Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2018年4月12日 No.3358  変わる中国、変わらない中国~起業を通じたイノベーション -21世紀政策研究所 解説シリーズ/ジェトロ・アジア経済研究所副主任研究員 木村公一朗

最近、中国のスタートアップやそのイノベーションに関する報道が増えている。確かに、起業を通じたイノベーションは盛んになっているが、急速にキャッチアップしてきた中国経済の何もかもが一変したわけではない。本稿では、最近の変化への理解を深めるため、変化していない面も簡単に振り返ってみたい。

■ 変わる中国

変化した面は、よく知られているとおり、イノベーションやスタートアップ増加の前提条件が整ってきたことだ。

まず、賃金の高騰によって労働集約型産業の発展が限界を迎えたことや、農村市場でも基本的な機能を備えたさまざまな製品が普及したことなどがある。

また、起業家にとっては、エコシステムの充実やIoTなどの新しい製品市場の拡大、eコマースやキャッシュレス化の広がりによって、製品・事業開発のハードルが下がったり、事業機会が増えたりしていることが挙げられる。

その過程で、コア技術の開発に取り組む企業も増えた。例えば、3Dスキャナー事業を営むオーベック(深圳市)は、ジェスチャー・音声入力デバイス「キネクト」の登場や高速・大容量通信網の整備といった、市場創出や技術的成熟に事業機会を見いだすと、関連チップの自社設計も含めた事業開発に素早く着手した。

■ 変わらない中国

一方で、よい意味で変化していない面もある。オーベックのように、事業機会があるとみるや直ちに無数の企業が参入する点や、生存をかけてさまざまな工夫を図る企業が多い点だ。

中国製造業を代表するエレクトロニクス産業をみると、次のような成長パターンがよくみられた。新しい製品カテゴリーの普及が始まると、技術面では、製品設計やコア部品製造を外部企業に依存する一方で、自身は販売・マーケティングに近い領域に注力するやり方で、多くの企業が参入した。勝敗の決め手は、農村にまで及ぶ販売・修理網を、いかに素早く、かつ、効率的に構築できるか、中国人消費者の嗜好やライフスタイルに合う外観やプラス・アルファの機能を備えた製品を企画できるか、といった点にあった。うまく工夫できた企業は、同業の中国企業はもちろん、外資系企業の市場シェアも着実に切り崩していった。

この販売・マーケティングに重点を置いたやり方を徹底させたのが、コピー製品を製造する「山寨(さんさい)」企業であったともいえる。「山寨」企業も、いかに早く、安く、かゆいところに手が届く機能を備えた製品を、既存の部品でまとめ上げられるかが腕の見せどころであった。

したがって、起業を通じたイノベーションが盛んになっていることと比べて、これまでも多くの企業が独自の強みを構築しようとしのぎを削ってきたことを、過小評価することはできない。激しい競争が産業発展の原動力であることに変わりはない。

■ 変わらない中国が変わる中国に与える影響は?

今後は、競争のあり方が中国発のイノベーションの特徴に与える影響についても注視していく必要がある。

ある産業の競争環境が日本より厳しい場合、技術開発の深度よりも、ビジネスにまとめ上げるスピードを優先させることが合理的な判断になることもあるだろう。また、ライバルが多い方が、異なったアイデアを互いが学ぶ機会が増え、競争を通じたイノベーションの効果が高くなることもあるだろう。

つまり、個別の技術や事業を取り上げて、その優劣を評価するだけでなく、競争環境の全体がイノベーションの行く末に与える影響を体系的に考えることも重要になる。イノベーションの震源地が地理的に多様化する今、イノベーションを生み出す地域ごとの違いに、これまで以上に注意する必要がありそうだ。

【21世紀政策研究所】

「21世紀政策研究所 解説シリーズ」はこちら