Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年2月7日 No.3395  中国の安全保障~米中貿易戦争の本質 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(ジャパンマリンユナイテッド顧問、元海上自衛隊自衛艦隊司令官) 香田洋二

香田研究委員

■ はじめに

トランプ大統領就任時からその萌芽が見え始めた米中貿易摩擦は、昨年3月の同大統領による中国製品に対する追加関税措置発動以降先鋭化した。本件は、米国の主導権が際立つことから、それをトランプ大統領個人の対中ディールと見る向きも多いが、それは早計であろう。

第一次大戦により世界の主導権を握った米国の対外政戦略は、時の大統領の枠を超えた、主権国家米国の政策であった。政戦略の発動は時の大統領の権限であるが、米国は平素から練り上げられた政戦略に基づき計算された各種施策を実行して国家目標を達成し、世界に君臨してきた。仮に、米中貿易摩擦をトランプ大統領個人のディールと見るとすれば、米国の対中政戦略の本質を見誤ることとなる。

■ 米国の対外政戦略の特徴と本質

第一次大戦終結により、広大な国土と恵まれた天然資源およびその工業生産力を背景とした米国が英国に代わり世界の主役となった。その米国は、対外政策の柱となる主要国や地域ごとの戦争計画策定に着手した。理論研究であった同計画には最友好国である英・加両国も含まれた。現実の事態発生時は、戦争計画にその時点の修正を加えて、国家として最も合理的な対応を企図した。それを具現するため、政府と軍の関係部署による机上演習を定期的に行い、国家指導者の戦争計画への習熟と意志統一を図るとともに、各計画の検証が常続的に行われた。

計画は国ごとに色で示されており、主要なものを次に示す。

オレンジレッドブラックシルバーグリーンオリーブグレーパープル
日本英・加西中米南米

特異なものとして、当時米国が最も危惧した、日米戦争時に英が日本に加担する事態を想定したレッド・オレンジ計画がある。

当初は軍事中心であった戦争計画は、総力戦となった第一次大戦の教訓と各国の工業化や植民地事情等の情勢変化も反映し、徐々に総合的な計画へと変化した。1930年代の大恐慌によるブロック経済化および独・伊等の急進的全体主義国家の出現に対応し、色別計画は欧州(独・伊)および亜(日本)を対象としたレインボー計画(R計画)に集約された。

具体的には、R‐1=独の南米侵攻、R‐2=欧亜同時・亜優先、R‐3=対日単独、R‐4=独の南米と日本の亜同時侵攻、R‐5=欧亜同時・欧優先に区分され、連合国はR‐5を基本として第二次大戦に勝利した。その部分計画である対日政戦略は、わが国を経済・外交面で孤立させて国力を疲弊させたうえで、圧倒的な戦力をもって日本軍を撃滅するものであり、戦争経過は概ねそれに従った。

第二次大戦後の計画は未公開であり不明であるものの、米国は引き続き総合的な政戦略に基づく対外政策を推進していると推察されるが、失敗例もあることは読者もご承知のとおりである。

総合的な対外政戦略を論理的かつ科学的な手法により複数立案し、最適なものを政策化する手法こそが米国の最強点である。軍事力による解決が事実上封印されているものの、貿易戦争とさえ呼称される米中貿易摩擦という国家の浮沈をかけた激しい競争において、米国は経済を武器として政治・外交と軍事がそれを支える政戦略により中国に勝利することを企図していることは明らかだ。

連続的に繰り出される米国の厳しい経済・関税政策、ファーウェイ事案、台湾海峡および南シナ海の航行の自由作戦等は、まさにその政戦略に基づき計算し尽くされた一手である。

■ まとめ

以上の考察は、米中貿易摩擦がトランプ大統領個人の発想に基づく一過性のものではなく、(1)中国が知的所有権問題や独特の経済慣習等を主体的に変更して今日の国際標準に自らを融合させる、あるいは(2)中国が従わない場合には徹底的に経済面で追い詰めることのいずれかを目標として練り上げられた、米国の政戦略の一端であることを示している。

本紙発刊時には1月末の米中閣僚級協議も終わり、今後の方向性が見えているものと推察する。それは中国の現状から(1)を基本とする妥協となる公算が大きいが、問題は中国の確実な合意の実践にある。仮に、中国が合意を破るとすれば、裏切られた米国は断固として(2)を発動することが予測され、その結末は破壊的なものとなろう。

【21世紀政策研究所】

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