[経団連] [意見書]

戦略的な通商政策の策定と実施を求める

〜「通商立国」日本のグランドデザイン〜

2001年6月14日
(社)経済団体連合会

「戦略的な通商政策の策定と実施を求める」の概要
(PDFファイル)


I.はじめに

経団連では、昨年7月の「自由貿易協定の積極的な推進を望む」と題する提言において、わが国としては、自由、多角及び無差別を基本原則とするWTO体制へのコミットメントを基本としつつも、地域的な通商協定の締結にも積極的に取り組むよう求めてきた。その後、本年初よりわが国政府は、シンガポールとの間で、最初の自由貿易協定(新時代における連携のための経済協定)交渉を開始し、新たな通商政策の展開に向け一歩を踏み出した。
本年11月にはカタールのドーハにおいて第4回WTO閣僚会議が開催され、新ラウンド交渉の開始をめぐり、加盟国政府間で議論が行なわれることとなっている。次期ラウンドにおいては、これまでの交渉分野における一層の自由化・ルールの強化に加え、新たな通商課題についても検討されようとしている。
このような状況下にあって、わが国においてはWTO体制の強化をどう図っていくのか、どの国・地域とどのような通商協定を締結していくのか、さらにはこれとあわせて、いかなる国内の改革・体制整備が必要なのかということが明確になっていない。
今こそ、わが国は、通商政策のグランドデザインを内外に示し、主体的かつ戦略的にこれを推進していくことが求められている。
経団連としては、国内制度改革とともに、この提言の実現に全力を尽くす所存である。また、企業は新しい国際通商体制の下で、ビジネス活動を通じ、日本経済の持続的成長と世界経済の健全な発展に貢献していくことが期待されている。


II.グランドデザインの必要性

1.国際ビジネスの拡大と各国の通商政策

経済のグローバル化が急速に進展するなか、わが国企業は、国境を越えた事業活動を活発化させるとともに、諸外国との分業関係の高度化や外国企業との戦略的な連携等を積極的に推進している。これに伴い、国際ルールやスタンダードが、企業活動に与える影響力はこれまで以上に増大している。
90年代に入って、二国間又は地域の自由貿易協定(FTA)はかつてない規模とスピードで拡がり、既に世界には120以上のFTAが存在する。欧米をはじめ諸外国の多くは、WTO体制の推進と並行してFTAにも積極的に取り組むことで、その経験を多角的な自由化・ルール作りに活かしている。また欧米企業は、FTAによる市場統合のメリットを最大限に活用するとともに、ウルグアイラウンドやそれ以降の多角的交渉を通じて、ビジネスの拡大に努めている。
他方、わが国の通商政策は、ともすると各省の主張が個々に前面に出て、真の国益とは何かという国全体の観点からの国民を巻き込んだ形での政策論議はきわめて不十分である。また中長期的な通商政策が明確になっていないことが、国際的な事業を展開している企業にとって、将来の事業計画の策定の阻害要因となっている。

(注) 本年3月に公表されたUSTR(米国通商代表部)の年次報告書("USTR 2001 Trade Policy Agenda and 2000 Annual Report")においては、EUが積極的にFTAのネットワークを拡大しているのに対し、NAFTA(北米自由貿易協定)を擁する米国でさえFTAの世界的潮流に乗り遅れているとの危機感を表明している。

2.市場統合及びWTOの今後の展望

今後10年を展望すると、各国のFTAのネットワークは、さらに拡大を遂げると思われる。米国はFTAA(米州自由貿易地域)交渉を進めるとともに、アジア太平洋地域や中東諸国ともFTAを模索している。EUは中東欧諸国に拡大を始めるとともに、中南米諸国、GCC諸国(湾岸協力理事会)、ACP(アフリカ・カリブ・太平洋)諸国との経済関係の強化を図っていく。東アジアにおいては、AFTA(ASEAN自由貿易地域)の完成が見込まれる他、シンガポール、韓国が中心となって、域内外の国々とのFTAが進むことが予想される。
WTOには、現在140を超える国・地域が加盟しているが、目下30カ国・地域が加盟申請中であり、今後は、中国、台湾、ロシア、ベトナム等、その数はますます増大していくものと思われる。また、WTOが取り扱う分野については、ウルグアイラウンド交渉において、それまでの物品の貿易に係る関税及び非関税障壁に加えて、サービス貿易、知的財産権、貿易関連投資措置等に拡大したが、今後も新ラウンド交渉等を通じて、電子商取引、貿易と環境、貿易と開発、貿易と投資、貿易と競争政策等の新たな通商課題に取り組んでいくことが予想される。
わが国政府は、このような動向を充分に視野に入れた上で、通商政策のグランドデザインを描き、戦略的に対応していくことが求められている。特に、日本企業のグローバルな活動を促進するとともに、わが国企業による経営努力を、最大限に活かせるような事業環境を、通商の分野において整備することが必要不可欠である。

(注) 「自由貿易協定(FTA)」については、統一された定義がなく、それぞれの協定によって内容も異なるが、ここでは基本的に、
  1. 物品の貿易に係る関税及び非関税障壁の撤廃にとどまらず、
  2. サービス貿易の自由化、
  3. 投資の保護・自由化、
  4. 原産地規則、アンチダンピング措置及びセーフガード措置等の通商ルールの整備、
  5. 基準・認証の調和及び相互承認、
  6. 知的財産権の保護、
  7. 政府調達市場の開放、
  8. 税関手続その他貿易関連手続面の簡素化、
  9. 金融や情報通信サービス、技術交流及び人材育成等の面での協力、
  10. 紛争処理手続の整備、
等の幅広い包括的な分野を含む二国間・地域の協定を指すこととする。この場合、物品の貿易に関してはGATT24条、サービスの貿易に関してはGATS(サービス貿易一般協定)5条の要件を満たさなければならない。
他方、GATT24条を満たすことが容易でなく、かつ上記FTAの 1. 以外の分野における自由化・協力等により大きな経済効果が期待できる場合の協定を、ここでは便宜的に、「経済緊密化協定」と呼ぶこととする。

III.わが国通商政策のあるべき姿

1.通商政策の基本方針

わが国政府は、「通商立国」(貿易・投資により国の維持発展を図る)であるとの認識に立ち、日本経済全体の福利の向上を目指して、市場を一層開放するとともに、産業の国際競争力の強化に寄与する戦略的な通商政策を展開していかなくてはならない。その前提となる基本方針は次の通りである。

  1. WTOを中心とする多角的な国際通商体制の推進を基軸にすると同時に、地域的な通商協定にも積極的に取り組む。
  2. あらゆる経営資源(人、モノ、サービス、資本、情報)が国境を超えて自由かつ円滑に移動できるよう国境における障壁を除去するとともに、ビジネスに係る国内の諸制度・規制の国際的なハーモナイゼーション及び透明性の確保を図る。
  3. 政治のリーダーシップにより、国内の制度改革、構造改革を通商政策と一体的に推進する。また、これらを推進するにあたっては、関係各省庁の縦割り体制を改めるとともに、民間のニーズを政策に反映するため、民間人の経験を積極的に活用する。

2.WTOにおける自由化及びルールの強化

加盟国間による最恵国待遇を基本原則とし、ルールに基づく紛争処理機能を備えたWTO体制が、今後も国際通商体制において中心的な役割を果たし続けていくよう日本としてもリードしていくべきである。
そこで当面は、本年11月のドーハ閣僚会議において、包括的な新ラウンドを立ち上げることが、わが国通商政策の最重要課題の一つである。そのためには、先進国、発展途上国を含めた加盟国間の交渉アジェンダをめぐる意見の隔たりを、夏前までに埋めることが重要である。わが国は官民ともに、新ラウンドの立ち上げに向け、欧州との連携を強化するとともに、米国新政権に対しても積極的に働きかけていく必要がある。特に、日・米・欧・加の四極は歩調をあわせて、WTOの自由化交渉にイニシアティブを発揮していかなければならない。また、WTO新ラウンドの立ち上げには、発展途上国の参画こそ不可欠であり、途上国のニーズに充分配慮することが重要である。
わが国としては、以下の項目が交渉アジェンダとして盛り込まれるよう働きかけていくべきである。

ビルトインアジェンダの統合:
サービス貿易及び農業貿易の自由化交渉をWTO新ラウンドに統合する。特に、わが国企業の国際活動の一翼を担っているサービス貿易は、世界的に重要性が高まっている一方で、依然として、多くの国において事業上の様々な障害が残されており、一層の自由化及びルール面での強化がきわめて重要である。
鉱工業品の関税引き下げ:
引き下げ交渉方式については、関心のある国どうしによるリクエスト・オファー方式や一定の算定式に基づいて関税を引き下げるフォーミュラ・カット方式を基本としながら、発展途上国の関心も高い、ピークタリフ・カット(他品目に比べてきわめて高い関税の是正に焦点を絞る)及びタリフ・エスカレーション(加工度の高い品目ほど関税を高く設定する)の是正、一定の分野すべての関税を撤廃するゼロ・ゼロ方式等の可能性を検討する。
アンチダンピング協定の見直し:
アンチダンピング措置の発動の濫用を防止するため、現行協定を見直し、必要に応じて一部改正及びルールの明確化を図る。
投資ルールの構築:
広範かつ多くの国の参加及び一定の協定内容の水準を確保しながら、投資の保護・自由化に関するルールを構築する。

この他、貿易円滑化の促進、知的財産権の保護の強化、電子商取引に関するルール作り、環境の貿易関連側面の取扱い、貿易と競争政策の関係等の項目についても、さらなる検討が必要である。なお、新ラウンドに対する経団連の基本的な考え方については、本年7月を目途に別途提言を取りまとめることとしている。
また、発展途上国に対しては、GATS、TRIM協定(貿易関連投資措置に関する協定)及びTRIPS協定(知的所有権の貿易関連側面に関する協定)等をはじめとするWTO協定上の義務の実施を促進するために、資金・技術協力等を通じて、知的支援等のソフトな面を重視したキャパシティ・ビルディング等の策を講じていく必要がある。その際、わが国としては、二国間や国際機関のスキームとともに、APECのスキームをも活用して率先して支援体制を整備していくべきである。

3.二国間・地域協定の推進

わが国は、WTOによる多角的な自由化・ルール作りを補完、促進する観点から、FTAを中心とする二国間及び地域協定をも積極的に活用していく必要がある。特に、FTAには、

  1. 地域の特性を活かしたより深い経済統合、柔軟な自由化・ルール作り、
  2. 企業経営上の選択肢の拡大、
  3. 国内構造改革の促進、
  4. 地政学的な戦略効果、
等の意義がある。
このような観点から、わが国としては、次のような地域別戦略を検討していくべきである。

  1. 東アジア市場統合を目指して
    ASEAN、中国及び韓国を中心とする東アジアは、米国と並んで、日本企業のグローバルな展開における最も重要な事業ベースとなっている。特に近年は、国際的な競争が激化するなか、わが国企業によって、東アジア諸国との間で、研究・開発、設計、組立等の各過程における国際的な分業・補完体制が確立されつつある。
    こうした企業の多くは、AFTA及びAICO(ASEAN産業協力スキーム)を基本とするASEANのビジネス・ネットワークを活用するとともに、土地・労働資源が豊富で技術の発達が著しい中国でも積極的な事業展開を行なっている。東アジアで共通のビジネス基盤を構築することができれば、相互のビジネス・ネットワークが接続することによって、日本企業の活力維持、強化につながるとともに、東アジア全体の競争力の強化をもたらすことが強く期待される。
    こうしたなか、昨年11月に開催されたASEAN+3(日本、中国、韓国)の首脳会談において、東アジア自由貿易・投資地域構想が話し合われたことは注目される。東アジアにおける市場統合の意義としては、

    1. 高関税等の事業上の障害の撤廃により、一層の経済関係の緊密化が可能となる、
    2. 地理的に近いため、産業内分業を発展させやすく、効率的な生産ネットワークが確立できる、
    3. 貿易・投資の円滑化、規制緩和・制度共通化による市場統合の動態的効果が期待される、
    4. 政治・外交関係の緊密化により域内の安全保障に寄与する、
    等が考えられる。
    他方、
    1. 各国における自由化が難しいセンシティブな分野の存在、
    2. 域内の経済格差、
    3. 域内経済体制・社会等の非同質性、
    4. 米国等の域外諸国によるアジア経済のブロック化に対する懸念、
    等の問題点を指摘し得る。
    以上のように、東アジア市場統合は重要な意義はあるものの、その実現には様々な障害がある。そこで、中長期的な東アジア市場統合を目指して、次のようなステップ・バイ・ステップの戦略を考えることもできよう。
    1. わが国が、シンガポールとのFTAに続いて、韓国とのFTAを締結する。
    2. 今後、数年の間に経済の発展段階が比較的近い日本、韓国、シンガポールの三カ国が中心となり、それぞれが域内で各国とのFTAを締結していく。
    3. AFTAの完成を、日本として全面的に支援していく。
    4. 中長期的に、ASEAN+3によるFTAを目指す。
    また、中国に関しては、こうした市場統合に向けた動きと並行して、当面、WTOルールに沿った行動をとるためのキャパシティ・ビルディングを支援していく。

  2. 日米FTAの実現
    米国は、わが国最大の貿易・投資相手国である。両国経済交流を一層拡大するとともに、日本によるアジアのブロック化への懸念を払拭し、政治的、安全保障的な関係を強化するという観点から、米国とのFTAを真剣に検討していくべきである。仮に、わが国にとって最大の農産物輸出国である米国とのFTAに、農産物の禁輸措置の禁止を盛り込むことができれば、有事の際、安定的な食料供給源を確保できることとなり、わが国の食料安全保障にも資すると思われる。
    他方、米国との間では、GATT/WTOを通じた自由化によって、世界的にみても双方の関税は既にかなり低いので、残る高関税品目の引き下げ・撤廃は、両国とも困難な問題となる可能性がある。その場合には、過渡的な措置として、一層のパートナーシップの関係強化を目指して、FTAから物品の貿易に係る部分を除き、大きな経済的効果が期待できる円滑な人の自由移動の確保、電子商取引分野での協力及び基準・認証の相互承認等を中心とする経済緊密化協定を目指すことも考えられる。

  3. その他
    米国はFTAA構想を進めるなか、EUは中南米地域におけるFTAのネットワークを広げつつある。わが国がこれを座視していれば、現在メキシコとのビジネスにおいて、日本企業が競争上きわめて不利な立場に置かれる等の不利益が、中南米全域で生ずることとなろう。わが国としても、メキシコ、チリをはじめとする中南米の主要国とFTAを締結し、同地域における不利益を解消し、確固たる足場作りをしていくことが急務と思われる。
    また、EU、カナダ、オーストラリア等との間で相互承認協定(MRA)の締結・拡充、基準・諸制度のハーモナイゼーション等を進めるとともに、経済緊密化協定の可能性を検討すべきであろう。
    さらにAPECは、北米ならびに中南米の一部をも含むアジア太平洋地域の諸国が一堂に会して、貿易投資の自由化・円滑化を具体的に推進する場として、依然重要な役割を担っており、日本としても積極的に活用していくべきである。


IV.国内の体制整備

1.国内改革の推進

  1. 産業構造調整の促進
    今後わが国が、主体的な通商政策を展開していく上では、自由化により国際競争力の弱い産業に強い圧力がかかることが予想される。
    国際競争力の弱い産業については、原則として、自助努力によって、生産性の向上及び競争力の強化を目指すとともに、国民経済全体の福利向上を目指して、市場原理に基づく産業全体の構造調整を促すべきである。
    こうした経営努力を側面から支援するため、わが国政府は、国内の企業活動に多大な影響を及ぼすエネルギー、物流・流通及び社会資本整備等の面における一層の効率化と低コスト化に努める必要がある。
    さらに、WTOやFTAを通じた国境における障壁の除去に加えて、経営資源の国境を越えた円滑な移動を促進するためには、国内における規制改革の断行が不可欠である。
    経団連では従前より、21世紀の繁栄を実現するために必要な、経済社会の抜本的構造改革の必要性を訴え、民主導型の自由で公正な経済社会の構築を求めてきた。規制改革は、95年以来、2次にわたる規制緩和推進3か年計画の下で、規制の緩和・撤廃、行政の透明性向上などの点で一定の成果をあげてきたが、依然として、様々な分野で多くの経済的規制が残存している。
    市場原理に基づき、企業・個人が自由に市場に参入し創意工夫を発揮しうる基盤を整備するとともに、経済のグローバル化に伴うヒト・モノ・サービスの自由化、情報技術革命、少子高齢化及び環境問題といったわが国が直面する緊急の諸課題への対応といった観点からも、政府は、「経済的規制は原則撤廃、社会的規制は最小限」の原則に立った、社会的規制を含む諸規制の抜本的見直しに取り組むべきであり、総合規制改革会議及び政府の強力なリーダーシップが求められるところである。

  2. 農政改革の推進
    わが国の農業は、農政改革を通じ競争力の強化を目指す必要がある。以下のような具体的な農政改革を推進することで、国内の農業生産基盤の維持、消費者利益の拡大といった様々な経済効果に加えて、中長期的には関税の引き下げ・撤廃が可能となり、WTOやFTAの自由化交渉を通じたわが国農業市場に対する自由化要求に対して、十分に対応が可能となることが期待される。

    価格支持の廃止と農家の経営改善策の導入:
    経団連では、1997年9月の「農業基本法の見直しに関する提言」等を通じて、わが国は消費者負担型の価格支持制度を廃止するとともに、農業を産業として位置付け、経営意欲のある担い手農家の育成や大規模化を通じた生産性の向上及び最適地生産等による競争力の強化を図るべきであると主張してきた。
    しかし依然として、わが国の農産物については、価格支持及び高関税により国内価格と国際価格に大幅な乖離が生じているため、消費者の負担が多大なものとなっている。支持価格及び高関税を漸次引き下げ、市場を通じた価格形成を促すことにより、最終的に国内価格を国際価格に収斂させていくことが必要である。
    また、現行の農政の仕組みは、営農者の経営努力に必ずしも十分に報いる形になっていない。本来育成すべき農業に専業的に従事する主業農家の総所得がそれ以外の農家に比べて低くなっていることを踏まえて、経営意欲のある地域の担い手農家が経営改善を進められるよう、生産面のみならず、物流・商流面を含めた農業構造の改革を進め、あわせてこうした農家に限定した形で経営安定対策(経営安定のためのセーフティ・ネット)を導入することを検討すべきである。
    農業構造の改革を進めるためのポリシー・ミックスの実現:
    農業構造の改革を進めるためには、
    1. 事業の多角化や複合経営の展開等の経営努力に報いる制度の拡充及びインセンティブの付与、
    2. 法人化のさらなる推進に向けた規制緩和、
    3. 最適地生産の促進、
    4. 生産性の向上に資する農業機械の効率的利用、収穫・保存システムの合理化、
    5. 品種改良等、農業技術に係る研究・開発体制の強化、
    6. 農外所得の割合が高く、また小規模等のため生産性が低い農家の農業からの撤退の勧奨、
    7. 農地の耕作放棄の防止ならびに優良農地の確保・集積のための土地利用規制の強化、
    等の政策を展開していく必要がある。
    あわせて、経営安定対策が有効に機能するためには、既に同様の制度を導入している諸外国の制度をも参考にしながら、
    1. WTO協定との整合性の確保、
    2. 生産性の向上及び高付加価値化の推進、
    3. モラルハザードの効果的な防止、
    4. 現在の国及び地方の財政負担(農林水産関係予算)の見直しによる捻出、
    5. 消費者利益の向上、
    等を達成していくことが、きわめて重要である。
    危機管理体制の整備:
    自由化にあたっては、食料安全保障の確保にも留意すべきである。その際には、現在の食料・農業・農村基本計画において定められているカロリー・ベースの食料自給率を目標としつつ、国内の農業生産基盤の維持等を通じて、コメを中心とする国民にとって必要な基礎的食料を確保できるようにするため、いわゆる自給力の維持に取り組むべきである。加えて、不測時に備えた危機管理体制の整備、例えば、食糧供給国との関係の緊密化を図ることも重要である。

2.国内の通商法制の整備

  1. 外国政府の不公正な貿易措置に対する法整備
    WTOを中心とする国際的な通商システムにおいて、紛争処理手続がより司法的なものとなっているなか、欧米諸国の法制度をも参考にしつつ、日本の通商法制を整備していくことが求められる。
    わが国には、米国の通商法301条及びEUの貿易障害規則のように、WTO等の通商協定違反である外国政府の不公正な措置によって被害を受けた企業が、政府にWTO提訴を含む、何らかの措置をとるよう求める法制度が整備されていない。この結果、不公正な措置によって悪影響を受けた企業や産業は、政府にこうした問題を取り上げて貰うために、所管官庁や政治家に対して非公式に陳情を行なわねばならない。
    企業や産業が政府に対して調査開始を申し立てる手続きの透明性を高めるとともに、手続きに法的な保証を与えるため、EUの貿易障害規則を参考にしながら、企業等による提訴手続きを整備すべきである。

  2. 外国からの輸出による損害への対応
    欧米では、アンチダンピングやセーフガード等の措置が頻繁に活用されているのに対し、わが国ではほとんど発動されたことがない。今後、WTOやFTAを通じて貿易の一層の自由化が進むことが予想されるなか、その対応として、わが国が、こうした措置を発動する場合には、透明性のある法手続に基づき、WTO協定と整合的な形で行なうべきである。
    特に、セーフガード措置の発動にあたっては、ユーザー産業や輸入者等の利害関係者及び消費者を含めた国民全体の利益を考慮すべきことをより具体的に定め、かつそのための手続を整備すべきである。また、措置を発動している間に、当該産業の構造調整を促し、国際競争力を高める必要がある。


V.おわりに

今後わが国は、「通商立国」にふさわしいグランドデザインに基づき、主体的かつ戦略的な通商政策を実施することにより、WTO及びFTA等を通じた、一層の貿易・投資の自由化による世界市場の拡大、わが国企業の事業展開にとって望ましいルールの整備等を実現していく必要がある。
他方、こうした通商政策及びこれと一体となった国内改革を実現していく過程では、国内的に痛みを伴う分野があることを認識した上で、国際的なルールに沿いながら、こうした問題の解決を迅速かつ効果的に図っていくことも不可欠である。
中長期的な視野に立った戦略的な通商政策の推進は、わが国企業の国際競争力の強化、日本経済全体の福利の向上に資するだけでなく、様々な国際交渉において発展途上国をはじめとする諸外国の日本に対する信頼を高め、わが国がこの分野においてリーダーシップを発揮していく土壌を提供するものとなろう。

以 上

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