世界経済は、年4%前後と非常に高い速度で、成長を続けております。日本の周りを見渡せば、有望なマーケットが広がり、成長への「窓」が、大きく開かれているのであります。
世界の成長力を自らのものとしていくうえで、最大のカギとなるのが、各国との経済連携協定、すなわち、EPAの締結促進であります。EPAによって、日本と海外との市場が、完全に一体化し、企業がシームレスに活動できるようになれば、それは、日本国内の市場が広がったのと、同じ意味を持つこととなるのであります。日本が、高い成長を続ける東アジア経済圏の中心という、地理的にも恵まれたポジションに位置することから、まずは、ASEANや、韓国、中国をはじめ、東アジア諸国とのEPAを、一刻も早く結ぶことが重要であります。そこで、ビジョンでは、2015年までに、東アジア全域におよぶEPAを完成させることを、目標として掲げております。同時に、EPAの必要性は、東アジア諸国だけにとどまるものではなく、日本にとって重要な国々、例えば、アメリカや湾岸諸国、あるいはブラジルなどとのEPA、FTAも、同時並行で進めていかなければなりません。
また、日本の対外通商戦略におきましては、WTOの多角的通商交渉が、EPAとならんで「車の両輪」と、位置づけられております。WTOのドーハ・ラウンドにつきましては、先般、交渉を再開することが合意されました。今後、交渉のモメンタムを失うことなく、早期の妥結を目指すことが、何よりも重要であります。

三番目の柱である、「政府の役割を再定義する」という項目は、行財政改革、社会保障制度改革、税制改革という三つの課題からなっております。財政の持続可能性を確保し、また、国民生活の安心の前提となる社会保障制度を、安定的に維持していくために、これらを一体的に見直していくことが、重要だと考えております。
基本的な考え方としては、まず第一に、経済成長と財政健全化の両立を図ること、第二に、行財政改革を徹底し、筋肉質の「小さな政府」を作ることが重要であります。現在、政府は、国・地方を合わせたプライマリー・バランスを2011年度までに黒字化させることを目標としております。われわれと致しましても、この方針を支持するものであります。
ただし、プライマリー・バランスの黒字化は、あくまで財政健全化に向けての第一歩、いわば一里塚であります。このため、ビジョンではもう少し長期の観点から、国と地方のそれぞれにつきまして、債務残高の経済規模に対する割合を、着実に低下させていく、という目標を掲げております。

四番目の柱は、道州制や労働市場の改革、少子化対策であります。このうち「道州制の導入」は、私の思いとしても、ビジョンでもっとも強調したい項目であります。
先ほど、成長戦略のポイントとして、科学技術を推進力とするイノベーションについて申し上げました。このような、本来の意味あいにおけるイノベーションも重要でありますけれども、日本全体を豊かにし、中長期的な成長を実現していく上では、もっと幅の広いイノベーション、すなわち、経済社会の仕組みそのものを、大胆に変革していく必要があると考えております。
ビジョンでは、その中心的な柱に、道州制を位置付けているのであります。明治以降の日本は、中央と47都道府県が結びついた中央集権型のシステムで、発展を遂げてまいりました。こうした仕組みは、日本が発展途上型の経済で、中央であらゆる政策を決め、資源配分を行うことが効率的だった時代には、うまく適合していたかもしれません。しかし、新しい成長経済においては、地域が自らの知恵と努力で、自立することが必要であります。いまの47都道府県の仕組みを前提にしていては、自らの足で立てないところが、かなりあることは確かであります。
そこで必要となるのが道州制であります。一定の人口、面積、産業の集積や大学などの知的拠点を備えた「広域経済圏」を作ることで、それぞれの地域が自立することが可能となると考えられます。例えば、地域ごとの域内総生産の数字を見てみますと、九州全体を合わせれば、オランダより若干小さい程度、東北6県はベルギーとノルウェーの間、北海道はフィンランドやアイルランドを少し上回る程度と、それぞれの道州は、欧州の国々に匹敵する経済力を持っているわけであります。
これからの時代の流れである、グローバル化の波をうまく活用し、海外経済との連携を深めていく上でも、道州単位でのまとまりは、非常に有効であると考えられます。その証拠にと申しますか、最近は、欧州の比較的小さい国々が、非常に高い成長を実現しているのであります。例えば、アイルランドは、人口400万人という小国ですけれども、魅力的な投資環境を整備することで、IT企業を中心に、海外からの投資を引き付けることに成功いたしました。90年代の半ば以降、平均で8%近い高い成長を維持し、一人当たりのGDPは、2004年にOECD諸国の中で第4位という、高所得国となっております。ほかにも、ノルウェーをはじめ、経済規模の小さい国々の好調ぶりが目立っております。そして、こうした国々の一人あたりのGDPを見ますと、日本を上回っているのであります。
私は九州出身でありまして、こうした例に触れますと、大変勇気づけられるのですが、いずれに致しましても、これからは、それぞれの地域が、グローバル経済と直接結びつきながら、自立したかたちで発展を遂げることは、十分可能であると、確信いたしております。
道州制は、明治以来、100年以上続いてきた体制を、大きく変える大改革になるわけであります。具体的な制度設計を行うための論点も、多岐にわたっております。そこで、経団連では、昨年末から、道州制のあり方に関する検討をスタートさせており、近々、中間報告をまとめる予定としております。「希望の国」の実現に欠かせない重要な課題ですので、しっかりと取り組んでいきたいと考えております。おそらく、道州制により経済も変わりますが、本当に人心が一新して、新しいグローバル時代を認識させられる、あるいは認識するきっかけにもなると私は思います。

最後の五番目の柱は、「教育を再生し、社会の絆を固くする」ということで、教育再生、企業倫理、政治参加、憲法改正と、四つの項目を挙げております。
このうち、とくに、経済界自らの問題として、取り組んでいかなければならないのが、CSRの推進であり、企業倫理の徹底であります。資料の85ページに、経団連の企業行動憲章の全文を改めて掲載しております。企業不祥事の撲滅に向けまして、経済界として、常日頃から再点検を行っていかねばならないと、強く認識いたしております。

以上、ビジョンの内容を中心に、お話をさせていただきました。改めて申し上げるまでもありませんが、これは、われわれなりの考え方であります。
何よりも大切なことは、日本のより良い未来のために、国民一人ひとりが議論を重ね、そして、実際に行動に移していくことであると思います。今回われわれが取りまとめたビジョンが、そのきっかけになればと、考える次第であります。
私ども経団連といたしましても、2007年を、「希望の国」の実現に向けて、着実に一歩を踏み出す一年にするため、全力を挙げて取り組んでまいりたいと思います。皆様方のなお一層のご支援、ご協力をお願いしまして、私からのお話とさせていただきます。
長い間、ご清聴ありがとうございました。

以上

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