政府はさきの閣議において、今次の価格補正により企業採算の基礎は確立されるものと見倣し、補正後は赤字金融を行わない旨を決定した。もとより価格の補正により企業採算が合理的な収支均衡の基礎の上に立ち、赤字から解放されるならば、右の方針は極めて当然のことであるが、併し乍ら問題は果してその方針を明確に裏付けるような新物価体系が現実に出来ているか否かである。われらはこの点大いに疑問とする。
翻って、最近における企業経理の推移を見るに、昨年七月の物価体系に織込まれた基準賃金一千八百円ベースは、本年一月頃より政府民間とも全面的に破棄せられ、爾来、各企業は軒並に赤字採算を余儀なくされ、それが何等かの名目による借入金の累積となって今日に至っている。そもそも今次の物価補正の基本方針は、内閣の更迭等にもとずく政治空白により若干の遅延を見つつも四月末には一応決定を見るに至ったが、その具体的発足は対議会関係に禍されて遅延を重ね、ために物価補正は約二カ月に亘って全く棚ざらしとなる一方、その間賃金水準は更に上昇の一途を辿り、その結果、企業の赤字は愈々増大し経理の行詰りは最早一刻の猶予も許さない状態を迎えている。
然るに新価格においても、一月以来の赤字は殆んど償われておらず且つこれに価格補正遅延のための時間的ズレによる赤字が加って経理の非常な重圧となっている。しかも無理は単にそれのみにとどまらない。新物価の基準賃金三千七百円ベースはそれ自体物価補正直前の実際水準より低位にあることがその後の調査によって明かとなったばかりでなく、当初予定された政府補給金の大巾削減により物価補正の構想は狭い枠内に閉じ込められ、総じて原価採算は著しく窮屈化し、ために最少限の利潤すら認められず、更に例えば償却並びに設備維持に絶対必要な補修費の算入不足乃至は価格差益金の強行徴収等にもとずく企業の内在的赤字に対しても当局は全く眼を蔽い、これを未解決のまま将来に持ち越す外、購入原材料に対する取引高税負担、原価に織込んでいない等、価格形成上決定的ともいうべき欠陥を内包しているのである。
即ち現状は最早一金融引締政策によって企業の整備乃至健全化を図る段階を超越し、産業が全身麻痺に陥るか否かの瀬戸際に立っているといって過言でない。
よってわれらはこの際物価補正の速かなる完了を望むと共にさきに発表せる「物価改訂に関する意見」(五月四日建議)のなかで、述べておいた生産と財政金融政策との合理的調整の問題を重要な基本事項として政府自ら再確認し、且つ当面の措置として次の諸事項を速かに実行せられるよう切望する。
(一) 本来、価格改訂は原料資材と製品とが同時に実施されてこそ始めて改訂の意義があるにも拘らず、今回も品種により著しく遅延し、ために種々の弊害を生じつつある実情にかんがみ、この際未決定のものについては、これを即時決定実施すること。
(二) 物価政策上の怠慢乃至時間的ズレによる赤字に対し、政府は自らの責任において補償する方針を決めること。
(三) 新公定価格の設定については極力品目整理を断行し、その範囲を真に必要なものに限定し爾余は統制を撤廃すること。
(四) 懸案の賃金安定対策を速かに確立し、主食その他生活必需物資の増配計画と併せてこれを強力に実施し、物価との悪循環を断ち切ること。
(五) この際企業採算の改善方策に充分留意し、公正に経営する企業ならば必ず赤字経理から解放されるようにすること。
(六) 本格的物価体系が確立されるまでは、特に企業経理に無理を来さざるよう金融上充分の考慮を払うこと。