日本記者クラブにおける豊田会長講演

於 日本プレスセンタービル10階記者会見場
1994年10月3日


はじめに(経団連会長就任4か月を振り返って)

豊田でございます。本日は、権威ある日本記者クラブのお招きをいただき、お話をさせていただく機会を頂戴したことを感謝申し上げます。

さて、私は、さる5月に経団連の会長に就任し、約4カ月になりますが、その間に起こった政治、経済の変化をみると、まさに変革の真っ只中にあることを身を持って実感している次第であります。

就任直後に、これもまた就任間もない羽田総理を訪問し、規制緩和の推進をお願い致しましたが、その一月後には、さらなる新政権が誕生し、村山首相に円高対策と規制緩和をお願いにいくというようなことで目まぐるしく政治情勢が変化いたしました。

長年対立関係にあった自民党と社会党がさきがけとの協力によって、新政権を誕生させたことは私にとっても予想していなかったことでありました。しかし、考えてみれば、自民党と社会党の連立は、東西冷戦の終焉という国際的な政治構造の変化を受けて、わが国においてもイデオロギーによる対立が意味を失いつつあることの反映であり、社会党が、日米安保体制を堅持することとし、自衛隊を合憲であると認めたことは、まさに新しい時代を象徴する出来事であったように思えます。

この臨時国会では、小選挙区の区割法が成立し、新・新党の結成など政界再編に向けての動きが活発になってくることが予想されます。そうした情勢のなかで、経団連としてもこれまでとは違った政治との関わりが求められるようになるでしょうが、今後どのような形で政界の再編成が行われるにせよ、政策本位の、責任ある政党政治が実現されよう訴えていきたいと考えております。

一方、経済の面でも、円レートが1ドル100円を割るという大きな変化がありました。これについては、あくまで内需拡大や市場開放による拡大均衡で対応することが基本であると考えております。しかし、産業界のなかには輸出の自主規制という声もないわけではありません。また、規制緩和についても、産業界のなかに消極論、慎重論を唱える向きがあることも事実です。例えば、特石法(特定石油製品輸入暫定措置法)の廃止、車検制度の見直しといった問題については異論もあって、産業界自らが痛みを受ける問題として、難しい判断を迫られたわけであります。

このように、就任後わずか、4カ月という期間においても、政治、経済、社会の大きな変化の波を受けて、経団連会長としての判断を問われる問題が多々生じ、改めてその責任の重さをひしひしと感じているところであります。

しかし、経団連の目的は、その定款にあるように「経済界の公正なる意見をとりまとめ、その実現に努力し、もって国民経済の自立と健全なる発展を促進する」ことにあります。私もこれを肝に命じて、経団連会長としての職責を全うしていきたいと考えております。

最近の景気情勢について

それでは、次に、最近の景気情勢や、わが国の中長期的課題について申し上げたいと思います。

まず、足元の景気の問題でありますが、住宅投資や公共投資が堅調に推移していることに加えて、個人消費が所得税減税の効果もあって持ち直しつつあり、全体として明るさが広がってきております。また、企業収益にも下げ止まりの動きがみられるなど、景気は、ようやく回復の兆しを見せはじめております。

しかしながら、先行きについては必ずしも楽観できない状況にあると考えております。確かに、景気は、最悪期を脱して、上向きになってきておりますが、本格的な回復とは言えない、というのが実感であります。

設備投資は、依然として停滞しておりますし、個人消費の回復には、記録的な猛暑といった一時的な要因もあります。

特に、懸念されるのが、1ドル100円割れという円高の影響であります。これは、日本経済のファンダメンタルズからかけ離れたものであり、この傾向がさらに続くということになれば、景気回復がさらに遠のくのではないかと心配しております。

したがって、経団連としては、景気の回復を確実なものとし、日本経済を安定成長軌道に乗せるべく、政府に対して、景気に配慮した95年度予算編成や円高是正に向けた対策の実施を、引き続き、働きかけていくことにしております。特に、適正な為替レートの実現と安定化のための国際協調の強化をお願いしているところであります。

同時に、景気回復に向けて、企業経営者自らが努力すべきことは言うまでもありません。独創性にあふれ、消費者のニーズにマッチした商品やサービスを提供にすることによって、需要の喚起に努める必要があると思います。

わが国の中長期的課題

こうした当面の問題に加えて、わが国が21世紀においても、活力ある経済社会を維持し、あわせて、いかに海外からの信頼を獲得していくかについても、今、考えていかなければなりません。

そのためには、政治、行政、経済のあらゆる面で抜本的な改革を行う必要があり、こうした改革を進める上で大きな鍵となるのが規制緩和であります。

規制緩和によって、政・官・業のもたれあいと、海外からも批判される不透明な行政指導や慣行を断ち切ることは、とりもなおさず政治や行政の改革につながるものであります。また、規制緩和は、内外価格差の是正を通じて豊かな国民生活の実現をもたらすと同時に、新産業・新事業の育成など経済の活性化を促し、わが国の経済構造の改革を導くものでもあります。

さらに、規制緩和は、市場開放や国内諸制度の国際化を通じて、対外関係の円滑化に資するものであり、諸外国は、規制緩和の実現をわが国の国際公約として受け止め、その成り行きを注目しております。

先般、中国を訪問した際にお会いした李鵬首相や、数日前お会いしたモンデール駐日米国大使も、わが国政府の規制緩和への取り組に強い関心と期待を表明されておられました。

これら内外の強い期待に応えていくためには、さる7月5日に、閣議で決定された279項目の規制緩和策を着実に実行に移していただくことはもちろん、本年度内に策定される規制緩和推進5ヵ年計画を実りある内容にすることが重要であります。そのためには、行革推進本部に推進計画に関する作業部会を設置し、それには民間人を参加させることが必要であります。

先般開催した山口総務庁長官との懇談会においても、この点を強く要望するとともに、政府の行政改革の実施状況を監視する行政改革委員会、いわゆる第三者機関の早期設置をお願いしたところであります。

規制緩和には当然「痛み」を伴います。最近、雇用に対する配慮から、この「痛み」をことさら強調し、規制緩和が日本経済に決して好ましい状況をもたらさないとされる方もおります。

しかし、「痛み」を恐れ、抜本的な改革に手をつけないことは、やがて取り返しのつかない事態を招くことになります。例えば、現在、食管法の改革論議が行われておりますが、「痛み」を恐れ、生産性の低い農家を保護するような政策を続けると、やがて日本の農業は衰退していくことになるでしょう。

産業界においても事情は同じであります。厳しい国際競争のもとで、国内において競争を回避しても、いわゆる「空洞化」が進行することになります。「痛み」を乗り越えて、抜本的な改革に取り組むべきであります。

要するに、経団連としては、わが国の経済構造の改革に向けて、経済的規制は「原則自由・例外規制」との基本に立って、規制緩和を進めていくべきであると考えており、経済的規制は5年以内に半減させるべきであると主張いたしております。

もちろん、産業界自らも政治や行政に安易に頼るという姿勢を改め、「自己責任原則」に基づいて行動する必要がり、経団連としても、企業行動の見直しや自己責任原則の徹底に努めなければならないことは言うまでもありません。

なお、規制緩和と並んで注目すべきことは、この10月1日から施行された行政手続法であります。これについては、わが国の行政運営が、より公正で透明なものとなる第1歩を踏み出したと期待しております。ただし、そのためには、民間がこの法律の趣旨を十分に理解し、積極的に活用していかなければなりません。

例えば、同法では、行政指導の際には、その趣旨、責任者を明確にし、要求があれば書面で提示するものとされておりますので、民間が文書を求めなければこの規定は意味をなさなくなります。行政手続法を「生かすも殺すも民間次第」であります。そこで、経団連では、企業に対する広報・啓蒙活動を積極的に展開するほか、「行政指導110番」を設けて不透明な行政指導に対する苦情を受け付け、行政側にその改善を訴えていくことにしております。

規制緩和に加えて、わが国の中・長期的課題として指摘したいことは、高齢化社会の到来に備え、行財政の改革を通じて、いかに安定的な経済発展の基盤を作るかであります。

例えば、税制であります。先般決定された税制改革大綱において、増減税の一体処理が 行われたことは、高く評価しております。しかし、所得税減税が、いわゆる2階建てとなり、直間比率の是正が十分に行われなかったことは今後に課題を残したと思います。高齢化社会の到来に備え、経済の活力を維持していくためには、先進諸国の中でも飛び抜けて重い法人税の減税など直間比率の是正をさらに検討していく必要があると考えております。

また、行政改革により、歳出構造を見直し、経済発展や社会生活の基盤となる公共投資に、重点的に予算を配分することも必要であると考えております。この点では、現行の430兆円の公共投資基本計画を見直し、住宅、教育、医療、情報通信、研究開発等に関するインフラ整備を重視し、かつ金額も100兆円以上追加した、新たな社会資本整備計画を策定すべきであると考えております。

中長期的課題として、3番目に指摘したいのは、対外関係の改善であります。特に、日米関係については当面の重要課題でもありますので、この点から私の考えるところをお話したいと思います。

申し上げるまでもなく、日米関係は、両国のみならず世界各国にとっても、大きな意味 をもつ2国間関係であります。それは、日米経済を合わせると世界経済の4割を占め、その動向は世界経済に重大な影響を与えるからであります。この意味で、両国政府が通商問題を2国間のみで話し合うという従来のスタイルは、決して好ましいものではありません。したがって、日米間の交渉は、GATTあるいは来年はじめにも発足が予定されているWTO(世界貿易機関)など世界に是認されたルールや枠組みに沿って行うものでなければなりません。

日米包括経済協議についても同様であります。今回の協議において、政府調達、保険、板ガラスの分野で合意をみたことは評価いたします。しかし、自動車・自動車部品について合意が得られなかったことにより、米国が今後の交渉において、制裁圧力を背景に管理貿易的な要求をすれば、ウルグアイ・ラウンド合意後の自由貿易体制の推進の妨げにもなりかねません。米国政府には、GATTの原則にそった冷静な対応を望みたいと思います。

経団連が昨年まとめたリポートによれば、日米の企業間では、自動車、半導体、化学などを中心に強い相互依存関係が築かれており、ビジネスの間では日米協力が不可欠になっているのが現状であります。したがって、こうした協力の実態を踏まえて、民間同士が一層緊密な対話を重ねていくことも、政府間交渉に劣らず重要なことであります。

経団連としても、日米財界人会議に加えて、さらに対話のチャンネルを拡大し、建設的な日米関係を築く観点から民間同士のコミュニケーションをより緊密にしていきたいと考えております。この一環として、来月上旬に米国を訪問し、米国の有力経済団体であるビジネス・ラウンド・テーブルと話合いの場を持つことにしております。

アジアとの関係も重要であります。それは、アジアが世界の成長センターとして、政治・経済両面での重要度をますます高めているからであります。

例えば、米国については、欧州との貿易よりも、対アジアとの貿易の方が大きくなっており、日本についても、対アジア貿易が対米を上回っております。こうした形で先進国との相互依存関係を深めているアジア地域に対して、わが国がその発展に向けて協力していくことは、アジアのみならず世界の発展と安定に貢献できることになると考えております。

アジアは、今、最もダイナミックに発展している地域であります。先般日中経済協会の訪中団の最高顧問として、中国を訪問し、その感を強くいたしました。中国は、改革・開放政策のもとで社会主義市場経済化を進め、年率10%以上の経済成長を達成するなど、一段と発展を遂げつつあるとの強い印象を受けたわけであります。特に、今回は、李鵬首相を始め政府首脳から直接、中国経済やその将来展望につきお話を伺い、自信をもって経済を運営されていることが実感できました。心配されるインフレの問題についても、栄毅仁国家副首席からマクロ政策によりコントロールできるとのお話がありました。

こうした状況のなかで中国が今後とも高い経済成長を維持していくためには、環境問題 や交通・通信等のインフラ整備に取り組んでいかなければなりません。わが国としても 、第4次円借款の供与や民間の直接投資を通じてこうした面の協力を行っていく必要があります。

特に、インフラ整備について、三峡ダムや高速鉄道などの大型プロジェクトがありますが、私からは中国政府の首脳に対し、これらのプロジェクトについては、わが国の技術・経験を大いに参考にして頂きたいと申し上げました。

いずれにしても、アジアは、わが国にとってますます重要な地域になりつつあり、経団連としても「アジア」の問題への取り組を強化していきたいと考えております。

経団連では、この一環として、この3月に東アジア11カ国の経済界の代表者の方々にお集まりいただき、アジア隣人会議を開催いたしましたが、来年の秋に日本で開催されるAPECの際にも同様な会議を開催し、民間同士の協力関係を深めていくことにしております。

今後の経団連の基本的あり方について

最後に、今後の経団連のあり方について、少しお話させていただきます。

ご承知のように、冷戦構造の終焉に伴い、国内では、いわゆる55年体制が崩壊し、新しい政治秩序の形成に向けて、政界の再編が進んできております。経済の面でも、国際化の進展やバブル崩壊後の不況の中で、その見直しを迫られております。さらに、社会生活においても、国民の価値観が多様化し、従来の効率重視から「ゆとり」と「豊かさ」が求められるようになっております。

こうした環境変化に応じて、経団連も、政治や社会との新しい関係をどのように築くかが大きな課題になっております。

そのために、特に大切なことは、政治、行政との新しい透明かつ緊張感ある関係を構築していかなければならないいうことであります。このために、私は、政治献金の斡旋廃止を今後も継続していくとともに、経団連の政策提言能力を高め、政策本位の政治が行われるよう、訴えていきたいと考えております。また、政策提言は、消費者、生活者に視点を置き、広く国民の支持と共感が得られるものでなければならないと思っております。

私は、経団連会長に就任する際に、「変革、創造、信頼」の3つの言葉を大切にしながら「大胆に構想し、着実に実行する」ということを経団連活動の基本姿勢とすると申し上げました。

この大胆な構想というのは、豊かで活力のある経済社会の創造に向けて、旧来の政治、経済、社会システムを新しい時代にふさわしいものへ変革していくということであり、着実な実行とは、先程来申し上げた規制緩和の実現や対外関係の改善といった具体的な問題を一つずつ着実に解決していくことにより内外の信頼を獲得するということであります。

私としては、新しい時代の新しい経団連を目指し、正しいと思ったことは「信念」と「気概」をもってやり遂げていきたいと考えております。

皆様の一層のご支援、ご鞭撻をお願い致しまして、私の話を終えたいと思います。

ご清聴ありがとうございました。


日本語のホームページへ