1999年5月31日 (月) 於 帝国ホテル「孔雀の間」 |
私は、ちょうど1年前の5月に、経団連の会長に就任いたしました。この1年間を振り返りますと、景気対策に明け暮れた1年であったと感じております。就任当時の経済情勢は、まさに最悪でありました。景気をここまで悪化させた最大の原因は、不良債権の処理が遅れたことではないかと思います。そこで就任以来、景気を回復し、経済再生を図るために、まず、金融システムの安定化に取り組んだ次第であります。日本発の金融恐慌は何としても回避しなければならないと考え、その解決に取り組んでまいりました。ご承知の通り、昨年7月の参院選挙で、自民党が過半数割れの状況になったため、大変難しい国会となりました。そうした中、与野党が国会で、長銀問題をはじめとする金融問題を話し合わねばならなかったわけでございます。こうしたことから、経団連は自民党のみならず、民主党や公明党、さらには自由党とも会合を持ってまいりました。こうしたこともあり、昨年10月に金融の破綻処理と早期健全化のための法律が出来上がり、現在、金融システムは落ち着きを取り戻したと思います。また、今年3月には、7兆5千億円の資本注入が行われ、ジャパン・プレミアムの問題も解消いたしました。
景気の悪化を食い止めるためには、財政面からも十分な手を打たざるを得ないと考えておりました。経団連は、昨年は4回にわたって、総合的な経済対策を提言いたしました。提言にあたって心がけたのは、経済対策が一過性の財政支出に終わってはならないということであります。日本経済の構造改革を促進するような内容でなくてはなりません。例えば、規模で申しますと、真水で10兆円を上回る追加的財政出動を求めました。公共事業費については、従来型にとらわれず、情報インフラ等の社会的ニーズの高い分野へ重点配分すべきと申し上げました。また、内需拡大につながる規制の撤廃・緩和も、景気対策の一つとして重点的に進めるべきであると要望いたしました。さらには、税の問題も重要であり、法人税、所得税を国際的な水準に引き下げることを提案いたしました。小渕内閣は、従来にないスピードと規模で、切れ目ない総需要の喚起のための対策を実施しており、最近の内閣支持率の急上昇も、これを評価してのものではないかと存じます。
こうしたことで1年が過ぎましたが、次に、これからの1年間に何をすべきかについて、お話しいたします。
財政の現状を見ますと、私は需要面を中心とした景気対策は、そろそろ限界に近づきつつあると思います。現在、国と地方を合わせた財源について、GDPの10%、約50兆円を公債に頼っております。(国・地方の長期債権残高)600兆円はGDPの120%であり、先進国中、フローとストックの両面で、最も高い負担であります。こうしたことから、本年1月には、クラウディング・アウトが起こりかけました。長期金利の上昇と、それに伴なう円の上昇があり、懸念される状況でございました。これ以上、量的拡大の政策に頼ることはできません。
現在、一連の経済対策の効果が現れつつある間に、民間主導でサプライサイドを改革していかねばなりません。私は昨年来、「自立・自助・自己責任」と言っております。サプライサイドの強化についても、民間が主体的に取り組まねばなりません。
もう一つの課題は、構造改革、とりわけ社会保障制度の改革を行い、国民の将来への不安を払拭することであります。
本日は、サプライサイドの改革と構造改革の2点について、お話しいたします。
私は、わが国の経済は最悪期を脱したと見ております。いろいろな業界の方から話を聞きますと、明るい兆しも出てきており、景気は底を打ったのではないかと思っております。年初来、株価が約3千円上がりました。株価が1千円上昇すると、時価総額が20兆円上昇すると言われておりますので、今回は60兆円上昇したことになります。
実体経済の面でも、まず、住宅需要が明るくなりつつあります。マンションや一戸建て住宅の契約が伸びております。この3月には、27カ月ぶりに着工ベースでも、対前年同月比で増加に転じました。98年度の住宅着工件数は118万戸と言われておりますが、今年は20万戸増えて130万戸になるのではないか、と業界の方から聞いております。20万戸増えると、6兆円程度の経済効果があると言われており、まさに住宅建設は景気回復のリード役になるものと思います。住宅が回復している大きな理由は、第1に、金利が安いことであります。住宅金融公庫の金利が若干上がったものの、据え置かれております。第2に、税制改革がございました。住宅ローン税額控除の適用期間が10年から15年に伸びるとともに、控除税額が一人一戸最大170万円から587.5万円まで拡大されました。
公共投資については、現在、昨年6月の第1次補正予算の効果が出ております。11月の第3次補正は、まだおそらく契約段階であります。今年度予算については、契約、着工ともにこれからであります。最近、下期に息切れするのではないかとの意見が出てきておりますが、今朝、大蔵省の幹部と話をしたところ、下期に息切れすることはないとのことでございました。仮に、下期の段階で必要となれば、その時に考えればよいことであり、今から考えなくともよいのではないかと存じます。これから出てくる効果を見守っていきたいと思います。
消費の今後の動向につきましては、個人所得税の4兆円を上回る減税が、4月から実施されております。1月から3月にかけての減税分は、6月に戻ってまいります。この減税効果がどの程度になるのか、注目しているところであります。大型量販店の方から話を聞きますと、この4月、5月とも、消費は低迷しているようであります。しかし、一部には明るさも見えてきております。特にパソコン、デジタルAV機器は、量的に拡大してきているようでございます。
問題は、企業の設備投資であります。法人税の昨年度の減税効果は2.4兆円と言われておりますが、今年9月の中間決算から出てきて来年度決算まで、その効果はまだ出ないでありましょう。大きな需給ギャップがあることが問題であります。開銀の調査によりますと、85兆円のギャップとのことであります。景気の先行指標であります機械受注が、依然として大幅なマイナスです。98年度の経済成長率が、あと10日ほどで発表されますが、たぶんマイナス2.5%くらいになるでしょう。これは民間設備投資の不振に起因すると見る人が多いようであります。需要面では打つべき手はほぼ打たれているので、今必要なことは、供給面から景気対策を行なうことであります。
そこで、経団連の今年の第1の課題であるサプライサイドの改革、すなわち産業競争力の強化が不可欠なのであります。
思い起こせば、1980年代の前半は、日本の天下でありました。世界各国から、「日本の経済・企業に学べ」の声が上がる中、米国は、1985年1月に、レーガン大統領の下で、いわゆる「ヤング・レポート」を発表し、これをベースに経済を回復させていったのであります。
一方、日本の場合、85年9月に、プラザ合意が成立してから、円高が急速に進みました。85年当時は1ドルが250円台でありましたが、1年後には160円程度、10年後の95年には、一時80円台にまで切り上がりました。現在は120円程度でありますが、85年当時の倍程度、円の価値が高まったことになります。この円高により、輸出企業の円での収入が半分になる一方、外国と競争する日本企業は、同じ賃金であっても、円高によるコスト上昇で国際競争力が落ちてしまいました。日本企業にとって、大変厳しい状況が続いております。
こうした中、多くの産業で、血の出るような合理化努力を行なってまいりましたが、まだ、競争力を回復するに至っておりません。国際競争力をいかにして回復するかが、大きな課題となっております。そこで経団連は、米国の「ヤング・レポート」の例にならい、民間と政府が直接協議する場をつくってほしいと要望いたしました。本年1月に、私は与謝野通産大臣とともに、小渕総理にこの実現を働きかけ、本年3月、「産業競争力会議」が発足いたしました。この会議では、供給面の改革に向けて、過剰設備の処理の問題や、より大事な雇用の問題をどうすべきか、21世紀をリードするリーディング・インダストリーをいかに育成するか、新しい産業・新しい事業をどう創っていくか、グローバル・コンペティションの中、経営をどう改革するか、こうした問題を議論してまいります。
これまでの3回の会合では、経営の効率化を進めるための法制、税制の整理を議論してまいりました。経団連も、5月20日の第3回会合で提言を行い、現在、政府・与党で対応を検討しております。自民党は6月上旬に、政府は6月11日に、それぞれ総合対策を発表する予定であると聞いております。6月上旬に予定されている産業競争力会議第4回会合では、少し前向きな問題である、リーディング・インダストリーの育成や、インフラ整備などについて議論することになります。
こうした改革は、企業が自ら主体的に取り組んでいかねばなりません。その課題は、3つに分けられます。第1は、過剰設備、過剰雇用、過剰借入れの「3つの過剰」の問題を処理することであります。第2は、21世紀の成長を確保するための技術革新であります。第3は、グローバル・コンペティションを生き残るための経営の革新であると考えます。
まず、第1の3つの過剰の問題についてですが、グローバル・コンペティションの中で、何と言っても企業は収益力を強化していかねばなりません。そのためには、資本と労働の生産性を高めていくことが不可欠であります。企業が自らの責任と自主的な判断で、過剰と言われる設備、雇用、借入れの処理を進めていくわけですが、政府は、それをやりやすくするために、倒産法制、土地の流動化、損金の繰越しなどに関して、法制、税制を整えるべきであります。
過剰設備、過剰借入れの処理を進めていく過程で、避けて通れないのが、「雇用」の問題であります。雇用は、日本の経済社会で最も重要な問題ですので、企業は、雇用の確保、雇用機会の拡大に努めるのが大切であります。しかし、どうしてもやむを得ない場合には、失業した人をいかに新しい職場に迎えていくかについて、国と企業が一体となって考えなければなりません。この問題について、2点申し上げます。第1は、雇用のミスマッチの解消であります。現在、ハローワークでは、1人の職員が400人を相手にしております。職業紹介事業の自由化、労働者派遣事業の自由化のための法案が衆議院を通過し、今、参議院で審議されております。できるだけ早く法案が成立し、民間が職業の斡旋を手伝えるようになるべきであります。
第2の点は、新規の雇用創出であります。経団連としては、短期間にやれるものは何かとの考えから、介護と情報通信の分野を申しました。介護については、来年すぐに実施するかどうかが、現在、政治問題になっておりますが、いずれは必要になるものであります。介護に携わる人材が大幅に不足しておりますので、厳しい資格試験をもう少し緩和する、年1回の試験を2回にする、などの対応を求めております。また、米国では、NPOが雇用の7%を確保しておりますので、日本でも少しNPOを活用してもよいのではないかと考えます。
次に、産業競争力強化の第2の課題として、技術革新について申し上げたいと存じます。今は過剰雇用の問題がございますが、少子・高齢化が進むのに伴い、将来わが国では、労働力はむしろ不足するのであります。つまり、少子化が進んでまいりますと、労働人口が減少いたします。また、1,200兆円の個人貯蓄は、これまで産業資金として活用されてまいりましたが、これからは高齢者の生活にまわされますので、今後、産業資金が減少することが予測されます。
そうした中で、21世紀に日本が持続的かつ安定的な成長を実現していくためには、技術開発を進め、付加価値、生産性の高い産業へと移っていかねばなりません。米国が80年代に成功したように、われわれも政府と民間が一体となって、新しい技術革新に取り組んでいかねばなりません。現在、技術・研究開発費は、民間が8割、公が2割出しておりますが、これを重点的に使って、21世紀の新しい産業を興していきたいと存じます。具体的な分野についてはこれから議論いたしますが、IT(情報技術)、バイオ、新しい素材、環境技術が中心になっていくと思います。これからの議論になりますが、特にバイオはかなり遅れていると言われております。
第3の課題は、経営の革新であります。グローバル・コンペティションの中、事業環境の変化に柔軟かつ迅速に対応していかねば、企業は負けてしまいます。つまり、過剰設備と過剰雇用の処理というハード面の調整だけではなく、マネジメントそのものの改革を行なわねばならないわけであります。米国では、分社化、会社分割、特定事業分野の外部への切り出しなどによる企業組織の柔軟な変更が行われております。GEがその好例であります。われわれもやらねば、競争に負けてしまいますので、法制面での対応が不可欠でございます。こうしたことを産業競争力会議で申し上げました。例えば、商法改正は、商法審議会で10年くらいの年月をかけねば実現いたしませんが、最近は議員立法も増えてきているので、この方法でやっていけば、改正がかなりスピードアップすると存じます。
また、税制の対応も大事であります。例えば、株式交換を進めたり、株式移転で持株会社を創るときの課税についてですが、NTTの持株会社は特別立法でやれましたが、一般の会社ではいちいち課税されてしまいます。グループ経営が中心になってくる中で、合併等を進めるときに課税されないようにしていただきたいと存じます。この点は、今朝の大蔵省幹部との懇談の場でも申し上げました。特に、連結納税制度の早期導入は重要であります。自民党の税調で「2001年を目処に導入を目指す」ことになっておりますが、今から準備しておかねばなりませんので、政府、自民党に強く実現を申し入れたいと存じます。
これまで申し上げたように、企業は経営の効率化を進めており、そのための会計制度の変更が行われております。マーケットが企業の活動を評価する際、透明性とグローバル化の中の普遍性が必要となっており、それに合った会計制度がとられております。
第1は、連結会計であります。これは既に本年4月から実施に移されております。各企業の海外展開や経営の多角化が進んでおり、これからは連結会計が中心になってまいります。これによって、子会社に損失を移すなど「飛ばし」はできなくなるのでございます。
第2は、税効果会計の導入であります。これまで別々になっていた企業会計と税務会計を調整するものであり、この3月期決算から、前倒しで導入できることとなりました。当社も実施しておりますし、前倒しで採用した企業が多かったようであります。
第3は、有価証券に対する時価会計の導入でございます。2000年4月から導入されます。持合株式については、2001年4月から時価会計となります。株価が1千円上下すると、時価総額は20兆円変動いたしますので、年初からの3千円の株価上昇によって、時価総額は60兆円上がったわけであります。企業が保有する株式は、時価総額の約6割を占めておりますので、年初からの株価変動で企業保有の株式価値は36兆円増えたことになります。企業の年間納税額40兆円とほぼ同じ金額が、株価で動くことになるわけであります。
ところで、時価総額300兆円の2割が企業間の持合いであり、60兆円ございます。株価の変動が企業経営に大きな影響を与えるため、今後、企業の間で持合い株式を解消しようとする動きが活発化することが予測されます。これは株価を下落させる要因となりますので、経団連は働きかけを行い、(持合い株式への時価会計の適用を)2001年4月まで伸ばすことになりました。この間に政策をとらねばなりませんが、それが次にお話しする退職給付会計への対応であります。
退職給付会計が、2000年4月以降に導入されます。現在では、年金や退職一時金の積立不足があっても、オフバランス処理となっておりますが、2000年4月以降には、バランスシートに記載することになります。何故、積立て不足が生じているかと申しますと、各企業は予定利率を5.5%で運用できるよう年金を設定しておりました。ところが、金融機関が5.5%では維持できなくなったため、大蔵省の許可により、2〜2.5%で運用できるようになったわけでございます。これに伴って、企業も97年度から3.1%(適格年金)に変更してもよいということになりました。このため、それまで5.5%で運用していたものを3.1%にする段階で、一気に不足が発生するのであります。一説では、この積立不足は、75兆円に達するとのことでございます。最長の15年でその積み立て不足を解消するとしても、必要とされる積立額は1年5兆円であります。あれほど苦労して実現した法人減税の効果が2.4兆円でございますので、これが企業にとっていかに大きな負担であるかがおわかりいただけると思います。
そこで経団連では、昨年来、企業の保有する株式を年金基金に充当することを提言してまいりました。その方法は2つございます。1つは、信託勘定を設定する方法でありますが、既に公認会計士協会が認めております。もう1つは、厚生年金基金に直接拠出する方法でありますが、今国会は間に合わないとしても、次期国会に法案が提出されるのではないかと存じます。
このように、企業会計制度の変更は、企業にとって大変大きな問題であると認識いたしております。
続きまして、経団連の第2の課題である社会保障制度の改革について、お話しいたします。少子・高齢化と経済の低成長化が進むことから、このまま放置していては、社会保障制度は持続できません。現在は、4人の勤労者で1人の高齢者を支えておりますが、25年後には、2人で1人を支える社会になります。現在、勤労者の標準月額報酬、つまり月給の17%が年金保険料、9%が健康保険料であり、両者を合わせた26%の、半分を企業が、そして残りの半分を働く個人が負担しております。25年後にはこれが50数%になります。これに加えて税負担があり、さらに来年からは、介護保険料も加わるわけであります。社会全体に極めて大きな影響が出てまいります。
社会保険と税負担を合わせた国民負担率として考えるべきであります。国民負担率は現在、36%程度であり、米国同様低いレベルにございますが、それは税が低いためであります。欧州諸国は50〜60%であります。日本でも、このまま放置しておきますと、やがて間違いなく60%を越えてしまいます。これは企業と働く個人にとって、大変大きな負担であります。こうしたことを国民は感じ取っており、それが消費が伸びず、景気回復を遅らせる原因ともなっております。
社会保障制度を改革する方法はいつくかあると思いますが、経団連が考えているのは、次の2つであります。
第1に、年金、医療、介護を一体としてとらえ、これを税で賄うという考え方であります。具体的には、年金・医療・介護の中で、基礎年金部分と、高齢者医療・介護は、国民が国から受けるべきものですので、ナショナル・ミニマムと位置づけ、税によって賄い、全国民に確実な保障を与える制度を早く確立すべきであります。現在は、企業と働く個人が保険料で直接負担しておりますが、国民全体に広く薄く負担してもらう方法に変更すべきであります。
現在の老人医療については、約9兆円かけて、医療費の5〜6割を一般の健康保健で負担しております。当社は48%を老人医療費にあてております、企業はだいたい40%の負担であります。また、70歳以上になりますと、自己負担は1カ月間に4回通院しても、最大2千円であります。高齢者といっても一様ではありませんので、働いている高齢者は一般の医療保険制度に残って、2割負担を続けるべきであり、それが税の負担を減らす工夫でもあります。薄く広く税で賄うべきであります。
もう1つの点は、社会保障に関する政府と民間の役割を明確に分けることであります。「社会保障は政府の役割」という従来の考え方は無理があります。財政的に破綻してしまいますので、政府の役割はナショナル・ミニマムに限定し、それ以外の部分は市場原理を導入して、民間の知恵と活力を活用しなければなりません。
現在の年金制度は、3階建ての建物になっております。1階は、厚生年金の基礎年金部分であります。現在は3分の1を国庫、3分の2を企業と働く個人が負担しております。政府は国庫負担を2分の1にしようと考えているようですが、自由党は全部を税で賄うべきとの考えであります。この点では、経団連は自由党の考えに賛成であります。次に2階部分ですが、これは現役時代の報酬に比例する部分であります。現在の確定給付型をできるだけ確定拠出に変更し、さらに将来的には民営化すべきであります。米国もそうなっております。そして、3階は、退職適格年金など企業年金の部分であります。先程申し上げた75兆円の積立て不足が出ているのは、この部分でございます。「私的年金」という明確な性格を持たせるべきであり、確定拠出型年金に切り換えていかねばなりません。
最近、米国の経済人と会合を持ちました。ようやく財政黒字に転じた米国では、政府が黒字分を年金基金にまわそうとしておりますが、米国の経済人は国が運営に関わることに反対しております。企業年金についても、個人勘定を設定して、運営していくべきと言っておりました。このように米国では、複数のメニューを提示して、政府と民間が具体的な話し合いを行なっているようであり、わが国においても、年金制度の改革を一気に進めるためには、複数の案を政府と民間が出し合って、具体的な議論をする必要がございます。
経団連は、国民負担率の見地から、税と並んで社会保険が同程度のウェイトがあると認識しておりますが、これまで社会保険について勉強が足りませんでした。そこで、去る25日の経団連総会で、新たに社会保障制度委員会を設け、今後は、この委員会が中心となって社会保障の問題を政府と話し合ってまいります。
社会保障は、21世紀を安心して迎えるために、重要な問題であると認識しております。
最後に、国際関係についてお話しいたします。昨年来、アジアの8カ国や中国、豪州、米国を訪問し、政財界の方々と意見交換をする機会が幾度となくございましたが、日本の本格的な景気回復と経済再生を心から期待しております。
まず、アジアについてですが、97年7月、タイに発した通貨・経済危機から、2年近くが経ちました。アジア諸国では、通貨、株式、金融ともにある程度安定しております。マクロ経済指標についても、IMFが(経済構造調整プログラムを)緩めにしてから、国によっては好転してきております。韓国経済はプラスに転じたようであります。確かに、構造改革に伴って失業率の上昇、不良債権の増大、物価の上昇、そしてインドネシアなどでは貧困層の増大などもございますが、良い方向に向かっております。底は打ったと言ってもよいと存じます。
何といっても、アジアの方と会うたびに一様に言われることは、アジアのGDPの7割を占める日本の経済がよくならなければ、アジア経済、世界経済はよくならないということであります。そこで、日本国内の景気回復に引き続き努めるとともに、直接アジアに対する支援を行なっていかねばなりません。わが国政府は、新宮澤構想の300億ドルを含む総額800億ドルの支援を行なっております。日本企業も経済危機の中にあって撤退せず、現地に根を張って、事業の拡大、雇用の確保に努めております。こうした日本の官民の対応については、各国で高く評価されております。
また、為替の急落がアジア経済危機の要因となりましたが、各国は異なる経済システムであるにもかかわらず、ドルにリンクしておりました。そこで、日本の通貨当局は「通貨バスケット方式」を提案しております。先般のG7でも話に出たものの、まだ受け入れられてはいないようであります。これはアジアの通貨をドル、円、ユーロに連動させようという考え方であります。私は先般、アジアの7カ国の経済人と韓国で会合を持ちましたが、このことも話題にのぼりました。さらに進めてアジア通貨基金を創ってはどうかとの意見もございました。
このことに関連して、円の国際化が重要であります。現在、円はアジアで5%しか保有されておらず、円を日本経済の実力に見合ったものにしていかねばなりません。そのためには日本経済を回復させることと、円の使い勝手をよくすることが必要であります。既にFBが公募になっており、20兆円以上が東京マーケットで売り買いされていて、マーケットの厚みが増しております。外国人の非居住者に対する課税もなくなっております。このように市場の必要条件は整っておりますので、後は個々の企業が、円を一般の取引に使うよう地道に努力していくことだと思います。
次に、欧州と申しますと、1999年1月のユーロの誕生でございます。現時点では、あまり高く評価されていないようでありますが、私どもは今年の秋に欧州各国とEU本部を訪問し、ユーロの件も含めて、膝を突き合わせて意見交換してくる予定でございます。
次に日米関係でございますが、現在、日米関係はかなり良好であります。5月初めの日米首脳会談も成功だったと伝えられております。また、5月24日にガイドライン法案が成立し、日米の安全保障面での基礎がより強固なものになったと思います。
経済関係についても、米国経済が好調ですので、経済摩擦の懸念はないと存じます。ただ、来年は大統領選挙がございますし、下院議員の8割が海外に行ったことがなく、米国内に目が向いていると聞いておりますので、今後、スーパー301条の復活に見られるような、保護主義的な動きが強まる恐れがございます。その動向を注意深く見守る必要があろうかと存じます。
WTOは、世界の貿易・投資を拡大する一般ルールを整備する重要な場でございますので、日本政府はWTOに焦点を当てていくべきであります。米国などがアンチ・ダンピング措置の発動のような保護主義的傾向を強めないように、WTOの場でその防止を議論していただきたいと存じます。
また、二国間協定も重要でございます。現在、韓国、メキシコとの自由貿易協定の話が出ておりますが、機は熟しているのではないかと思います。現在、二国間協定を結んでいない国は極めて少なく、日本、韓国、中国くらいであります。この問題も視野に入れていかねばなりません。
「日本経済の再生」を達成するために、どのような課題があり、それにどう取り組んでいくべきか、私なりの考え方をご披露してまいりました。現在、わが国を取り巻く環境が大きく、そして急速に変わろうとしております。わが国も変らねばなりません。わが国では、これまでも明治維新や敗戦のような大きな歴史の節目がございました。そのたびに、われわれの先輩は国の叡智と力を結集して、これを乗り越えてまいりました。只今申し上げた構造改革に着実に取り組んでいかねばなりません。私は、経済は企業と個人が中心で、政府の役割はそれをやりやすくする環境整備であると思っております。経団連会長に就任して以来、「自立・自助・自己責任」を肝に銘じて、難局に立ち向かうべきであると申し上げてまいりました。私は、日本人には時代を切り開く力と可能性があると信じております。企業と個人が可能性に果敢に挑戦して、成功を重ねることにより、日本経済は再生を果たし、明るい21世紀を迎えることができると確信いたしております。