[経団連] [意見書]

新たな成長基盤の構築に向けた提言

−需要・供給両面から総合的な政策の実行を−

2002年4月16日
(社)経済団体連合会

デフレ・スパイラル、国際分業の構造変化、少子高齢化の急速な進行、といったわが国経済の現在ならびに将来にわたる課題を克服し、豊かな国民生活の実現するため、資源の効率的配分を通じた生産性の向上により、新たな経済成長を図ることが不可欠である。このため、中長期的には労働生産性の向上を図る一方、現在のデフレ・スパイラルからの脱却に向けた民間企業の付加価値向上、収益改善の取り組みとともに、それを支える政府の環境整備が急がれる。
こうした目的を達成するには、供給、需要両面からの総合的な施策の展開が必要であり、歳出構造改革を進め、需要の拡大が見込まれる成長分野に重点的に政策資源を投入するとともに、技術革新の促進、低生産性部門に投入されている資本と労働のより付加価値の高い部門への移動がとりわけ重要である。
国際分業の構造変化、国際競争の激化の中で、産業の比較優位、企業ごとの優勝劣敗が明確になっている。このような企業活動のダイナミズムが十分に発揮されるような環境整備が急がれる。

1.過剰供給構造の是正と生産設備の革新

スムーズな業界の再編成が進まず、低収益・非効率な設備が稼動し続け、供給能力過剰の状況が続く中で、際限のない価格競争が展開され、業績悪化が続いている業種も見られる。過剰供給構造を早急に是正するためには、廃業、事業転換、事業譲渡、設備廃棄などに伴う摩擦を緩和するため、例えば産業活力再生特別措置法の延長・拡充により、税制面などの支援措置を講ずるとともに、従業員の雇用の確保や跡地処分の円滑化などの環境整備が不可欠である。
過剰供給構造を解消する一方で、集約された生産体制においては、一層の資本生産性向上が重要な課題となる。わが国製造業の設備のビンテージは高まっている。耐用年数の短縮など、減価償却制度の見直しが必要である。

2.技術革新の促進

(1) 技術者・研究者の育成、初等中等教育の改革

研究人材の育成において重要な役割を担っているのは大学・大学院であり、大学・大学院の教育力の向上、任期付任用の活用、第三者評価と情報公開などを進める必要がある。併せて、初等中等教育の「理数離れ」への対策も重要な課題であり、2002年度からの新指導要領を見直す必要がある。

(2) 大学の研究機能の強化

人材育成と並んで、大学・大学院に求められる役割は、企業の問題提起に応えられる高い水準の研究を行うことである。そのためには、国の施設整備予算の配分において大学の業績および評価が反映されるものとし、大学が独立した経営組織体として、特色ある大学作りを目指すことが重要である。また国立大学の独立行政法人化を急ぎ、その教職員を非公務員型とするとともに、能力主義・業績主義による採用、評価と処遇を進める必要がある。

(3) 産学官の連携強化

産学官の連携を強化するために大学は、論文、特許取得、産学官連携の成果等の状況について積極的に情報公開を行うとともに、委託研究・共同研究に係る知的財産権、機密保持・研究成果公表の取り扱いについて、大学と企業との間で明確な内容の契約を簡素な手続の下で事前に取り交わすようにすべきである。併せて、大学との共同研究に係る支出や大学への寄附金に対し、税制上のインセンティブを講じるべきである。

(4) 新規事業・産業の創出

大学の技術シーズを商品化・事業化することを支援する観点から、新規創業後5年間に生じた欠損金の無期限の繰越控除制度や、大学から迎えた技術者へのストック・オプションに対するさらなる税制上の優遇措置、日本版SBIRの拡充が求められる。
一方、起業に対して資金供給が円滑になされ、それが失敗に終った場合も迅速に清算を行い、起業家の再起をサポートする仕組みも必要である。エンジェル税制について、創設後一定期間内の企業に対する出資の一定割合の税額控除の導入、上場前の株式譲渡損失の他所得との通算や繰越控除の延長等の措置を講じるべきである。また、使い勝手の良い私募制度、米国のLLC、LLPのような、全ての出資者の有限責任と税制上の導管としての仕組みなどを認めるべきである。

(5) 民間の研究開発への税制・財政上の支援

わが国の場合、技術開発の中心は、研究開発費の80%近くを支出している民間企業である。民間企業は苦しい経営状況の中でも、売上高を基準にその一定割合を研究開発費に充てている。しかし売上高が伸び悩む中、現行の研究開発促進税制である増加試験研究費税額控除制度がもたらす効果は低下しており、諸外国の制度と比較しても大きく見劣りがしている。研究開発促進税制の対象を研究開発費の増加分ではなく、研究開発費全体とするとともに、研究開発に係る減価償却資産(無形固定資産も含む)の即時償却、研究開発費の対売上高比率が一定の水準を超える企業に対する研究開発費の一定割合の割増損金算入・無期限繰越などを認めるべきである。
加えて、政府の研究開発予算に占める民間企業向けの割合を高め、それを民間の実用化・事業化段階に重点的に投入すべきである。

(6) 知的財産権と競争政策

研究開発段階やその成果の商品化の過程での競争戦略が、企業にとって極めて重要となっており、知的所有権法や独禁法が重要なかかわりを持つ。
特許は、自社事業をカバーするものだけではなく、代替技術の特許も含めて押さえることで独占的な利益を得ることが可能になる。わが国がリードできる分野においては、世界に先駆けて知的財産の保護対象の拡大や権利の設定を行っていく必要がある。一方、各企業に商品化されずに滞留している技術の流通を促進し有効活用する仕組みも必要である。
一方、研究開発効率を改善するには、自前研究開発、横並び研究開発から共同研究、コラボレーション体制への転換とその仕組み作りが不可欠であり、共同研究に対する独禁法の画一的かつ厳格な法律の適用は避けるべきである。

3.柔軟な組織変更に資する制度改革

今日、企業は、多様な顧客ニーズへの対応、新規技術やノウハウの獲得、新規事業・新規市場の獲得、生産効率の向上等経営の合理化、事業の整理・統合などために柔軟な組織の再編成が不可欠となっている。すでに1997年の持株会社の解禁以来、多くの法改正がなされてきたが、株式の強制買取制度およびキャッシュアウト・マージャーの導入、連結付加税の早期廃止、企業結合規制・持株会社規制の弾力化、といった課題が残されており、早急に解決を図るべきである。

4.新たな需要の創出−社会的需要への対応

都市、環境、医療問題などの克服を通じて、現在は顕在化していない社会的需要を有効需要化し、それに応じた民間の設備投資、研究開発を伴う内需を基礎としながら、わが国経済を自立的な成長経路に乗せることが必要である。

(1) 都市再生の推進

国内各都市において官民の英知を結集し、グランドデザインを早期に策定すべきである。また、短期・集中的に民間投資を誘発するために、都市再生特別措置法に基づき「都市再生緊急整備地域」を適切かつ迅速に定め、さらに「都市再生特別地区」に関する都市計画上の大胆な運用、都市関連インフラの重点的整備、税負担の軽減など思い切った措置を講ずるべきである。それに加えて、PFI推進に資する制度改革、不動産税制の改革等を急ぐ必要がある。
一方、国・地方自治体が連携、協力して、広域的な交通・物流ネットワークの整備に取り組むべきである。とりわけ、羽田の再拡張・国際化、首都圏の三環状道路の早期整備等を最優先の課題とすべきである。

(2) 環境問題への対応

地球温暖化をはじめとする環境問題への対応は、わが国企業が培ってきた公害防止・環境技術を積極的に活用することを通じて、世界に貢献できる分野である。
日本国内にだけ、環境税や規制的措置の導入が行われれば、日本に立地する企業の国際競争力が低下することから、生産拠点の海外移転に拍車がかかり、国内の雇用情勢はさらに悪化するおそれがある。環境負荷に抑制的に働く課税と環境改善のための減税措置の組合せや、個々の産業に対する影響や既存のエネルギーおよび自動車関連諸税の実態を十分に踏まえた検討が不可欠である。
むしろ、環境問題の解決を潜在的な需要ととらえ、それを有効需要化していくことによって、環境と経済の両立を進めていくべきである。例えば、燃料電池の開発、低公害車の普及促進、住宅の断熱性能の向上などが考えられる。

(3) 医療制度の改革

医療そのもののみならず関連サービスも含め、今後とも需要の大幅な伸びが予想されるが、その過程において医療の質の向上が求められる。量的拡大を主眼として画一的に行われてきた従来の医療に係る政策を、患者の多様なニーズに対応し、質の向上を主眼とするよう転換する必要があり、医療の質に見合った支払いを国民一人ひとりの判断で行うようにすべきである。
国民皆保険の維持を前提としつつ競争原理を導入し、医療提供体制の効率化を促すとともに、医療技術の革新を積極的に取り込み良質な医療を提供する医療機関および医師がそれにふさわしい報酬を得る仕組みを構築すべきである。
具体的には、公的医療保険でカバーする範囲を必要不可欠なものに限定する一方で、国民の主体的な選択と負担に委ねる範囲を拡大することが求められる。

5.社会保障制度改革と税体系の見直し

増加する社会保障費を賄うため、今の仕組みをそのままにして、現役世代の社会保障負担を引上げることは問題である。経済がボーダーレス化し、企業や個人が国を選ぶ時代にあっては、設備投資・研究開発投資の減少や企業の海外移転が進み、個人貯蓄の減少や勤労意欲の低下、ひいては優秀な人材の国外流出や少子化が加速され、その結果、国力が大きく損なわれるからである。
経済や社会の活力の維持・向上という観点から、個人についても企業についても所得・収益に対する税や社会保険料などの直接的な負担の増加は極力回避すべきである。直間比率の是正という税体系の抜本的見直しの中で、消費税率を引上げ、その税収の一部を社会保障制度の安定化に活用することも一つの選択肢となろう。

6.雇用政策の見直し

(1) 多様な雇用のあり方を支える制度の構築

企業や労働者のニーズに応じた、多様な働き方・雇用の仕方を可能とするとともに、労働移動の円滑化に資する施策が必要である。それにより低生産性部門から高生産性部門への人材の移動が促進され、全要素生産性の向上が図られる。そのためには、派遣労働、有期労働契約、裁量労働に係る規制の改革を早急に進めるとともに、長期雇用を前提とした退職所得課税、年金制度などを根本から改める必要がある。
なお、国が法律などにより、企業に所定労働時間の短縮や雇い入れる従業員の拡大を一律に求めるという意味でのワークシェアリングは疑問である。生産性の低下や業務分担の困難さなど、ワークシェアリングにはコストが伴う。いかなる雇用戦略・人事戦略を採用するかは、各企業の労使の判断に委ねるべきである。

(2) 外国人労働者の受け入れに関する検討

少子高齢化社会の中で、わが国経済・産業が発展を遂げていくためには、世界の優秀な人材を活用していく必要がある。わが国企業が外国人から就労先として選ばれる魅力ある環境づくりに取り組むと同時に、外国人労働力の増大により、社会的コストが高まることのないよう、社会保障制度、教育制度等を含めた総合的な秩序ある受け入れ体制のあり方を、国民各層の広範な参画を得て検討していくことが中長期的に必要である。
管理者、技術者等については、外国人の人材確保が円滑に進むよう、企業側が能力と成果に応じた賃金・処遇体系への移行などに取り組む一方、政府としても、円滑な労働移動に向けた規制の改革・緩和や年金のポータビリティの確保(諸外国との年金協定の締結等)、教育や医療面での諸問題の解決等、国際的な人材移動を促進するための環境を整備する必要がある。
ブルーカラーの外国人労働者については、国民各層の広範な参加を得て、外国人労働者を受け入れる条件を論議するとともに、当面、現行の外国人研修制度の運用緩和・拡充を図るべきである。

以 上

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