Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年3月16日 No.3308  新たな職務発明制度の運用実務<第3回> -平成27年改正法を踏まえた職務発明制度の実務動向/阿部・井窪・片山法律事務所弁護士・弁理士 服部誠

今回は、平成27年特許法改正を踏まえた職務発明制度の実務動向を解説します。前回説明したとおり、平成27年改正法は、特許を受ける権利の帰属(発明者帰属とするか、使用者原始帰属とするか)や、発明行為に加わった従業員へのインセンティブ策について、企業の自主性を尊重しようとするものですが、各社の実務運用はどのようになっているのでしょうか。

1.企業原始帰属への移行

まず、職務発明にかかる特許を受ける権利の帰属について、筆者が相談を受けた職務発明制度への関心が比較的高い企業においては、使用者原始帰属に変更するところが多いようです。職務発明規程に基づく発明者への報奨金の支払いは、特許を受ける権利を発明者から使用者へ承継することの対価ではなく、発明行為へのインセンティブであることを明確化する意図をもって発明者帰属から企業原始帰属に変更した企業もありました。

2.職務発明規程の改定の手続きと訴訟リスクの回避

平成27年改正法では、経済産業大臣が定めた指針に従って社内の職務発明規程を策定ないし変更し、「協議・開示・意見聴取」の手続きを踏めば、原則として適切に従業者を処遇したものとされます。筆者が相談を受けたなかでは、指針に則した手続きを履践している企業が大半でした。

企業としては、この指針の定めに従って対応していれば、適切な処遇を行ったとして発明者からの訴訟リスクを軽減することができます。特に「協議」は原則として1回しか行われないので、その1回の手続きを着実に実施していくことが極めて重要だと考えられます。

3.「相当の利益」の内容の多様化

(1)金銭給付か、あるいはそれ以外のインセンティブ策か

平成27年改正により、企業戦略に応じて柔軟なインセンティブ施策を講じることを可能とするとともに、金銭以外の経済上の利益を与えることも可能とするため「相当の対価」から「相当の利益」へと改められました。そして、指針では、金銭以外の経済上の利益として、使用者等負担による留学の機会の付与、ストックオプションの付与、金銭的処遇の向上を伴う昇進または昇格、法令および就業規則所定の日数・期間を超える有給休暇の付与が規定されています。現段階では金銭給付以外のインセンティブ策を開始したという話は個人的にはまだ聞いたことがありません。今後の動向を注視したいと思います。

(2)金銭給付の時期

「相当の利益」として金銭給付を行う場合、どのタイミングで給付を行うかが問題となります。これまでは、(1)特許出願時(2)特許登録時(3)発明の実施時(あるいは発明の実施により企業が利益を得た時、以下「実施時」)――に、金銭給付を行う企業が多かったようです。そして、この傾向は、平成27年改正後も続いていると思われます。それは、このような段階的な支給の仕方に一定の合理性が認められるからではないかと考えられます。

すなわち、特許出願をすれば会社から一定額が支給されるとなると、従業員は、特許出願を目標にして研究開発を行うようになります。つまり、出願時の給付金は、特許出願の件数を増やすためのインセンティブ策になるわけです。

次に、特許登録時の給付金は、特許庁が特許性を認める発明、つまり、これまでに存在しなかった新しい技術の開発に対するインセンティブを強めることになります(発明を独占する権利(=特許権)は、特許出願しただけではなく、特許庁が特許性を認めて初めて付与されることになります)。また、発明者が会社による特許出願手続きに積極的に協力しようとすることも期待できるでしょう。実施時給付金の支給は、技術的に価値があるだけでなく、実際に会社の事業にとって価値のある技術開発を行うことに対するインセンティブを与えることにつながります。

このような理由から、支払いのタイミングについては、多くの企業において従前の枠組みが維持されているのではないかと推測されます。もっとも、一部の企業では、実施時の給付を廃止するところもあるようです。これは、実施時の給付では発明時から時間が経ち過ぎてしまい、発明への強いインセンティブにはなっていないのに加え、支給時期を早めて特許登録時に従前より多額の支給を行った方がインセンティブ策として機能するであろうとの判断があるようです。

(3)支給額

発明へのインセンティブを高めるため、支給額を増額する動きも出始めているようです。トヨタ自動車は上限額を2割引き上げるとともに支給基準を緩め、また、味の素は特許登録時の報奨金や実施時の報奨金を全体的に底上げするとの報道もあります。筆者が相談を受けた企業のなかでも、特許出願件数を増やすことをねらって特許出願時の報奨を増やした企業があります。

他方で出願時、特許登録時の支給額を切り下げる企業もあります。例えば、従前は特許出願件数や特許登録件数を上げることを重視して出願時、特許登録時の支給額を厚くしていたが、今後は件数よりも事業にとって真に価値のある発明が多くなされることを期待して、出願時、特許登録時の支給額を切り下げ、事業にとって価値のありそうな発明について、別に金銭支給を行う制度に改定した企業もあります。

(4)多様化の動き

また、これまでにない新しい制度を導入する企業も出てきました。例えば、アステラス製薬では、これまでは発明者だけに渡していた報奨金を研究チームのなかで特許取得に大きく貢献したメンバーにも支給する制度を導入したと報じられています。筆者が相談を受けた企業のなかにも、発明者には該当しないが当該発明に貢献した者を報奨の対象にしようとする企業も、わずかですが存在します。重要なのは、自社の研究開発戦略や職場環境に適した職務発明制度を策定、運用し、職務発明制度を研究開発活動の向上につなげていくことなのです。

次号(最終号)では、「まとめ」として、職務発明制度全般についての留意点と、制度を活かすためのポイントを解説します。

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