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「日本経済の現状と課題」

共同通信社「きさらぎ会」における御手洗会長講演

日時 2008年9月17日(水) 11時30分〜12時30分
場所 グランドプリンスホテル赤坂
コンベンションセンター「五色」1階 赤瑛の間

I.はじめに

ただいま、ご紹介いただきました、経団連の御手洗でございます。本日は、今回で622回目を迎える、歴史と伝統ある「きさらぎ会」の例会でお話する機会をいただき、大変光栄に存じます。
今日は、「日本経済の現状と課題」ということで、景気の現状についてお話した上で、これからのわが国にとって、いま最も重要な課題であると考えております4つのテーマ、すなわち、経済の成長戦略、税・財政・社会保障の一体改革、地球温暖化問題、そして道州制につきまして、私の考えを申し上げたいと存じます。

II.景気の現状

まずはじめに、目下の景気の現状でありますが、わが国を含め、世界経済をながめてみますと、1年ほど前に、いわゆる米国のサブプライム・ローン問題がぼっ発して以降、すっかり景色が一変してしまいました。
それまでは、欧米など主要先進国、あるいは、新興経済国を問わず、世界経済全体が、きわめて速いスピードで成長を遂げておりました。そうした環境のもとで、わが国もいざなぎ景気を上回る、戦後最長の景気回復を享受してまいりました。
これに対し、昨年後半以降、わが国経済にとって、大変厳しい環境が続いていることは、皆さまもよくご承知の通りであります。
まず、新興国における需要増や、国際金融市場の混乱による資金のシフトなどによって、原油をはじめとするエネルギー・原材料価格が、かつてないスピードで上昇いたしました。
同時に、米国をはじめとする世界経済の減速により、これまで高い伸びを示してきた輸出が、大幅に減速しております。
これら2つの要因によりまして、日本経済を引っ張る原動力であった企業部門が、大きなダメージを受けることになりました。企業収益は昨年末以来、4四半期連続で、前年を下回っております。
一方、これまで底堅く推移してきた個人消費も、雇用情勢の改善の足踏みや、物価上昇による消費者マインドの悪化などにより、弱含んでおります。
このように、わが国経済は、足もとで停滞の度合いを強めております。
ただし、景気がこの先、底割れしてしまうとまでは考えておりません。
その理由としては、まず、雇用、設備、負債という、いわゆる「3つの過剰」は完全に解消されており、全体として筋肉質の企業体質が構築されていることがあります。すなわち、設備投資が大幅にマイナスになる可能性は低く、雇用に過剰感がないため、リストラに発展する蓋然性も高くありません。したがって、今回の景気停滞局面における調整圧力は、それほど大きくはならないと考えられます。
また、わが国ではサブプライム・ローン問題の金融市場への影響は軽微であります。
これらの点から、欧米と比べまして、わが国経済のファンダメンタルズは、健全であると言えます。
すでに、原油などの資源価格は、一時に比べれば、落ち着いてきております。今後も、資源価格が安定化し、また、米国をはじめとする海外経済が持ち直してくるならば、輸出を牽引力として、わが国の景気も、来年半ば、あるいは後半に回復に向かうのではないかと考えております。
ただし、一昨日のリーマン・ブラザーズ社の経営破たんにより、米国金融市場の混乱が続いていることは、憂慮されます。
今回の事態が、国際金融市場の全面的な混乱につながらないよう、米国政府および金融当局が、事態の推移を注視し、適時・適切な対応をとることを期待しております。

さて、世界的な大きなうねりの中で、わが国経済も多大な影響を被っているわけですが、わが国が、今後考えていかなければならない点として、3つのことを挙げたいと思います。
第1に、経済のグローバル化の流れは、今後ますます強まっていくと思われます。
先進国、新興国を通じて、各国間の結びつきは一層緊密化し、ある地域の成長が他の地域にプラスの影響を与える一方で、今回のサブプライム・ローン問題のように、ある国で生じたショックが、たちどころに世界中に伝播することも考えられます。
こうした中で、わが国としては、オープンで柔軟性のある経済構造をつくっていくことが、重要な課題であると考えます。
第2に、エネルギー・原材料価格につきましては、投機的な要因による部分が、はく落したとしても、中国、インドなどの新興国が高い経済成長を遂げる中で、1990年代のように低位安定するということは、考えにくいと思われます。
そうであるとすれば、わが国としては、こうした新しい価格体系に適応できるように、経済構造を変化させていかなければなりません。それとあわせて、地球温暖化を防ぐ観点から、経済と環境が両立する社会の構築に向けた取り組みも欠かせません。
第3点目に申し上げたいことは、わが国が本格的な人口減少社会へ突入しつつある中で、中長期的に経済の活力を維持し、国の将来を切り開いていくための準備が、全くもっておろそかになっているということです。
先ほど、わが国は、いわゆる「3つの過剰」を解消したと申し上げましたが、これにしても、冷静に見るならば、バブルの後処理が完了したに過ぎないわけであります。
今年の第2四半期の経済成長率も、年率でマイナス3.0%と大きく落ち込んでおります。ひとたび外部の環境が厳しくなると、たちまちマイナス成長となってしまうようでは、世界第2位の経済大国として、忸怩たる思いを禁じ得ません。
やはり、いかなる環境のもとであろうとも、自らの力で発展・成長していくことのできる、足腰の強い経済をかたちづくっていくことが、重要だと思います。
また、いま国民が一番不安に感じているのは、年金や医療などの社会保障だと思います。ここのところがしっかりしないことには、国民の将来不安はいつまでたっても解消されず、消費者のマインドも上向いてまいりません。
こうした国民の不安を解消するためには、税、財政、そして社会保障制度を、一体的に改革していく必要があります。
このような課題について、困難といえども、それぞれ具体的道筋をつけていかない限り、今日本を覆っている閉塞感を、打開することはできません。

III.経済成長戦略

そこで、ここからは、第1に今後の経済成長戦略、第2に、税・財政・社会保障の一体改革、第3に地球温暖化問題への対応、そして第4に道州制の導入という4つの課題につきまして、お話させていただきたいと存じます。
さて、今後の成長戦略でありますが、国民生活をより豊かにするためには、安定的、持続的な経済成長を実現し、経済のパイを拡大していくことが必要不可欠であります。
そこで、成長戦略として、最も重要と考えておりますポイントを、3点、申し上げたいと思います。

1つ目は、日本型イノベーションの推進です。
わが国経済の最大の強みは、モノづくりの分野を中心に、先進的で高品質の製品と、それに付随するサービスを、次々と生み出していく力にあると思います。たとえば、燃費の良い自動車や、デジタル家電、高品質の各種素材などは、わが国が、世界で最も競争力を有する分野であります。
そこで、こうした強みに、一層磨きをかけ、イノベーションを継続的に創出していくことで、国際競争力を維持・強化していくことが重要となってまいります。
また、原油などのエネルギー価格の上昇は、言うなれば外部からのショックですので、わが国の対応としては、省エネ・省資源などの技術開発や、社会システムの変革などを通じて、強靭な経済構造をつくっていく以外に、解決策はありません。
逆に、原燃料価格の高騰に直面しているのは、わが国だけでなく、多くの欧州諸国、アジア諸国も共通です。そうした中で、わが国がいち早く、新しい価格体系への対応を果たすことができれば、1970年代にオイルショックへの対応に成功したときと同様に、一段の競争優位を獲得することができるはずです。
いかにして革新的なイノベーションを生み出していくかでありますが、その中心となるのは、民間企業の自助努力であることは、言うまでもありません。
それとともに、世界各国との競争がますます激しくなる中で、政策的な支援も欠かせません。民間の研究開発を促進するための税制の整備や、基礎的・基盤的な分野に対しては、政府の研究開発投資を重点的・集中的に振り向けていくことが求められます。

戦略の第2は、わが国の企業活動・投資環境を国際的に魅力あるものとし、開かれた活力のある国にすることであります。
グローバル化する世界の中で、企業活動をめぐる国境の壁はどんどん低くなっており、企業はグローバルな視点から立地の最適化を考えております。
こうした中で、各国は競って、企業活動を行いやすくするための環境整備を進めております。わが国も立地競争力で見劣りしないよう、たとえば法人税制の見直し、インフラの整備などに一層の取組みが必要であります。

戦略の第3は、需要の拡大であります。その方策は2つございます。1つは、活力ある海外の市場を積極的に取り込んでいくことであります。
各国との経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)の締結を加速し、国内外の市場を一体化させ、製品やサービスを自由にやりとりできるようになれば、国内の市場が拡大するのと同様の効果を持ちます。また、資源国とのEPAやFTAは、資源・エネルギーの確保という面からも極めて重要であることは言うまでもありません。
もう1つは、内需の新たな開拓であります。たとえば、わが国の住環境は、諸外国に比べて、まだまだ十分な水準にありませんから、子育て世代をはじめ、質の高い住宅に対するニーズは非常に大きいと思います。
また、地球温暖化問題への関心の高まり、各種食料品・日用品価格の上昇を受けて、省エネ・エコ商品に対する需要も高まっています。こうした新たな需要を創造し、拡大していけば、内需の厚みが増してくるのではないかと思います。

IV.税・財政・社会保障制度の一体改革

さて次に、2番目のテーマとして、税・財政・社会保障制度の一体改革についてお話したいと思います。
この点につきましては、経団連といたしましても、日本が抱える最重要課題と位置づけておりまして、現在、関係する委員会が連携しながら、検討を進めております。
近いうちに、政策提言という形でお示しできると思いますが、本日は、基本的な考え方につきましてご説明したいと思います。

(1) 一体改革の必要性

先ほども申しあげましたが、この国を覆う、何とも表現しがたい閉塞感の大きな原因には、国民のセーフティーネットへの不信感があると考えられます。退職後の生活はどうなるのか、健康に問題が生じた場合にはどうするか、子供を明るく元気に育て上げることができるかどうか、などといった、本来、先進国の国民としては心配する必要がないような、最も基本的な国の役割への不信感であります。大変残念なことであります。
昨今の年金記録の問題や医療体制の不備、医師不足、長寿医療制度についての国民への説明不足なども、これらの不安をさらに増幅する結果につながっています。
もう一つ、根本的な問題として、これまで誰も経験したことのない、少子高齢化、人口減少社会への突入で、日本という国の存続自体が、どうなってしまうのかという大きな不安もあると思います。
これまでの成長過程では、誰もが信じていた、今日より明日が良くなる、今年より来年が良くなるという展望や夢を、多くの国民が失いかけているのではないでしょうか。
政府はこれまで、小泉内閣の骨太方針2006を基礎として改革を続けて来ました。「改革なくして成長なし」のスローガンの下、政治のリーダーシップで着実な改革が進められてきたことは、大変素晴らしい決断・行動力であり、評価いたします。
しかし、肝心の改革の後の明るい将来像が描けないまま今日に至ってしまっているのではないでしょうか。特に、骨太方針は本来、歳出、歳入、成長をセットで改革するものであったはずが、歳入面での改革が遅れておりますし、また、原材料価格の急騰という、当時予想されなかった市場の激変などによって成長戦略にも大きなブレーキがかかっております。ここに来て、歳出のカットが半ば自己目的化して、セーフティーネットでさえ綻びが目立つという事態に陥っており、国も地方も、疲弊が目立っております。
そこで、今一度、今後の改革を一体的に展望し直す必要が出てきています。
すなわち、歳出の中で最大のウエイトを占め、国民生活の安心を支えるために最も重要な社会保障制度と、これを持続可能にするための歳入面の改革、すなわち税制抜本改革、そして、それらと並行して、先進国最悪の財政状況を少しずつ改善していくという、3つの改革を一体的に考え直すことが急務となっています。

(2) 社会保障制度の持続可能性と少子化対策の実行

まず、少子高齢化に伴う社会保障制度の改革ですが、この必要性は改めて説明するまでもありません。
わが国の少子高齢化は、他の先進国とは比較にならない猛スピードで進んでおります。2025年には現役世代2人で1人の高齢者を、2050年には1.3人で1人の高齢者を支えなければなりません。おそらく、この数値を聞くたびに、日本の若者は、驚き、また、この国で働く希望を失いかけてしまうのではないでしょうか。
これまでの社会保障制度は、右肩上がりの経済成長や人口構成を前提として設計されております。このため、今後は、少子高齢化を超えるスピードで経済成長を達成し続けない限り、制度を持続することはできません。もはや、これまでのように現役世代が高齢者を支えていくという世代間扶養の考え方で制度を維持していくことは困難となっています。そこで、国民全体で制度を支えあうよう、税金で制度を支える割合を増やしていくことが必要となります。
すでに、基礎年金の国庫負担割合を、来年度には3分の1から2分の1へ引上げることが決まっています。しかし、残念ながら、税制抜本改革の実現が遅れ、この財源すら、いまだに手当がついていません。
今後も社会保障関係費用は、年間1兆円のスピードで増大し続けてまいります。無駄の排除や効率化が大前提であることは、社会保障関連費用についても例外ではありません。しかし、歳出の削減だけでこの急ピッチの費用増大をカバーしきれないことは、誰しも理解できると思います。安定的な財源を確保して、社会保障制度の綻びを直し、さらに機能を強化していくことは、国民の安心感を高めるために不可欠の課題であります。
また、国の根本的な問題として、少子化にどのように対応していくかという点についても、議論百出ですが、こちらも一向に明確な対策が打たれておりません。
少子化問題の解決には、大変長い年月が必要となりますが、まさに国の存続、国力、国益に関わる一大事であり、財源の確保とともに対応を急がなければなりません。

(3) 財政の健全性

次に財政面についてですが、国・地方の長期債務残高はGDPの1.5倍、国だけ見ても、国税収入の10年分の借金が積みあがっております。これは、先進国で最悪の状況です。国の消費税の収入は1年間約10兆円ですが、これとほぼ同額が毎年の国債の利払いで消えており、国民の安心安全を支える政策には、まわっていないという状況です。低金利の影響で、債務残高の増加には歯止めがかかっているものの、まさに借金が借金を生んでおり、会社経営に例えれば、毎期営業赤字のまま、手をこまねいているという危機的な状況といえます。
国・地方の債務残高は約800兆円ですから、仮に1%金利が上がったとするとそれだけでも8兆円、消費税数パーセント分が消えるという計算になります。
一刻も早く、徹底した無駄の排除、行政の合理化と同時に、歳入の改革を進めることによって、まずは、国際公約でもある「プライマリーバランスの黒字化を達成」することが重要であり、第一歩であります。そして、その先も財政健全化の取り組みを続け、子孫に過大なツケを残さないよう、中長期的に債務残高の増加に歯止めをかけていく必要があります。

(4) 成長力の強化

さて、財政状態が厳しいという話になると、すぐに縮小均衡的な発想に陥りがちですが、国民の生活を豊かにしていくためには、持続的な経済成長が絶対に必要となります。経済成長がマイナスになれば、所得税や法人税などの税収も落ち込み、逆に財政の健全化も図れませんし、社会保障制度の持続可能性も確保することができません。
まさに、赤字企業がいかにV字回復を図っていくかと同じで、経費のカットだけでは会社の再生はできません。大変難しい舵取りではありますが、成長力を確保する税制上の措置や歳出も同時に措置していくことが重要になります。
日本は天然資源に乏しい国ですし、今後は人口減少によって内需の拡大には限界が生じますから、成長を続けていくためには、グローバルな視点が欠かせません。
冒頭、申しあげました通り、国内企業のみならず、海外からの投資を惹きつけるような魅力ある制度基盤を整備することが重要であります。このような観点から、今、世界各国では法人実効税率の引下げ競争が繰り広げられています。先進国で、実効税率が40%に取り残されているのは、昨年までは日本とアメリカとドイツでしたが、今年ついにドイツも税率引下げを断行し、30%となっております。その結果、EUの平均では28%となっておりまして、わが国でも税制抜本改革において10%程度の引下げを実現していくことが必要と思います。
さらに、内外の知力を融合させてイノベーションを続けていくこと、各国とEPAやFTAを締結してオープンな関係を築いていくこと、効率的な電子行政・電子社会を確立して生産性を挙げていくことなどが急がれます。
また、地域ごとの特色を活かした成長戦略を描く必要があり、経団連が究極の構造改革と位置づけております、道州制を実現することで、地域独自の力を結集して成長を確保していくことが重要であります。

(5) 一体改革のビジョン

以上申しあげましたように、税・財政・社会保障の一体改革は、日本が直面する最も重要な課題であり、この改革なくして、日本の将来は展望できません。
一体改革は、短期間で終わるものではありません。むしろ、10年先、20年先を見通して、日本の目指すべき将来像を明確にし、国民が受ける公的サービスの水準や、そのための負担などを明確に国民に示し、コンセンサスを得ていくべきものであります。
たとえば、北欧諸国の中には、税と社会保障負担の合計が7割に至るような「高福祉・高負担」の国々もあります。一方で米国のように自助努力を原則とした国も存在します。
どのような国の姿を目指すかは、まさに国民の選択によるべきであります。経団連といたしましては、日本に暮らすすべての人々がセーフティーネットから、こぼれ落ちることなく、かつ、個人や企業が自助努力に励み、活力を最大限発揮できる仕組みを目指すべきであると考えております。
現在、日本の税と社会保障負担をあわせた国民負担率は、40%台の前半でして、国際的に見ても非常に低い水準です。中長期的に目指す形としては、たとえば、イギリスやドイツと同等の50%台くらいの姿ではないでしょうか。その過程におきましては、例えば、現行の基礎年金を保険料方式から税方式に移行させていくことを検討していくべきでしょう。医療制度、介護保険制度におきましても、公費負担を徐々に引き上げていくことが必要になると思います。
現在政府では、社会保障国民会議において検討が進められておりますが、経団連としても、11月を目途に社会保障各制度の具体的なあり方を示したいと考えております。
税制につきましても、少子高齢化やグローバル化といった大きな環境変化の中でも安定的に国の財政基盤を支えることができる体系を目指して改革を続けていくことが必要であります。
現在、日本の税収構造を見ますと、法人所得課税と個人所得課税がそれぞれ約3割、消費課税が3割弱、そして資産課税が1割強という比率になっています。つまり、所得課税が6割を占めており、景気の変動などに対して、非常に脆弱な構造、不安定な財政基盤になっています。欧州諸国などを見ますと、大体、消費課税が約4割から5割で、所得課税の比率が低いことが特徴です。
欧州諸国が消費課税に軸足を置く税体系を目指しているのには、いくつかの理由が考えられます。
まず、消費税は、所得課税に比べて経済活動への影響が中立的であり、景気変動によって税収が大きく増減することが少なく、安定的という特徴があります。また、国民全体が広く薄く負担することから、社会保障制度といった、国のセーフティーネットなどを支えるのに、ふさわしい税目といえます。さらに、日本の将来の成長はグローバル化とともにあるわけですが、消費税は日本の利益の源泉である輸出製品に対しては、基本的にはかかりませんので、国際的なコスト競争で不利になることもありません。
ちなみに、OECD諸国で消費税率が一桁に留まっているのは、日本以外にはカナダとスイスだけであります。欧州ではECの指令で標準的な税率が15%と示されておりまして、英・独・仏では、約20%の税率となっています。
OECDが本年4月に発表した対日報告書におきましても、「日本は、消費税率を引き上げて政府の必要な歳入を確保するよう包括的な税制改革を実施すべき」と明記されております。
このように、今後の税制抜本改革では、所得、消費、資産の各々の課税のバランスがとれた税収構造へと改革を進めていくことが重要です。

もう1点、税制抜本改革に向けて、国民や企業が必ず再確認しておかなければならない重要なポイントがあります。
それは、適切な公的サービスを受けるために必要な負担は、子孫に負担を先送りするような借金によるのではなく、自分でまかなっていくという原則です。この当たり前の姿勢さえ国民の間に共有できれば、少子高齢化の中においても、必ず、活力ある税体系の確立が可能になると考えます。
むろん、そのためには、行政の無駄の排除や歳出の効率化を同時に進め、国に対する国民の信頼感を高めていくことが重要です。
また、国・地方のサービスに対して、どのような負担が必要なのかということを丁寧に説明していく必要があります。そうすれば、選挙を通じて、より正しく、国民が求める選択を実現していくことにつながります。
一体改革は、単年度で終わるものではありません。複数年度にまたがる改革を、歳入歳出一体、増減税一体で、計画的、継続的に行っていくことが必要です。その計画的な改革の工程表を経団連として、近く、お示ししたいと存じます。与野党においても、本年末の税制改正作業で活発に議論されることを期待しております。

V.地球温暖化問題への対応

次に3つ目の重点テーマである、地球温暖化問題について申し上げます。
地球温暖化は、人類が早急かつ長期にわたって対応していくべき地球規模の課題であります。また、最近では、食料問題、エネルギー問題とも絡み合い、問題が複雑化しています。
そこで本日は、経済と環境が両立する社会の実現に向けて、わが国が進むべき方向について、京都議定書の下での短期的な取り組みと、ポスト京都議定書も見据えた中長期の取り組みに分けて、お話させていただきたいと存じます。
まず、京都議定書の下での取り組みについて申し上げます。京都議定書は、温暖化問題に対する世界の関心を喚起したという点で大きな意義がありました。わが国としても、京都議定書の義務を確実に履行できるよう、最大限努力する必要があり、産業界としてもしっかりと協力していきたいと存じます。
そのため最も重要なことは、自主行動計画の目標の着実な達成です。経団連では、リオの地球環境サミットに先立つ1991年、地球環境憲章を制定し「環境問題への取り組みが企業の存在と活動に必須の要件である」との理念を高らかに掲げました。その理念に基づき、京都議定書の採択に先立つ97年、幅広い業種の参加を得て、環境自主行動計画を策定いたしました。
以後10年にわたってフォローアップを行なってきており、産業・エネルギー転換部門におけるCO2排出量を90年度レベル以下にするという目標を7年連続で達成しています。こうした実績を踏まえ、政府が閣議決定した京都議定書目標計画においては、「経団連環境自主行動計画は産業界における対策の中心的役割を果たす」ものとして位置づけられるに至っております。経団連としては、この自主行動計画の目標達成を最優先課題とし、さる6月には、自主行動計画の目標達成を社会的な公約(ソーシャル・コミットメント)と位置づけ、CDMの購入も含め確実な達成を目指すことを改めて表明したところです。
自主行動計画は、生産段階におけるCO2排出量の削減を目標にしておりますが、わが国が京都議定書の目標を達成するためには、これだけでは十分ではありません。産業部門とは逆に、排出量が大きく伸びているオフィスや家庭などからの排出量を削減する必要があります。
そこで、業務・家庭部門の温暖化対策につきましても、経団連としての取り組みを強化しております。具体的には、まず業務部門に属する業種にまで自主行動計画への参加を拡充することです。
同時に、オフィスの省エネに関する目標の設定、省エネ製品・省エネサービスの一層の普及、さらには従業員の家庭等における省エネ、などといった取り組みを強化するよう呼びかけています。京都議定書の約束期間がスタートした本年の4月1日、ならびに、衣替えの時期である6月1日には、全会員企業に対し、これらの取り組みの周知徹底を改めてお願いしております。
また、国民の省エネに対する意識を高めるという観点から、経団連ではかねてより、サマータイム制度の導入を提言しています。サマータイムは、直接的な省エネルギー効果もさることながら、年2回の時間切り替え時に、政府から省エネに対するメッセージを集中的に発信すれば、国民の意識改革や国民運動のきっかけとなり、業務部門や家庭部門における対策として非常に有効なものになると考えます。
もう1つ大事な課題があります。温暖化対策の観点のみならず、エネルギーの安定供給の観点からも、原子力の推進は極めて重要です。私は、先日、夏休みを利用して、柏崎刈羽原子力発電所を視察してまいりました。道路が割れるなど、大変大きな地震でしたが、原子炉も含めて建物の内部は震災前に撮られた写真と全く変わらない状態でありました。炉心にまで案内していただきましたが、安全性の高さを改めて確信いたしました。また、安心・安全なエネルギー供給の実現に向けて、地元の皆様をはじめとする関係者が町ぐるみで努力されている姿に、東京に暮らす消費者として、感謝の念を新たにしたところです。
原子力を基幹エネルギーとして、エネルギー政策の中心に据え、国をあげて推進すべきであると存じます。

続きまして、ポスト京都議定書も見据えた中長期の取り組みについて申し上げます。
まず産業界の取り組みですが、日本の産業界はポスト京都議定書でも、製造プロセスおよび製品の両面において、引き続き世界最高のエネルギー効率・CO2効率を追求していくべきであります。さる7月の経団連の夏季フォーラムでも、ポスト京都議定書に向けた行動計画を策定することを決めたところです。
地球規模の問題解決を念頭に置きますと、日本のCO2排出量は、世界の4%であり、産業部門の割合はその35%に過ぎません。今後その割合はますます低下する見通しです。産業部門による直接的な排出削減の努力は当然続ける必要がありますが、地球規模のCO2削減という観点で見るならば、残念ながら、現状では大きなインパクトをもつまでには至っておりません。しかし、日本の産業界は、革新的な技術の開発と海外への普及を通じて、世界の温暖化防止への貢献に大きなポテンシャルを有しています。
2013年以降のポスト京都議定書の国際的な枠組みは、環境先進国である日本の産業界の活力を削ぐものであってはなりません。その強みである技術を活用し、日本が大きく貢献できる枠組みとする必要があります。
もう少し具体的にお話いたしますと、まず技術開発ですが、洞爺湖サミットでは、国連気候変動枠組条約で共有すべきものとして「2050年世界半減」の長期ビジョンが示されました。しかし、これを実現するためには、先進国からの排出がゼロになったとしても、途上国からの排出を60%削減しなければならないという試算もあります。このような大幅な削減を実現するためには、革新的な技術の開発が不可欠です。
経団連は、政府が3月に作成した「クールアース技術革新計画」の技術ロードマップの実現を求めてまいりました。技術ロードマップは、革新的な太陽光発電や燃料電池自動車など今後の開発対象として有望な21分野の技術を取り上げたものです。先日の洞爺湖サミットでは、革新的技術のためのロードマップを策定する国際的イニシアチブを立ち上げることが合意されました。経団連は、引き続き、国際連携の下、官民一体となって思い切った資源投入を行い、新技術の開発・実用化に国をあげて全力投入するよう働きかけてまいります。

次に、技術移転について申し上げます。技術移転に関しましては、ポスト京都議定書の国際枠組において、セクトラル・アプローチをしっかりと位置づけることが重要です。セクトラル・アプローチは、業界毎に、 best available technology を特定し、それを世界に普及させることによって、地球規模でCO2排出量の削減を図る手法であります。
経団連では、さまざまな場で、セクトラル・アプローチの推進を求めてきました。今年4月に、G8メンバー国の主要経済団体の長の参加を得て、経団連会館で「G8ビジネス・サミット」を開催したのもその一例です。サミット前に、G8メンバー国の経済界の声を直接G8首脳に伝えることができました。こうした働きかけもあり、洞爺湖サミットでは、成果文書において、セクトラル・アプローチは排出量を削減するための有用な手段であるとの認識が示されました。
また、8月下旬にガーナで開催されたポスト京都議定書の国際枠組みに関する会合でも、先進国の国別総量目標設定を補完するものとの共通認識が概ね得られ、議長サマリーに盛り込まれました。
セクトラル・アプローチは、公平で科学的な国別総量目標を設定する観点からも推進すべきです。セクトラル・アプローチによって best available technology を共有できれば、各国のセクター別の削減可能量を算定することができます。
また、セクトラル・アプローチを通じて、どのような技術を用いれば、途上国での削減が実現するのかが明らかとなります。排出削減は、省エネを意味しますので、エネルギー需給が逼迫する中で、途上国にとっても、排出削減・省エネに取り組むインセンティブとなります。つまり、セクトラル・アプローチを通じて途上国への技術支援を推進すれば、中国、インドをはじめとする新興途上国の参加を促すことになります。中国、インドが参加すれば、米国の参加も見込むことができ、全ての主要排出国をポスト京都議定書の枠組みに参加させるという大きな課題を克服できるのです。
経済と環境が両立する社会の実現に向けて、わが国産業界は、世界と協調して、革新的技術の開発に取り組むととともに、技術移転を進め、リーダーシップを発揮していきたいと考えております。

VI.道州制の実現に向けて

最後に、4つ目の重点テーマである道州制について申し上げます。
ご承知の通り、経団連は道州制の導入を推進しております。それは、日本が直面する様々な課題の解決に有効と考えるからであります。
わが国の人口は、すでに減少傾向に転じており、このままでは、2055年には、9,000万人を下回ると予想されております。世界に例を見ない高齢化社会、人口減少社会に向かっていくわが国が、これにどう打ち勝ち、経済的活力を維持していくのかが問われています。さらには、地域経済の疲弊や都市部への人口流出という現実を踏まえ、進みすぎた東京一極集中の弊害をどのように取り除き、地域の活力を取り戻していくのかも、重要な課題であります。
明治維新での廃藩置県による中央集権化を継続する形で、戦後、わが国は中央集権的な体制のもとで復興を成し遂げました。しかしその反面、地方自治体は権限と財源を国に握られ、自らの創意工夫によって政策を実施することを事実上放棄するようになってしまいました。その結果、地域の活力は失われ、東京一極集中が進んでしまったと言ってよいでしょう。道州制導入の意義・目的は、そうしたわが国の統治機構を根本から改め、道州と市町村が、これまで国が担ってきた役割を分担することで、国全体の競争力を高めていくことにあるのです。国は、国防・外交など国の根幹に関わる政策に特化すべきであります。
そのようにして初めて、地域がそれぞれ自らの地域を経営し、その結果責任を負うという「地域経営」が実践できるようになるのであります。経団連では、こうした道州制の導入を、2015年を目途に実現しようと訴えております。

(1) 道州制でひらく日本の未来

それでは、道州制を導入することで、日本は一体、どのように変わるのでしょうか。本日は、産業育成と住民サービスの向上の観点に絞って、お話いたします。
第1に、道州が権限・自主財源を持つことにより、地域の実情に合った、効率的な産業育成を行うことができるようになります。
お手元にご用意したパンフレットにありますように、九州とオランダは、人口も面積も、ほぼ同じくらいでありますが、域内の総生産は、オランダが九州の1.5倍以上と、大きな差があります。その要因は、どこにあるのでしょうか。
九州はオランダに比べて高速道路が貧弱であり、長さだけをとっても約3分の1です。高速道路網が域内でどれだけ効率的に張りめぐらされているかという点でも、差は歴然としております。また、鉄道や港湾の貨物取扱量もオランダの方が多く、輸出額、輸入額ではオランダが九州の実に8倍以上と、大きく水をあけられております。
オランダはもちろん、1つの国家として自らの権限、自らの財源を有効に活用できるわけであります。道州制実現によって、九州はオランダと同じレベルで自らの発展に向けて戦略と施策を考え、実行していくことができるようになります。道州自らが、新幹線、空港、港湾等、地域経営の要となるインフラの何が、どう必要であるかを定め、優先順位をつけ、州の規模で整備することになるのであります。その際必要となる財源も、当然自ら手当てをするということになります。今の47都道府県では到底考えられませんが、道州の規模であれば、必要な資金を道州債で調達することもできるわけです。

次に、道州制がもたらす住民サービスの向上であります。
現在では、市町村が通学路などの安全対策として、道路や交差点の改善などを重点的に行おうとしても、多くは国や県に予算要望をしなければならず、実現には長い年月を要します。
しかし、道州制においては、住民により身近な存在としての市町村の重要性が高まり、市町村の規模・権限も現在よりも大きくなることが想定されますので、たとえば安全・安心で、子育てがしやすいまちづくりを迅速に進めることができるようになります。
道州制になると、地方行政の単位が大きくなってしまって、住民は不便になるのではないか、という心配をよく耳にいたします。事実はまったく逆であります。あらゆる行政サービスについて、住民は最も身近なところで、一元的に受けることができるようになるのです。さらに行政の電子化が進めば、自宅にいながらにして、行政サービスを受けるということもできるようになるでしょう。つまり、住民の利便性は道州制の下で著しく向上するのであります。
さらには、道州制の導入による行革効果、すなわち行政コストの削減効果や行政の効率化効果が期待できます。経団連のシンクタンクである21世紀政策研究所が本年4月にとりまとめた研究報告によりますと、九州7県が道州制のもとで一体となった場合、九州の総人件費の約15%に相当する約2,700億円が削減可能であると試算されます。言い換えれば、九州全体で約2,700億円、1人あたり約1万8千円の財政的な余裕が生まれるということであります。これを減税に振り向けることも可能ですが、当然、住民サービスやインフラの整備にまわすこともできます。用途を決めるのは、住民の意志を反映した道州です。
言い換えるならば、道州制の下では、貴重な住民の税金が無駄なく、真に住民が必要とすることに使われることになるわけです。
このように住民サービスの質の面でも、道州制のもたらすメリットは極めて大きいのであります。

(2) 道州制導入に向けた課題

それでは、道州制の導入に向けて、今後どのようなことが課題となるのでしょうか。
その第1は、地方分権改革の推進であります。道州制に向けた地ならしとして、国から地方への権限移譲を進めることは必要不可欠であります。国には、将来の道州制導入を見据えて、権限と、それに見合った財源を思い切って地方に移譲すること、そして地方への関与を極力減らすことを強く求めたいと思います。特に、各地域にある国の出先機関は原則廃止し、その人員を地方に移すべきであります。
第2は、税財政の抜本的な改革であります。道州制のもとでの国と地方の新たな役割に応じて、そのために必要な財源・税源も、新たな視点から見直す必要があります。国税、地方税を再編成し、地方の税財源を増やす一方、現在の地方交付税や国庫補助負担金に代わる財政調整制度を新たに設けるべきであります。
第3の課題は、地方自治体の体力ならびに体質の強化であります。先ほど触れましたが、国民生活の利便性の向上や、政府・自治体の業務の効率化を図るという観点から、地方自治体における電子行政の推進が最も重要な課題となります。
そして、第4の課題は、政治のリーダーシップと国民理解の増進であります。道州制の導入は、国民の理解と支持を得てはじめて実現するものです。全国津々浦々から道州制の導入を求める声が湧き上がり、国政の選挙でも地方の選挙でも必ず主要争点となるようでなければなりません。道州制に否定的、後ろ向きな政治は国民の信を得られないという状況になってはじめて、「究極の構造改革」である道州制は実現するのであります。
幸い、今繰り広げられている自民党総裁選においても、道州制の導入はほとんどの候補の公約に掲げられるに至っております。国政においては、かなり浸透してきたという証であり、心強く思います。これをさらに推し進めるためには、道州制で具体的に日本はどう変わるのか、それが国民生活をどのようによくするのかといった基本的かつ重要な点を国民にしっかりと伝え、理解を得る必要があります。そこで、経団連も、道州制の制度設計に関する政策提言と、国民の道州制に対する理解の促進という2つを活動の大きな柱とし、道州制の導入に向け、取り組みを強化していく所存であります。
具体的に申し上げますと、この秋に第2次の提言をとりまとめ、首都や大都市の取扱い、議会のあり方、そして道州制の先行導入のあり方など道州制の具体的な絵姿を示したいと考えております。
同時に、全国各地で幅広い聴衆を対象に道州制に関するシンポジウムを開催するなど、道州制を国民の一人ひとりに浸透させる活動を強化してまいりたいと存じます。

VII.おわりに

以上、わが国経済の課題につきまして、お話してまいりました。今はわが国全体にとって、逆境の時ではありますが、重要なことは悲観論に陥ることなく、また外部環境に頼ることなく、自ら変わる、変えていくという姿勢と気概であります。
そのためにも、政治と経済界は「車の両輪」として、山積する課題を克服していかなければなりません。そして、政策こそが、この両輪をつなぐ唯一の車軸であります。言い換えるならば、経団連は政策をめぐり政治と対話し、政策で政治と関係を築くのであります。こうしたことから、経団連は政策本位、国益重視の政治が徹底されるようこれからも働きかけてまいります。
その成果はしっかりとあらわれてきております。先週公表された政治資金収支報告によれば、企業・団体による政治寄付は、着実に増加しております。より多くの企業が、社会貢献の一環として政治寄付を認識するようになったという証左であり、大変喜ばしいことと思います。
わが国はこれまでも、オイルショックや、バブル経済の崩壊など、さまざまな試練を乗り越えてまいりました。今回もたやすくはありませんが、政治と経済界が車の両輪となって政策を協力に推し進めていけば、必ず克服できます。逆境をチャンスに変え、日本経済を飛躍的に発展させることにもつながります。
経団連といたしましても、希望に満ち、活力あふれる経済・社会を築くために、国民の理解と支持を得つつ、引き続き全力で取り組んでまいる所存です。今後も、私どもの活動に対しまして、「きさらぎ会」のメンバーの皆様のご理解・ご支援を賜れれば幸いに存じます。
本日は長時間、ご静聴ありがとうございました。

以上

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