[経団連] [意見書] [ 目次 ]

経済統計の改善に向けて

−四半期別GDP速報を中心に−

2002年4月16日
(社)経済団体連合会

1.検討の視点

(1)景気指標として重視される四半期別GDP速報

内閣府の「四半期別GDP(国内総生産)速報」は、一国全体の経済活動を四半期ごとに金額ベースで捉えるものであり、各種の経済統計・指標の中でも総合性・一覧性が高いという特徴を持つ。また、SNA(国民経済計算)体系が国連勧告に基づき作成されているため、海外経済との比較も容易である。こうしたことから、四半期別GDP速報は、景気動向の把握や政策決定にあたって重視されるようになっている。

(2)SNA体系における四半期別GDP速報の位置づけ

GDPは、フロー勘定・ストック勘定からなるSNA体系のうち、フロー勘定の一部分である。GDPは生産・所得・支出の三面から作成されるが、四半期別GDP速報は、このうち支出面から見たGDPと雇用者報酬のみを、四半期別に速報値として公表するものである。 【参考図表第1を参照 (PDF)

四半期別GDP速報の推計方法は、コモディティ・フロー法(モノの流れを「生産→卸売→小売」の各段階で品目ごとに把握し、消費者・政府・企業の手にわたる財・サービスを推計する方法)で求められるSNA(確報、確々報、基準改訂)とは大きく異なる。四半期別GDP速報は、前年のSNAにおいてコモディティ・フロー法により作成されたGDP確報をベースに、主に支出接近法(需要主体ごとに支出面から基礎統計を積み上げて推計する方法)によって先延ばしされており、当該年のSNAが作成されるまでの「速報値」として作成されている。 【参考図表第2を参照 (PDF)

(3)本提言の性格

この提言では、(1)経済統計の利便性向上、(2)信頼性の維持・向上、(3)報告者負担の軽減などの観点から、主に四半期別GDP速報を取り上げ、現在の問題点や実施されつつある改善策の検討を行うとともに、さらなる改善策の方向性や、残された課題などについて述べる。

2.四半期別GDP速報の問題点

我が国の四半期別GDP速報に対しては、従来から、

  1. 公表時期が遅い、
  2. 推計段階の進展に伴う改訂幅が大きい、
  3. 供給側統計との乖離が大きい、
  4. 民間最終消費支出の精度に疑問がある、
  5. 公的固定資本形成の基礎統計や推計方法に疑問がある、
  6. 景気実感と乖離している、
などの問題点が指摘されてきた。

(1)公表時期の遅さ

日本の四半期別GDP速報(1次速報)は、当該四半期終了から公表までに約2ヵ月7日を要しており、景気動向の把握や政策決定にあたって利用するには遅いと指摘されている。
主要国における四半期別GDP速報と比較すると、ドイツ・フランス・カナダ・イタリアは当該四半期終了から約2ヵ月後に公表しており、日本と大差ないが、アメリカ・イギリスは日本より1ヵ月以上早く、当該四半期終了から1ヵ月程度で公表している。 【参考図表第3を参照 (PDF)
四半期別GDP速報の公表が遅れる原因としては、推計にあたって利用する基礎統計の問題がある。四半期別GDP速報は加工統計(二次統計)であり、推計にあたって利用する基礎統計(一次統計)の公表を待たなければならない。具体的には、民間企業設備投資の主たる基礎統計である「法人企業統計季報」が、当該四半期終了から約2ヵ月5日後に公表されるために、四半期別GDP速報の公表はそれ以降にならざるを得ない(但し、毎年7−9月期の1次速報は、翌年度の政府経済見通し作成―毎年12月19日頃に閣議了解―に合わせて、他の四半期より数日間早く公表する関係上、「法人企業統計季報」の公表を待たず、当該四半期終了から約1ヵ月10日後に公表される内閣府「法人企業動向調査」の実績見込値を用いてきた。しかし、翌四半期に公表される実績値との乖離が大きいケースが多く、信頼性に欠けると指摘されてきた)。 【参考図表第4を参照 (PDF)
こうした中で、1999年5月には、経済企画庁経済研究所長(当時)の私的研究会である「GDP速報化検討委員会」の報告書で、当該四半期終了から約1ヵ月10日後を目途に「暫定値」を作成することが提言された。しかし、暫定値と1次速報値との乖離が大きく、混乱を招く可能性があるとの判断から、これまで作成時点(約1ヵ月10日後)における暫定値の公表は行われていない。

(2)推計段階の進展に伴う改訂幅の問題

四半期別GDPは、当該四半期終了から約2ヵ月7日後に1次速報が公表された後、2次速報(約4ヵ月10日後)、確報(翌年12月)、確々報(翌々年12月)、基準改訂(5年に1度)と、計5回にわたって推計・公表されるが、速報から確報にかけての改訂幅が、しばしば大きいと指摘されている。特に、経済の低迷が続いた90年代以降は、経済成長率がゼロ%前後となるケースが多いため、改訂幅がより目立っている。
1次速報から2次速報にかけては、民間企業設備投資、公的固定資本形成の改訂幅が比較的大きく、1992年4−6月期〜1999年1−3月期の7年間における誤差の平均(「実質原系列・前年同期比変化率の改訂幅」の平均平方誤差)は、それぞれ0.8%、2.1%である。毎年7−9月期の民間企業設備投資については、1次速報で財務省「法人企業統計季報」を用いることができず、内閣府「法人企業動向調査」で代用したことから、2次速報との乖離が際立っている(1995年、1998年など)。
より問題とされるのは、速報から確報にかけての改訂幅の大きさである。GDP全体でみると、1次速報から2次速報にかけての誤差の平均が0.2%であるのに対して、2次速報から確報にかけての誤差の平均は0.5%と、より大きい。需要項目別では、民間企業設備投資における誤差の平均は2.2%、公的固定資本形成では4.5%に達している。 【参考図表第5を参照 (PDF)
この原因としては、速報と確報における推計方法の違いが挙げられる。1次速報ならびに2次速報では、主に支出接近法で需要側統計を用いるのに対して、確報以降では主にコモディティ・フロー法により供給側統計を用いる。このように、速報から確報にかけて、推計に用いる基礎統計が大きく変化することが、改訂率の大きさの背景にあると指摘されている。

(3)供給側統計との乖離

四半期別GDP速報は主に支出接近法によって推計されるため、生産・販売などの供給側統計との乖離も指摘されている。例えば、四半期別GDP速報(実質ベース)の前年同期比変化率と、経済産業省「鉱工業生産指数」の前年同期比変化率を比較すると、近年は乖離が目立っている。また、鉱工業に加えて第3次産業の活動状況などを加味した経済産業省「全産業活動指数」の前年同期比変化率と比較しても、1998年4−6月期のように、両者が大きく乖離した例もある。 【参考図表第6を参照 (PDF)
諸外国の多くでは、四半期別GDP速報を、確報同様に主として供給側から作成しているため、こうした変化率の乖離、ならびに速報から確報にかけての改訂幅の問題は少ない。 【参考図表第7を参照 (PDF)

(4)民間最終消費支出の精度

四半期別GDP速報の精度についても、民間最終消費支出や公的固定資本形成などの項目において疑問が呈されている。これは、推計に使用される基礎統計の問題によるところが大きい。
GDPにおいて約55%のウエートを占める民間最終消費支出は、速報段階では主に総務省「家計調査」から推計されるが、家計調査については従来から「消費の実態を反映していない」などの批判がある。
この主たる原因としては、調査サンプル数の少なさが挙げられる。家計調査の調査対象のうち「2人以上の世帯」は全国で約3,400万世帯(総務省「平成12年国勢調査」)に達しているが、家計調査における調査世帯数は約8,000世帯(全世帯数の約0.02%)にとどまっている。このため、家計調査の精度は低いと指摘されており、「家計調査年報」(2000年)に基づけば、家計調査における消費支出(2人以上の全世帯)の前年同期比変化率はプラス・マイナス4%弱の幅をもって見なければならない。また、日々の詳細な支出内容にわたる調査であるため、報告者側の負担も大きく、調査に応じる世帯の偏りがあるのではないかとの指摘もある。 【参考図表第8を参照 (PDF)
なお、「家計調査」は、単身世帯も調査対象としているが、単身世帯数が全国で約1,300万世帯(総務省「平成12年国勢調査」)に達しているのに対して、「家計調査」における調査世帯数は約750世帯(全世帯数の約0.006%)に過ぎず、精度面では2人以上世帯よりも大きな問題があると考えられる。
さらに近年は、統計環境の悪化も指摘されている。女性の社会進出が進む中で(総務省「平成12年国勢調査」によれば、20〜64歳の女性のうち約58%が「主に仕事」もしくは「家事のほかに仕事」をしている)、家計調査のように報告者負担が大きい調査に応じられる世帯は大幅に減少しており、この傾向が進めば、統計の精度がさらに低下する惧れもある。

(5)公的固定資本形成の基礎統計、推計方法

政府の投資額を表す公的固定資本形成についても、速報段階における精度の低さが指摘されている。公的固定資本形成は、確報段階では国の決算書や地方財政統計などから推計するが(財政推計法)、速報段階では、進捗ベースの基礎統計が未整備であるため、四半期ごとに年度決算見込額を推計したうえで、国土交通省「建設総合統計」の出来高(建築着工統計調査、建設工事受注動態統計調査を出来高ベースに換算)などを踏まえて四半期分割せざるを得ない。また、従来は1〜3月期の推計値を、年度推計値から過去3四半期(4−6月期〜10−12月期)の既推計値(速報値)を差し引く方法で求めていたため、年度推計値の修正による影響が、1−3月期に集中していた。
これらは、速報段階における公的固定資本形成の精度を低下させるとともに、経済政策の決定・実施上も大きな弊害となっている。

(6)景気実感との乖離

  1. 実質ベースの季節調整値前期比を用いる問題
    四半期別GDP速報は、経済全体の活動を捉える一覧性・総合性の高さから、代表的な景気指標と位置づけられており、四半期別GDP速報の変化率によって景気の良し悪しが判断される傾向にある。しかし、「四半期別GDP速報は景気実感に合わない」といった批判も多い。
    「景気実感」は経済主体によってそれぞれ異なるものであり、ある特定の経済指標によって代表させることは本来難しいが、日本銀行「企業短期経済観測調査」(日銀短観)の業況判断DI(全産業)の推移をみると、過去の景気循環ともほぼ一致しており、企業の「景気実感」を大筋において表す指標と考えられる。一方、四半期別GDP速報において最も注目される「実質GDPの季節調整値の前期比」は振れが大きく、日銀短観の業況判断DIや景気循環との相関も低い。 【参考図表第9を参照 (PDF)
    実質GDPの季節調整値前期比が「景気実感」に合わない理由としては、第一に、「実質値」であることが挙げられる。各経済主体の「景気実感」は実際の所得額や支出額など(名目ベース)に左右され、実質GDPとは乖離が生じる可能性がある。特に現在のデフレ局面においては、物価下落によって実質GDPが増加しても、名目賃金や企業収益が減少しているために「景気実感」は改善しないといった現象が生じている。
    第二に、現実の世界にはない「季節調整」の概念を取り入れていることも挙げられる。

  2. GDPの定義による問題
    これらの要因に加えて、GDP統計の国際的整合性を確保するための定義上の問題から、本来的に「景気実感」と相容れない部分もある。
    主な定義上の問題としては、第一に、帰属計算がある。代表例は民間最終消費支出における「帰属家賃」であり、貸家だけでなく持家についても「自分が自分から借りて住む」ものと見なして消費支出に計上される。この帰属家賃は「消費の実態」を表すものではないが、2000年度の国民経済計算確報によれば、帰属家賃は約50.1兆円(名目)と、家計最終消費支出(民間最終消費支出から対家計民間非営利団体最終消費支出を控除。約280.9兆円)の約17.8%に達している。
    第二に、政府最終消費支出においては、現実に行われた消費のほかに「固定資本減耗(社会資本の減耗分)」が計上されている。この固定資本減耗も、現実の歳出を伴わないので「政府消費の実態」を表さないが、2000年度の国民経済計算確報によれば、固定資本減耗は12.2兆円(名目)と、政府最終消費支出(86.7兆円)の約14.0%に達している。
    第三に、政府における予算・決算ベースの公共事業関係費には「用地取得費」が含まれるが、GDPの公的固定資本形成には含まれない。このため、例えば経済対策を実施した場合に、現実の政府歳出額とGDPの公的固定資本形成における計上額が乖離する問題がある。

3.四半期別GDP速報の改善の現状と方向

内閣府および関係省庁では、四半期別GDP速報の問題点に関する指摘を受けて、これまでに改善策を実施あるいは検討している。いずれも、積極的な取り組みとして評価できるものである。とりわけ、内閣府において検討中の改善策は、従来の推計方法を全面的に改良するものであり、その着実かつ速やかな実施が期待される。

(1)これまでの取り組み(実施済みまたは実施予定の改善策)

  1. 公表方法等の見直し
    第一は、公表予定日の早期発表である。2001年4−6月期の1次速報(同年9月7日公表)より、財務省「法人企業統計季報」の公表方式変更(季報の公表時に、次々回分までの公表予定日を発表)に合わせて、次々回までの速報値公表予定日を発表することとした。
    第二は、毎年7−9月期の1次速報の精度向上である。7−9月期の1次速報については、翌年度の政府経済見通し作成(毎年12月19日頃に閣議了解)に合わせて、他の四半期より数日間早く公表する関係上、民間企業設備投資の推計にあたって「法人企業統計季報」の公表を待たず、内閣府「法人企業動向調査」を用いてきた。しかし、2001年7−9月期は「法人企業統計季報」の公表が早期化されたことにより(2000年は12月11日→2001年は12月5日に公表)、他の3四半期と同様、1次速報における民間企業設備投資の推計に、同統計を利用することが可能となった。

  2. 民間最終消費支出の推計方法見直し
    民間最終消費支出については、第一に、単身世帯消費の推計方法が改善された。単身世帯消費の推計にあたっては、従来、総務省「家計調査」の勤労者世帯消費支出(人口5万人以上都市の2人以上世帯)を用いていたが、2000年1−3月期より総務省「単身世帯収支調査」が四半期別に公表されるようになるとともに、標本誤差を縮減することを目的とした集計の見直しも行われた。これを受けて、同調査を単身世帯消費の推計に用いることとなった(同調査は、2002年より「家計調査」に一本化された。なお、サンプル数は約750世帯と極めて小規模であり、精度に問題があることに留意する必要がある)。
    第二に、1世帯当たりの購入頻度が低いために、サンプルが限られた調査では振れが大きく出やすい高額商品消費についても、推計方法の改善が検討されている。従来から、自動車購入費については、「家計調査」の消費支出額から推計する他の品目とは異なり、日本自動車工業会「自動車統計月報」の新車登録台数から別途推計してきた。しかし、自動車以外の高額消費は約8,000世帯のサンプル調査である「家計調査」から推計するため、調査結果の振れの大きさが指摘されてきた。こうした中で、旧経済企画庁(現内閣府)と旧総務庁(現総務省)が共同開催した「個人消費動向把握手法改善のための研究会」の中間報告(2000年8月)では、「『家計調査』において毎月の購入頻度が少なく結果が安定しない高額消費については、供給・販売統計などを更に活用して四半期別GDP速報値の安定を図る」旨が提言された。これを受けて総務省は、2001年10月より、約30,000世帯を調査対象とした大サンプルの高額商品購入調査「家計消費状況調査」を開始しており、内閣府も、四半期別GDP速報における民間最終消費支出の推計にあたって、同調査を補完的に活用する方向で検討している。

  3. 公的固定資本形成の推計方法見直し
    公的固定資本形成については、従来、1−3月期の推計値は年度推計値から過去3四半期(4−6月期〜10−12月期)の推計値を差し引く方式で求めていた。しかし、2001年1−3月期から、これを改め、年度推計値の修正による影響を1−3月期に集中させず、四半期パターンを考慮しながら4四半期に配分することとなった。

(2)内閣府において検討中の改善策

これらの取り組みに加えて、内閣府は、四半期別GDP速報の公表時期前倒しや、確報との整合性確保に向けた推計方法の見直しを検討している。

  1. 公表時期の前倒し
    現在は、当該四半期終了から約2ヵ月7日後に1次速報を公表しているが、これを1ヵ月程度早めることを検討している。これが実現されれば、アメリカやイギリスにおけるGDP速報の公表時期(当該四半期終了後1ヵ月程度で公表)にかなり接近する。

  2. 速報段階における供給側アプローチの活用
    現状では、四半期別GDP速報を主に需要側統計を用いて推計する(支出接近法を中心とした需要側アプローチ)のに対して、確報ではこれを抜本的に入れ替え、主に供給側統計から推計しており(コモディティ・フロー法を中心とした供給側アプローチ)、推計段階の進展に伴う改訂幅が大きいと指摘されている。こうした指摘を踏まえて、今後は、速報段階(1次速報から2次速報)や、速報から確報にかけて使用する基礎統計の種類を大きく入れ替えることなく、基本的には改訂を重ねるごとに情報量を追加することによって、速報と確報の整合性を確保することを検討している。
    具体的には、四半期別GDP速報の推計にあたって、需要側アプローチから求めた計数と、供給側アプローチから別途求めた計数との融合を図る方法を検討している。供給側アプローチでは、出荷額の各最終需要配分比率を固定した上で、生産関連統計(経済産業省「鉱工業生産指数」「生産動態統計」「特定サービス動態統計」、国土交通省「運輸統計」など)を活用する。
    その上で、政府最終消費支出(地方公共団体消費状況調査やヒアリングなどから推計)や対家計民間非営利団体消費支出(雇用者所得などの関連指標からトレンド推計)を別途足し合わせることによって、四半期別GDP速報値を求める。
    この方式を採用する上では、供給側統計の体系的整備が不可欠だが、これまで問題とされてきた「速報から確報にかけての改訂幅」の縮小を目指す画期的な取り組みとして評価される。 【参考図表第10を参照 (PDF)

4.四半期別GDP速報のさらなる改善に向けた課題

四半期別GDP速報のさらなる改善に向けては、内閣府等の取り組みに加えて、以下の諸課題についての検討を急ぐ必要がある。
なお、改善策の着実な実施を担保するためには、中央省庁等改革の一環として導入された政策評価制度を活用し、関係府省において、政策目標を具体的に提示し、進捗状況を評価することが重要である。総務省においても、府省横断的な統計行政の課題について、行政評価等の対象とすることを検討すべきである。

(1)民間最終消費支出の基礎統計等の拡充

  1. 家計調査を中心とした基礎統計の限界と改善策
    民間最終消費支出の推計にあたっては、当面、従来同様に総務省「家計調査」を主な基礎統計として使用し、これを総務省「家計消費状況調査」など周辺統計の充実によって補完する必要がある。しかし、統計調査環境の悪化が進む中にあっては、報告者負担が大きい家計調査の実施、精度維持は、ますます困難になる可能性が高い。調査協力に対する謝金(現在は月額2,170円)を引き上げるなどの措置も考えられるが、調査結果にバイアスをもたらす可能性がある上、効果にも限界があると考えられる。
    今後は、より多くの世帯からの協力を得やすくするため、例えば、調査項目を限定した大サンプルの所得・支出調査を創設し、消費統計の精度を維持・向上させることが考えられる。また、調査方法についても、報告者負担の軽減、調査結果の迅速な集計を図る観点から、簡易な家計簿ソフトを搭載したPCを活用するなどの改善策を検討すべきである。

  2. 供給側統計の充実
    家計消費支出調査の改善と併せて、供給側統計の充実も課題となる。内閣府は、四半期別GDP速報における供給側アプローチの活用にあたって、具体的には、経済産業省「鉱工業生産指数」「生産動態統計」「特定サービス動態統計」、国土交通省「運輸統計」などを利用する方向で検討している。これら既存の統計に加えて、供給側統計のさらなる充実を図り、供給側アプローチからの推計精度を一層高める必要がある。その際は官庁統計に限定せず、欧米の商業・販売統計も参考として、各業界の売上統計などや企業のデータを活用することも検討すべきである。
    とりわけ、サービス関連の供給側統計の充実は重要課題である。2000年度の国民経済計算確報によれば、家計のサービス支出は156.3兆円と、家計最終消費支出の約55.6%を占めている。しかし、現在のサービス関連統計は、経済全体におけるサービス供給を網羅しておらず、しかも所管官庁ごとに統計調査が細分化されており、全体像を把握できない。従って、供給側アプローチから民間最終消費支出を推計する上では、サービス関連統計の体系的整備が不可欠となる。

(2)公的部門に関する統計の整備

公的固定資本形成については、年度推計値の修正による影響を毎年1−3月期に集中させず、四半期パターンを考慮して4四半期に配分することとなった。しかし、速報段階での公的固定資本形成の精度を抜本的に改善するためには、進捗ベースの基礎統計の整備が不可欠である。政府最終消費支出、公的在庫品増加についても、現在は関係機関へのヒアリングや過去のトレンドから推計している部分が多く、信頼できる基礎統計の整備が課題となる。
公的部門の基礎統計は、年度ベースの予算・決算などが中心であり、国と各地方自治体がそれぞれ作成しているため、四半期別GDP速報の推計段階では、総合的かつ精度の高い統計を利用できない。しかし、公的部門の歳出状況を的確・迅速に把握することは、経済政策の実効性を上げる観点からも極めて重要であり、国・地方を通じた歳出に関する総合的な統計整備を、電子政府実現の一環として、必要な予算措置を講じ、強力に推進すべきである。

(3)簡易な設備投資額調査の実施の検討

民間企業設備投資の主たる基礎統計である財務省「法人企業統計季報」は、当該四半期終了から公表までに約2ヵ月5日を要し、四半期別GDP速報(1次速報)の公表が遅い最大の要因となっている。「法人企業統計季報」では、営利法人(資本金1,000万円以上、金融・保険業を除く)の資産・負債・資本・損益・人件費・投資動向などについて広範に調査しているが、例えば、進捗ベースの設備投資額(単体)のみを質問事項とした調査を別途実施すれば、連結決算の下においても、必要なデータを限られた時間内で徴集することが可能と考えられる。但し、統計調査の新設にあたっては、報告者負担の大幅な増加を回避するため、現行の「法人企業統計季報」や内閣府「法人企業動向調査」などにおける調査項目の簡素化、重複排除が不可欠の条件となる。

(4)推計方法等の情報公開の推進

四半期別GDP速報の推計方法については、これまで「GDP速報化検討委員会」の報告書(1999年5月)や、旧経済企画庁(現内閣府)の「QEハンドブック」(2000年3月)において紹介されており、民間調査機関などにおける推計作業は、従来よりも容易になっている。しかし、それぞれの需要項目について、推計方法の全てが開示されているわけではなく、四半期別GDP速報を完全に再現することはできない。また、推計に使用する基礎統計についても、「地方公共団体消費状況等調査」など内閣府が独自に実施したヒアリング結果は、対外非公表とされている。
今後、四半期別GDP速報の推計方法をより良いものに改善するためには、内閣府だけでなく、民間が独自にGDPを推計・検証できる環境を整備し、官民それぞれが知恵を出し合えるようにする必要がある。そのためにも、推計方法に関する一層の情報公開が求められる。また、アメリカやカナダの事例を参考に、GDPの作成に用いる各種統計をウェブサイト上に公開するなど、基礎統計のオープンソース化を図ることも課題となる。

(5)民間ユーザー向けの説明等の充実

より良い統計の整備に向けては、専門的な調査機関だけに限定せず、一般企業など幅広い民間ユーザーの四半期別GDP速報への正しい理解を促した上で、民間のニーズを積極的に把握するよう努める必要がある。
1999年には、民間調査機関などを対象とした「国民経済計算に関する説明会」が開催され、四半期別GDP速報の推計方法などに関する説明が行われた。また2000年には、民間企業や関係省庁などを対象とした「93SNAへの移行についての説明会」が開催されている。しかし、民間ユーザー向けの説明会は、定期的には開催されていない。
アメリカやカナダでは、GDP統計に関する説明会が定期的に開催されることによって、統計作成部局と民間ユーザーとの間に信頼関係が構築されている。日本においても、内閣府が、四半期別GDP速報の公表時に民間ユーザー向けの説明会を開催し、基礎統計との関連で留意すべき点(例えば、民間最終消費支出と総務省「家計調査」の動きが乖離する理由など)や、推計方法の変更などの注意事項について、積極的な情報提供を行うことが求められる。但し、四半期別GDP速報の結果に対する判断や評価を内閣府自らが行うべきではなく、あくまで事実関係の情報提供に徹するべきである。
こうした説明の機会を通じて、民間ユーザー側からも、表章形式や、過去に遡って公表すべき系列などに対する要望を積極的に聴取し、さらなる改善につなげることが望まれる。

(6)統計活用方法の啓蒙・開発−景気動向との関連で−

上記(1)〜(5)において、四半期別GDP速報のさらなる改善策や情報公開方法を提案したが、統計ユーザーに対しても、それぞれの目的に応じた、より正確な理解にたった統計の活用を促していく必要がある。
第一に、経済統計の精度には一定の限界があることが、広く認識される必要がある。近年は、経済が低迷する中で、小数点以下の変化率に注目したマスコミ論調や政策論議も見られるが、こうした「誤差の範囲内」の変化を過度に重視する風潮は改めるべきである。
第二に、米国・イギリス・カナダなど「季節調整系列重視」の国と、日本・ドイツなど「原系列重視の国」では、統計の活用方法も異なってくる。日本の四半期別GDP速報は、まず原系列で推計した上で、事後的に季節調整を行うため、原系列の利用が適している場合が多い。また、四半期別GDP速報の前期比変化率は、前期のGDPが落ち込んだ(伸びた)際に、反動で上昇(低下)する可能性が高く、こうした場合は景気の基調を表す指標とはならない面がある。一般的に、名目原系列の民間需要+輸出の合計(景気との相関が低い公的需要をGDPから控除)を、前年同期比変化率で捉えれば、より「景気実感」に近づく。こうした「見方の工夫」とともに、季節調整値の信頼性を高めることも重要であり、季節調整方法の改善に向けた検討を進めるべきである。さらに、民間最終消費支出における「帰属家賃」や、政府最終消費支出における「固定資本減耗」など、定義上の理由から「景気実感」に合わない部分の金額を、速報段階から公表することも必要となる。 【参考図表第11を参照 (PDF)
第三に、景気動向をより的確に把握するためには、四半期別GDP速報だけでなく、他の様々な経済統計も視野に入れた総合判断を行う必要がある。また、月次ベースの景気判断を行うための材料としては、内閣府「景気動向指数(変化の方向を示すディフュージョン・インデックスと、景気変動の大きさを示すコンポジット・インデックス)」や、民間の各種インデックスが存在する。さらに、最近は、より正確な景気判断を行うための新たな景気局面モデル(レジームスイッチ・モデル、ダイナミックファクター・モデルなど)に関する研究も進んでいる。これらの活用によって、より迅速に景気動向を把握することが可能となる。

5.経済統計の改善に向けた体制整備等

四半期別GDP速報など経済統計の改善を図っていく上では、個別の問題点への対応だけでなく、統計作成にあたる組織や予算面を含めた統計行政の抜本的見直しが必要となる。

(1)主な基礎統計の企画・立案の集中化

  1. 統計調査実施の集中化
    経団連では、統計調査の重複を排除し、分野横断的な整合性の向上を図るとともに、管理・集計など共通事務の効率化を推進する観点から、中央省庁の再編に際して統計調査に係る総合調整機能を内閣府に移管した上、実施を外庁に集中化することを提言してきた(「統計行政の抜本改革」1997年7月)。
    2001年1月の中央省庁再編では、これは実現されず、従来同様の分散型統計システムが維持された。しかし、同提言の趣旨は、現在もなお有意義と考えられ、実現が求められる。なお、中央省庁再編において独立行政法人が設けられることになったことを踏まえ、統計調査の実施主体は独立行政法人とすべきである。

  2. 四半期別GDP速報の主な基礎統計に関する企画・立案の集中化
    上記の経団連提言においては、統計調査の企画・立案については各省庁が実施する分散型を提言したが、四半期別GDP速報の主な基礎統計をはじめとする主要な経済統計については、企画・立案面でも必要かつ可能な限り集中化することが合理的かつ効率的と考えられる。
    経済統計の企画・立案が集中化されれば、例えばサービス業や設備投資などについて、多くの省庁にまたがる所管業種の垣根にとらわれない、横断的・整合的な統計整備が可能となり、統計調査の重複排除にもつながると考えられる。

(2)統計資源の増強、重点配分

経済社会の国際化・情報化や、企業組織形態の多様化などが進むに伴って、経済実態を把握する上での経済統計の役割はますます重要となっている。また、経済運営にあたっても、信頼できる経済統計による現状把握が不可欠である。
こうした経済統計の重要性に鑑みれば、現在は農林統計に偏っている統計予算や人員(総務省「統計基準年報」によれば、国の統計事業費のうち、1999年度は約28.9%を、また国勢調査の実施などにより旧総務庁(現総務省)の事業費が増えた2000年度も約10.7%を、それぞれ農林水産省が占めた。また、国の統計職員のうち、1999年4月1日現在で約67.3%、2000年4月1日現在で約67.9%を、農林水産省が占めた)を、経済統計に重点的に再配分することが必要となる。さらに、現在の厳しい財政事情の下においても、電子化などに対応するため、統計予算全体(国の統計事業費は、1999年度が約451億円、国勢調査が実施された2000年度が約985億円)の拡充も検討されるべきである。

(3)経済統計企画・立案部局の経済政策立案部局からの隔離

四半期別GDP速報をはじめ経済統計に対する内外の注目度が高まるに伴い、これらの統計結果が市場に与える影響も増大している。こうした中で、経済統計が必要以上に市場を混乱させることは好ましくなく、経済統計に対する信頼性を一層高める必要がある。特に、公表前の情報漏洩などがあってはならない。
現在、四半期別GDP速報については、内閣府経済社会総合研究所の国民経済計算部が作成にあたっているが、同じ内閣府内には、経済政策の企画・立案を行う部局も存在する。四半期別GDP速報の作成・管理に際しては、現在も厳重な管理が行われているものと考えられるが、統計に対する一層の信頼性を確保するには、何らかの形でのチャイニーズ・ウォールが必要不可欠である。その際、日本銀行「企業短期経済観測調査」(短観)のように、発表まで内部報告を一切行わない方式は、一つの参考事例になると考えられる。

以 上

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