Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2012年11月29日 No.3111  第3回「経団連 Power Up カレッジ」開催 -「たゆまざる改革」~イノベーションを至るところで常に起こす
/東日本旅客鉄道の大塚相談役が講演

経団連事業サービス(米倉弘昌会長)は、経団連会員企業の若手・中堅社員を対象に、今後の人生航路の羅針盤となり得るような講話を企業経営者から聞く「経団連 Power Up カレッジ」を7月から開催している。9日、東京・大手町の経団連会館で開催された第3回は、東日本旅客鉄道の大塚陸毅相談役が「たゆまざる改革」をテーマに講演した。
講演の概要は次のとおり。

◆ 国鉄改革の教訓

最後の総裁秘書役として私が見た国鉄改革は、組織の再生モデルであるとともに、組織がどんな時に衰退するのかを示唆する教訓でもある。国鉄は法律に縛られて運輸省に認可、承認を求めることが多く、経営の自立性がなかった。自立なきところに責任なし。国から多額の補助金を受け、運賃値上げをしながらも赤字は膨らみ続け、組織のやる気は薄れて沈滞ムードが漂っていた。

国鉄崩壊には三つの内部要因があったと私は考えている。
一つ目は「問題の先送り」である。一例を挙げると、戦後、南満州鉄道社員等の引き揚げ者を大量に採用しており、早くから退職金の引当が必要との議論もあったが、結局は実現しなかった。組織でも個人でも、やるべきことの先送りは大きなツケになって後から返ってくる。
二つ目は「改革の不徹底」である。財政再建計画は何度も立てられたが、どれも当面を糊塗するようなものばかりであった。痛みを伴うことを覚悟して思いきった改革をしなければならない。
三つ目は、「夢やビジョンの欠落」である。国鉄の夢は1964年(昭和39年)の東海道新幹線開通で終わった。新しい夢を描こうと思っても資金がない。皮肉なことに国鉄はこの年に赤字に転落し、以降一度も黒字になることがなかった。慣れはポジティブな思考を奪ってしまう。経営者は思いきった改革を行う際、努力の先にあるビジョンを示すことが大事である。

分割民営化の結果、社員が減少するなか、首都圏の列車運転本数は約3割増え、平均混雑率が改善し、事故件数も約7割減った。補助金をもらっていた企業が多額の税金を払うまでになった。しかし、最大の成果は社員の意識改革だった。人間の持つ向上心や意欲を活かすことが何より大事であり、その意味で国鉄改革とは「人間性の回復」であったと考えている。

◆ 競争と協調の時代

2000年に社長に就任した時、今後は競争と協調の時代に入ると考えて改革に取り組んだ。事例の一つは横浜方面と新宿方面とを直通で結ぶ湘南新宿ラインの開通である。私鉄3社が並行して走っていた区間であり、私鉄各社も対抗策を出すことで利便性が増し、結果として利用者のパイが拡大した。また、Suica導入時に他の交通機関との共通化を図れば便利になると考え、私鉄各社の社長を個別に説得した。今ではSuicaかPASMOのいずれかがあれば鉄道・バスを利用でき、電子決済機能をつけたことでタクシーも利用できる。切符購入時の運賃確認も不要でストレスフリーになった。いずれにしても、お客さまのためになるかどうか、という視点が大事である。

◆ 企業力の源泉は人材力

企業力を高めていくには、組織力、人材力をつける必要がある。一人のアイデアや独創性は、組織として具現化してはじめてものになる。一例として、エキナカビジネスの改革には新しいセンスが必要だとの考えから、「エキュート」の設立・運営を30代の女性に任せた。当初は老舗店舗に足しげく通って口説いていたが、今では出店希望が後を絶たない。

また、採用とは、その人の可能性に賭けることであり、人事は性善説に立って、その人が活きる場を見極めて、やる気を引き出すことが大事である。

◆ イノベーションの日常化

イノベーションは、技術革新だけでなくマネジメントも含め、至るところで、常に起こすことが必要である。現在、新幹線の時速360キロ運転を目指しているが、これは、コストと収益を比較するなら割に合わない技術開発なのかもしれない。しかし、技術力が向上することで、安全性向上に活かすことができ、技術者の士気高揚にもつながる。財務諸表に出てくるものがすべてではない。組織を支える有形、無形の資産に思いをはせたイノベーションが大事であり、それは「常により良いものを」と考える社員がどれだけいるかにかかっている。

◆ 尊敬される企業・国へ

日本の国力を支えてきたのは経済力だが、長引くデフレのなかで経済成長ができていない。エネルギー問題も含め、国のあり方をきちんとデザインする必要がある。しかし、全部を国に任せるのではなく、われわれができることを考えて行動していくこと、福沢諭吉の言葉にあるとおり「一身独立して一国独立する」ことが、尊敬される企業・国につながっていく。企業はグローバル化が進むなかで、日本のアイデンティティーを示しながら発展する必要がある。グローバルな経営手法は存在しない。従業員を大切にするという日本的経営の真髄を保ちながら進めることが大切である。

また、日本は、貿易立国、科学技術立国に加え、観光立国を目指すべきである。観光による人と人との交流は政治や外交を補完する民間外交である。ODAの額が多いにもかかわらずプレゼンスが低いのは、日本のことを知られていないからである。

【経団連事業サービス】

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