Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年11月23日 No.3340  イギリスとEUは合意できるか -21世紀政策研究所 解説シリーズ/東京外国語大学教授 若松邦弘

9月のドイツ連邦議会選挙では「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進した。「選択肢」は「対案」との訳のほうがしっくりくるかもしれない。その主張とは別に、名称自体は現状に不満を持ち変化を求める有権者に響く。「主流」と「対案」の対比は、EUからの離脱をめぐるイギリスとEUの交渉を考えるうえでも重要である。

欧州統合の中心地ブリュッセルでは、イギリスの交渉姿勢への不満が充満しているとされる。そこでは、「統合のメリットはイギリスも享受したいはず」との思いゆえに、イギリスはいつか折れるとの発想が強くなる。いきおい強い発言も出る。メディアもEU情報はブリュッセル発が多く、イギリスはいつ譲歩するかとの見方となる。これは適切な現状認識であろうか。

■ もう一つのイギリス

イギリスにも単一市場へのアクセス維持を求める声はある。しかし別の顔を無視できない。EUから離脱したいイギリスである。

国民投票でイギリスは残留多数のロンドンと離脱多数のそれ以外とに二分され、民主的に正当な手続きのもと後者が勝利した。しかし以降、ロンドンには後者への非難があふれ、それはロンドン発の報道を通じ海外にも流れている。確かに離脱は経済に悪影響をもたらすかもしれない。そうだとすれば、イギリスの有権者が示したのは「経済は政治に優先しない」との姿勢である。これは「非合理」でも、理性を欠くわけでもない。

メイ政権与党の保守党は、ロンドン外、特にEU批判の強い農漁村部の有権者からの支持を得ている。野党労働党もロンドンのみならず、離脱支持の強い地方都市に地盤を持つ。政府の交渉姿勢は世論の支持を相応に受けている。それはロンドンの経済の論理を否定的にみる世論である。

■ もう一つのEU

他方、EUの側である。イギリスとの交渉はユンケル委員長をトップとするEUの官僚組織、欧州委員会が主導している。その交渉スタイルは特異である。自らの案は少なく、相手のイギリスに具体案と譲歩を要求する強気が目立つ。

EUにも別の顔がある。28の加盟国にはさらなる統合をめぐり温度差が存在する。イギリスの国民投票直後に外相がベルリンに集まったEEC原加盟6カ国の影響力は際立つ。EU内には中心国と周辺国の二重構造がある。ギリシャもイギリスも後者である。イラク戦争時にいわれた古い欧州と新しい欧州は残っている。欧州委員会は前者と一心同体であるが、後者の意識を代弁していない。加盟国に対するその強気の先にあるのは、イギリスのEU離脱だけにとどまらないかもしれない。

■ 交渉の今後

イギリスとEUの交渉では「譲歩」のデメリットと「決裂」のデメリットのいずれが大きいか。外からみるわれわれには、イギリス・EU双方にとり決裂のデメリットが大きいとみえるかもしれない。そうであろうか。ここでも政治的影響を考えれば、譲歩のデメリットが上回るとの判断が当事者にあっても不思議はない。第一段階の離脱交渉で妥結しても、第二段階の貿易交渉にはそれ以上の対立点がある。

イギリスには、この二段階の交渉形式と離脱金でEUへの「譲歩」を先に示したとの意識がある。欧州委員会の「頑な」な姿勢に対し、先般10月の欧州理事会の前にイギリス政府が「EU側のコートにボールがある」としたのは同国の本心であろう。このメッセージに応えたのが欧州委員会でなく、全加盟国の首脳から成る欧州理事会であったのは象徴的である。交渉の即時決裂はかろうじて回避された。

【21世紀政策研究所】

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