Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年11月16日 No.3339  EUの移民・難民問題とポピュリズム -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(高崎経済大学経済学部准教授) 土谷岳史

2015年のEUの「難民危機」は難民の大量の流入という意味では沈静化した。しかしその政治的な余波は強まっている。今年9月のドイツ連邦議会選挙では、メルケル首相率いるキリスト教民主同盟(CDU)は第一党の地位を保ったものの、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第三党となった。選挙後、難民の積極的受け入れ政策への国民の不満に対し、CDUは難民らの年間受け入れを20万人までとするとしたが、10月のニーダーザクセン州議会選挙では社会民主党(SPD)に敗れ、第二党になった。

同日、オーストリアでは下院選挙が行われ、中道右派の国民党が第一党となっただけでなく、極右の自由党が第二党の社会民主党と僅差の第三党となった。自由党は昨年12月の大統領選挙で大接戦を演じ、国民党は反移民・難民の政策を強めたとされる。この2党が連立政権を組むとみられ、オーストリアはEUにおける反移民・難民、そして反イスラムの動きを強めると予想される。

■ 2015年の「難民危機」

EUの難民受け入れ政策に強く反対してきたのはハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアの中東欧4カ国(Visegrad Group、V4)である。15年の難民危機のさなか、EUはギリシャとイタリアに流入した人を加盟国間で分担して受け入れることを決定したが、V4は強く反対し、ポーランド以外は反対票を投じた。なかでもハンガリーとスロバキアはこの決定の無効を求め提訴していたが、今年9月に敗訴が決定した。しかし現在もV4はこの決定の履行に抵抗しており、特にポピュリスト政権と指摘されるポーランドとハンガリーはまったく実施しておらず、チェコは昨年夏から実施を止めている。さらにV4は移民・難民の分担受け入れを制度化するEUの庇護制度の改革にも反対している。

政権交代後のオーストリアはこの列に加わるとみられている。続いて選挙が行われたチェコでは、難民受け入れ拒否の中心にいるポピュリスト政党「ANO2011」が第一党となり、反移民・難民と反EUの動きをさらに強めると思われる。

■ 東西の分断

このようにポピュリズムが広がるなかで、EUは東西の分断ともいうべき状況になっている。難民受け入れ拒否を理由に欧州委員会はハンガリー、ポーランド、チェコに対して制裁を行うとしているが、問題はそれにとどまらない。ハンガリーのオーバン首相は「非リベラルな民主制」を標榜し憲法の改正を繰り返し、司法への統制も強めている。同国出身のアメリカ人投資家であるジョージ・ソロス氏創設の大学も政府に攻撃され閉鎖の危機にあり、欧州委員会は是正を求めている。

欧州委員会がさらに問題視するのはポーランドである。司法への統制強化などを理由として、ポーランドに対し欧州委員会は法の支配に関する勧告を出し、制裁も辞さない姿勢である。このように東西対立は移民・難民に寛容なEUかどうかという路線対立という以上に、法の支配というEUのよって立つ価値それ自体を強く問うものとなっている。

■ ポピュリズムに直面するEUの苦悩

このような対立は深刻である。法の支配への敵対は、ポピュリズムによる民主的な政治の拒否に起因するからである。『ポピュリズムとは何か』を著したヤン・ヴェルナー・ミュラーによれば、リベラルな価値および制度は多様性を保障し、手続き的正統性を担保する民主制の構成要素である。つまり法の支配を否定する非リベラルな民主制は存在しない。しかし「道徳的に純粋で完全に統一された人民」を標榜するポピュリズムが否定するのはこの多様性である。

ポピュリストは「われわれ」という同質性・一体性への妄信と他者への恐怖に基づき移民・難民排除を行うだけでなく、(自らに都合の悪い)EUの決定もEU法も「われわれ」を脅かす他者の命令と解釈するだろう。ポピュリストが否定するのは移民・難民だけでなく、法の支配であり、EUの民主的な合意であり、妥協の可能性なのである。この意味でEUにはポピュリズムと対峙し、多様性と法の支配を擁護しながら、反移民・難民の動きを抑制することが求められている。

【21世紀政策研究所】

「21世紀政策研究所 解説シリーズ」はこちら