経団連くりっぷ No.42 (1996年10月24日)

貿易投資委員会(委員長 北岡 隆氏)/10月4日

WTO閣僚会議におけるわが国の役割と課題


本年12月シンガポールで開催される第1回WTO閣僚会議を目前に、参加国間の議論が山場を迎えている。そこで、貿易投資委員会ではわが国の世界貿易体制における役割とWTO閣僚会合に向けての課題について野上義二外務省経済局長より説明を聞くとともに、意見交換を行なった。また、貿易投資委員会下部組織のWTOスタディ・グループがとりまとめた意見書「多角的自由貿易体制のさらなる促進を目指して〜世界貿易機関(WTO)シンガポール閣僚会議に望む〜」について審議した(意見書の概要については7ページを参照)。
以下は野上局長の説明概要である。

  1. 第1回WTO閣僚会議を目前にした各国の状況
  2. 12月にシンガポールで開催されるWTO閣僚会議では、
    1. ウルグアイラウンド(UR)合意内容の実施状況の点検とビルト・イン・アジェンダの作業日程の確認、
    2. UR合意時よりも関税率を引き下げるという「更なる自由化」、
    3. 投資や労働基準などの「新たな課題」
    の3点がアジェンダになる。
    しかし、シンガポール以外のASEAN諸国とインドは、「新たな課題」を閣僚会議で取り上げることに反対している。その理由としてAPEC等を通じた一連の自由化政策により国内の利害関係が顕著化していること、先進国に対して身勝手なアジェンダを推し進めているという反発を抱いていることがあげられる。閣僚会議に向けた途上国のみの会合開催などを通じて自由化を減速させようとする動きもマレーシア等一部の途上国に見られ、他の途上国への影響が懸念される。
    また、主要先進国を取り巻く環境も厳しいものとなっている。わが国の場合は総選挙という政治的要因からAPECマニラ会合もしくはWTO閣僚会議までに具体的成果を途上国に示すことが難しくなっている。大統領選挙を控える米国は、国内問題に焦点を当てており、貿易問題は選挙後まで棚上げの状況である。EU金融統合にむけて厳しい財政運営下にある欧州諸国は、高失業率に悩まされており、貿易の自由化を進める余裕はない。
    このように、WTO閣僚会議を目前にした各国の状況は厳しく、利害調整は極めて厳しくなっている。

  3. 日本が重要視する「新たな課題」
  4. UR合意事項については、わが国はほぼ完全に実施しており、「更なる自由化」の提案は難しい。99年末まで特別措置が適用されている農業に関しては、今次の閣僚会議で日本から新たに提案する予定はない。
    わが国は「新たな課題」として(イ)貿易と環境、(ロ)貿易と投資、(ハ)貿易と競争政策の三点を重視している。

    (イ)貿易と環境
    環境保全を目的とするルールとGATT上のルールは必ずしも一致していないため、今後、貿易と環境のインターフェースを整えていくことが必要である。しかし、途上国は環境問題に関して先進国が言及することに反発している。

    (ロ)貿易と投資
    米国はOECDの多国間投資協定(MAI)をWTOに持ち込むことを考えているが、これに対してわが国は全面的に賛成の立場を取っているわけではない。
    確かに貿易と投資はコインの裏と表であり、貿易と同様に投資においても法的枠組みを安定化させることが重要である。特に、モノの生産と輸出入が直結した投資を世界各国において展開しているわが国は、国際的水準を満たした、より普遍的投資ルールを必要としている。
    一方、途上国は投資の受け入れの是非は自国の主権問題に係るとの立場を取っており、WTOにおいて投資問題を取り上げることに対して懐疑的である。特にマレーシア、インドネシア、インドが強硬な姿勢を示している。このような立場を取る途上国をさらに否定的立場に追い込んでいくような手段を用いることは長期的に見て得策とはいえない。

    (ハ)貿易と競争政策
    競争政策上の要件と貿易政策上の要件の整合性の問題を考えなければならない。WTO加盟国の多くは競争政策を持たない国であることから、今後、各国の競争政策の整備が望まれる。

  5. WTOの紛争解決機能
  6. WTOの紛争解決機能は、二国間紛争を穏便に処理するには極めて有効である。また、小国の権利を守る上でも有益である。しかし、現在のWTOの紛争処理は貿易交渉から離れ法律中心主義になっている感がある。WTOは、外交官、エコノミスト、法律家の3つの顔をバランスよく保った機関であってほしい。世界経済の発展に寄与するための紛争解決機能が構築されていくことを望む。

  7. 質疑応答
  8. 経団連側:
    米国のWTO提訴件数は非常に多いように思われる。米国はWTO紛争処理制度をどのように利用しているのか。
    野上局長:
    米国は真に深刻なケースは基本的に二国間交渉で解決する姿勢を保っている。先進諸国は、ある種の透明性を確保するためにWTO提訴という手段をとっており、パネル設置まで至るケースはそれほど多くない。
    日本はこれまで酒税、テレコミ、著作隣接権、フィルムの4件で提訴された。
    フィルムのケースについては、二国間交渉よりもWTOが望ましいという米国側の判断があったようだ。著作隣接権のケースについては、ジュネーブで1度二国間協議が行なわれたが、その後は水面下での交渉に移っている。外交的見地からすれば、二国間の交渉は引き続き重要である。


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