Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年3月23日 No.3309  新たな職務発明制度の運用実務<第4回> -職務発明制度全般についての留意点/阿部・井窪・片山法律事務所弁護士・弁理士 服部誠

今回は、職務発明制度全般についての留意点について、Q&A形式で解説します。

1.従前の規律と改正法による規律の存在

 平成27年改正特許法施行後、従来法(昭和34年法、平成16年改正法)は、遡及的に効力が失われることになるのでしょうか

 平成27年改正法が遡及適用されることはありません。

法律が改正された場合、改正法はいつの時点から適用されるのか、また過去の事象にも遡及して適用されるかが問題となります。職務発明に関する平成27年改正法は、平成28年4月1日以降になされた発明に適用されることとされ、遡及は認められていません。したがって、使用者原始帰属とすることは、平成28年4月1日以降になされた発明について可能となり、同日以降に会社に帰属する発明について「相当の利益」を与え得ることになります(なお、今後も、平成17年3月31日以前に使用者に承継された職務発明については昭和34年法が適用されます。また、平成17年4月1日以後に承継され平成28年3月31日までになされた発明については平成16年改正法が適用されます)。

2.社内職務発明規程の一本化

 平成28年4月1日以降に自社の職務発明規程における報奨制度を改定する場合、従来の規程を廃止して、新規程に一本化することはできるでしょうか

 一定の場合にのみ一本化することが可能です。

同法の指針は、個々の従業者との間で個別に合意している場合と、改定後の規程を適用しても従業者にとって不利益とならない場合にのみ、制度を一本化することが認められると規定しています。これは、従前の規程に基づき発明者が取得した利益は「既得権」であり、あとから一方的に奪うことはできないためです。

3.ノウハウと職務発明規程

 職務発明規程では、いわゆる製造ノウハウなどの特許出願しない技術も対象にすべきでしょうか

 従来法(昭和34年法、平成16年改正法)下においては、野村證券事件(知財高判平成27年7月30日)など、ノウハウも職務発明を規律する特許法35条の「発明」に該当すると判示する下級審裁判例があります。そのため、争いとなった場合のリスクを低減させるためには、職務発明規程においてノウハウも会社に帰属する旨を定めるとともに、一定の場合は報奨金(対価)を支給できることを規定しておくことが考えられます。平成27年改正法下においては、従業員との間で規程を策定する際に適切な協議手続きを踏めば、ノウハウについて報奨金(相当の利益)を支給しない制度とすることも直ちに不合理であると判断されるわけではないと考えられます。ただし、従前対象としていたものを対象から外す場合には、相応の合理的な根拠が求められるでしょう。

4.特許以外の知的財産

 特許以外の知的財産については、職務発明制度と同様の制度を設ける必要はないのでしょうか。

 特許法と同様に、創作を保護する知的財産法である意匠法(物品のデザインが保護対象)と実用新案法(物品の形状等に関する発明「考案」が保護対象)は、職務発明についての特許法の規定が準用されています。したがって、企業における職務発明規程においても規定が設けられていることが多いといえます(ただし、支給額については特許より低額を規定している企業も多いようです)。他方、著作権法、商標法においては、企業が何らかの利益を創作した者に支給すべきとする制度は存在しないので、著作物、商標については、規定を置かずとも法律上は問題なく、また、実際に規定を置いていない企業が大半だと思われます。

5.海外における取り扱い

 外国に特許出願する時や、発明の実施により外国において利益を得た場合、どのようなことに気をつけるべきでしょうか。

 特許には「属地主義」という考えがあり、日本の特許法に基づく特許権と外国の特許法に基づく特許権は別の権利であると考えられています。したがって、外国において特許権を取得するために当該外国において特許出願する可能性があるならば、職務発明規程において外国で特許を受ける権利も対象となるようにしておく必要があります。

 職務発明規程における報奨金は、外国における特許の実施により得られた利益も考慮して支給されるべきでしょうか。

 昭和34年法下の日立製作所事件(最高判平成18年10月19日)では、従業員が職務発明にかかる外国における特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合でも、外国における特許の実施により得られた利益も考慮して日本の特許法に基づく相当の対価の支払いを請求することができる旨を判示しています。このため、昭和34年法が適用される職務発明の承継の対価については、外国における売り上げも考慮した方が無難であるということになります。平成16年改正法および平成27年改正法下では、従業員との協議の状況等にもよりますが、相応の合理的な根拠がない場合には、昭和34年法下と同様に考えておくことが無難ではないかと考えられます。

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