月刊keidanren 1997年 1月号 巻頭言

次の50年に向けて新たな一歩を

豊田章一郎
経団連会長


 現在、世界は大きな転換期にあります。特に、わが国は政治的ならびに経済的にも既存の体制が完全に行き詰まり、新たな経済社会システムへの転換が喫緊の課題となっています。今後数年の間に抜本的な構造改革を実現できるか否かが、21世紀における日本の盛衰を決するといっても過言ではありません。

 経団連では昨年1月、総意を結集して「魅力ある日本―創造への責任」と題する経済社会の長期ビジョンをとりまとめました。このビジョンでは、わが国が高齢化のピークを迎える西暦2020年を念頭において「活力あるグローバル国家」を建設するとしています。これは個人や企業が自己責任原則の下で自由にその活力を発揮するとともに、地球的な視野で行動し、責任を果たしていく国家を意味しています。また、これを実現するためには日本の総人口がピークを迎える2010年までに、規制の撤廃・緩和をはじめとする行政改革、財政改革、税制改革の三大構造改革の断行が必要不可欠であります。さらに、魅力ある新日本の創造に向けた構造改革の象徴として首都機能の移転を位置づけ、これを実現すべきです。

 もちろんこのような改革は企業にとりましても痛みを伴うものであります。しかしながら、これを前向きにとらえ、企業自らが率先して改革を推進していく気概を持つことが何よりも重要です。規制の撤廃・緩和を唱える経済界自身が、総論賛成、各論反対となるようなことがあってはなりません。

 企業は公正な競争を通じて利潤を追求する経済主体であると同時に、人々の生活を豊かにすることに奉仕し、広く社会全体にとって有用な存在であることが求められています。そのためには企業は単に法律を遵守するに止まらず、社会を構成する一員として良識をもって行動する必要があります。そこで、経団連では企業をめぐる新しい環境に対応して「企業行動憲章」を改定し、その徹底を会員企業に呼びかけたところです。

 他方、わが国はこれまでの「官」(行政府)主導型の政策立案から、「政治」(立法府)主導型へと転換していくことが求められており、企業と政治との関係も大きく見直される必要があります。このような観点から、昨年7月に企業人をはじめとする国民の政治参加意識を高めることを目的に「企業人政治フォーラム」を設立いたしました。フォーラムでは、政治家の方々を招いて懇談会やシンポジウム等を積極的に開催し、相互理解の促進を図っています。設立間もないにもかかわらず、既に3000人以上の会員(会員企業の役員、管理職等)のご参加があり、政治家の方々からも多くの関心を寄せて頂いております。本年中には、会員数1万人を目標に努力していきたいと考えています。

 さらに、経済界の主張が国民の広範な支持を得て、政策に反映されるものとなるには、それが実証的な調査や理論的な研究成果に基づくものでなければなりません。そこで新たに「21世紀政策研究所」(仮称)を設立し、経団連のシンクタンク機能を強化することとしております。この研究所では、会員企業の協力も得て、現実の経済に軸足を置き、グローバルな視点に立って未来指向の調査・研究を行なっていきたいと考えております。

 昨年10月、私はフランス、スペイン、イタリアを訪問いたしました。いずれの国におきましても、政府首脳が財政構造改革に向けて、社会保障制度の見直しなど国民に不人気な政策の実現に、強いリーダーシップを持って取り組んでおられ、深い感銘を受けました。わが国においても橋本総理が先頭に立って、不退転の決意で行政改革に取り組まれており、経済界としてもこれを全面的に支援していきたいと考えております。

 私は経団連会長に就任した際、「大胆な構想、着実な実行」を基本姿勢に「変革、創造、信頼」という言葉を大切にしながら経団連活動を推進していきたいと申しあげました。今日の経団連が果たすべき役割は、これまでの経済社会システムを大胆に変革して、世界から信頼され、尊敬される「魅力ある日本」を創造することにあります。経団連は、昨年創立50周年を迎えました。半世紀にわたり経団連が築いてきた輝かしい歴史と伝統の上に立って、次の50年に向けて今年こそ大きな一歩を踏み出したいと考えております。

(とよだ しょういちろう)


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