Policy(提言・報告書) 税、会計、経済法制、金融制度  IASB公開草案「IFRS基準における開示要求-試験的アプローチ IFRS第13号及びIAS第19号の修正案」へのコメント

2022年1月12
一般社団法人 日本経済団体連合会
金融・資本市場委員会 企業会計部会

国際会計基準審議会(IASB)御中

IASB公開草案「IFRS基準における開示要求-試験的アプローチ IFRS第13号及びIAS第19号の修正案」(以下、本案)へのパブリックコメントに対して、以下の通り回答する。

<総論>

  1. 本案では、IFRS基準の開示項目がチェックリストのように扱われていることを背景に、企業に、「開示項目」を遵守することを求めるのではなく、「全体的な開示目的」及び「具体的な開示目的」を遵守することを要求している。そのうえで、一部の項目については開示を強制するが、原則としては、開示する可能性のある情報を例示することに留め、具体的にどの項目を開示するかは利用者のニーズを踏まえて企業が判断することを提案している

  2. まず、IFRS基準の開示項目がチェックリストのように扱われているとの課題意識には、賛同する。作成者、そして特に問題が大きいのは、監査人が、IFRS基準の開示項目をチェックリストとして活用し、目的適合性よりも情報の網羅性を重視した開示実務となっていることである。しかしこれは、IFRSの開示の基準の「記述の仕方」の問題ではなく、その「適用方法」の問題であり、本案の提案は課題の本質的な解決策になっていない

  3. むしろ、本案は、利用者のニーズと開示目的を同一視し、作成者に対し、開示目的に基づいて、利用者の情報ニーズを満たす開示項目を判断させる点で、作成者に過大な負担・コストを負わせる内容であり、実務が混乱することは必至である。利用者のニーズは多様であり、利用者が分析のために必要とする情報は利用者ごとに異なっているにも関わらず、それを作成者に特定させることは困難であり、さらに監査人の「監査」や規制当局の「執行」にも混乱をきたすものと考える。利用者の多様なニーズを分析し、作成者の開示負担も考慮して、目的適合性を踏まえた重点化の観点から財務諸表に開示を求める内容を絞り込むのは、会計基準設定主体であるIASBの責任であり、その責任を作成者に転嫁すべきではない。IASBが適切に絞り込んだ開示項目を踏まえ、作成者が自社の重要性等を適切に考慮して、提供する情報を判断することが妥当である。

  4. なお、IFRS第13号及びIAS第19号の修正案では、「強制ではない開示項目」において、現行の開示を超える開示が相当数追加されているが、その理由が明確ではない。このような提案は、作成者が利用者のニーズを踏まえて開示項目の特定を行うことは困難であることを踏まえると、開示項目のチェックリスト化を助長するだけであり、本プロジェクトの目的である効果的・効率的な開示とは逆の結果を招来するだろう

  5. 企業は、「IFRS第13号及びIAS第19号の修正案に準拠するために必要とされる情報の大半をすでに保有している」(BC181)状況にあるわけではなく、本案により、グループ会社を含めた追加の情報収集及びそれを実現するためのシステム面も含めた体制整備が必要であり、相当のコスト負担を要するという点を、IASBは銘記すべきである。

  6. 以上を踏まえ、「開示要求の試験的アプローチ」として提案された本案の内容には、全体として反対する本プロジェクトは、IFRSに基づく開示実務に混乱をきたすため、プロジェクトを止めるべきである

<各論>

(質問2)

  • 「具体的な開示目的」は、「強制的な開示項目」や「強制ではない開示項目」といった開示内容の記載と大して変わらない具体性に欠ける内容を記載しているに過ぎず#1、これにより、作成者が利用者のニーズを捉え、的確に開示内容を判断できるようになるとは思えない。

(質問3)

  • (b)に関して、本案のように「強制的な開示項目」や「強制ではない開示項目」を分けるアプローチを採用したとしても、IAS第1号31項の「企業は、IFRSで要求されている具体的な開示がもたらす情報に重要性がない場合には、当該開示を提供する必要はない」とする規定の運用が実務上徹底されない限りは、チェックリスト的な開示が減るとは思えない。むしろ、本案のアプローチは、(質問4)に記載の通り、チェックリスト的な開示を助長する可能性が高い。チェックリスト的な開示を少なくするためには、①IASBが、基準化に当たって、真に利用者のニーズに適う重要な開示項目に絞って開示を要求する、②IAS第1号31項の運用を徹底することが必要である。

  • (d)に関して、本案のアプローチは、多くの「強制ではない開示項目」について、開示の可否を作成者に判断させることになり、作成者の負担を大幅に増大させるだけでなく、監査や規制当局の執行も難しくなることが容易に想定される。そもそも、質問2への回答の通り、「具体的な開示目的」に沿って、作成者が開示の可否を判断するのは容易ではないと考えている。

  • (e)に関して、本案のアプローチでは、作成者が、「具体的な開示目的」に基づいて、「強制ではない開示項目」に関する開示の必要性を検討する必要がある。しかし、(質問2)に記載の通り、「具体的な開示目的」は企業が開示の要否を判断するに足る具体性に欠けており、監査人と意見が相違する可能性が高い。その調整に係る監査コストや、結果的に開示を行うことになった場合の作成コストが、作成者の大きな負担となるだろう。

(質問4)

  • IFRS第13号及びIAS第19号の修正案では、「強制ではない開示項目」が多数列挙されており、これらの中には、現行の開示要求を超えるものも含まれている。このような開示項目について、作成者に開示するかどうかを判断させることは、作成者に対して、多くの負担をかけることになる。具体的な負担は、次のとおりである。

    1. ① 「強制ではない開示項目」を企業が開示しないと判断した場合の監査人や規制当局への説明責任の負担が大きい。(質問2)のとおり、開示項目の記載は具体的ではなく、作成者が開示の可否を判断することにも相応の労力を要する。
    2. ② 上記①の負担が大きいため、結局は、「強制ではない開示項目」もチェックリストとして使用され、目的適合性のない情報が過剰に開示されることになる可能性が高い。
    3. ③ IASBが、今後の基準開発や改訂において、開示項目を検討するにあたって、「強制ではない開示項目」を増加させることが懸念される。実際に、IFRS第13号とIAS第19号の修正案でも、現行の開示にはない「強制ではない開示項目」が多数提案されている。

IFRS第13号の修正案
(質問7)(質問8)

  • 114項および117項において、「強制ではない開示項目」として、現行基準では開示が要求されない、レベル1及びレベル2の期首から期末までに変動の重大の理由の開示を、提案すべきではない。

  • なお、そもそも、具体的な開示目的と開示目的を満たすための情報の区分が明確でない。例えば、「公正価値測定に関連した測定の不確実性」についての開示目的を満たすための情報は109項に記載されていると考えられるが、具体的な開示の内容については、むしろ開示目的を記載した107項を参照しないと分からない。

(質問9)(質問10)

  • 「強制的な開示項目」が、120項のレベル別の公正価値のみであるにも関わらず、118項の開示目的が、現行の開示内容を超えた内容を含んでおり、オーバーディスクロージャーを助長するため、118項の開示目的の記載には反対である。

  • また、「強制ではない開示項目」を記述した121項に、現行の開示を超えた開示が含まれている(現行の開示要求には、公開草案の120項の内容とレベル2及び3の公正価値の評価に用いた評価技法とインプットの開示のみである)ことから、121項の提案には反対である。

IAS第19号の修正案
(質問14)

  • 147F(d)(退職給付制度から生じた繰延税金資産又は繰延税金負債)は、「税金」に関する開示であり、従業員給付に関する開示ではない。また、IAS第12号に基づく法人所得税の注記における繰延税金資産・負債に係る情報開示と重複しており、IAS第19号の開示として求めるべきではない。

  • 147F(e)(キャッシュ・フロー計算書における金額について内訳を識別して開示)は、直接法に基づくキャッシュ・フロー項目の開示を強制しているが、これは、キャッシュ・フロー計算書において簡便法の採用が可能である点と考え方が整合しておらず、本案で開示を求めるべきではない。

  • 147W(a)(補填の権利の変動の重大な理由)について、「強制ではない開示項目」であるが、現行では求められておらず、提案すべきではない。

(質問16)

  • 複数事業主制度の開示について、148A項で、147G項における確定給付制度の性質及び関連するリスクと同様の開示目的を求めるべきでない。これは、現行のIAS第19号の開示を超えた要求(本案の147I項、148B項の開示)につながるからである。

以上

  1. 例えば、IFRS第13号改正案の114項の「具体的な開示目的」は、116項の「強制的な開示項目」と大して変わらない内容であり、この記載が作成者の開示内容の判断に資することは考えられない。