[経団連] [意見書] [ 目次 ]

保険者機能の強化への取組みと高齢者医療制度の創設

2000年11月14日
(社)経済団体連合会

  1. 医療保険制度を取り巻く環境と経済界の問題意識
    1. 経済社会の構造的な変化
    2. わが国は、高度経済成長から低成長の時代への移行、世界に類を見ない少子高齢化の進展、さらには個人のライフスタイルの多様化や雇用の流動化等によって、経済社会構造が大きく変わりつつある。これまでのわが国の社会保障制度は、右肩上がりの経済成長や企業における終身雇用制を背景に、世代間扶養の要素を強め、給付面の充実を図ってきたが、今後は、医療保険制度についても、上記のような経済社会構造の変化に耐えられる、持続可能な制度に再構築する必要がある。

    3. 医療費の増加と健保組合の財政悪化
    4. 各健保組合は、保健事業の見直しや事務作業の効率化などコスト削減に取り組んでいるが、多くの健保組合は既に赤字に転落し、その赤字幅は拡大しつつある。これは、景気低迷による組合員数の減少、保険料収入の伸び悩みだけでなく、構造的な要因として、従業員の平均年齢の上昇に伴う医療給付の増加に加え、国民医療費の伸び率を上回る水準で増大する高齢者医療費を賄うため、老人保健拠出金の負担が急増していることがあげられる。現行の老人保健制度の下では、高齢者医療費の大半を、健保組合、政管健保、市町村国保等が負担する老人保健拠出金で賄っている。各保険者の老人保健拠出金の負担は、それぞれの保険料収入の3割を超えており、保険者の財政を大きく圧迫している。この老人保健拠出金の負担は、介護保険納付金と相まって、今後も構造的に健保組合の財政を逼迫させることは確実である。

    5. 医療の情報の非対称性
    6. インフォームド・コンセントの重要性の高まりなどを受け、医師から患者に対する情報提供は進みつつあるが、情報提供のための基盤整備の遅れや情報提供に関する医療機関側の抵抗感、さらには広告規制をはじめとする諸規制の存在などから、医療機関と利用者たる患者・保険者との間で十分な情報の共有が行なわれているとは言い難い。
      そのため、利用者は医療サービスの質やコストを客観的に評価し、適切かつ効率的な治療を行なう医療機関を主体的に選択したり、医療機関に対して改善を求めることができない状況にある。

    7. 経済界の問題意識
    8. 当会では、上記のような医療保険を取り巻く環境に対応するよう、1996年11月に意見書「国民の信頼が得られる医療保障制度の再構築」を取りまとめ、老人保健制度の抜本的改革、医療保険者の機能強化、競争原理の本格的導入を求めた。その後、医療保険福祉審議会を中心に、2000年度を目途に医療保険制度の改革について議論が行なわれ、高齢者医療制度、薬価制度についてはいくつかの選択肢が示されたものの、具体的かつ抜本的な改革にはつながらなかった。
      さる10月、「社会保障構造の在り方について考える有識者会議」から社会保障制度の再構築に向けての指針が示され、今後は、2002年度実施を目指して医療保険制度の抜本改革が改めて議論されることになっている。そこで、本格的な改革議論が始まるにあたり、経済界として、医療保険制度に関する問題意識と具体的な取組み、特に保険者機能の強化と新たな高齢者医療制度のあり方に関する提言を取りまとめ、公表することとした。今後は、本提言をもとに、医療保険関係者と広く対話を進め、当会の考え方について理解を得るとともに、2002年度抜本改革の実現を強く訴えかけていく。また、今後抜本改革に関する国民的な議論が深まった段階で、必要となればさらに改めて提言をまとめる所存である。
      現時点での経済界の医療保険改革に関する具体的取組み、ならびに政策提言は、「II.医療保険制度改革に向けた保険者機能の強化」以降の通りだが、その背景にある主な問題意識は次の4点である。

      1. 保険者機能強化の必要性
        企業は、国際競争の中で、あらゆるコスト負担の効率化・適正化を図っており、医療といえども例外扱いとすることはできない。
        企業及び従業員の医療保険料負担は、その他の社会保険料、租税負担全体を考慮すれば、既に限界にきており、このままでは健保組合は破綻する惧れがあり、ひいては企業経営にも重大な影響を及ぼしかねない。従って、高齢者医療制度の見直しと併せて、企業並びに健保組合自らが医療保険のコストの効率化にこれまで以上に注力する必要がある。

      2. 老人保健制度の抜本的改革
        企業ならびに健保組合の本来の役割は、保険者機能を発揮して、医療保険に係るコストの合理化と医療サービスの質の向上を期す所にある。しかしながら、自らコントロールできない巨額の老人保健拠出金が、見通しの立たないまま年々増え続けることで、こうした合理化努力は妨げられている。少子高齢化が進む中、このまま現行制度を維持していけば、保険者の財政状況はますます悪化して継続不能に陥り、その結果、高齢者医療制度の財政基盤も大きく揺らぐことになる。高齢者医療制度を持続可能なものとするには、高齢者医療費の合理化・効率化のみならず、現行の老人保健制度を根本的に改革し、その目的に相応しい財源を選択しなければならない。

      3. 財政・税・社会保障制度を包括した検討
        少子高齢化の急速な進行、経済社会の構造的な変化、国際競争の激化の中で、わが国としての、社会保障、税、地方を含む財政構造改革に関するグランド・デザインを提示し、国民のコンセンサスを得て、全体として整合性のとれた改革を推し進めることが求められている。医療制度改革も、日本の経済社会全体を俯瞰した包括的な検討を行ない、グランド・デザインに沿った形で具体的な改革策を見出す必要がある。

      4. 医療・介護分野におけるITの活用
        医療サービスの効率化や患者の満足度向上のためには、医療機関と保険者・患者の間の情報の非対称性を解消し、サービスのコストや質に対するチェック機能を強化することが大前提となる。さらに、高齢者の多様なニーズに対するきめ細かな対応や、資源の効率的な配分を可能とするため、医療・介護情報を関係者間で共有し、それぞれのサービスを有機的に連携させながら提供できる体制を整備する必要がある。その意味で、医療・介護分野において、IT(Information Technology)活用の意義は大きい。
        そこで政府は、電子政府構築の重要課題の一つとして、総合的な医療・介護ネットワークの構築を集中的に進める必要がある。

  2. 医療保険制度改革に向けた保険者機能の強化
  3. 医療保険制度を抜本的に改革するためには、健保組合の機能強化ならびにそのための基盤整備が不可欠であるが、いずれも先送りされているばかりか、医療保険福祉審議会でも十分な議論は行なわれていない。このような状況下で、抜本改革を待つ受け身の対応では、今の危機的状況は全く変わらないとの認識に立ち、企業および健保組合は、従業員、そして医療機関と協力しながら、機能強化に向けて自ら、あるいは専門的なサービスを提供できる事業会社と連携して積極的な取組みを推進していく決意である。

    1. 保険者機能強化の視点
      1. 労使一体となった主体的な取組み
        医療保険コストの合理化や医療情報の収集・提供の充実等の観点から、労使が一体となって事務作業の効率化、従業員の健康管理、健保組合と従業員のコミュニケーション強化、共同事業の推進等に取り組む必要がある。

      2. 医療サービスの質の向上
        企業、健保組合と医療機関とが連携し、医療サービスの質の確保・向上を図るとともに、従業員の健康管理や疾病予防の充実、医療コストの効率化を実現する必要がある。また、医療サービスに関する情報の少ない従業員に代わってその収集に当たることも、企業、健保組合の重要な役割である。そのためには、企業、健保組合と医療機関との情報の共有や契約の締結を可能とするとともに、レセプト審査の強化(一次審査権の取得)、医療評価機関の活用などが必要となる。

      3. 専門的なサービスを提供できる事業会社の積極的な活用
        健保組合が保険者としての機能を発揮する上で、専門知識を持つ人材の育成とノウハウの蓄積とが課題となるが、それには多くの時間とコストを要する。既に、医療機関の周辺には、保険、医療施設・器具、製薬、介護等様々な分野で民間企業が活動しており、これら企業は、医療に関する専門知識を有していることから、その知見とノウハウを活かして保険者としての機能を高めていく方が、健保組合が単独で行なうよりも早く効果が得られ、全体としてのコストも削減できる可能性がある。医療保険コストの合理化を図るための現実的な選択肢として、健保組合がこれらの事業会社を積極的に活用できるようにすべきであり、そのための環境整備を図る必要がある。

    2. 保険者機能強化に向けた具体的取組み
      1. 企業、健保組合の自主的な取組み
        既に企業、健保組合では、次にあげるような医療保険コストの削減や医療サービスの質の確保のための具体策に取り組んでいる。

        1. 健保組合の保健事業と企業の健康管理の提携
          従業員への医療保険給付と保健事業、健康管理等を一体的に連携させることにより、医療サービスや健康増進サービスを効率よく提供する。その際、従業員のプライバシーに十分配慮しつつ、企業の持つ健康診断データと健保組合が持つレセプトデータとを突合して、より効果的な保健事業・医療相談を行なう。

        2. 企業、健保組合と医師、医療機関との連携(疾病予防を重視した健康づくり・個別指導等)
          企業、健保組合と医師、医療機関が連携して、疾病予防(中でも生活習慣病対策)を重視した従業員の健康づくりを効率的に進める(例えば、医療機関による保健事業等への協力、生活習慣病予備軍に対する個別管理や個別指導など)。

        3. 健保組合と従業員の間のコミュニケーション強化
          a) 医療費通知の効果的な活用
          健保組合は、可能な限り医療費の詳細な通知に努めることによって、従業員のコスト意識の向上、健康管理への理解を深める。また、従業員には、医療機関から領収明細書を受け取って、上記医療費通知との照合を行なうよう求める。
          b) イントラネット、インターネットを活用した健康相談等のコミュニケーション作り
          企業内で構築されたイントラネットやインターネットを通じ、従業員からの健康相談等を可能にするなど、双方向のコミュニケーションを充実することによって、従業員の健康管理、疾病予防を効果的に行なう。
          c) 健保組合から従業員への協力の働きかけ
          医療コスト低減のために、従業員の積極的な協力を働きかける。例えば、医療サービスの満足度調査、傷病手当金の支給事由に係る調査への協力などが挙げられる。

        4. 健保組合間の共同事業
          各健保組合が単独で実施しても効率的でない事業について、共同で実施することによって、事業の合理化を図る。例えば、高齢者への訪問指導、介護教室、成人病予防の検診、歯科検診、医療費通知、レセプト審査などが挙げられる。

      2. 本格的な取組みに必要となる基盤整備と規制の見直し
        しかし、上記のような取組みだけでは機能強化に限界がある。企業、健保組合が保険者として十分な能力を保持するためには、医療情報を収集、加工、分析することを可能とする基盤の構築と、医療機関との幅広い連携を可能とするための諸規制の見直しが不可欠である。そのことによって初めて、以下のように、医療保険コストの合理化に向けた本格的な取組みに着手することが可能となる。

        1. レセプトのデジタル化による社会保険診療報酬支払基金の決済事務の効率化、手数料負担の軽減
          支払事務の効率化と、社会保険診療報酬支払基金(以下、支払基金)に支払う手数料負担の軽減を可能とするため、レセプトをデジタル化し、支払基金の決済事務を電子的に行なえるようにする。

          【必要となる基盤整備・規制改革】

          a) レセプトのデジタル化による審査・支払業務の電子化
          レセプトのデジタル化を促進し、医療機関と支払基金、保険者との間を電子媒体でやり取りできるようにすることによって、審査業務、支払業務の効率化を可能とする必要がある。
          b) レセプト記載事項の改善
          現在のレセプトは、明細書が一ヶ月ごとになっており、受診日と傷病名、診療行為が対応しない形になっているため、データベース化して患者ごと、あるいは傷病名ごとに分析することが困難になっている。
          c) 傷病・診療行為のコード化、互換性の確保
          現時点では、病名・処置・手術の用語、治療材料等のコードが統一されていない上に、業務やサービスの表現の様式が医療機関ごとに異なっており、標準化されていないため、これらの情報をデータベース化し、共有することが困難になっている。早急にこれらの用語・コードの統一化、標準化を図るべきである。
          d) 支払基金から健保組合への情報開示
          支払基金は、利用者である健保組合に対して、事務処理および審査に関するコスト構造、審査内容、審査結果に関する情報開示を行ない、業務運営の透明化を図るべきである。

        2. 健保組合またはその委託を受けた民間組織によるレセプトの一次審査の実施
          レセプトの一次審査を、支払基金以外でも行なう。例えば、個々の健保組合や、その委託により、複数の民間組織でも一次審査を行なえるようにする。

          【必要となる基盤整備・規制改革】

          a) レセプトの一次審査に関する保険者の自主的管理の容認
          健康保険法では、保険医療機関または保険薬局から費用請求があった際には、健康保険組合がレセプト審査を行なったうえで支払うことと定められているが、実際には、厚生省の行政指導(昭和23年保険局長通牒)によって、レセプトの一次審査は、健保連と支払基金との契約を通じて同基金に委託せざるを得なくなっているので、これを見直すべきである。

        3. 健康保険の被保険者証のICカード化の実現
          被保険者証をICカード化し、資格審査や支払業務等の事務処理の効率化を図るとともに、格納された診療情報(病歴・薬歴)等を医療機関や健保組合との間で共有することによって、患者一人ひとりの状態に応じた総合的な診療や処方等を行なえるようにする。その結果、重複診療・過剰投薬等の防止にもつながる。

          【必要となる基盤整備・規制改革】

          a) 健康保険の被保険者証のICカード化
          健康保険の被保険者証をICカード化し、患者のプライバシー保護を徹底した上で、病歴や薬歴を格納すべきである。そのためには、医療機関におけるICカードリーダーの導入などの協力が不可欠であり、公的な支援策についても検討する必要がある。

        4. 健保組合と優良な医療機関との関係の一層の強化
          健保組合と優良な医療機関とが連携することによって、被保険者に対する良質な医療サービスの確保や健康管理・疾病予防の充実を図る。
          例えば、医療機関におけるレセプトのデジタル化、健保組合その他の民間組織による一次審査の実施をセットで行なうことによって、診療報酬の決済事務の迅速化を図ることが挙げられる。
          また、健保組合による医療機関の紹介、推薦、選択的契約を実現し、被保険者の健康増進や医療保険コストの合理化を図り、併せて医療分野における健全な競争環境を醸成する。

          【必要となる基盤整備・規制改革】

          a) カルテのデジタル化・データベース化による相互利用・共通利用の促進
          患者のプライバシー保護に関する所要の措置を講じた上で、カルテのデジタル化を促進し、データベース化を図ることによって、医療機関同士、あるいは医療機関と患者との間の情報の共有を可能とすべきである。
          b) 医療情報のネットワーク化、共有化
          医療機関と企業、健保組合、従業員、並びに各地域が医療情報を共有することによって、医療サービスの質の向上、患者の満足度向上を図るべきである。医療機関等から提供されるカルテやレセプト情報等や、企業・健保組合から提供される健康診断等のデータに加え、中立的な第三者機関による評価等がネットワークを通じて共有されることによって、患者が必要とするサービスを受けられる医療機関を選択できるようにする。
          c) 保険医療機関と健保組合との間の診療報酬に関する割引契約の締結の容認
          健康保険法第43条の9第3項では、保険者が医療機関との間で、診療報酬に関する割引契約を締結することが認められているが、保険局長通知(昭和32年)により、従来から割引契約が認められていた保健所、国立療養所、事業主医局等との間に限定されている。法本来の主旨に立ち返り、広く保険医療機関一般との間での割引契約の締結を認め、健保組合が組合員とその家族に対し、当該医療機関を推薦することを可能にすべきである。
          d) 医師・看護婦の技術レベルに対応した自費上乗せの導入
          保険医療においては、医師・看護婦等の技術・経験に関係なく対価が画一的に設定されている。利用者の多様なニーズへの対応を可能にするとともに、医療サービスの質的向上に向けたインセンティブを付与する観点から、技術・経験面で優れた医師・看護婦がサービスを提供した場合には、一定の基準で自費による上乗せを認めるべきである。

        5. 第三者機関による医療機関・サービスの評価の活用
          保険者や患者が、適切な医療サービスを提供する医療機関を選択できるようにするためには、医療機関やそのサービスに対する客観的な評価が存在することが不可欠である。そのため、既存の日本医療機能評価機構だけでなく、複数の第三者機関が医療機関やサービスを評価できる体制を構築する。

          【必要となる基盤整備・規制改革】

          a) 医療機関に関する広告規制の緩和
          医療機関については、医療法第69条第1項に基づいて、認められている事項(病院・診療所の名称、所在地、医師の名称、診療科名等)以外は広告してはならないとされている。しかし、患者が適切な医療機関を選択し、適切な医療サービスを受けるためには、医療機関からのより積極的な情報開示が必要である。また、インターネットを通じた医療機関自身による情報開示は急速に進んでおり、こうした実態に合わせて当該広告規制を大幅に緩和すべきである。

        6. 保険者支援サービスの活用
          健保組合が、専門的な知見とノウハウを有する事業会社の支援サービスを積極的に活用する。

          【必要となる基盤整備・規制改革】

          a) 健保組合の適用・給付業務の外部委託の容認
          レセプト点検以外の適用・給付業務については、行政指導により外部委託が認められていないが、決裁や企画・立案以外の事務的なものについては、外部の専門機関に委託し、事務費の削減を図ることが可能となるよう、行政指導を見直すべきである。

        7. その他健保組合の保険業務の効率化、コスト削減に向けた規制改革

          a) 健康保険に関する各種届出書の電子媒体による届出の容認
          健康保険に関する事業主からの各種届出書(例:被保険者資格取得届・喪失届、被保険者報酬月額算定基礎届・変更届など)について、電子媒体による届出を認めるべきである。
          b) 健康保険の届出事務について、本社での一括適用の容認
          健康保険の届出事務は、社内事業所を単位として適用することになっている。厚生年金については、条件を満たせば、本社における一括適用が認められており、健康保険についても同様とすることを通達等により明確にすべきである。
          c) 認可制から届出制への緩和
          保険料率等の重要事項を除く規約の変更、ならびに一定水準以下の重要財産の処分について、現行の認可制から届出制に移行すべきである。また、認可制から届出制へ緩和されたにもかかわらず、実態として認可制と同様の運用が行なわれているものについて改善する必要がある。例えば、保健事業を新たに行なう際の手続、設立・分割・合併時の収支計算報告等があげられる。
          d) 事務処理基準の改善
          積立金台帳の手書き義務、経理台帳の台帳形式による保存義務(健康保険組合事務処理基準)を見直し、見読性や検索可能性の確保、改ざん防止等の措置を講じた上で、電子媒体による保存を認めるべきである。
          e) レセプト保管期間の短縮、電子媒体の利用
          昭和2年の通達(組合ノ書類及文書保存ニ関スル件)により、レセプトについては10年間原本で保存することとされている。保険給付の時効が3年であることを踏まえ、保管スペース及び保管料の軽減を図る観点から、保管期間を3年程度に短縮するとともに、電子媒体による保存を認めるべきである。
          f) 任意継続被保険者制度の見直し
          「国民皆保険」の下で、任意継続被保険者制度によって、退職者への給付を継続する意義は薄れつつある。そこで、任意継続期間を2年から1年に短縮し、55歳から60歳未満の退職者についても通常の退職者と同様の1年とすべきである。さらに、資格取得のために必要な健康保険被保険者期間を継続して2ヶ月から継続して1年に延長する必要がある。前納制度については、現行制度では、5.5%の割引率で前納額を計算することとされているが、市中金利に連動して、弾力的に設定できるようにすることが求められる。
          g) 継続療養制度の廃止
          継続療養制度については、「国民皆保険」の実現によって維持する必要性は失われており、即時廃止すべきである。

      3. 健保組合の再編・整理の推進
        保険給付・保健事業の効率化、医療情報の蓄積等を進め、最終的に保険料率を引き下げるためには、健保組合の統合・再編が必要となる場合が考えられる。
        当面、健保組合間の共同事業等を積極的に行なうとともに、特に中小規模の健保組合については、そのままで統合してもメリットは少ないことから、例えば、民間主体(例えば保険会社)への業務委託などによる再編・整理を進めることも検討に値する。

      4. 電子政府構築の一環としての医療・介護情報ネットワークの整備
        医療サービスの質的向上と医療保険コストの効率化とを実現する上で基本となるのは、医療・介護関係機関、行政、保険者、被保険者など関係者間の情報共有である。その意味で、医療・介護分野におけるIT(Information Technology)導入の必要性は非常に高い。
        そこで政府は、電子政府構築の重要課題の一つとして、地方公共団体を含めた総合的な医療・介護ネットワーク構築のための基盤整備を掲げ、集中的に整備すべきである。具体的には基礎的なデータの互換性確保や、カルテ・レセプトをはじめとする各種医療情報の電子化・データベース化、プライバシーやセキュリティ確保のための方策の検討等に取り組む必要がある。

  4. 新たな高齢者医療制度の創設
    1. 高齢者医療制度、高齢者の位置付け
    2. 高齢者は現役世代に比べ疾病にかかるリスクが高く、一人当たり医療費も突出して高いため、現役世代と同様の保険原理により高齢者医療保障制度を設計することは困難である。また、現役世代が加入している医療保険制度は、加入員の傷病リスクを相互にカバーし、保険給付することを本来の目的としており、高齢者の医療保障のために保険料収入のかなりの部分を強制的に拠出させられることはもともと想定していない。このように、制度本来の主旨が歪められたままで、現行の医療保険者に高齢者医療のための拠出を求め続けていくことは、もはや困難となっている。高齢者医療制度は、加齢に伴うセーフティネットとして位置づけ、現役世代の医療保険制度と切り離すべきである。
      高齢化が急速に進展する中、社会保障制度の持続可能性を確保するため、既存の社会保障システムを、「自立・自助・自己責任」の要素を取り入れた制度に改めていく必要がある。高齢者医療についても、自立・自助と世代内扶助を基本としながらも、その不足分を全ての世代が協力して国民全体で広く支えていく必要がある。
      その際、現行制度では、70歳以上の高齢者は、すべて老人保健法の対象者となっているが、高齢者を年齢によって画一的に弱者として扱うのではなく、元気で負担能力のある高齢者は、可能な限り、現役世代と同じレベルで制度を支える側に回ることが求められる。また、今後は、高齢者の自立と自己責任の意識を高め、コストの効率化を図るとともに、多様なニーズへの対応を可能とすべきであり、給付や負担の内容を高齢者自身が主体的に選択できるようにすることも検討していく必要がある。

    3. 介護保険及び年金制度との連携
    4. 2000年4月、介護保険制度が施行され、部分的ではあるが「選択・契約・競争」の理念が導入され、高齢者一人ひとりの多様なニーズに対応することが可能となった。今後は、高齢者医療にもこのような考え方を導入することが重要である。
      高齢者の場合、必ずしも疾病等の治癒を最終目標とするだけではなく、日常の社会生活の質の向上を併せて実現する必要があり、医療サービスと介護サービスは連携をとって提供されることが求められる。従って、高齢者医療制度改革においては、上記のような介護保険制度のメリットを採り入れ、かかりつけ医などを中心として、医療サービスと介護サービスとが有機的に連携して提供されるようにすべきである。さらに、公的社会保障の役割をシビルミニマムのセーフティネット確保と位置付け、給付面の公正と効率化、総合化を図る観点から、公的年金との連携にも配慮する必要がある。

    5. 新たな高齢者医療制度の提案
      1. 対象者
        介護保険給付が原則65歳以上であること、年金の受給開始年齢が65歳であることなどから、新たな高齢者医療制度の対象者は、原則として65歳以上とする。ただし制度設計に際しては、75歳以上の後期高齢者については、前期高齢者に比べて要介護の発生率が一段と高く、入院患者の割合も高いことから、75歳を境にして自己負担、保険料等の取扱いに差を設けた制度とすることが適切である。

      2. 地域による高齢者医療・介護保険制度の効率的・総合的な運用
        今後の高齢者医療については、高齢者の健康管理や生活の質の向上を併せて図っていくことが重要であり、地方自治体が制度の運営主体となっていくことが望ましい。現時点では、高齢者にとって最も身近であり、また、介護保険制度の運営主体でもある市町村が担うことが考えられるが、さらに、運営主体の財政基盤と管理機能の強化、サービス提供の効率化等の観点から、二次医療圏などにおける一部事務組合の活用や広域連合によって広域的な運営を目指すべきである。ただし、高齢者であっても、企業等に勤めている被用者の場合には、保険料徴収、給付事務等については健保組合、政管健保が行なうものとする。

      3. 給付の財源
        今後は、高齢者医療についても、「自立・自助・自己責任」の要素を高めていく必要があり、高齢者に対して、受益と負担能力に見合った負担を求める必要がある。そこで、介護保険制度との整合性を図る、現役世代の納得を得る、現行制度でも高齢者自らも保険料を負担している等の観点から、「世代内保険」の考え方を基本に制度設計を進める必要がある。ただし、高齢者の保険料負担、窓口負担能力が限られることから、残りの部分については全世代を通じて国民全体で支え合う必要があり、そのためには、公費負担の割合を高めざるを得ない。したがって、主な財源構成は、「保険料並びに自己負担」、並びに公費等とする。
        保険料負担については、現行老人保健制度と同様、市町村国保または健保組合が定める保険料算定方式により、現役と同じ負担を求める。
        自己負担については、定率負担を原則とし、65〜74歳については20%程度、75歳以上については10%程度とする。また、所得基準を設け、一定の水準以上の所得がある場合は、現役と同水準の自己負担割合とする。
        これらの措置により、保険料負担と自己負担の合計が高齢者医療費全体に占める割合を、65歳〜74歳でおよそ35%程度、75歳以上では20%程度とする。
        現行制度よりも公費負担が増加する分は、歳出構造改革の断行を前提としつつ、直接税ではなく、消費課税で賄うこととすることが望ましい。消費課税を採用する理由として、国民全体で負担を分かち合う必要があること、直接税では勤労意欲や生産性向上に対するインセンティブを減殺し、経済成長を阻害する可能性が大きいこと、などが挙げられる。
        現役世代の保険制度は、本来の役割である加入員への保険給付、健康管理業務に特化することとして、高齢者医療制度と切り離し、老人保健拠出金、退職者医療制度への拠出金は速やかに廃止すべきである。

      4. 包括払いを原則
        高齢者医療に関わる診療報酬体系については、米国におけるDRG/PPS(Diagnosis Related Groups/Prospective Payment System:疾病類型別包括払い)の全面的導入など、包括払いの要素をさらに高めていく必要がある。

      5. 情報の共有
        高齢者医療制度が公費中心の制度に移行する際にも、国民全体の負担増を極力抑制することが不可欠であり、適切な医療が効率的に提供されるよう、絶えずチェックすることが不可欠である。また、高齢者に対する多様な医療・介護サービスは、利用者による選択が基本であり、多様なサービスを適切に組み合わせて提供する必要がある。限られた資源を有効に活用する観点からも、保険者である地域の行政主体と、医療機関や介護サービス事業者、さらには高齢者やその家族がネットワークで結ばれ、各サービスに関する情報を共有できるようにする必要がある。
        高齢者やその家族は、これらのネットワークを通じて、適切な医療・介護サービスを組み合わせることにより、満足度を高めることが可能となる。同時に、保険者は、給付の効率化を図ることにより、保険料水準を抑制したサービスの多様化を進めるなど、独自の取組みを展開することも可能となる。

      6. 2002年度実施
        本格的な高齢化の急激な進行に鑑みると、早急に高齢者医療制度の改革を推進する必要がある。したがって、新たな高齢者医療制度の導入については、2002年度に実施することとし、現行の老人保健制度、退職者医療制度は縮小、廃止する。

以 上

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