Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2015年8月6日 No.3235  「生活サービスのイノベーションとサービスデザイン」 -慶應義塾大学の武山教授から聞く/生活サービス委員会

経団連は7月22日、東京・大手町の経団連会館で生活サービス委員会(石塚邦雄委員長、高原豪久委員長)を開催し、慶應義塾大学経済学部の武山政直教授から、生活者の課題を企業が生活者とともに解決する価値共創の視点や、その事業化を戦略的に進める方策を聞くとともに意見交換を行った。武山教授の講演の概要は次のとおり。

■ サービスデザインとは

サービスデザインとは、ユーザーの体験、サービス提供の仕組み、事業モデルを一貫して生み出す方法論で、1980年代のマーケティング研究に起源を持つ。90年代以降は、生活者のヒト、モノ、場所等との相互作用を横断的に設計するデザイン分野として、欧米を中心に発展した。当初は既存のサービスの運用改善が中心だったが、現在では新たなサービスの創出や事業モデルの改革、組織の再編といった課題にまで対象が拡大し、生活サービス分野におけるイノベーションの1つの原動力の役割を果たしている。

■ モノ・サービスを組み合わせた事業と市場の創造

生活サービス分野では、従来の「価値あるモノを作って顧客に提供する」というモノ的発想から、「顧客にとっての価値を顧客と一緒に生み出す」サービス的発想に転換することで、新たな事業・市場が次々と生まれている。その代表例は、「おいしいコーヒー」から「コーヒーと一緒にくつろぐ体験」への提案価値の転換や、「ジョギングシューズの提供」からIT企業との連携による「仲間と一緒に走る楽しさの提供」への事業の拡大などが挙げられる。

■ 欧米におけるサービスデザインの取り組み

公共分野でもポルトガルの空港や米国の病院などで、サービスデザインの手法が積極的に取り入れられている。そこでは、一連のサービスの利用者の体験が「カスタマージャーニーマップ」を使って視覚化され、満たされないニーズを顕在化することで新たなサービス創出の機会が探られている。

また、サービスデザインは国レベルでも取り組まれている。英国では、政府内にデジタルサービスデザインの専門チームを編成し、これまで官庁別に縦割りだったサービスを統合しオンライン化することで使いやすさを実現した。同時に統合されたサービスに共通のガイドラインを設けたことで、新たなサービスのスムーズな導入が可能になっている。わが国でも、公共サービスのイノベーションや公的サービスの産業化を求める声が高まっており、その実現に向けてサービスデザインが重要な役割を果たすことが期待される。

■ 市場再編への対応

生活者の領域では、共働き世帯の増加や女性の社会進出によって新たなサービス市場が生まれる可能性が高い。その際に重要なことは、従来の「住宅」「家電」「食料品」「家事代行」といった提供物中心の区分ではなく、世帯固有のワーク・ライフ・バランスの実現といった生活者の課題から事業をイメージすることである。それは、提供物で束ねられた業種ごとの対応ではなく、生活者の課題に基づく連携によって異業種が積極的に関わっていくことを促し、その結果として新たな市場が生み出されることになる。

<意見交換>

委員からの「サービスデザインが普及しにくい日本と先行する欧米で異なる点はあるか」「サービスデザインを推進するうえでどのような組織が必要か」との質問に対し、「日本の場合は、従来のサービスに一定の自信を持っており、新しい手段の導入に積極的でない。他方、サービスデザインで事業拡大に成功している企業では、組織改革まで切り込み、従業員の働く意識や体験の向上を進めることで質の高いサービスの提供やファンの獲得を可能としている」「企業組織のなかにサービスデザインに基づくアイデアをすぐに実用化できる先導的な部署とそれを担う人が確保されていることが望ましい」との回答があった。

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会合では、提言案「生活サービス産業が2025年の日本を変える」を審議し、了承を得た。

【産業政策本部】