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月刊 経団連 グリーン・イノベーション ―夏季フォーラム2021・第1セッション講演

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吉野 彰よしの あきら
ノーベル化学賞受賞者
旭化成名誉フェロー
京都大学工学部卒、同大学院工学研究科(石油化学)修了後、旭化成工業に入社。ポータブル電子機器などに搭載する小型・軽量の新型二次電池という新しい社会ニーズへの対応として、1980年代のはじめに、リチウムイオン電池の原型を考案。1986年に実用的なプロトタイプを完成。2001年に電池材料事業開発室長、2005年に吉野研究室室長、2017年より名誉フェローを務め、現在に至る。2004年に紫綬褒章をはじめ国内外の様々な賞を受賞し、2019年ノーベル化学賞を受賞。現職のほか、九州大学栄誉教授、名城大学終身教授・特別栄誉教授。

リチウムイオン電池と未来の車社会

昨今、世界で大きな動きを見せているのが「グリーン・イノベーション」の分野である。我が国は、2030年度に2013年度比で46%の温室効果ガス削減、そして2050年にカーボンニュートラルを宣言する等、サステイナブルな社会に向けた取り組みが急速に進められている。

私が2019年にリチウムイオン電池の開発に関してノーベル化学賞を受賞した際の理由は2つあった。1つは「モバイルIT社会の実現に大きく貢献したこと」、そしてもう1つは「これからのサステイナブル社会の実現に大きな貢献が期待できること」である。電気自動車用における車載用電池用途をはじめとして、これから訪れるであろう「サステイナブル社会」の実現に向けて、リチウムイオン電池は大きな貢献が期待されているのである。

サステイナブル社会では、環境性・経済性・利便性の3つが調和するイノベーションが求められる。この具体例として、将来的には、人工知能が運転する無人自動運転の電気自動車、いわゆるAIEV(Artificial Intelligence Electric Vehicle)が普及すると考えている。モバイルIT社会では、GAFA(米国主要IT企業であるGoogle、Amazon、Facebook、Appleの4社の総称)と呼ばれる巨大企業が、スマートフォンというデバイスを販売するだけでなく、OS(Operating System:基本ソフトウエア)を他の携帯電話メーカーへ提供する形でプラットフォームビジネスを展開したように、サステイナブル社会においても、MaaS(Mobility as a Service)という形で巨大なプラットフォーム産業が生まれるだろう。

カーボンニュートラルに向けた方向性

2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて、我が国でも様々なプロジェクトが動き出している。政府は、グリーン・イノベーション基金(GI基金)を創設し、14の産業分野において計18の研究開発が検討されており、既に「大規模水素サプライチェーンの構築」や「再エネ等由来の電力を活用した水電解による水素製造」の2つが採択済みプロジェクトとして始動した。

こうしたプロジェクトの動向を踏まえながら、将来のエネルギー供給の姿をグローバルな視点から描いていくことが重要となる。将来的には、発電コストやエネルギー安全保障といった観点から再生可能エネルギーの最適立地国を選定し、そこで水素やアンモニア、e-Fuelといった二次エネルギーへと変換を行い、製鉄や輸送用燃料用途として、日本国内で活用していくことが考えられる。

こうした革新的なイノベーションの実現のためには、いくつか超えるべき関門がある。一般的には、最初の関門が、「悪魔の川」と呼ばれる基礎研究のブレークスルーである。さらにそれを突破すると、「死の谷」と呼ばれる量産技術研究でのブレークスルーが求められる。そして、最後に「ダーウィンの海」と呼ばれるマーケットが存在するかどうか、という関門が存在する。グリーン・イノベーションについては、「悪魔の川」(基礎研究のブレークスルー)と「ダーウィンの海」(市場の有無)の関門はクリアできており、「死の谷」(量産技術研究でのブレークスルー)が突破できればよいことから、イノベーションの実現に向けた道のりは、実はそれほど困難なものではないと言えよう。

ネガティブエミッション技術について

カーボンニュートラルを実現する上では、ネガティブエミッション技術(大気中のCO2を除去・減少させる技術)も重要となる。ネガティブエミッション技術には、BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage)と呼ばれる光合成生物を利用して大気中のCO2を回収する技術と、DACCS(Direct Air Capture and Storage)と呼ばれる技術がある。

そもそも自然界の光合成生物によるCO2吸収・削減効果は大きい。BECCSの具体案としては、ゲノム編集等の技術を活用することで、ネガティブエミッションに最適な光合成生物を作り出すことが考えられる。

さらに、ネガティブエミッションをもたらす自然界の反応として、岩石風化に着目したい。即ち、岩石が風化して砂に変化する際に、CO2を吸着する反応が起こることに注目し、大気中のCO2濃度の低下に利用するのである。DACCS技術の対象の有力候補としては、玄武岩が挙げられる。玄武岩は自然界にほぼ無尽蔵に存在しており、今後、風化反応を促進する技術の開発が期待される。

産総研GZRでの取り組み状況

私がセンター長を務める産業技術総合研究所ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)でも、革新的バイオマスを活用したCO2利用技術の開発やCO2の天然鉱物固定技術の開発に取り組んでいる。例えば、2050年において、事業規模イメージとして、年間1兆円ほどで年間1億トン分のCO2(現在の日本の年間CO2排出量の約10%)を吸収できると試算しており、こうした将来に向けた技術開発の取り組みを進めている。

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