第35回日米財界人会議における今井会長スピーチ

1998年7月13日(月)
午前9時30分〜9時50分


  1. はじめに
  2.  おはようございます。ご紹介有難うございます。
     さて、わが国を取り囲む内外の環境は、現在、高齢化・少子化の急速な進展や、グローバル・コンペティションの激化などで大きく変化しつつあります。また足元では景気の低迷が続きまして、大手金融機関の破綻などもございまして、国民の間には将来への不安感や閉塞感が高まりつつあります。
     本日は、こうした厳しい状況において、日本が内外の環境変化に対応しつつ、明るく確かな21世紀を築くために取組むべき課題について、お話ししたいと思います。

  3. 当面の最重要課題は景気の回復
  4.  言うまでもなく、当面の最重要課題は、一刻も早い景気の回復であります。
     先に発表されました97年度の我が国の実質GDP成長率はマイナス0.7%と戦後最悪となり、景気の状況が大変厳しいことを改めて示しました。
     先月、私はアメリカでビジネス・ラウンドテーブルとの会合に出席いたしましたが、その席でもアメリカ側参加者より、「経済規模において韓国の10倍、インドネシアの20倍に相当する日本の景気低迷こそが、現在のアジア経済問題の核心である」と強く指摘され、アジア経済危機の解決のためにも、一刻も早い日本の景気回復を求められました。
     政府は景気対策として、4月に総額16兆円にのぼる総合経済対策を発表いたしておりますが、これはGDPを年間2%程度引き上げる効果があると期待されます。既に当初予算に組み込まれた公共事業の82%が前倒しで執行されており、補正予算も先般成立したことから、これに組み込まれている減税や公共投資の効果が秋口から出てくるのではないかと思います。
     ちなみに、5月に実施した経団連のアンケート調査結果におきましても、今回の総合経済対策を「史上最大級の規模であり、景気のカンフル剤として一定の効果が期待できる」という肯定的に評価する回答が多数を占めております。
     他方、戦後の日本の産業競争力を支えてきた企業の開発力や国民の勤労意欲の高さなどの、経済の基礎的要素は変化していません。こうしたことを考えれば、企業や国民は、日本経済に対して、もっと自信を持つことが重要だと思います。
     特に企業は、市場原理と自己責任に基づく積極果敢な事業活動が日本経済の活力の源泉であるということを改めて認識し、前向きに企業経営にあたることが重要だと思っております。
     また、消費者の購買意欲をかきたてるような魅力的な商品の開発に努めることで、昨年来落ち込んでおります国民の消費性向を回復させることも極めて重要だと思います。

  5. 不良債権処理と金融システムの安定化
  6.  次に、景気の回復を本格的なものとするためには、景気の足を根底から引っ張っている金融システムの安定化が必要不可欠であります。
     政府では、今年の2月、30兆円の公的資金を投入できるよう措置いたしました。この内、17兆円は破綻した金融機関の預金者保護に、13兆円は金融機関の自己資本充実に充てていわゆる貸し渋りを防ぎ、円滑な資金供給が行われることを狙いとしています。
     さらに政府・自民党は、6月から7月にかけて不良債権の抜本的処理を進めるため「金融再生トータルプラン」を発表しておりますが、この実施に必要な関連法案を、今月末にも予定されている臨時国会で速やかに成立させることが必要であります。
     「金融再生トータルプラン」にはポイントが二つありますが、その第一は、担保不動産の流動化と有効利用を促進するため、複雑な担保不動産の権利関係の調整や、債権の管理・回収を行うサービサー制度の創設、また民間の共同債権買取機構の機能拡充等の施策であります。
     もう一つは、金融機関の再編・整理を円滑に進めるため、今回新たに、善意かつ健全な借り手を守るための日本版ブリッジバンク構想であります。この構想は、アメリカのブリッジバンクの考え方を日本の民法、商法に合せて改正したもので、金融機関が破綻した際、直ちに債権が回収されて、そのために健全な借り手が困ることのないよう、融資を継続しながら、原則2年以内に引き受け手となる民間金融機関に営業譲渡していこうとするものです。(この場合も、もちろん預金者保護、借り手保護の観点から30兆円の公的資金が活用されます。)
     「金融再生トータルプラン」に基づきまして、各金融機関が、不良債権や担保不動産の処理を一気に進め、土地が動き出せば、地価の底値も決まり、資産デフレも解消します。土地が有効に利用され都市部が活性化すれば、景気も本格的に回復していくと思います。
     他方、わが国では先般成立した「金融システム改革諸法(案)」に沿って2001年までに、フリー、フェア、グローバルな金融市場の実現を目指して、日本版ビッグバンが進んでいます。そして、2001年4月からは、預金者も、銀行が破綻した場合、一定額以上の払い戻しを受けられないというペイオフが始まります。こうしたビッグバンやペイオフに間に合うよう、つまり2001年に間に合うよう金融システムの安定化を早急に達成していく必要があります。

    (円の国際化)

     また金融システム改革の一環として、円の国際化も重要です。今回のアジア通貨危機の原因の一端がドルへの過度の依存であったことを考えますと、決済通貨、外貨準備としての円の使用・保有が増えるよう、円の国際化を進めることが必要です。
     そのためには、円の国際化を制度的に妨げている要因を取り除くことが重要であり、経団連では、先月、内外に開かれた短期金融市場の整備に焦点を充てた提言を発表し、その実現を政府に働きかけています。

  7. グローバルな視点からの税制改革の推進
  8.  第3の課題は、グローバルな視点からの税制改革であります。企業活力の減退、国内企業の海外移転、さらに海外企業の「ジャパン・パッシング」等を防ぐためにも、国と地方を合せた法人実効税率を現在の46.36%から少なくとも米国並の40%にまで引き下げる必要があります。橋本総理も先般、「法人課税は、3年を待つことなく国際的水準に引き下げる」と言明されましたが、経済界では、1999年度の税制改正の中で、実質的な税負担の軽減を基本として、40%への引き下げの道筋がはっきりと示されるよう、政府与党に強く働きかけて参る所存でございます。
     また、所得税につきましても、諸外国と比べて著しく高い最高税率を現在の65%から50%程度に引き下げると共に、累進構造全体を緩和し、全所得階層において減税になるようにする必要があると思います。
     政府では既に、本年2月には2兆円の特別減税を実施しており、4月に発表された16兆円の総合経済対策の中に含まれた特別減税4兆円の内、半分の2兆円は8月に実施される予定です。さらに橋本総理は、「恒久的な制度見直しの結果、国民からも支持される減税を来年から実施したい」との方針を明らかにされています。

  9. 規制の撤廃・緩和の推進
  10.  第4の課題として、規制の撤廃・緩和があげられます。かねてより経団連では、豊田前会長のリーダシップの下、高コスト構造の是正と新産業・新事業育成という観点から、規制の撤廃・緩和を経団連の最重要検討課題と位置づけ、その推進に取り組んでまいりました。
     その結果、規制の撤廃・緩和はかなり進展したと考えていますが、まだ残された課題もあります。今後とも、今年の4月に決められた新たな規制緩和推進計画の下で、一層の規制緩和が進むよう政府の「規制緩和委員会」における検討を私共としては全面的にバックアップしていきたいと考えております。
     また、日米間におきましても政府間で97年から「規制緩和に関する強化されたイニシアティブ」の下で、住宅、医療機器・医薬品、電気通信、金融サービスの4分野について交渉が進んでおります。さらにバーミンガム・サミットの際の日米首脳会談では、新たにエネルギー分野を加えることなどにも合意しました。

    (電気事業の規制緩和)

     ここで先程、ジョーダン会長が述べられた電気事業の規制緩和について日本側の状況を若干説明したいと思います。
     わが国では、3年前の1995年の電気事業法改正により、卸電気事業許可を原則撤廃し、電力会社の電源調達に際して一部入札制度を導入する、また特定の地点で電力の小売を営む事業者(特定電気事業者)の創設を可能とするなどの制度改革を実施いたしました。
     このうち、入札制度については、1996年度、1997年度の入札におきまして、電力会社の募集に対し、それぞれ4倍、5倍の応募があり、大変厳しい競争になりましたが、落札の結果、発電事業を行える事業者が電力会社以外にも多数存在することが明らかになりました。
     こうした中、わが国の事業環境を魅力あるものとするため、昨年5月、政府において高コスト構造の是正等を目的とする「経済構造の変革と創造のための行動計画」が策定され、そしてこの中で、電力分野も取り上げられ、更なる制度改革の議論が本格化しました。
     議論は、完全な公開である電気事業審議会の場において行われることになりました。私は、この審議会の会長を務めておりますが、審議の過程においては、米国をはじめとする海外の制度改革の動向をじっくり勉強した上で、効率化やコスト低減という経済的要請と、日本のエネルギー・セキュリティの確保、環境保全や供給信頼度の確保などの公益的な諸要請が両立する新しい電力システムを構築するため、議論を深めてまいりました。
     去る5月に発表された中間整理の中では、新システムとして当面、電力小売の部分自由化を検討することとし、自由化の範囲やスケジュールなどの詳細については、今後、さらに検討を深めることとしています。目標は年末でございます。具体的には、電力会社と新規参入者の間の対等な競争環境を整備するための供給責任、料金規制、退出の自由度のあり方、つまり事業をおわることの自由さ、さらに、公平で透明な送電線利用のルールなどについて、検討していくことになっています。
     ジョーダン会長から米国における電気事業の規制緩和についてご紹介がありましたが、わが国でも、このように真剣に取り組んでいるということを改めてご報告したいと思います。

  11. わが国の政治状況について
  12. (政治のリーダーシップ強化について)

     先ほどより、景気対策や不良債権処理、あるいは税制改革などの重要政策課題について申し上げてまいりましたが、これらの解決には、政治の強力なリーダーシップが不可欠であります。
     わが国の政策立案は、永年、行政主導だと言われてまいりました。しかし、本格的な構造改革は、行政に任せておくだけでは、到底実現いたしません。
     幸い、わが国でも、昨年来の経済の危機的状況に立ち向かう過程で、政治が中心になって政策を立案し、実行する場面が増えてまいりました。例えば、アメリカと違い、わが国は、議院内閣制を採用している関係もあって、従来ほとんどの法律は、官僚が原案を作っておりましたが、昨年あたりからは、議員立法が急増しております。
     そうした中、経団連でも、議員立法に熱心な政治家への働きかけを強めております。例えば最近、日本でも、ストックオプションや自己株式の消却が認められましたが、これらはいずれも、我々の働きかけにより、議員立法を通じて、極めて短時間で実現したものであります。経団連では、今後とも、政治家や政党の政策立案能力の向上に、積極的に協力していきたいと考えております。

    (参院選の結果等について)

     次に、昨日の参議院選挙におきましては、投票率が前回の選挙よりも14%強向上し、その結果もありまして、自民党の獲得議席が改選数を大幅に下回りましたが、これは、有権者が、不況の打開のため、迅速かつ思いきった、今以上の政策努力を、政治に求めた結果であると思います。
     目下の厳しい経済情勢を考えれば、政治的な空白は、何としても避けなければなりません。仮に首相が交替いたしましても既定方針通り早急に臨時国会を開催し、現在参議院では自民党が20議席ほど足りない事態となりましたが、与野党が一致協力して、不良債権処理、金融システム再生のため、関連法案の迅速な審議を進め、来月中に成立させる必要があると思います。さらに、所得税、法人税の制度減税についても、速やかに成案をまとめ、実行に移すことが必要であります。こうしたことを通じまして、将来の明るい展望も、開けてくるものと思います。
     与野党が先程述べましたような、今回の選挙で示された有権者の意思を深く認識し、行動すれば、今回の選挙結果はかえって、迅速で思い切った景気対策の実施につながると思います。
     私共といたしましても、この目的のため、与野党への働きかけを強めてまいりたいと思います。

  13. 終わりに
  14.  以上、述べてまいりましたように、現在、日本をめぐる状況は大変厳しいものがあります。
     こうした折に、日米の経済人が「日米財界人会議」の場で率直な意見交換を行い、問題解決のための知恵を出し合うことは、大変有意義だと思います。
     二日間の会議の成功を祈念いたしまして、私のスピーチを終わらせていただきます。
     御清聴有り難うございました。

以 上


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