月刊Keidanren 2001年2月号

日本経済の課題と政治の役割

企業人政治フォーラム
近藤たけし氏講演会


◆ ワシントンで考えたこと

私は80年代の後半から90年代の初めにかけてワシントンに駐在していた。この問、東西冷戦構造の崩壊や湾岸戦争の勃発等、さまざまな印象的な出来事が次々と起こり、まさに世界の歴史の渦中にいるような感情を抱いていた。当時、アメリカは双子の赤字に苦しんでおり、「アメリカは東西冷戦に勝利したことになってはいるが、本当に勝利したのは日本である」というようなことが喧伝されていた。一方の日本経済は好景気に沸き、世界経済の中で頂点を極める勢いであった。当時、ワシントンを訪れた多くの日本人の方々が、「もう日本はアメリカから学ぶものは何もない」と言っておられたのを記憶している。
しかし、この10年間で日米の立場は逆転してしまった。21世紀を迎えるにあたって、この10年間に日米両国で起こったこと、あるいはわれわれは21世紀に向けて何をなすべきかということを、もう一度考える必要があると思う。

◆ この10年間に世界で起こったこと

この10年の間に世界で何が起こったのか。東西冷戦構造の崩壊は、政治・経済の両面において大きなインパクトを与えた。政治の面では、いわゆる「平和の配当」を求める動きが出てきた。
アメリカでは東西冷戦構造が崩壊した翌年(1992年)の大統領選挙では経済第一主義を唱えたクリントン候補が、湾岸戦争を勝利に導いた現職のブッシュ大統領を破った。93年には韓国に初の文民政権である金泳三政権が誕生した。日本においてもいわゆる「55年体制」が崩壊したことは記憶に新しいところである。

◆ 経済における世界的なパラダイムの変化

経済面においても、東西冷戦構造の崩壊に伴って世界的なパラダイムの変化が起こった。このパラダイムの変化を四つの側面から捉えてみたい。
一つ目は世界的なグローバリゼーションの動きである。具体的には、東西冷戦構造の崩壊に伴い、従来の社会主義経済圏が西側の市場経済圏に取り込まれるようになった。
二つ目の側面はIT革命の進展である。東西冷戦構造の崩壊に伴い、アメリカの軍需産業における技術・人材が民需にシフトしたことによって、現在のように大きくIT革命が進展することになった。
三つ目の大きな流れは自由化の流れである。企業が国を選ぶ時代になって、先進国、発展途上国を問わず、資本と技術の誘致が国の経済力の強化、産業競争力の強化にとって非常に重要な要素になった。1994年にAPECで採択された「ボゴール宣言」も、このような世界的な自由化のうねりの中で出されたものであることを認識する必要がある。
四つ目の側面は労働市場の変質である。グローバリゼーションの流れの中で、労働市場も世界的な規模で流動化した。

◆ この10年間 日米の対応の違い

このような世界経済のパラダイムの変化に対する日米両国の対応の違いが、現在の両国の差を生み出した。アメリカでは政治・経済の両面において、この経済のパラダイムの変化を積極的に捉えた。その結果、政治の力と経済の力が融合し、アメリカという国の「総合力」が発揮されたのだ。
一方、日本ではバブルの崩壊等も重なり、この世界的な経済のパラダイムの変化を、従来の経済変動の一側面と誤認してしまったきらいがある。企業は従来型の経費削減を中心とした「我慢の経営」に徹し、政治の面では内需主導型の経済構造改革に向けた動きが停滞してしまった。

◆ 日本の政治に求められているもの

この10年間を経て、日本も方向としては正しい方向に向けて進みだしつつある。しかし、われわれは「総論賛成、各論反対」と言っている時代は過ぎ去ったということを認識しなくてはならない。現在、必要とされているのは「総論」ではなくて、「各論」を実行に移す「実行力」である。
しかし、その実行力の発揮にあたっては二つの大きな課題がある。一つ目はスピードの問題である。「ドッグイヤー」の時代と言われる中で、これからの政治はバスケットボールのようなものである。各プレイヤーには瞬時、瞬時の決断が要求され、一瞬の隙や猶予も許されない。
二つ目はこの大きな経済のパラダイムの変化に直面して、いかにして国としての総合力を高めていくのかという問題である。今後は、政治と経済が新しいパートナーシップを構築して、これらの課題に対応していく必要がある。

◆ 参議院選挙への挑戦

今後、政治が経済界のニーズを的確に把握し、迅速にそれに対応することが求められていることは言うまでもないが、一方で、経済界も政治に深くコミットする時代が到来したのではないかと思う。実質的には「政経分離」の時代は終わっている。これが世界の現実である。日本に政治と経済の新しいパートナーシップを築いていくために、私としても、評論家的な存在のままであってはならないと思っている。2001年の参議院選挙が大きなチャンスであるのならば、果敢にそれに挑戦してみたいと考えている。

(2000年12月25日、於・経団連会館)

○ 近藤たけし氏プロフィール

1941年東京生まれ、64年早稲田大学政経学部卒。
同年伊藤忠商事株式会社入社、ロンドン駐在、本社業務本部米州チーム長、産業電子機器部次長などを経て、87年より伊藤忠アメリカ会社副社長兼ワシントン事務所長、92年より政治経済研究所長、96年6月取締役就任、98年4月常務取締役就任。2000年6月常任顧問就任、同年12月末退職。
著書に「米国の通商戦略」(徳聞書店)、「主張するアメリカ逡巡する日本」(三田出版会)など、訳書に「冷戦後の日米同盟」(徳聞書店)がある。


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