[経団連] [意見書] [目次]

少子高齢化に対応した新たな成長戦略の確立に向けて

―今後の四半世紀における日本経済の展望と課題―

2000年5月16日
(社)経済団体連合会

  1. はじめに
    1. 期待成長率低下と実現成長率低下の悪循環
    2. バブル崩壊後の経済低迷に伴い、短期の期待成長率が大幅に低下している。さらに、少子高齢化に伴う潜在労働投入量の減少から潜在成長力が低下するとの予想が加わり、中期の期待成長率も低下傾向にある。

      経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査報告」によれば、90年度から2000年度の間に、企業の翌年度の期待成長率は4.3%から0.9%に、今後5年間についての期待成長率も3.6%から1.5%に低下している【参考図表第1参照】。

      経済政策をめぐる議論においても、定常状態や縮小均衡を容認する見解が散見される。
      このため、企業家マインドの萎縮や設備投資意欲の減退が発生しており、期待成長率の低下が、現実の経済成長をさらに低下させる悪循環が発生している。

      90〜95年の年平均成長率は1.4%にとどまり、95〜99年の年平均成長率はさらに1.1%に低下している【参考図表第1参照】。

    3. 持続的な経済成長の必要性
    4. しかし、豊かさの追求は全ての経済活動の原動力であり、少子高齢化の進行する中でも、国民一人当たりではもちろん、総体としての国民経済としても、持続的な経済成長、国民所得の増大を図っていく必要がある。
      また、下記の要請に応え、予想される国民負担率の上昇を抑制していく観点からも、経済成長の維持を経済運営の基本に据えなければならない。

      1. 国民の意欲・活力の維持
        将来への不安や閉塞感は、優秀な人材や企業の海外流出を招き、社会全体の退嬰化につながる惧れがある。個々人が、能力や自らの価値観の実現に向け、就学や勤労に努めていく気風を維持していくには、新たな経済フロンティアの拡大は欠くことができない。

      2. 将来世代の負担の軽減
        高齢化の進展により、将来世代が担う年金・医療等の社会保障負担の増大が見込まれている。また、国と地方を合わせて2000年度末には645兆円に達する長期債務の償還、膨大な社会資本ストックの維持・補修等も将来世代が担うことになる。こうした将来世代の負担を相対的に軽減するには、今後も持続的な国民経済の発展が必要である。

      3. 国際社会の期待への対応
        国際社会において既に責任ある地位を占めるわが国は、国際的な経済・通商秩序の形成や環境国際協力等の面で主導性を発揮することが求められている。また、潜在的発展可能性の高いアジア諸国も、わが国との相互依存・相互補完関係の深化に大きな期待を寄せている。これら諸外国の期待に応えるとともに、国際社会における地歩、国益を確保していくには経済力を維持・強化していかねばならない。

  2. 少子高齢化のマイナスインパクトとその克服の可能性
    1. 少子高齢化に伴う潜在成長力の低下
    2. 少子高齢化が、潜在労働投入量の減少を招き、潜在成長力を低下させる惧れが指摘されている。

      潜在労働投入量の減少による潜在成長力へのマイナスインパクトについて、日本銀行スタッフ(松浦・渡邊・植村「中長期的な日本経済の成長力」98年4月)は97〜2025年の間で年平均マイナス0.35%ポイント、また、産業構造審議会の答申「21世紀経済産業政策の課題と展望」(2000年3月)は、98〜2025年の間で年平均マイナス0.18%ポイントと推計している【参考図表第2参照】。

    3. マイナスインパクト克服の可能性
    4. しかし、経済成長は、労働投入量以外に、資本投入量、そして技術進歩、労働・資本の質的向上、規模の経済性、社会資本の整備等を反映した全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)により決まる。日本の場合、図表第1に示すように、これまでの経済成長は資本投入量の増加及びTFPの伸びによるところが大きく、労働投入量の寄与は比較的小さい。

      図表第1 経済成長の要因分解
      景気循環の山から山(年平均。%ポイント)
      77/1Q〜80/1Q80/1Q〜85/2Q85/2Q〜91/1Q91/1Q〜97/1Q
      実質成長率 4.73.24.62.0
       労働寄与度 0.90.70.5▲0.4
       資本寄与度 2.81.32.40.8
       TFP寄与度 1.01.21.71.6
      景気循環の谷から谷(年平均。%ポイント)
      77/4Q〜83/1Q83/1Q〜86/4Q86/4Q〜93/4Q
      実質成長率 3.73.63.3
       労働寄与度 0.80.50.0
       資本寄与度 1.71.61.5
       TFP寄与度 1.21.51.8
      経団連事務局計測。計測方法については補論1参照

      経団連の推計(図表第2)によれば、日本経済は、(1)女性や高齢者の活用を通じて労働力人口の減少を最小限にとどめるとともに、(2)資本蓄積を促進し、(3)90年代半ばと同程度のTFPの伸びを維持すれば、2025年までの間について年平均3%弱程度の潜在成長力を確保できる。
      これを実現するには、III項に掲げる成長戦略に沿い、官民の連携により、財政構造改革、社会保障制度改革、税制抜本改革、規制改革等の構造改革や技術革新、新産業・新事業の創出等を推進していかねばならない。こうした成長に向けた諸方策が着実に実施され、また専門的・技術的分野を中心に外国人労働者の活用が進展するならば、より高率の経済成長の実現も期待できる。

      図表第2 潜在成長力の見通し(2000年〜2025年)
      (年平均。%ポイント)
       実質成長率  労働寄与度  資本寄与度  TFP寄与度 
      2.7▲0.31.51.5
      経団連事務局推計。推計方法については補論2参照

    5. IT革命への期待
    6. 潜在労働投入量の減少に伴うマイナスインパクトを相殺し、潜在成長力の維持・向上を図っていく上で、特に期待されるのはIT(Information Technology)に支えられたTFPの伸びである。
      米国では91年3月から9年近くにわたり景気拡大が続いており、特に90年代後半から成長率が高まりを見せているが、これはTFPの伸びによるところが大きい。

      日本銀行スタッフの計測(斎藤「情報化関連投資を背景とした米国での生産性上昇」2000年2月)によれば、95〜98年の米国の年平均3.8%の成長率のうち、TFPの伸びの寄与度は1.8%ポイントである【参考図表第3参照】。

      このTFPの伸びを支えているのが、IT革命と呼ばれる、経済社会活動のあらゆる領域・プロセスにおけるコンピューターやインターネットの積極的な活用である。米国では、近年、設備投資に占める情報化投資(財及びソフトウェア)の比率が大幅に上昇してきている。

      通商産業省「平成11年年間回顧鉱工業生産活動分析」の計測によれば、94〜99年の間に、米国における設備投資に占める情報化投資(財及びソフトウェア)の比率は、27.7%から42.0%に14.3%ポイント上昇している【参考図表第4参照】。

      こうした旺盛な情報化投資の結果、情報化関連ストックの一般資本ストックに対する比率が高まる「資本の情報化」が着実に進行している。「資本の情報化」は、省力化を通じ労働生産性の向上に寄与するだけでなく、一般資本ストックや労働力との相乗効果により、人員管理・在庫管理等の間接コスト削減、組織の効率化、意思決定の迅速化、一般資本ストックの有効活用等々の面で、生産性上昇に大きく寄与している。

      日本銀行スタッフの計測(斎藤、前掲、2000年2月)によれば、96〜98年の間の米国の全産業労働生産性の年平均2.5%の伸びのうち約8割が「資本の情報化」による寄与である【参考図表第5参照】。

      情報化投資のマクロ経済へのインパクトは、こうした供給サイドの効果にとどまらない。情報化投資に伴う情報化関連の財・ソフトウェアに対する需要は、総需要の拡大につながる。また、サービスを中心に、全く新しい需要創造・事業展開を可能とする。さらに、インターネットに典型的に示されるように、情報化関連ストックは、ユーザーの増加が、その効用を飛躍的に増加させるというネットワーク外部性があり、この側面からも需要拡大と経済全体の生産性上昇に寄与している。
      日本でも、TFPの伸びの経済成長への寄与は、図表第1に明らかなように、米国に遜色がない水準にある。特に、製造業については、図表第3に示す通り、TFPの伸びの寄与度は極めて大きい。

      図表第3 業種別成長の要因分解
      製造業(景気循環の山から山)(年平均。%ポイント)
      77/1Q〜80/1Q80/1Q〜85/2Q85/2Q〜91/1Q91/1Q〜97/1Q
      実質成長率 4.94.94.91.7
       労働寄与度 0.61.00.3▲1.4
       資本寄与度 2.31.42.10.3
       TFP寄与度 2.02.42.42.8
      非製造業(景気循環の山から山)(年平均。%ポイント)
      77/1Q〜80/1Q80/1Q〜85/2Q85/2Q〜91/1Q91/1Q〜97/1Q
      実質成長率 5.63.35.21.8
       労働寄与度 0.80.50.5▲0.1
       資本寄与度 4.21.83.41.3
       TFP寄与度 0.61.01.20.5
      経団連事務局計測。計測方法については補論1参照

      また、情報化投資比率も、米国に比べ水準は低いものの、近年、着実に上昇している。今後、情報化関連ストックの蓄積がさらに進み、「資本の情報化」による生産性上昇効果が、製造業のみならず非製造業でも発現するようになれば、経済成長に対するTFPの寄与が飛躍的に増加することが期待される。

      通商産業省「平成11年年間回顧鉱工業生産活動分析」の計測によれば、わが国における設備投資に占める情報化投資(財及びソフトウェア)の比率は94〜99年の間に19.6%から34.4%に、14.8%ポイント上昇している【参考図表第4参照】。

  3. 少子高齢化の下での成長戦略のあり方
    1. 基本的な考え方
    2. 企業や家計の予測は自己実現的である。過度に悲観的な予測は、潜在成長力そのものを低下させ、経済の停滞・縮小を招く惧れがある。今、最も必要なことは、今後も経済成長が必要であり、少子高齢化の下でもその実現が可能であることを、国と地方を通じた財政構造改革、社会保障制度改革、税制抜本改革等の目標・スケジュールも視野に入れたグランドデザインとして提示することである。そして、このグランドデザインに基づき、下記に掲げる方策を、官民が適切に役割分担し、一貫性・整合性をもって実施する必要がある。
      米国では、90年代初頭の深刻な景気後退から脱皮するため、大統領のリーダーシップの下、産業技術の伝播・普及、投資・貯蓄税制の見直し、財政赤字の削減等を強力に推進した。これがIT革命とこれを背景においたインフレなき長期繁栄に結実している。
      日本では、2001年1月から新たな中央省庁体制に移行し、内閣府に、経済全般の運営の基本方針や経済財政政策に関連する重要な事項を審議する経済財政諮問会議が新設される。同会議が、グランドデザインの作成、必要な政策パッケージの企画・立案及び総合調整に中核的役割を果たすことが強く望まれる。

    3. 必要な方策
    4. (1) 労働力人口の確保

      1. 基本的な方向

        近年の急速な少子化に伴い、生産年齢人口が減少することは避け難い。これが直接、労働力人口の減少に繋がらないようにする必要がある。

        国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(中位推計)」(97年1月)によれば、生産年齢人口(15〜64歳)は2000年の8,642万人から、2025年には7,198万人へと年平均0.7%のテンポで減少する【参考図表第6参照】。

        なお、専門的・技術的分野における外国人労働者の活用は、グローバル化の対応や途上国への円滑な技術移転の必要性からも時代の趨勢であり、わが国企業活動の効率化、付加価値創出能力の向上、新規産業の創出等にも資することが期待される。反面、社会的コストの増加、巨大な潜在的流入圧力の存在等、留意すべき点も多く、秩序ある受入れ方式の確立が望まれる。

      2. 具体的な方策
        1. 民間機関による、インターネットの活用も含めた情報仲介・斡旋機能の拡充、労働者の職業能力の適正かつ客観的な評価等の労働市場の需給調整機能の強化を通じた労働力需給のミスマッチの解消

        2. 労働力化率の引上げ

          1. 男女雇用機会均等の確保、仕事と育児・介護の両立支援、多様な就労形態を可能とする環境整備等を通じた、女性や高齢者の雇用機会の拡大
          2. 未就職卒業者や早期離退職者の増加から失業率が上昇している若年層の就業能力の向上と適切な職業選択・就職の促進

        3. 留学生の卒業後の就職支援を含め、専門的・技術的分野等における外国人労働者の積極的活用

      (2) 設備投資の促進

      1. 基本的な方向

        設備投資の増加率は、資本収益率の低迷や期待成長率の低下等から、90年代に入って著しく鈍化している。このため、設備年齢(ヴィンテージ)は上昇傾向にある。

        SNAベースの設備投資の年平均増加率は、70年代の2.6%、80年代の8.0%から、90年代にはマイナス0.1%に大幅低下している【参考図表第7参照】。
        日本開発銀行「調査」(99年9月)の計測によれば、製造業の設備年齢は90〜98年の間に、9.3年から10.6年に上昇している【参考図表第8参照】。

        したがって、資本収益率の改善を図りつつ、技術進歩を体化した新鋭の資本ストックの充実を進める必要がある。そのような観点から、既存分野における低収益資本ストックの廃棄や生産体制の集約化を大胆に進めるとともに、ソフトウェアへの投資を含め高生産性・高収益の新規設備投資や成長分野における起業等を積極的に推進していくことが求められる。

      2. 具体的な方策
        1. 資本効率の改善

          1. 経営資源の有効活用に向けた事業再構築(リストラクチャリング)、業務プロセスの再設計(リエンジニアリング)の徹底とこれを可能とする会社法制・関連税制等の整備
          2. 90年代大きく低下した資本分配率の是正を図る観点から、生産性の伸びとバランスのとれた賃金設定
          3. 連結納税制度の早期導入、減価償却制度の見直し等法人税制の抜本改革。年金制度改革等、社会保障制度の再構築

        2. 効率的な産業資金供給メカニズムの充実
          市場インフラ整備・金融証券税制改革等の金融資本市場整備。特に、企業年金資金、ベンチャーキャピタル等によるリスク資本の供給を促進するような制度整備

      (3) TFPの上昇促進

      1. 基本的な方向

        米国においては、製造業に加え、90年代から、非製造業の中でも、規制緩和業種や卸・小売、証券・商品取引業等のIT革命の成果活用が進んでいる業種において、生産性の伸びが顕著となっている。

        90〜96年における米国における労働生産性の年平均上昇率は、全産業で1.3%であるが、規制緩和業種(運輸、通信、電力・ガス、保険を除く金融)では2.0%に達している【参考図表第9参照】。
        95〜97年の米国における製造業の労働生産性の年平均上昇率が3.3%であるが、非製造業の中でも、卸売業(同5.9%)、小売業(同4.9%)、証券・商品取引業(同16.2%)の労働生産性はこれを上回る上昇率を示している【参考図表第10参照】。

        わが国においても、図表第3に明らかなように、製造業のTFPの伸び率は高水準にある。したがって、製造業におけるTFPの伸び率を維持しつつ、特に相対的に低水準にある非製造業におけるTFPの伸び率の向上を図っていく必要がある。

      2. 具体的な方策
        1. 業種特性を踏まえた多面的な対策の必要性
          非製造業における情報化投資を推進するとともに、その生産性向上効果や需要創出効果が十分発現するよう多面的に環境整備を推進することが重要である。なお、非製造業は、建設、卸・小売、電力・ガス、金融・保険、運輸・通信、サービス業等々、多種多様であり、それぞれの業種特性を踏まえることが求められる。

        2. 具体例(卸・小売業の場合)
          卸・小売業は、ITの活用により、在庫圧縮、受発注事務の効率化、販売コストの引下げ等生産性の大幅上昇が期待されるだけでなく、販売チャネルや取扱商品の充実により市場拡大が期待できる。こうした効果を実現していくには次のような方策が必要である。

          1. 暗号化技術、システム技術等の技術開発の促進
          2. コンピュータ・リテラシー、情報リテラシーの向上に向けた人材育成の充実
          3. 取引法、知的財産法制等の法制整備
          4. 書面・対面を前提とした各種業法の見直し等の規制改革の推進
          5. 物流インフラの整備

  4. おわりに
  5. わが国の潜在成長力は、3%に近いレベルへの引上げが十分可能であり、さらに高率の経済成長の可能性も秘めている。これを実現し、豊かな経済社会を構築できるかどうかは、構造改革の推進をはじめ今後の成長戦略いかんにかかっている。政府、企業、個人が、将来について明確な構想を共有し、新たな世紀を自らの手で切り拓いていくことが求められている。
    その際、特に下記の2点について十分配意する必要がある。

    1. 少子化対策推進の必要性
    2. 本意見書の予測・提言は標準的な人口推計を前提としたものである。しかし、出生率の低下に歯止めがかからなければ、国民経済の破綻は避けることができない。したがって、21世紀を見通した場合、少子化対策が最も重要であることは言を俟たない。経団連では、意見書「少子化問題への具体的な取り組みを求める」(99年3月)において、保育制度の充実・見直し、職住接近の都市づくり、父親の家事・育児参加等の具体的な取り組みを提案したところであるが、政府、企業、地域・家庭がそれぞれの立場から、少子化対策を粘り強く進めていくことが強く望まれる。

    3. 現在の雇用情勢への対応
    4. 中長期的には労働力の不足が懸念されているが、現状では景気循環的要因と雇用のミスマッチ等の構造的要因があいまって失業率は史上最高水準にあり、企業における雇用過剰感も必ずしも払拭されていない。雇用情勢は景気回復の本格化に伴い、徐々に改善していくことが期待されるが、引き続き、労働者の職業能力の開発、労働市場の需給調整機能の強化等を通じ、成長分野への円滑な労働移動を促進していく必要がある。

以 上

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