Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2017年12月14日 No.3343  EU金融サービス市場とBrexit -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(亜細亜大学国際関係学部専任講師) 太田瑞希子

ロンドン金融市場は外国為替取引や国際債券の発行、通貨スワップなどで優位にあり、特にユーロ建て取引関連の清算シェアは圧倒的である。今後EUと英国の二国間協定で、英国を本拠地とする金融機関によるEU金融サービス市場へのアクセス権がどのように確保されるかは欧州の金融情勢に大きな影響を与える。

EU離脱後は、(1)英国がEEA(欧州経済領域)に戻る、つまりEFTA(欧州自由貿易連合)に残留することで単一パスポート制度が維持されるノルウェー型(2)EFTAに残留せず単一パスポートを含む二者間合意が形成されない(スイス型・カナダ型)(3)第三国として同等性評価を得る――という3パターンが大枠の選択肢として考えられる。

いずれかのEU加盟国の監督当局により免許を与えられ、かつその監督を受ける金融機関がEU全域で支店の設立またはサービスの提供を認められる単一パスポート制度と本国監督主義はEEA諸国にも適用されている。ノルウェー型の離脱シナリオの場合、英国を本拠地とする金融機関は現状から大きな変更なくEU全域での営業が可能である。ただしEEA協定の第82条1頂に基づきEUへ一定の拠出金を支払う必要がある。また、人の移動の自由も認めている。

Brexitをめぐる英国国民投票で、離脱派がEUへの拠出金を廃止することでその予算をNHS(国民保健サービス)へ振り向けられると喧伝したこと、人の自由移動の制限が不可能となることから、現政権が(1)を選択する可能性は非常に低い。

(2)のスイス型は、分野ごとに個別の協定をEUとの間で締結する方式である。スイスはEFTA加盟国だが、EEAには不参加でEU金融サービス関連法の適用がない。個別協定の協議から締結まで膨大な手間がかかる一方で単一パスポート制度を確保できないスイス型は、英国の金融サービスにとってのメリットはなく、人の自由移動を認めている点からみても英国がこの方式を選択する可能性はほぼない。

カナダ型は、EUとの間でCETA(包括的経済貿易協定)を締結し、その範囲は99%以上の品目での関税撤廃から投資や知的財産権までと非常に広い。ノルウェー型のネックであるEU法の適用やEUへの拠出金の義務も負わないため、英国にとって最も望ましいとの見解が主流である。

しかし、カナダ型も金融サービスにおいては単一パスポート制度が含まれていない。英国本拠の金融機関はEU域内での子会社の設立が必要となるが、親会社と分離したバランスシートを持つ、法的には別個の会社となるため、本国ではなく受け入れ国の監督当局の対象となり、受け入れ国の規制の適切な実施や納税の義務が生じる。単一パスポート制度が適用される支店と比して金融機関の負担は大きく、英国の金融機関にとっては望ましいモデルとはいい難い。

単一パスポートが維持されない場合は、金融サービス関連法案ごとに同等性評価が必要となる。評価開始から終了まで数年を要する場合もあり、同等性評価が得られた後に個別の金融機関や投資会社が承認されるのにも時間を要する。また、同等性評価の範囲が規則や指令の一部にとどまるものが多く、無条件でサービス提供が可能になるわけではない。

金融サービス分野のみ単一市場に残る二国間協定という可能性がないわけではないが、離脱交渉の遅れを踏まえれば英国の金融機関の対応策として最も現実的なのは、やはりEU27カ国に早期に拠点を移動・設立し、離脱日までに営業認可を取得する道であろう。第三国所在のCCPs(中央清算機関)への監督強化を打ち出し、EBA(欧州銀行監督局)のパリ移転も決定するなど、ロンドン金融市場のEU域外化を見越したEUの政策にはスピード感があり、EUと英国の早期妥結と単一パスポートを断念した金融機関の間では英国外への業務移転を模索する動きは今後さらに加速せざるを得ないであろう。

【21世紀政策研究所】

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