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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年6月15日 No.3319 緊急寄稿
トランプ政権のパリ協定離脱について<下>
-21世紀政策研究所研究主幹 有馬純

6月1日のトランプ米大統領によるパリ協定離脱の意向表明を受け、21世紀政策研究所の有馬純研究主幹(東京大学教授)に、前号で、トランプ大統領が離脱を決めた背景等について解説いただいた。今号では、米国の離脱による国際的取り組みへの悪影響、日本の対応について解説いただく。

■ 国際的取り組みへの悪影響

トランプ大統領の言う「パリ協定の再交渉、新たなディールへの交渉」は非現実的であろう。パリ協定は困難な交渉を経てまとめ上げられたものであり、他国が今さらパリ協定の再交渉や新たな枠組み交渉に応ずるとは思われない。

問題は現在進行中のパリ協定の詳細ルール交渉だ。米国は今後3年半、パリ協定締約国であり続けるが、パリ協定からの離脱を表明した米国が、どの程度、詳細ルール交渉に参加するか未知数である。米国の存在感が低下すれば、先進国・途上国二分論を主張する中国、インド等の発言力が強まる可能性がある。途上国に過度に甘いルールになってしまえば、将来の米国の復帰を難しくしてしまう。

米国が多国間枠組みに背を向け、温暖化対策コストの負担を拒否することとなれば、他国の取り組みにも影響を与えるだろう。もとより各国は「米国の離脱にかかわらず、パリ協定のもとでさらに取り組みを強化する」とのポジションをとるに違いない。しかし米国がエネルギーコスト引き下げに走る一方、より野心的な温暖化対策によってエネルギーコストが増大すれば、米国とのエネルギーコスト格差拡大による国際競争力、経済、雇用への影響を無視できなくなる。また米国が緑の気候基金への資金拠出を止めれば、インド等はそれを口実に取り組みを緩める可能性もある。

パリ協定からの離脱は米国の国際社会における地位にも悪影響を与える。世界最大の排出国である中国が「温暖化防止の国際的リーダー」を自任することとなろう。すでにEUはそうやって中国をおだてあげている。

■ 日本の対応

こうしたなかで日本はどうすべきか。米国のパリ協定離脱にかかわらず、日本がパリ協定のもとでマイナス26%目標の達成に努力することは言うまでもない。またパリ協定の詳細ルール交渉においては、他の先進国と協力しつつ、全員参加型の公平で実効ある枠組みをつくらなければならない。

米国に対してはパリ協定復帰を粘り強く働きかけるべきだ。パリ協定上の離脱通告まで2年半ある。同時に長期の温室効果ガス削減につながる革新的技術開発等における日米協力の可能性を追求すべきだ。G7サミット共同声明ではパリ協定については両論併記となったが、成長・雇用創出の観点からのクリーンテクノロジーの重要性については米国も賛成している。温暖化問題をめぐって米欧対立が高まった場合、「欧州とともに米国に対峙すべき」との議論が内外で生ずるかもしれないが、日本のとるべき道ではない。複雑な東アジアの地政学を考えた場合、日米同盟関係は何にもまして重要だからだ。

日本の経済、産業競争力への影響についても慎重な判断が必要だ。日本のマイナス26%目標もマイナス80%目標も米国の参加が当然の前提であり、米国のパリ協定離脱は大きな事情変更である。原子力再稼働の遅れ等でマイナス26%目標の前提となったエネルギーミックスの実現が難しくなった場合、その時点のエネルギー需要、エネルギーコスト等を総合勘案すると同時に、米国とのコスト差拡大も考慮に入れ、日本にとってベストの選択を考えねばならない。

トランプ政権のパリ協定離脱は16年前の京都議定書離脱を思い出させる。「またか」という思いを禁じ得ないが、こういう時こそ安全保障、貿易等を含めた包括的な視点から、国益と地球益をバランスさせた冷静かつしたたかな対応をせねばならない。

【21世紀政策研究所】

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