奥田日本経団連会長
月刊・経済Trend 2005年1月号
巻頭対談

これからの日本を語る

小泉総理
日本経団連会長
奥田 碩
おくだ ひろし
内閣総理大臣
小泉純一郎
こいずみ じゅんいちろう

年頭にあたって、小泉総理と奥田日本経団連会長に、日本の将来、国際社会で日本の果たすべき役割、安全保障のあり方、政治と経済の関係などについて語ってもらった。

● これからの日本の国づくり

藤沢(司会)

少子化・高齢化の進展や世界規模の競争激化という新たなパラダイムのなかで、これからの日本の国づくりについて、小泉総理はどのようにお考えですか。

自信を持って新しい時代に対応していく

小泉

日本ではいつも悲観論が強調され、だめじゃないかという議論のなかで物事を見ようとする。2001年4月の首相就任のときも「景気はこれからますます悪くなる」と言われた。
そうした日本がいまようやく自信を取り戻しつつあります。やればできる。大企業は、自らの対応と中小企業の協力もあって、業績があがる体制をつくりあげた。農業も農産物の輸入阻止というだけでなく、真剣に輸出しようという意欲が出てきています。赤字になった青森のりんご農家が、中国で1個2000円以上で売れるリンゴをつくった。北海道の長芋や島根県のコメが台湾に輸出され、宮崎県の杉が中国の住宅建築ブームで買われている。
農産物も工業製品も良いものは世界の市場で高くても売れるし、日本にしかできないものもあるのだから、自信を持って新しい時代に対応していく必要があると思います。奥田さん、どうですか。

国際的に信頼される国へ

奥田

小泉さんが改革に着手していなかったらと思うと、ぞっとします。絶えず環境は変化していますので、一歩でも二歩でも前に進んで行かなければいけない。また、うまくいっているときにこそ変えていかねばならないものもあります。郵政もダメになってから民営化するのでは遅い。構造改革がこれだけの勢いで進んだのは、時代が要求した首相が出たからでしょう。われわれとしても小泉内閣を支援していきたいと思っています。経済と政治は車の両輪であって、政治が枠組みをつくり、そのなかで経済がうまくやっていくのが一番理想的なかたちだと思います。
日本が目指すべき姿は、国際的に信頼される徳のある国だと思います。そのためにも、まず、少子化への対応を考えなければいけない。仮に出生率を引き上げることができたとしても、効果が現れるのは20〜30年先になる。そこで考えられるのは、女性や高齢者にも働いてもらうことです。それでも足りなければ、外国人に来てもらって力を借りる。単に労働力の不足を補うということだけでなく、日本人が多様化するためにその知恵や力を借りる必要がある。そうでないと、20年先、50年先にどうなるのか非常に心配です。

企業、国民の創意工夫を引き出す
環境づくりが政治の役割

小泉

政治と経済は、協力してみんなの生活を豊かにしていこうと努力していかないといけない。東西のドイツ、韓国と北朝鮮で見られたように、政治体制が変わるとあれだけ経済も変わってしまう。経済あるいは国民が自由に創意工夫を発揮できる環境や制度をつくるのが政治の役割です。「小泉は何もしない、企業が努力しているだけだ」と言われるが、私は余計なことは何もしなかった。「借金してでも公共事業を増やせ」と言われたが、今日の財政を考えれば緊縮予算は当たり前のことです。世界情勢を見ながら、現場の企業や国民が活躍しやすいように、世界に負けないように環境を整えないといけないと思っています。

● わが国が国際的に果たすべき役割

軍事力以外の分野で日本に
できることはたくさんある

対談の様子
藤沢

総理は先の国連総会で安全保障理事会の常任理事国入りに意欲を表明されましたが、日本はどういう役割を担うべきでしょうか。

小泉

国際社会のなかで日本人に対する評価は高いですね。日本人なら約束を守ってくれる。日本企業なら期日までに納品して、故障しても直してくれる。この信頼感は短期間ではつくれない日本の財産です。多くの日本企業が海外に進出し、現地の人々とともに仕事をして培ってきた信用です。そういう土壌があるからこそ日本のODAも評価される。しかも日本には政治的な野心がない。世界の平和と発展のなかに日本の繁栄がある。1973年の第一次石油ショックで明らかになったように、世界は狭くなり、遠く離れた地域の紛争も他人事ではなくなった。いまはそういう時代です。世界の平和と安全のために日本に何ができるかを真剣に考えないといけない。
安全保障は軍事力だけでは確保できない。もちろん軍事力も必要ですが、たとえば、貧困の撲滅に向けた協力、食料支援、保健医療活動、学校の建設、青年海外協力隊の派遣など、軍事力以外の分野で日本にできることはたくさんあり、事実、それが評価されてきた。日米安保条約だけで日本の安全は確保できません。北朝鮮の不審な工作船や拉致事件は、知らないうちにやられていた。日本の船がマラッカ海峡で海賊に襲われている。こういう面での対策は各国との協力が必要です。もちろん、日本に対する侵略を防ぐためには、日本独自の努力だけでなく、米国との協力が不可欠です。米国との同盟関係を大事にしながら、米国との違いを踏まえて、国際社会から実際に求められる資源を提供していく。物心両面で日本の支援はますます期待されています。

現地経済に貢献して
雇用を創出する

藤沢

日本企業が世界に果たす役割とはどういったものでしょうか。

奥田

海外進出先の経済成長の一翼を担い、雇用を創出することです。どこの国でも雇用の問題が一番大きな課題になっています。日本企業が国際社会の孤児にならないようにするためには、海外に出て行って、その国の雇用問題、貧困の撲滅に貢献することが必要だと思います。
日本は現在、国連安全保障理事会の常任理事国になろうとしていますが、これまで日本がやってきたことを考えると当然のことだと思います。

● 経済界、政府に対する期待

企業が元気にならないと
国民全体が元気にならない

藤沢

経済界への期待について伺えますか。

小泉

企業の役割は実に大きい。企業には、やる気を出して創意工夫を発揮してもらいたい。企業が元気にならないと国民全体が元気にならない。企業は、いろいろな町の事業、芸術、文化、スポーツを支援し、社会全体を盛り上げていくという役割もあります。したがって、企業が元気になるような制度づくりが重要です。それが結果として国民生活を豊かにする。企業の社会的責任経営(CSR)については、最近、経営者のみなさんが真剣に考えはじめています。だからこそ「官から民へ」が重要なのです。「民間は公共的なことをやらない」というのは間違いです。民間人、民間企業にも公共的な仕事にどんどん入ってもらうほうが社会に活力をもたらします。政府は、そういう民間の意欲とやる気を引き出すことが大事です。

奥田

企業でもここ数年、CSRが盛んに言われるようになり、CSRに取り組まない企業はダメだと言われます。いま総理が言われたように、企業も個人も社会に貢献することが重要であり、それが積み上がってはじめて徳のある国になるのです。また、日本が国際的に信頼される国になるように、企業も努力する必要があります。これは21世紀を通じ、企業にとって大きな目標になるものだと思います。

国民にわかりやすい
ストーリーを

藤沢

企業の社会貢献は、2005年に一段と広がるような気がします。そもそも企業が利益を得られるのは、社会に対して良いことをしたからです。企業はその利益をまた社会のために使っていく。消費者であり投資家である一般個人はもっと企業や社会のことを理解しないといけません。そのためには、国がどのような方向に向かっていくのかを国民に理解してもらうことも重要です。そうでなければ、国民は企業活動にも政治にも参加しないと思います。その意味で「これから日本がどちらに向かっていくのか、世界のなかでどういう国になっていくべきか」について、わかりやすいストーリーを示すことが求められていると思います。国民としては安心できる社会を求めているところもありますね。

奥田

年金、介護、医療を含めた社会保障の一体的改革を進め、国民の老後の生活に不安を与えないようにすることが大事です。できるだけ早く持続可能な社会保障体制を確立する必要があり、いま取り組みが進んでいる最中です。
それから、科学技術立国という戦略も重要です。資源のない日本で頼れるのは人材だけです。頭を使って他の国よりも一歩でも二歩でも早く先端的な科学技術を開発し、それを製品に応用する。政府にはそのための支援制度をさらに充実させてもらいたいと思います。
もう一つは、国民としての理念です。たとえば、海外旅行する日本人は多いけれども、いくらお金を払っても、全く自由勝手に振る舞って良いわけではない。よその座敷を借りているという謙虚な気持ちが最近の日本人には希薄ですね。最近の日本人には徳がない。昔はそうではなかったのに。世界中から尊敬されるためには謙虚さを持つことが重要です。

小泉

それは急にできるものではなく、長年積み重ねてできるものです。一方、日本みたいになりたい、日本のように発展したいと考えている国はたくさんあります。そういう国々に対して日本ができることは何かを常に考えることが必要です。
それにしてもこれから企業は大変です。日本国内だけでなく海外でも競争しないといけない。大きな変化と競争に勝ち抜いていくためにも不断の努力が欠かせませんね。

藤沢

経済がグローバル化しているなかで、総理はじめ政治家の方々もどんどん海外に出て行かれ、海外から日本を見る機会と、その様子を通じて、世界の中の日本の位置づけを国民が実感できる機会が増えるといいですね。

奥田

小泉首相になってから外遊は多くなり、海外とのコンタクトも増えたのではないですか。国際的な広がりが出てきて次元が変わったように思います。

小泉

ダメだという意識がダメなのであって、やればできる。これは魔法の言葉です。

藤沢

本日はどうもありがとうございました。

司会:藤沢久美 シンクタンク・ソフィアバンク副代表 〈司会〉
シンクタンク・ソフィアバンク副代表
藤沢久美
ふじさわ くみ
(2004年12月6日 首相官邸にて)

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