第36回日米財界人会議 今井会長基調報告
−日本の政治・経済状況−

『21世紀に向けた日本の課題』

日時:1999年7月12日(月)
於:Ritz-Carlton サンフランシスコ

  1. 日本の政治・経済の現状
  2. おはようございます。ご紹介ありがとうございます。

    1. 政治状況
      1. さて、昨年7月の日米財界人会議は、前日の参議院選挙で自民党が大敗するという状況の中で開催されました。日米双方の参加者は、政治的空白により、日本の景気対策や金融システムの安定化対策が遅れると、日本発の世界恐慌が起こりかねないとの強い危機意識の下、与野党が協力して、緊急かつ抜本的な措置を採るよう求めました。

      2. 財界人会議の直後に、小渕政権が発足いたしましたが、小渕総理は、秋以降、強力なリーダーシップを発揮し、金融システムの安定化策、総額27兆円にのぼる緊急経済対策、大規模な法人税、所得税の減税など、経済危機からの脱却に必要な政策を矢継ぎ早に打ち出し、その実現に結びつけて参りました。
        また、政権の運営面でも、今年1月に小沢党首の率いる自由党との連立政権を発足させ、政権基盤の安定に努めております。さらに現在も、公明党との協力関係を確立するための努力が続けられており、自自公の三党連立政権が成立すれば、与党は、衆参両院において安定多数を確保し、必要な政策を更に迅速に推進するための基盤が整うことになります。
        こうした小渕政権の取組みと並行して、発足当初、20%前後にすぎなかった国民の支持率も、最近の各種世論調査では、50%近くまで上昇しております。

    2. 経済状況
      1. 政府による総需要喚起のための一連の対策の効果もあって、日本経済には、住宅需要やパソコンをはじめとする一部の個人消費に明るい兆しが見えてまいりました。また本年1-3月のGDP成長率は、対前期比で1.9%、年率で7.9%の伸びを示しております。
        こうした動きに株価も前向きに反応し、低迷を続けていた日経平均株価も、昨年10月9日に1万2,879円の底値をうって以来、現在ではそれから約40%アップの1万8千円前後まで回復しております。
        しかし、先に述べた1-3月期の成長要因には公共投資の底上げ効果などが含まれていることを考えますと、景気の先行きを手放しで楽観視することは許されないと存じます。

      2. 現状では、政府による需要面からの景気対策はほぼ打つべき手を打ったと考えらます。今後は民間が中心となって、「自立、自助、自己責任」の原則の下に経済の再生、再活性化を実現しなくてはなりません。そのためには、民間設備投資の回復が鍵を握っており、サプライ・サイドの構造改革が不可欠であると存じます。
        そこで本日はまず、サプライ・サイドの改革をはじめ、21世紀に向けて日本の経済・社会の発展を確固としたものとするために求められる構造改革について申し上げたいと存じます。

  3. 21世紀に向けて日本経済・社会の発展の基盤を確固たるものにするために求められる構造改革
    1. 産業競争力の強化
      1. これ迄の日米財界人会議でも米国の皆様から何回かご指摘がございましたように、現在の米国経済の好調は80年代に米国が積極的に規制緩和を進め、市場における競争が促進された結果と考えられます。またそうした環境変化によって生みだされた新しいビジネス・チャンスに、米国の民間企業が迅速かつ果敢に対応したことも大きかったと存じます。
        従いまして、我が国におきましても、今この段階で産業競争力の強化に真剣に取組み、経済を活性化することが、わが国経済が21世紀に向けて安定的な発展を遂げていく上で重要であると存じます。またそうすることで、わが国は内需拡大を通じて世界経済の発展に貢献できると考えております。

      2. こうした認識に基づき、米国の例も参考にして、民間と政府が産業競争力の強化に向けて意見交換を行う場として、去る3月に小渕総理を議長とする「産業競争力会議」が発足いたしました。6月11日には、これ迄の議論をまとめた雇用の創出・安定化と産業競争力強化に関する政府案(「緊急雇用対策および産業競争力強化対策」)が発表されました。同案の一部につきましては、8月13日まで延長された今国会で可決されることが期待されます。
        民間としては今後、そうした政府による環境整備のための措置を最大限に活用し、競争力強化に繋げていかなければなりません。

      3. そのためには、まず第一に、資本や労働の生産性を向上させる必要がございます。
        わが国では現在、少子化、高齢化が世界に例を見ないほど急速に進行しており、それに伴う労働人口の減少や、高齢化による将来の貯蓄率の低下が懸念されます。こうした状況に対応するためには、効率の悪くなった産業を一刻も早く市場から退出させ、資本や労働力をより効率の良い産業に移し、単位当たりの生産性を高めていくことが求められます。金融機関の抱える不良債権問題につきましては、先般の金融システム安定化対策によって解決に向けた道筋が示されましたので、今後は借り手である企業側が、自らの責任と自主的判断に基づいて、過剰となった設備や借り入れの処理を進め、経営資源の効率的利用に努めていくことが重要であると存じます。他方、政府には、そのために必要な環境整備として、税制、法制面からの支援が求められます。
        さらにグローバル・コンペティションのもとで事業環境の変化に迅速かつ柔軟に対応していくためには、マネージメント面においても効率化と生産性の向上を目指さなければならないと存じます。すなわち、合併や再編、会社分割、分社化等をスムーズに進めるための手法を検討し、その過程で、日本の企業法制や税制が企業の柔軟な対応を困難にしている場合は、グローバル・スタンダードに合致するように法令や制度を速やかに整備していく必要がございます。

      4. またこうした構造改革の過程で、失業は短期的にはどうしても避けて通れない問題であります。経済界、労働界と国が英知をしぼって、失業者を新しい職場に迎えるための方策を検討し、社会不安のもととなる失業者の増大を招かない措置を実施することが求められます。
        今般発表された政府の緊急雇用対策にも職業紹介や労働者派遣事業の自由化、教育訓練制度の充実などを通じた雇用のミスマッチ解消のための対策が盛り込まれております。われわれ経済界には、今回の対策を最大限に活用して、雇用の創出・安定化に努めるとともに、介護や情報通信などの分野で新規雇用を吸収する受け皿となる新産業・新事業を創出し、雇用増に努めていくことが求めらます。

      5. また、こうした努力とともに、引き続き規制の撤廃・緩和を推進し、日本社会の高コスト構造の是正を図っていくことが不可欠であります。規制の撤廃・緩和によって市場競争を高めることは、個々の企業の競争力強化に繋がるだけではなく、外資系企業の日本でのビジネス機会の拡大にも結びつくと存じます。

      6. 他方、少子・高齢化による国民の将来への不安を払拭していくためには、イノベーションによって生産性を引き上げることが重要であると存じます。そのためには、政府と民間が連携をとりつつ技術・研究開発を進め、21世紀にわが国が直面する高齢化、環境問題、情報化などの課題に対応するための新しい技術を開発し、情報通信、バイオ、環境等の分野で中核的産業を育成していかなければならないと存じます。
        わが国がこうした新しい産業分野で技術革新を進めることによって、世界経済の安定的成長と人類の福祉向上に貢献できるものと存じます。

    2. 社会保障制度改革
    3. 以上述べてまいりました産業競争力の強化と並んで、日本の官民が協力して取組まなくてはならない重要課題として、社会保障制度の改革が指摘されます。
      わが国の少子・高齢化の急速な進展に伴い、現在、36%程度である社会保険料負担と税負担を合せた国民負担率がこのまま放置すれば2020年頃には60%を超える危険性が高いと思われます。こうした状況が国民の間で将来への不透明感や不安感を募らせ、消費を抑制し、景気回復の足を引っ張っております。従いまして早急に、社会保障制度を国民が納得でき、持続可能なものへと改革することが官民ともに求められております。

  4. アジア経済再生、貿易体制の安定化に向けた日米の協力
  5. 以上、21世紀に向けてわが国が直面している構造改革についてお話してまいりました。
    次に、アジア経済の再生に向けたわが国の貢献、およびWT0体制の一層の強化に向けた日米両国の協力について申し上げます。

    1. アジア経済の再生に向けたわが国の貢献
      1. まずアジア経済につきましては、97年7月にタイで起きた通貨・経済危機に端を発した経済危機からまる2年が経ち、アジア諸国では通貨、株式、金融ともにある程度、安定してきております。しかし、アジアが世界の成長センターとしての活力を取り戻すためには、申すまでもなくアジアのGDPの7割を占める日本の役割が大きいと存じます。わが国が景気を早期に回復させることで、アジア諸国に市場を提供するとともに、アジアに対する直接の支援を継続していかなければならないと考えております。
        わが国政府はこれ迄、新宮澤構想の300億ドルを含む総額800億ドルの対アジア支援を実施しており、こうした支援は関係諸国から高く評価されております。また、アジアで操業している多くの日本企業も経済危機に直面しても撤退せず、現地に根をはって、事業の継続、雇用の確保に努めております。今後も政府、民間レベルでこうした活動を続けていくことが、アジア諸国をはじめとする世界の期待に応えるものと考えます。

      2. さらに短期資金の流出による為替急落がアジアの通貨・経済危機の要因であったことを考えますと、アジア諸国の通貨安定をはかっていくためのシステムを強化していくことが重要であります。日本政府はアジア諸国の通貨を円、ドル、ユーロに連動させる「通貨バスケット制」を提唱している他、5月上旬に私が参加したアジア各国の経済界の代表による会議でも、「アジア通貨基金」のような仕組みを作ってはどうか、という提案が複数の参加者からなされております。
        またこうした方策と並んで、私は円が実際の準備通貨、決済通貨として利用され、国際化されることが、アジア通貨を安定させる上で重要だと考えております。そのためには、日本経済の回復によって円に対する内外の信認を高めるとともに、海外の投資家にとって円を使いやすい通貨にすることが重要であります。非居住者に対する源泉徴収課税の撤廃など既に東京市場の整備は進んでおりますので、今後は個々の企業がアジアとのビジネスにおいて円の利用を増やす努力を重ねていくことが大切だと思います。

    2. WTO体制の一層の強化に向けた日米の協力
    3. 次に、貿易・投資ルールの整備に向けた日米協力の重要性について申し上げます。

      1. WTOは世界の貿易、投資に関する一般ルールを整備する重要な場であり、WTO体制の一層の強化は自由貿易の拡大、発展に不可欠であります。本年11月末にシアトルで開催されるWTO閣僚会議において、西暦2000年から次期ラウンド交渉を始めることが決定されることとなっております。新交渉を実り多いものとするためには、世界のGDPの4割を占める日本と米国のリーダーシップによるところが大きいことは申すまでもございません。
        また、市場経済の推進と国際貿易の安定化のためには、21世紀に経済大国となることが予想される中国が、国際ルールに則った貿易体制の一員として加わることが不可欠であり、その意味でも、中国のWTO早期加盟を、日米の民間経済界が協力して働きかけることが重要と存じます。

      2. 他方、鉄鋼問題をはじめ米国の一部に保護主義の台頭が見られることが懸念されます。米国鉄鋼業界による一連のダンピング提訴は業界の抱える問題の原因を全て輸入鋼材に転化させようとする動きであり、我々としてはアンチ・ダンピング制度の濫用と言わざるを得ません。米国のこうした動きは、世界的に蔓延しつつある保護主義的動きをさらに助長することにもなりかねず、WTOでアンチ・ダンピング規律を強化していくことが必要と考えております。

  6. 終わりに
  7. 最後に、経済のグローバル化、情報化が進む中、日米をはじめとする世界の企業はこれ迄には見られなかったような新たな課題に直面しております。それに伴い、日米の経済人が電子商取引や双方向の直接投資交流などの共通の課題について意見交換を行い、提起された意見をタイムリーに両国の政策に反映させていくことが益々重要となってきています。
    日米が共通の課題について意見交換する場として、今後とも、日米財界人会議の役割に期待いたしますとともに、これから2日間にわたる会議が実り多きものとなることを願っております。
    ご清聴ありがとうございました。

以 上

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