[経団連] [意見書] [ 目次 ]

IT立国に向けた提言

―デジタル・オポチュニティ活用のために―

2000年5月29日
(社)経済団体連合会

はじめに

IT革命により、経済社会の構造変化が、グローバルな規模で始まっている。この個人、企業、そして社会全体に及ぶ変化は、いわば「デジタル・オポチュニティ」ともいうべき機会を創造している。
IT革命は、個人を時間と空間の制約から開放し、いつでもどこでも世界中の情報にアクセスし、コミュニケーションすることを可能にし、国民生活を質的に向上させる。またIT革命は、高齢者・障害者に自立と積極的な社会参画のための新たなツールを提供する。行政はITの活用により業務の効率化や国民へのサービス向上を飛躍的に実現することができる。企業には、IT革命によって競争力の強化や新産業・新事業を創出する可能性が開かれている。このように、IT革命は、少子・高齢化、地理的ハンディキャップなどの課題の克服に貢献し、持続的経済発展、雇用機会の増大、地域の活性化などを可能とする。21世紀の繁栄は、IT革命を推進し、全ての人、企業が参加できるかどうかにかかっている。
IT革命は国境を超え、経済社会のグローバル化を加速している。従って、IT革命が真の成功をおさめるためには、G8を核とした幅広い国々の協力によって、世界中の全ての人が「デジタル・オポチュニティ」を手にし活用できることが望ましい。この意味で、IT革命が、本年7月の九州・沖縄サミットの主要テーマとなることを歓迎する。
日本は、九州・沖縄サミットの議長国として、IT革命の推進とそのグローバルな成功の基盤を強固なものとすべく、リーダーシップを発揮すべきである。そのためには、まず日本自身がITを積極的に活用し、世界最先端の「デジタル・オポチュニティ」の国となる意志を早期かつ明確に打ち出すとともに、IT革命の恩恵が世界中に伝播するよう、貢献していく必要がある。
IT革命を推進する上で、企業と政府の役割は極めて大きい。企業は、激しさを増す競争の中で、IT革命を主導していく。特に、ビジネス・プロセスを変革し、競争力強化や新産業・新事業の創出を図る。政府には、IT革命の恩恵が日本ならびに世界全体に行き渡る環境を整備する重要な役割がある。
経団連では、このような観点から、政府に対し以下の取り組みを提言する。

  1. IT革命推進の国内的課題
  2. 日本政府は、日本を最も先進的なIT関連企業活動の場とする取り組みを加速すべきである。これにより、個人、企業、社会がより大きな「デジタル・オポチュニティ」を手にし、経済の活性化と構造改革を通じた経済新生がもたらされる。

    1. IT活用を促進する環境整備
      1. 情報通信インフラ
        1. ネットワーク社会の基盤である情報通信インフラについては、通信サービスの低廉化や利便性の向上を促進するため、事業者間の自由で公正な競争を通じて、利用者ニーズの実現と技術革新成果の迅速な活用を図る必要がある。

        2. かかる観点から、現行の事業規制的な枠組みについては、利用者の利益と自由かつ公正な競争の促進とを主眼とする競争促進法の体系へ転換するとともに、市場での公正な競争を監視する機能を強化すべきである。

        3. また、通信・放送の一体的サービスや、いずれにも区分することが困難なサービスの拡大が予想されている。これらのサービスが機動的かつ迅速に実施されるためには、現行の通信・放送の区分を前提とした制度的枠組みを改め、通信・放送を総合的に捉えた制度とする必要がある。

      2. 電子商取引
        1. 電子商取引は、新たな雇用機会を創造する原動力となっている。今後、企業と消費者がサイバースペースでの取引に一層の「信頼」をおくことができるよう、電子商取引の特質に合致したルールや制度を包括的・集中的に整備すべきである。

        2. 例えば、技術革新やユーザーニーズの変化に柔軟に対応できる電子署名・電子認証制度を確立するとともに、個人情報の保護と利用のバランスの取れた法的枠組みを整備すべきである。また、書面・対面での取り引きや事務所の物理的存在を前提とし、ネットワーク上での取引を想定していない現行制度等を早急に見直すとともに(添付資料参照)、コンピュータ・プログラム、デジタル・コンテンツなど財産的価値のある情報(情報財)の適切な流通を確保するため、情報財の特質に応じた契約ルールを整備する必要がある。

        3. さらに、既存法令の解釈が不明確なことから、ネットワーク上での新たな経済活動が阻害されることがないよう、関係省庁等は、かかる問い合わせが寄せられた際には、一定期間内に解釈を明らかにし公表することとすべきである。

        4. 取引における紛争は、善意の事業者と善意の消費者の間にでも起こり得る。このため、仮に紛争が生じた場合でも、簡易な手続きで迅速・安価に解決できる仕組みを整えることが重要である。この観点から、いわゆる裁判外紛争処理(ADR)の機能を高めるための条件を整備する必要がある。また、インターネット上で著作権侵害や名誉毀損などに関わる事態が発生した場合、迅速な被害者救済と加害者の特定のため差し止めへの法的根拠の付与、ならびに電子商取引における企業・消費者の責任・義務の明確化等を図るべきである。

      3. 情報技術力の強化
        1. IT革命は、技術革新によって加速する。政府の役割は、情報技術の基礎研究を充実させるとともに、基盤的研究開発の面で、産学官の連携を深めることを可能とし、企業の技術革新を誘発することである。

        2. 基盤的研究開発プロジェクトを財政面で支援するに当たって、政府はそのテーマの市場性を重視した政策運営を強化すべきである。例えば、国が具体的なターゲットを設定し、複数企業に連合を組ませて技術開発を行う旧来型の硬直的手法ではなく、政府の決定は重点分野の設定に止めた上で、市場競争の中で生きる民間からの公募によって、具体的プロジェクトを設定し推進する体制を強化すべきである。また、大学の研究活動に対しては、市場性が期待できるテーマについての支援を強化すべきである。

        3. さらに政府は、海外の優れた技術者・研究者の滞在や移住を容易にするため、入国管理制度のあり方を検討すべきである。

      4. 情報セキュリティ対策の充実
        適切な水準の情報セキュリティが確保されることは、IT革命の着実な推進のために不可欠である。特に、クラッカーやサイバー・テロへの対策について、政府と民間企業との連携を強化すべきである。また、安全保障の観点からも、情報セキュリティの向上に向けた研究開発について、産学官の協力を促進する必要がある。

    2. 電子政府の実現
      1. ITは行政改革のツールとしても効果的である。政府は、行政サービスの提供者とネットワークの最大の利用者という立場からITを積極的に活用し、業務効率の向上、行政情報の一層の公開、ならびに行政サービスの向上を図るべきである。

      2. 電子政府実現のためには、まず、効率・情報公開・サービス向上の観点から、具体的で明確な目標と時期を設定し、その達成状況を適宜評価していくことが不可欠である。また、単年度予算主義の弊害を防止しつつ、省庁横断的に行政内部ならびに官民の接点の情報化を推進するとともに、政府と地方公共団体との統一的な取り組みを進めることが特に重要である。

      3. さらに、独自規格ではなく相互運用性が確保された技術の採用と、民間へのアウトソーシングの推進を通じ、技術革新への柔軟な対応と行政コストの削減等を図るべきである。高度道路交通システム(ITS)推進の基盤を整備する観点から、交通情報、電波等の関連規制を緩和すべきである。

    3. 情報リテラシーの向上
      1. 情報ネットワークの活用は、IT革命の中で、既に国民の基本的能力となりつつあり、国民の生活水準向上の点で極めて重要である。所得、年齢、教育レベル、地理的要因、身体的制約等にかかわらず、全ての国民、そして全ての企業が、「デジタル・オポチュニティ」を実感し、それを自ら活用する社会を目指さねばならない。このためには、「読み書きそろばん」と同等のものとして、情報リテラシーを高めることが必要である。

      2. 初等中等教育から生涯教育までを視野に入れ、全ての教育機関等でいつでもインターネットを利用できる環境を早急に実現せねばならない。また、情報ネットワークに親しみ、積極的に活用することを重視した教育が行われる必要がある。その際、ネットワーク利用に関する倫理教育を充実させるべきである。さらに、教員の能力向上のため情報化研修を充実させるとともに、企業やNPOの専門家・インストラクターの活用など情報教育のアウトソーシンング等を進めることが求められる。

      3. ITは、高齢者・障害者の自立と社会参加の機会を拡大し得る。これを現実にするには、民間活力を最大限生かして、誰にでも使いやすい技術・機器の開発と、視聴覚障害者向けコンテンツの提供などを図るべきである。

  3. IT革命推進の国際的課題
  4. IT革命は、21世紀の世界経済に持続可能な成長を遂げる機会を提供する。これを現実のものとするには、IT革命が民間主導で進む中、政治的イニシアチブによって「デジタル・オポチュニティ」が世界的に拡大し、また、全ての人が情報ネットワークを活用して多様な情報にアクセスし利用できる基盤を強固なものとする必要がある。
    この観点から、日本政府は、特に以下の点について、G8等の関係国と緊密に協力すべきである。

    1. IT関連企業活動の世界的展開を促進する環境整備
      1. 市場競争のダイナミズムを通じて、世界全体がIT革命の恩恵を享受できる環境を整えることが重要である。このためには、市場主導の標準化を通じ、各国間の相互運用性を担保すべきである。個人情報の国際的移転については、民間企業の自主規制によることを基本とすべきである。

      2. 電子署名・認証、管轄権、裁判外紛争処理をはじめとする各種電子商取引関連ルールの国際的ハーモナイゼーションと相互承認が不可欠である。特に、電子商取引への課税については、公平・中立・簡素を大原則とした国際ルールを構築する必要がある。また、ビジネスモデル特許については、発明の成立性の国際的調和を図るとともに、企業のIT活用が阻害されないよう、新規性・進歩性に関して適正な審査を行う必要がある。

      3. さらに、いわゆるハイテク犯罪に関し、国際的協力体制の構築に向けて、取り組みを強化すべきである。

      4. このような国際的な環境整備に当たっては、政府と企業がグローバルなパートナーシップを構築して、ルール作りを進めることが重要である。経団連としても、これに積極的に貢献していく。

    2. デジタル・デバイドの克服
      1. IT革命が世界大で経済社会のあり方を大きく変えつつある中で、多くの途上国は、情報通信ネットワークなどIT革命の基盤的なインフラが未だに整備されていないのが現実である。また、情報ネットワークを使いこなす能力についても立ち遅れているところも多い。このため、南北間の「情報格差(デジタル・デバイド)」により、経済格差がさらに拡大する恐れが指摘されている。

      2. しかし、IT革命によって生まれる「デジタル・オポチュニティ」は、こうした恐れを希望に変える力を持っている。ITは、途上国の経済発展のバネとなり、南北間の経済格差の縮小を可能としよう。

      3. 「デジタル・デバイド」を世界的な「デジタル・オポチュニティ」に変えるため、自由で多様な情報が世界中を駆け巡る世界的な情報社会を実現する必要がある。日本政府は、九州・沖縄サミットで、IT革命へのグローバルな参加を促進するアクション・プランが作成されるよう、リーダーシップを発揮すべきである。

      4. 同時に、日本政府は、途上国の「デジタル・オポチュニティ」を拡大する独自の取り組みを強化する必要がある。途上国の多様な状況に各種の政策ツールを有機的に組み合わせ、経済開発政策のITシフトを実現すべきである。政府開発援助(ODA)については、その重要テーマとして、相互運用性のある情報通信ネットワークの整備や情報化教育を通じた人的開発を掲げ、その実現に取り組むべきである。1998年の通信分野のODAは、全体の2.2%に過ぎない上、その割合は減少傾向にある。この流れを反転させ、南北間のデジタル・デバイド解消に貢献することは、日本にとって急務である。また、教育・医療・保健・文化財保護等に関わる開発政策において、ITの利用を促進していくべきである。さらに、途上国の情報リテラシー向上のため、日本企業の自主的な取り組みを支援することも求められる。その上で、途上国が世界的な電子商取引に円滑に参加できるよう、支援する必要がある。

      5. 日本と経済関係が深いアジア諸国に対しては、電子署名・認証制度に関する多国間認証スキームの確立など、IT関連企業活動に関わる各種ルールの整合性を確保すべく、密接に協力していくべきである。アジア諸国との自由貿易協定の検討に当たっては、IT投資環境の整備などを重要課題とし、企業の国際的な活動や協力を促進することを通じて、多言語社会であるアジア地域のIT化の進展と連携強化を図るという戦略的視点が必要である。

  5. IT革命推進のための政治のリーダーシップ
  6. 日本が「デジタル・オポチュニティ」に満ちた国となるとともに、世界に貢献していくためには、行政の縦割りによる弊害を超え、政府諸機関が一体となった総合的・戦略的な取り組みが不可欠である。また、旧来の発想にとらわれず、IT分野の急速な変化に柔軟且つ機動的に対応していく必要がある。

    このためには、政治のリーダーシップが重要であり、日本政府に「CIO (Chief Information Officer)」が必要である。副総理格の特命事項担当大臣を置くとともに、民間人が参加する恒常的スタッフ部門を整備し、国内のみならず世界の全ての人が「デジタル・オポチュニティ」を実感し活用する社会に向けた取り組みを強化・加速すべきである。

以  上

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