第60回経団連定時総会における今井会長就任挨拶

1998年5月26日(火)
於 経団連会館 14階


  1. 只今、会員の皆様の御推挙により、経団連会長の選任を受けました今井敬でございます。
    21世紀の到来がいよいよ目前に迫って参りましたが、日本の政治や経済の枠組みを更に改革しなければならない中で、経団連に課せられた社会的使命と、また国際的貢献の役割の重さを考える時、責任の重大さに身の引き締まる思いがいたします。
    豊田前会長におかれましては、バブル崩壊後の激動と混迷の時代にあって、4年間に亘り優れた識見とリーダーシップをもって経団連の進路を明確に示され、活力あるわが国産業社会の実現に向けてご尽力賜りました。この間の多大なるご貢献に対しまして、改めて心からの敬意と謝意を表する次第であります。

  2. 私は、豊田前会長が築いてこられた路線を引き継ぎ、「行動し、実行する経団連」を旗印にわが国が直面する重要課題に着実、且つタイムリーに取り組むことによって「魅力ある日本の創造」に全力を傾注する覚悟であります。会員並びに事務局の皆様におかれましては、力強いご支援とご協力を心からお願い申し上げます。

  3. さて、21世紀を迎えるに当たって日本が直面している最大の問題は、第一にグローバル・コンペティションの激化、第二に類例を見ない少子高齢化の進展、そして第三に明日の日本を背負う若者の教育の問題だと思います。
    こうした中で、只今採択された「決議」にもございましたように私どもが取り組むべき喫緊の課題は、依然として低迷を続けるわが国の景気を速やかに回復軌道に乗せ、国民の間に充満している閉塞感を一日も早く打破するとともに、明るく確かな21世紀を切り拓くための基盤を構築することであります。このためには、従来から推進して来た経済、行政、財政、税制、金融システム、社会保障制度などの一連の構造改革を確実に実現して参らねばなりません。
    また、国際的なメガコンペティションが激化の一途を辿る中で、高コスト構造を是正し企業の国際競争力を一段と強化するためには、規制の撤廃・緩和を更に進めると同時に、グローバルスタンダードに合致した諸制度の整備を一刻も早く行う必要があります。
    このような観点から私は、当面様々な課題が山積する中で、特に3つの課題に重点を絞って申し上げたいと思います。

  4. 第一の課題は金融システムの安定化でございます。
    顧みますと、6年前の1992年以降、政府が実施いたしました5年間で総事業費60兆円の財政支出、そして3年間で17兆円の先行減税などによって、わが国の景気は一旦は回復したかに見えました。事実、G.D.P.は95年に2%、96年には3%の成長に達しました。
    この認識の上に立って、第二次橋本内閣は96年秋から諸々の構造改革を打ち出し実行に移している訳でありますが、不幸なことに昨年7月以降にアジア地域全般で通貨危機が発生し、また10月、11月には国内で大型の金融機関の破綻が起こりました。このために、12月以降、家計の消費性向と企業の投資意欲が急速に低下しており、景気は一段と厳しさを増しております。
    そこで政府は、1月以降、金融機能の回復を早急に行い、市場の信認を得るための30兆円の公的資金の投入を決定し、また、97年度補正、それから、これから審議・決定を迎えます98年度の補正に20兆円の財政を使うことを決めたのでございます。そして、また近々には「金融再生のためのトータルプラン」の実行を決定されました。そして、このことは極めて重要なことであります。
    先程来申し述べて来ましたように、バブル崩壊後、歴代5代の内閣は総額100兆円に及ぶ財政を使った景気刺激策を実行いたして来ているのでございます。しかし、景気は低迷し、閉塞感を脱し切れないのでございます。この原因の重要な一つに、企業、特に金融機関の不良債権の処理が遅れたことがあると存じます。不良債権や担保不動産が処分され動き出せば、土地の底値が確認されまして、そして1000兆円以上と云われる資産デフレが終わると思います。少なくとも都市空間の活用が始まり、内需が拡大してきます。政府がこの点を正しく認識いたしまして、今新たに先に決定した30兆円を使った抜本的な金融対策を実行に移そうとしていることは正しい選択だと思います。勿論、この金融の再編成の過程では様々な困難が起こるでしょう。金融機関による選別融資も止まらないものと思います。
    私は、この金融再編の過程で預金者とともに健全な借り手も十分保護されるべきだと思いますが、一方におきまして、預金者が2001年からのペイオフに備えて金融機関を選別し始めていると同様に企業は金融機関の選別融資の対象とならないよう、自らのバランス・シートを、健全化しなければなりません。一連の金融自由化、そして金融再生の実行は金融機関の自立を促すと同時に、預金者と借り手企業の自立をも促していることを忘れてはならないと思います。
    金融問題について更に一つつけ加えさせて戴きますと、円の国際化問題は極めて重要でございます。ドルと並んだ強力な通貨ユーロの出現、そしてまた、今回の東南アジアの危機がドルへの過度の集中に原因の一端があることを思うと、円の国際化は急がれるのであります。そのためには、厚みのある円の国内市場を構築しなければなりません。そして、市場規模の拡大、使い勝手の良さなど、制度の整備を急ぐ必要があります。経団連といたしましては、これらの金融問題の課題に対しまして積極的に提言、対応を行ってまいりたいと存じます。

  5. 第二の課題は抜本的な税制改革であります。
    わが国の企業や個人が活力を取り戻し、これを十分に発揮するためには、所得税の抜本的な改革、法人実効税率の引下げなどが不可欠であります。特に、国際的な見地から過重なわが国法人税負担を現状のまま放置すれば、企業の国際競争力の低下や海外移転などによりわが国産業の空洞化が深刻化いたします。
    経団連といたしましては、これらの課題に関しまして本年中に具体的な道筋を示したうえ、早期の実現に結びつけるべく、強く政府・与党に働きかけてまいりたいと存じます。

  6. 第三の課題は産業基盤の強化であります。
    地球環境、エネルギー、食糧、人口、医療問題など人類共通のテーマが山積する21世紀もまた「科学技術の時代」であると申し上げても過言ではありません。今後とも、資源やエネルギーの大半を海外に依存せざるを得ないわが国が、その原資を得てバランスのとれた産業発展を続け豊かな国民生活を実現して行くためには、規制撤廃による高コスト構造の是正とともに産業基盤、なかんずく優れた技術力の堅持が必要であります。
    企業といたしましても、絶え間なく技術革新に取り組むことによって、国際競争力を一段と強化して参らねばなりません。このような観点から、「科学技術立国・日本」として目指すべき技術の基本的方向やグランドデザインを、産・官・学一体となって議論することによって、様々な産業技術の課題を摘出し、解決に取り組んで参りたいと考えております。

  7. 以上、会長就任に当たりまして所懐の一端を申し述べさせていただきました。現下の経済情勢は誠に厳しいものがありますが、危機こそチャンスと申します。個人も企業も社会もこの危機への対応をバネとして、大きく変革すべきであると存じます。そして、企業倫理の徹底の下、企業自らが率先して変革をなし遂げると同時に、経済界が一体となって叡知を結集して事に当たれば、必ずや明るい将来が切り拓かれ、そしてまた、このことが日本のみならずアジアや世界の繁栄にも繋がるものと確信致しております。
    経団連といたしましては、企業の自由活発な活動を促進する基盤の整備に努めて参りたいと思いますが、これからは徒に政府に頼ることなく個人も企業も自立・自助・自己責任を明確に意識することが必要だと存じます。このことが強靱な体質を築く根本であると存じます。このような信念の下、私は諸課題の解決に正面から取り組むことによりまして課せられた責任を全うしていく覚悟でございます。
    重ねて皆様方の御理解とご支援を衷心よりお願い申し上げ、ご挨拶といたします。御静聴、誠に有り難うございました。

以 上


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