[経団連] [意見書]

アジアにおける円の利用拡大について

2001年4月17日
(社)経済団体連合会

アジア通貨金融危機は、為替の安定がアジア諸国の経済発展にとって不可欠であることを如実に示した。その結果、米ドルへの過度な依存から、新たな為替安定システムが模索されており、円の果たすべき役割が改めて注目されている。
しかし、現実には、経済活動の実態に比べて、円の利用は進んでいない。これは、通貨に対する信認、あるいは運用・調達・交換面での利便性などにおけるドルの優位性の現れであり、経済合理性に基づく結果とも言える。
経団連としては、こうした状況について、以下の通り、特にアジアにおけるわが国の役割を再認識し、アジアにおける円の利用拡大に向けた官民あげた取り組みを改めて提言する。

1.アジアにおける経済連携と地域協力の強化

わが国政府は、アジア通貨金融危機の再発防止を図る観点から、通貨スワップによる協力あるいは共通通貨バスケットの採用、更にはアジア通貨基金構想などを提唱してきた。こうした取り組みが効果をあげるためには、円の利用拡大が重要と考えられている。
更に、欧州ではEU、北米ではNAFTAが地域経済圏としての結束を強化していることから、アジア諸国は貿易・資本取引の拡大を通じた経済連携を強めるとともに、アジア地域の通貨・為替の安定に向けた地域協力を進める必要がある。その一環として、円が主要通貨としての役割を果たすことが期待される。その結果として、ドル、円、ユーロの三極通貨体制ができることは為替及び世界経済の安定にとって望ましいと考えられている。
円の利用拡大を、こうした構想の一環として明確に位置付け、確固たる意志をもって、これに取り組むべきである。

2.環境整備

経団連としても、円の利用拡大の環境を整備する観点から、98年6月に『短期金融資本市場の整備と円の国際化』、99年11月に『国際競争力のある資本市場の確立に向けて』を発表し、金融インフラ整備、証券税制の改正などを働きかけてきた。その結果、FB(政府短期証券)の市中公募入札発行、有価証券取引税の廃止などが実現した。このように一部の環境は整いつつあるが、証券決済システムの改善、円建貿易金融の利便性の向上など円の利用を拡大するために残された課題は少なくない。他方、円の利用が拡大すれば、更に環境が整備される可能性も指摘されている。

3.円の利用拡大に向けた更なる取り組み

円の利用拡大が徐々にでも進めば、環境整備も進み、利便性も高まるものと期待されることから、官民あげて様々な分野で可能な限り円の利用拡大に取り組むことが重要である。円の利用拡大が進めば、東京金融・資本市場の活性化を促し、企業の資金調達・運用の利便性の向上、外貨建て資金調達リスクの低減などのメリットも期待できる。これらによって、わが国の貿易、投資、経済支援など経済活動の規模に見合う程度まで円の利用が拡大することが望まれる。

(1) 民間経済界の取り組み

企業の使用通貨は、現場の経済合理性に基づき選択されている。現状では、米ドルの優位性が高く、それをベースに為替管理体制が構築されていることからも、敢えて円の利用拡大に努めるニーズは現場からは出てこない。ただ、実際には、必要かつ可能な場合、円が利用されており、わが国のアジアへの輸出では、円決済が約50%を占め、米ドル決済の比率を凌いでいる。
他方、企業活動の海外展開がますます進展する中で、連結決算及び時価会計原則が導入されることとなって、為替変動がより直接的に企業収益を左右する傾向にあり、円建ての利点が改めて指摘されている。特に、製造業における親子間取引あるいはネッティングセンター機能については、親会社が連結経営の観点から建値を決定しうる面もあることを重視したい。アジアで活動を展開する日系企業による円建て取引が増えれば、アジア諸国間の円建て決済の拡大にもつながる。
また、わが国では、商社の売上高が貿易総額(83兆円(1999年))の約30%を占めており、多くの企業が、為替リスクのマリー機能(売為替と買為替の相殺)を活用する総合商社の仲介により、為替リスクを回避してきたとの現実がある。したがって、総合商社が、顧客の協力を得て、円建て取引の拡大に努力することが効果的との指摘もある。
併せて、本邦金融機関がアジアにおける金融仲介機能の回復・向上を図り、アジア諸国の資金ニーズに対して円建てで資金供給を行なっていくことが重要である。
こうした点を踏まえ、各企業は経営サイドからのより強いリーダーシップをもって、円の利用拡大に向けた見直しを進め、また、内外にわたる事業展開全体にかかわる為替リスク軽減のための包括的諸策を実行することが重要である。

(2) 政府の取り組み

わが国政府は、円に対する信認を高めるためにも、日本経済の構造改革を進め、持続的な安定成長の軌道に乗せるとともに、アジアにおける経済連携及び地域協力の強化の観点から、円が国際通貨としてより大きな役割を果たしうるよう努めるとの姿勢を内外に明確に示すべきである。
対外支援にあたっても、円資金の有効な利用に努め、通貨危機の再発防止のため、円ベースのアジア通貨基金構想を推進する必要がある。
併せて、円の利便性を高めるため、わが国の金融インフラの整備、証券決済システムの改善などの環境整備に引き続き取り組むことが重要である。

(3) 官民による取り組み

わが国のアジアからの輸入における円決済の比率は約25%にとどまっており、わが国が円建て輸入の促進に努めることが特に重要である。現に、アジアからのエネルギー資源の輸入にあたり円建て化を具体的に検討する動きがある。その際、円とアジア通貨との直接為替取引市場を整備していくことなど、利便性を高めるために官民の協力が必要となっている。併せて、円建て貿易取引におけるヘッジ手段を充実させる観点から、わが国における円建て国際市況商品市場の育成・支援を図ることも円建て輸入拡大に資する。
さらに、円建て取引の円滑化のため、円建BA市場( Banker's Acceptance ; 輸出入企業が貿易決済のために振り出し、銀行が引き受けた円建て為替手形)の再活性化など円建て貿易金融の利便性を向上させるための官民の協力が必要である。
わが国とシンガポールの経済連携協定に関する共同検討会報告書においても、通貨及び金融の安定に関する協力に関連して、円の役割強化が歓迎されている。アジア通貨相互の決済インフラ整備や共同投資基金構想などの具体的対策を協定に盛り込むため、官民協力して取り組む必要がある。特に、シンガポールはアセアンの金融センターであり、円とアジア通貨との為替取引市場や円建て債券市場など円の利用を念頭においた金融インフラ整備に向けた協力を行なうことが有効である。

(4) アジア各国との協力

アジアにおける円の利用拡大を図る際には、アジア各国の官民の協力が不可欠である。わが国政府が、アジア諸国との対話の場で、円の利用拡大がアジア経済の安定的発展に必要な為替の安定に資するものであり、わが国がアジア諸国との経済連携及び地域協力の一環としてこれに積極的に取り組んでいくことについて、アジア諸国の理解を得た上で、協力を求めていくことが重要である。
また、アジア諸国が得た円資金を円建て負債の返済等に充当しうる仕組みを整えること、国際協力銀行のツー・ステップ・ローン(当該国・地域における民間企業の資金フローの拡大を狙って地域国際金融機関、現地金融機関等に対して融資を行うもの)等を活用して円建て輸出の振興をはかることなど、アジア諸国とわが国とが具体策の検討を進めていくことが望まれる。

以 上

<参考資料>

(表1) 日本の輸出入決済の建値通貨別内訳

(単位:%)
輸出世界アジア 米国EU
 円 米ドルその他 円 米ドルその他  円 米ドルその他 円 米ドルその他
1992年9月40.146.613.152.341.65.9 16.683.20.140.311.148.4
1993年9月39.948.411.752.544.33.2 16.583.30.241.07.551.5
1994年9月39.748.312.049.047.93.1 19.080.80.236.69.054.4
1995年9月37.651.510.947.249.92.9 17.582.30.237.211.351.5
1996年9月35.953.110.944.153.52.3 15.983.90.236.112.551.3
1997年9月35.852.811.345.551.72.7 16.683.20.234.313.452.3
1998年9月36.051.212.948.448.72.9 15.784.10.134.913.251.9
2000年下期36.152.411.550.048.21.8 13.286.70.133.513.053.5

輸入世界アジア 米国EU
 円 米ドルその他 円 米ドルその他  円 米ドルその他 円 米ドルその他
1992年9月17.074.58.523.873.92.3 13.886.00.231.717.950.4
1993年9月20.972.46.725.772.02.3 13.886.10.145.018.236.8
1994年9月19.273.97.023.674.22.2 13.386.40.338.621.939.5
1995年9月24.368.96.834.164.21.7 18.480.90.640.620.239.2
1996年9月20.572.27.323.974.12.0 17.582.70.140.915.343.0
1997年9月18.974.07.123.374.91.7 14.285.60.241.317.041.7
1998年9月21.871.56.726.771.61.7 16.983.00.144.314.341.4
2000年下期23.570.75.824.874.01.2 20.878.70.549.717.532.8
出所:通産省「輸出入決済通貨建動向調査」。但し、2000年下期については、財務省「貿易取引通貨別比率」を使用。


(表2) アジアの相手別貿易額の推移

(単位:10億円)
輸出日本向米国向 欧州向アジア域内合計
(金額)(比率)(金額)(比率) (金額)(比率)(金額)(比率)(金額)(比率)
1991年7117%10524% 6816%18643%430100%
1993年8015%14026% 8015%24044%540100%
1995年11915%18724% 11014%37748%793100%
1997年12114%20523% 12314%42649%875100%

輸入日本向米国向 欧州向アジア域内合計
(金額)(比率)(金額)(比率) (金額)(比率)(金額)(比率)(金額)(比率)
1991年11526%7918% 6114%17941%434100%
1993年15127%9417% 7814%23642%559100%
1995年21326%13817% 11414%34943%814100%
1997年19923%14917% 12214%40346%873100%
出所:IMF, Direction of Trade Statistics

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