月刊 Keidanren 2000年 3月号 巻頭言

21世紀のリーダーを育てる

今村副議長 今村治輔
(いまむら はるすけ)

経団連評議員会副議長
清水建設会長

机の上に福沢諭吉翁が明治五年に著わされた「学問のすゝめ」と、司馬遼太郎氏が晩年に小学生に語りかけた「二十一世紀に生きる君たちへ」が置かれている。この二作は書かれた時代は異なるものの、現代に生きるわれわれにとっても啓示に富んだ「人材育成」論といえよう。

振り返ってみると、明治時代の日本は「人」に恵まれていた。武家社会の精神構造と、寺子屋で育まれた国民全体の知的水準の高さが、うまく欧米の合理主義を受け入れて、見識の高い人物が政治、経済、そして文化の面で、それこそ花が開くように現れた。国も花開き、重厚かつ華やいだ一時代であった。

しかし、残念なことにこの流れはいつまでも続かなかった。戦争の時代は将来を担うべき多くの「人」を失ったばかりか、教育の場においても、合理主義が排され、いたずらに精神主義のみが強調されるという、不幸な時代であった。

そして、今、問題にすべきは戦後の教育ではないだろうか。戦前の精神主義偏重の反動から「人」にとって最も大切な精神の領域、心の拠り所を求める教育はタブー視され排除されてしまった。いたずらに成績だけを追い求める受験戦争や、偏差値重視の詰め込み教育の中からは、決して成熟した「人」は育たない。

21世紀は、科学と技術がさらに発達するであろう。人間はこれを支配し、地球の未来に役立てなければならない。そのために、人はより高い倫理観を身につけなければならない。それには専門性を学ぶとともに、お二人が述べられたように、哲学や歴史を学び、多くの先人達の生きざまと英知に触れ、人としてどう生きるべきかを真剣に悩み考え、精神の涵養に勤めるべきである。その時、はじめて強い志を持った「自己を確立」した若者が育つであろう。

お二人が求められた頼もしい、「自己を確立」した人材が続々と日本から輩出され、21世紀の世界を担っていくことを祈りたい。


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