Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年4月7日 No.3540  EUタクソノミー規則と欧州委員会の委任規則案 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(一橋大学大学院教授) 中西優美子

欧州委員会は、2022年2月2日、委員会委任規則案を公表した。これはEUタクソノミー規則2020/852を補足する2つの委任規則を修正するものだが、この修正案が問題となっている。それは、EUタクソノミー規則の枠組みにおく経済活動に、原子力エネルギーと天然ガスという2つのエネルギー分野を含める方向での修正案だからである。今回はこの修正案をEU法の観点から解説する。

EUタクソノミー規則の構想は、19年12月に欧州委員会が公表した「欧州グリーンディール」のなかに含まれている。欧州委員会は持続可能な投資を促進する戦略として同規則を位置付け、20年7月12日に発効した。タクソノミーとは、「分類」を意味するギリシャ語に由来し、同規則の目的は、環境的に持続可能な活動を分類する表を設定することにある。同規則9条は、環境目的として、(1)気候変動の緩和(2)気候変動への適応(3)水および海洋資源の持続可能な利用と保護(4)循環経済(CE=サーキュラー・エコノミー)への移行(5)汚染の防止と管理(6)生物多様性およびエコシステムの保護と修復――を定義している。

さらに、経済活動が環境的に持続可能と認められるためには、(1)これらの目的について、1つまたは2つ以上に実質的に寄与すること(2)環境目的のいずれにも著しい害を与えてはならないこと(DNSH=Do Not Significant Harm)(3)最小限のセーフガードを遵守したうえで実施し、技術的なスクリーニング基準を満たすこと――とされている(同規則3条)。

EUタクソノミー規則の発効後、21年6月、欧州委員会はタクソノミー委任規則を採択した。同委任規則は技術的スクリーニング基準を設定するものであったが、DNSH原則の審査をクリアするか不明であったため、原子力エネルギーを含めることは見送られた。DNSH原則は、もともと欧州グリーンディールで言及されていたもので、EUタクソノミー規則において重要な役割を果たしている(17条)。今回の委任規則案作成にあたり、欧州委員会は、持続可能なファイナンスに関する技術専門家グループ(TEG)の勧告を踏まえ、DNSHの評価のために特別プロセスを立ち上げ、複数の専門家委員会による評価、多方面からのフィードバックを加味した。

原子力エネルギーの包含については、見解の相違が大きいことが、欧州委員会の当該提案趣意書からも読み取れる。落としどころとして、欧州委員会は、気候中立の達成という目標の存在、原子力エネルギーおよび天然ガスを再生可能エネルギーで効率的に温室効果ガスを削減できるまで過渡的に用いるという一時性、独立した複数の専門家委員会による客観的評価、より高度な透明性、情報開示の要請を設定した。気候中立を50年に確実に達成するための現実路線であろう。なお、EUと構成国は、欧州気候法律(EU規則2021/1119)により気候中立の達成を法的に義務付けられており、達成できなければEU法違反となる。

欧州委員会は、EUタクソノミー規則の条文を通じて委任権限を付与され、今回の委任規則案を作成した。同案は、欧州議会と理事会のいずれも4カ月以内(場合により2カ月の延長可能)に反対しない場合に成立することになる。ただし、欧州委員会の委任規則は、EU運営条約290条により、立法行為は、立法行為の本質的でない要素を補足しまたは修正するために、委員会に委任することができるとしている。つまり、原子力エネルギーを含めるか否かということが本質的なものと判断される場合は、そもそも欧州委員会は権限を逸脱していることになる。オーストリアおよびルクセンブルクは当該案に反対の意をすでに表明しており、同規則案が発効するのかどうかは不透明である。

さらに、発効後もEU司法裁判所において取消訴訟を提起される可能性、その場合、DNSH原則の解釈およびEUタクソノミー規則との合致性の問題が生じる可能性がある。

【21世紀政策研究所】

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