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Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2022年4月28日 No.3543 ロシアのウクライナ侵攻の世界経済・欧州経済への影響 -21世紀政策研究所 解説シリーズ/21世紀政策研究所研究委員(ニッセイ基礎研究所研究理事) 伊藤さゆり

ロシアによるウクライナ侵攻に、西側はウクライナへの支援とロシアへの厳しい経済・金融制裁で応じた。周知のとおり、侵攻は長期化し、支援と制裁はともに強化の方向にある。ロシア対NATOの武力衝突こそ避けられているが、すでに全面対決の様相を帯びている。東西冷戦の終結後のグローバル化は、侵攻前から、米中対立やコロナ禍、環境や人権への意識の高まりで変容しつつあった。中長期的な視点では、ロシアの侵攻はグローバル化の巻き戻しを加速し、世界経済の断片化への契機となるだろう。

短期的には、侵攻による被害と制裁による物流や金融面でのロシアの切り離しは、供給面から世界経済の回復ペースを鈍らせ、インフレ圧力を高める。ロシアとウクライナのGDPが世界経済に占める割合は2%に満たないが、化石燃料や希少資源、穀物の生産に占める割合はGDPをはるかに上回る。コロナ禍からの需要の急回復が引き起こしたエネルギーや食品の供給制約と価格の上昇、供給網の混乱は侵攻の被害と厳しい制裁で深刻化する。

国際通貨基金(IMF)は、4月19日に公表した新しい「世界経済見通し」で、2022年の実質GDP成長率の予測を1月時点の予測から0.8%ポイント引き下げ、3.6%とした。物価上昇率予測は先進国が5.7%、新興国・発展途上国が8.7%と、それぞれ1.8%ポイントと2.8%ポイント上方修正した。この「基本シナリオ」の予測は、紛争地が拡大せず、制裁も3月末時点の内容が維持される前提だ。IMFは、現在は制裁対象外のロシア産原油・ガス、原材料等の供給が大幅に減少し、供給ショックがインフレ期待の急激な上昇を招き、金融市場のリスク回避姿勢が強まる「リスク・シナリオ」の場合、23年までに世界のGDPは2%ほど基本シナリオを下振れ、インフレ率は22年、23年に1%ほど上振れると推計する。

現実は「基本シナリオ」よりも「リスク・シナリオ」により近い展開をたどるのではないか。欧州は、エネルギー供給でのロシアへの依存度が高く、主要国地域では経済的に最も大きな影響を受ける。IMFの「基本シナリオ」の予測でも、EUの22年の実質GDP成長率は2.9%と1月予測から1.1%ポイントと大きく下げられている。「リスク・シナリオ」の場合は23年までに3%ほど下振れ、24年以降も影響が続くと推計されており、EUが原油・ガスを制裁対象に加える、ないし、ロシアが禁輸に踏み切れば、マイナス成長に陥りかねない。それでも、ウクライナを支援しながら、エネルギー代金としてロシアに戦費を供給する矛盾をいつまでも抱え続けることはできない。人権状況の悪化、安全保障上の脅威に歯止めをかけるために、短期的に経済を犠牲にする決断を迫る圧力は強まっている。

EUは政策の優先順位の変更も迫られている。3月10~11日に開催した特別首脳会議で合意した「ベルサイユ宣言」では、30年に向けて、「防衛力の拡充」「エネルギー依存度の引き下げ」「より頑健な経済基盤構築」を進める方針を確認した。緊急課題となったエネルギー分野では価格高騰への緊急対応を講じつつ、ロシアに依存してきたガスの調達先と種類の多様化、化石燃料依存度引き下げのための再生可能エネルギー加速を目指す。

EUは、23年には新型コロナウイルス対応の非常時モードを解除、一時凍結中の財政ルールの適用再開を予定していた。しかし、凍結解除は先送りし、ロシアの侵攻で優先度が高まった新たな課題への対応、戦略的自立を急ぐことになるだろう。

【21世紀政策研究所】

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