日本経団連タイムス No.2844 (2007年1月25日)

第109回日本経団連労使フォーラム

−鼎談「企業の未来像を描く」


日本経団連は11、12の両日、都内で「第109回日本経団連労使フォーラム」を開催、今次春季労使交渉における課題や対応策などを探った(フォーラム全体御手洗会長の基調講演の概要については前号既報)。

1日目の鼎談では、岡村正東芝会長(日本経団連副会長・経営労働政策委員長)、加藤丈夫富士電機ホールディングス相談役(日本経団連労使関係委員長)、伊丹敬之一橋大学大学院商学研究科教授が「企業の未来像を描く」をテーマに話し合った。この中では、グローバリゼーション、イノベーションと日本企業について論議したほか、企業と働く人との新しい関係について検討した。

原動力はイノベーション

■伊丹氏

まず伊丹氏が、企業を取り巻く環境の変化を分析、(1)日本企業はようやく自信を取り戻してきており、回復から成長へ移行しつつある(2)しかしながら日本企業は「失われた10年」のためにグローバリゼーションの波に1歩乗り遅れてしまった(3)技術立国ということがますます重要になってきており、そのベースにあるのは技術のイノベーションである――と述べた。その上で、2007年の日本企業のキーワードはグローバル経営とイノベーションであると指摘した。
これについて伊丹氏は、少子・高齢化の進む日本社会では国内市場の絶対規模の拡大はもはや望めず、高付加価値化を求める必要があるが、それが日本市場への過剰適応に陥り、国際的な展開力を殺ぐことがないように、80年代とは異なる新しいグローバル経営を考える時期に来ていると説明。高付加価値化にせよグローバルな経営展開にせよ、そのための原動力はイノベーションしかなく、日本はもっと技術者を重んじ、技術者自身も専門領域に閉じこもる傾向を脱却する必要があると主張した。

21世紀は心の豊かさ追求

■岡村氏

これを受けて岡村氏は、企業経営者の立場からグローバリゼーションとイノベーションをどう考えるかについて論じた。
まず、「失われた10年」でグローバリゼーションに乗り遅れたということの意味について岡村氏は、(1)80年代の成功モデルを引きずって、事業の整理・統合が遅れた(2)最適地生産、最適地調達といった観点からの海外進出に後れを取った(3)コスト構造が非常に脆弱になっていた――の3点を挙げ、2000年代に入ってグローバリゼーションへの取り組みを開始し、前述の3点を克服すべく努力するという極めて厳しい道のりを経て今日に至っていることを常に念頭に置いて、次の戦略に進まなければならないと述べた。

イノベーションについては、20世紀のイノベーションはものの豊かさを求めるイノベーションであったが、21世紀は心の豊かさを求めるイノベーションへと目的が変わってきていると指摘。心の豊かさを示すキーワードとして、「驚きと感動」「安心と安全」「快適さ」を挙げ、これらを満たすための技術とは何かを徹底的に追求し、それを産学官で共有していかなければならないことを強調した。

一方で岡村氏は、グローバリゼーションの時代にあっては、すべての領域で日本がテクノ・ヘゲモニーを取れるということはあり得ないと述べ、日本は自らが得意とし、世界をリードできる技術は何かを、21世紀におけるイノベーションのビジョンに照らし合わせながら、しっかりと見極めなければならないとの考えを示した。その上で、日本がリードし、世界に貢献できる技術の例として、環境やエネルギー、ライフサイエンス、情報セキュリティーの分野などを挙げた。また、日本がこうした技術上のイノベーションを推進するに当たっては、日本人、特に消費者の持っている優れた感性や、働く者の組織に対する忠誠心の高さが大きなプラスになると述べた。

さらに岡村氏は、イノベーションを推進していくに当たって重要となるのは人材であるとして、人材育成のための初等教育、高等教育、企業内教育の重要性を強調。近年、初等教育において理数離れがみられることに危機感を示した。また高等教育においては、新たなビジョンに基づく専門領域の見直しと学問の再編成が、また企業内教育においては、画一的な教育から個別教育に移行し、ジャスト・イン・タイムの教育、ジャスト・フォー・ユーの教育が求められると述べた。
まとめとして岡村氏は、90年代のグローバリゼーションの遅れがどうして起こったのかということを常に念頭に置きながら、人材の育成に励みつつ科学技術立国をめざす必要があり、21世紀は心の豊かさの追求を目標とすべきであると述べた。

積極的な研究開発投資を

■加藤氏

続いて発言した加藤氏は、まず日本の国際競争力の問題に言及。日本の強みは、低い消費税率や義務教育の普及率の高さ、研究開発投資の高さであるが、弱みは法人税の高さ、企業人の語学力の低さ、旺盛な企業家精神の不足であると指摘。企業の国際競争力を回復するためには、特に研究開発投資についてさらに積極的に取り組むこと、旺盛な企業家精神を盛り上げていくことがポイントになると述べた。
加藤氏はこういった課題に取り組むに当たって、これからの企業にはどのような人材が求められているかに論を進め、(1)人間力豊かなビジネスリーダー(2)本当の意味での専門家(3)グローバリゼーションに対応する骨太のインターナショナル・ビジネスパーソン――の確保・育成が必要であると述べた。このうち、(1)は多様な価値観・能力を持つ人たちを1つにまとめ、グローバリゼーション、イノベーションを推進していく中核的な人材を、(2)は豊富な実務経験や、国際レベルの専門知識、その周辺領域に対する知識、チーム統率力を兼ね備えた真のプロフェッショナルを、(3)は世界のどこに行っても現地に溶け込むことができ、しかもグローバルなガッツと知識を持つ人間を意味すると説明した。

また、加藤氏は、最近のものづくりの現場では、現場力が低下していると指摘。その原因として、技能・技術の伝承の断絶や、不況期の教育投資削減、高度化するシステムへの不適応を挙げた。その上で、現場力を回復するためには、特にOJT、OFF―JTの強化や、正規社員だけでなく非正規社員も含めた教育への取り組みが必要であると述べた。また、人材育成の観点から学校教育のあり方についても言及し、基礎学力と健全な常識が身に付くよう徹底した取り組みを行ってほしいと要請した。

労使の新しい関係でも論議「ワーク・ライフ・バランス」

―加藤氏、定着へ対話を強化/岡村氏、「対立」から「並立」へ/伊丹氏、雰囲気醸成が必要

企業と働く人との新しい関係については、「ワーク・ライフ・バランス」をどう考えるべきかといった問題が論議された。

加藤氏は、ワーク・ライフ・バランスは、企業と働く人にWin―Winの関係をもたらすべきものであると指摘。働く人にとっては、自分の個性や生活事情に応じた働き方ができるため生活が快適になり、そのおかげで企業にとっては、働く人の生産性、ひいては企業の生産性が向上し、企業業績も上がる形にならなければならないと述べた。また、その定着のためには、新しい仕事の仕組みや進め方の確立、働く人の自立・自律といった、「雇用者と被雇用者双方の意識改革」に加えて、労使協議制の充実や職場レベルでのコミュニケーションの強化=対話を深めることといった「企業内コミュニケーションの充実」が必要であるとの考えを示した。

この問題について岡村氏は、仕事と家庭生活を対立するものとしてとらえず、いかに並立させるかの観点から考える必要があると述べ、(1)企業としては、働き方の多様化・柔軟化を推進する必要がある(2)従業員は自分のキャリアデザインをしっかりと描く必要がある(3)労使は、仕事の目標設定と成果に対する評価について十分なコミュニケーションをとる必要がある――と指摘。07年はワーク・ライフ・バランスの実現について労使が真剣な話し合いを始める「ワーク・ライフ・バランス元年」であること、イノベーションの推進とワーク・ライフ・バランスとは不可分の問題であることなどを強調した。

伊丹氏はワーク・ライフ・バランスには、会社で働く時間か、自分の時間かというゼロサム的な側面と、仕事の中に生きがいがあるといった同心円的な側面があることを指摘するとともに、ワーク・ライフ・バランスを健全に機能させるには、仕組みだけでなく、それを機能させる「雰囲気」の醸成も必要であり、経営者自身の生き方も重要なのではないかと述べた。

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