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産学官連携による産業技術人材の育成促進に向けて

2003年3月18日
(社)日本経済団体連合会

1.はじめに

わが国が科学技術創造立国を実現し、少子高齢化社会においても、持続的な経済成長を遂げていくためには、産学官の複合的な連携の下で世界トップレベルのイノベーションを連続的に創造していく環境を整備することが不可欠である。日本経団連では、2001年10月に提言「国際競争力強化に向けたわが国の産学官連携の推進」をとりまとめ、産学官連携強化のための当面の課題と推進策を提言した。
その後、総合科学技術会議、関係省庁を含めた活発な議論の結果、非公務員型による国立大学の法人化、研究開発税制の抜本改革、競争的資金の拡充、国立大学教授の兼業規制の緩和など、産学官連携推進のための各種制度整備は、飛躍的に進展しつつある。また、内閣府、日本経団連、日本学術会議の主催による産学官連携サミットや産学官連携推進会議を通じて、各層における連携の気運は、かつて無い盛り上がりを見せている。
先進主要国の研究開発投資額や特許登録件数においても、わが国は世界最高の水準にある。しかし、一方で、新しい知を産業へと結びつける事業化普及度や起業家精神に関しては、先進諸国で最低水準に留まる。
国を挙げて整備が進む科学技術創造立国実現に向けた諸制度を、より有効に活用し、創造された「知」を、世界に先駆けて産業化させていくのは、言うまでも無く「人=人材(財)」であり、これこそがわが国発展の源泉である。その充実のためには、「知」の創造拠点であり、かつ人材の育成主体である大学(院を含む。以下同じ)と事業化の主体である産業界が連携を図りつつ、知を産業活性化へと脱皮させるために必要な技術系人材全体のレベルアップについて、戦略的に取り組み、国がこれを積極的に支援することが急務である。企業の国際競争力強化と共に、大学の国際競争力強化が成し遂げられなければ、わが国の発展は有り得ない。
すでに、経済社会の変化に対応し、MBAコースなどの専門大学院に加え、法科大学院、専門職大学院の設置が予定されているところであるが、これらの改革に際しても、とりわけ、技術と市場を結びつけ、新たな産業創成の鍵となる産業技術人材の育成に力を注ぐ必要がある。
そこで、日本経団連は、科学技術創造立国の中心的な担い手である産業技術人材の育成に係る産学官連携のあり方について、以下の通り提言するものである。

2.産業技術人材に関する現状の問題点と対応状況

日本経団連のアンケート調査(対象:産業技術委員会産学官連携推進部会委員企業)によれば、企業に入社した産業技術人材の現状の問題点として指摘の多かった事項として、(1)大学レベルで必要とされる基礎学力の不足、(2)創造性、問題設定能力の不足、(3)積極性、問題意識の低下がある。また、語学を含むコミュニケーション力の不足や専門領域の狭さを指摘する意見も多かった。さらに、全体の水準の低下を強く懸念する声が強い。
これらの問題点に対し、企業は産業技術人材の育成のために、(1)入社時の基礎学力の研修制度、独自の技術者育成プログラムの充実といった社内研修、(2)製品開発・製造に直結したOJTなどの対応を行っている。また、即戦力として、ドクターや中途採用を積極的に進める企業も多い。
文部科学省の調査においても、ほぼ同様の傾向が示されている。民間企業を対象に行った調査では、若手研究者の資質が低下していると認識している回答が向上しているという回答を大幅に上回っている。さらに、人材育成の当事者であるほとんどの大学関係者自身も理工系人材育成において、創造性に富む人材や主体性・積極性に富む人材の育成が欠けているとの認識を抱いているのが現状である。
産業界は、わが国の将来を担う産業技術人材の現状に大きな危機感を抱いている。産学官がこの問題を共有し、産業技術人材の育成促進に係る取組みのスピードを早める必要がある。

3.人材育成を担う大学の機能強化の基本

大学の基本的な役割は真理探究を目的とする知の創造と、教育を通じた知の継承にある。もとより、これらが直ちに、産業化や経済活性化に直結するものではなく、企業では不可能な基礎研究や技術者・研究者の養成が大学の主たる役割であることは当然である。しかし、創造された知を積極的に実用化すること、教育面に産業の現状を取り込んでいくこと等で産学の連携強化を図ることは、大学、産業界双方の国際競争力強化に資することとなる。

(1) 大学の国際競争力強化

企業はボーダーレスな市場のなかで、し烈な国際競争を展開しており、それを支えているのは優れた産業技術人材である。今後のわが国の競争力維持強化のためには、人材育成を担う大学自身が、国際競争力強化の視点を重視し、大学間の国際競争に生き残っていく気概をもって改革に取り組むことが何より重要である。世界の知、情報、学生、研究者、企業、社会人が集う魅力ある創造拠点を目指すべきである。大学の国際競争力を強化することは、わが国産業の競争力強化に資するのみならず、対内投資の促進や国際貢献を通じて、わが国の国際的地位の向上に繋がる。

(2) 多様性の確保

今日、基礎研究から応用研究、開発研究、事業化へという単線的なイノベーションの流れは終わり、分野横断的な研究開発や事業化ニーズの基礎・応用研究へのフィードバックといった、複線的でスピード感あるイノベーションシステムの構築が求められている。基礎研究は専ら大学、応用、開発は企業といった、大学と企業の役割分担も、より高度化、複雑化している。このような流れの中で重要なことは、研究テーマやカリキュラム、学部・学科などの運営体制などを各大学の創意工夫に委ね、競争を通じて、全体として多様性を確保することである。現在進められている国立大学の法人化に際し、各大学は建学の理念を改めて明確化し、例えば、全分野で無くとも特定分野では名実共に世界一流であるような、特色ある大学の再構築が図られることを強く期待する。

(3) 「知」の活用のための産学連携と発信機能の強化

創造された知を技術革新の形で社会の発展に活用する手段としては、TLOを活用した契約に基づく知の開放、共同研究の推進、大学発の起業などがあるが、中心となるべきは、大学による優秀な産業技術人材の育成と供給を通じたイノベーションの実現である。また、大学が国際競争力を高めていくためには、競争力のある研究テーマの設定が重要であり、テーマ設定の段階から、産学の連携を一層強化する必要がある。
さらに、受験生を含む内外に対しても、大学の教育プログラム、研究成果、特色等に関するディスクロージャーを強化することにより、目的意識を持った学生や海外からの留学生増大に努める。

4.産業技術人材の教育制度の充実

(1) 学部教育の充実

アンケート調査からも明らかなように、大学での人材育成に関し、現在、最も強く求められるのは基礎学力の充実である。過半が大学院へと進む理系の学部教育においては、第一に数学、物理、化学といった基礎科学について量、質ともに国際的な比較で優位な水準を確保することを重視し、大学院における専門科目教育との役割分担を明確化すべきと考えられる。第二に、語学を含むコミュニケーション力・表現力、国際的な対応能力、科学倫理などの基礎学力に係る教育の充実が必要である。また、理系内の他学科、文系の基礎科目との連携など学際間の講座充実を進める。激しく変化する企業環境においては、専門性のみならず、広い範囲の知識、教養を身に付けた人材が求められる。
一方、企業は、卒業予定者(大学院も含む)の採用に際し、「新規学卒者の採用・選考に関する企業の倫理憲章」を遵守し、学生の学業専念に配慮するとともに、大学においても、卒業年度の学業密度の充実を図る。

(2) 実践重視の工学系大学院教育

平成15年度から設置が開始される専門職大学院においては、「高度で専門的な職業能力を有する人材の養成」が目的とされ、産業化ニーズを踏まえた、実践的で多様な教育プログラムが導入されることが期待される。一方で、企業へ就職する技術系人材の大部分が修士課程卒業者であるという現状を踏まえれば、現行の大学院教育における産業技術人材の教育プログラムも改善する必要がある。とりわけ、工学系においては、研究者育成と並んで産業化に資する技術者育成を念頭においた、より実践的な教育体制の構築、産業の実態に即した学科の設置などを一層強化することが求められる。
企業においても、インターンシップの受け入れや大学への教員派遣などを通じて、産業の現状の理解促進に努める。

(3) 社会人等を対象としたMOTの普及

創造された知が、いわゆる「死の谷」を越えてイノベーションとして産業へと結びつけられるためには、技術に関する知識とともに、これを事業化するマネジメント能力を兼ね備えた人材を育成する大学院レベルの教育プログラムが必要である。米国等においては、すでに多くのMOT(Management of Technology)コースが設置され、新たな産業創出に寄与しており、わが国においても従来の大学院教育や企業内研修でカバーすることのできない、専門家教育プログラムを充実・定着させる必要がある。当該プログラムの開発においても、各大学の創意工夫による競争原理を重視すべきであり、期間、内容、昼夜間コース、e-Leaning等々、多様性が確保される必要がある。
産業界としても、わが国産業の実態に即したMOTが早期に普及されるよう、産学官の連携の下に組織するコンソーシアムを通じて啓蒙に努める。

(4) 共同研究・委託研究への学生の参画

産学連携の気運の高まりと契約の改善などの環境整備を受け、わが国でも、ここ数年で企業と大学の共同研究が飛躍的に増加している。アンケート調査によれば、産学による共同研究・委託研究を進め、学生がこれに参画することが、産業化に即した人材育成に極めて有効との意見がある。共同研究・委託研究に関し、企業施設を活用するなどの方策を用い、一層の推進を図る。

(5) 産学官連携による人材育成の定期的検討

日本経団連では、これまでも個々の大学との意見交換を積極的に進めてきたところであるが、引き続き、双方の期待ギャップを埋め、連携強化を図るため、日本経団連、大学、文部科学省等を交えた、人材育成に係る検討会を定期的に開催していく。

5.大学改革(国立大学法人化)への期待

平成16年度より、国立大学は非公務員型の国立大学法人へ移行する予定である。今回の法人化が組織変更に終わることなく、明治以来の大改革として21世紀のわが国を支える高等教育・研究機関の強化に繋がる再構築となることを強く期待する。
その大前提は、公正な評価による競争原理の導入であり、国は、その環境整備を進める必要がある。また、国の財政を投入する教育・研究機関である以上、国立大学法人には、特段の透明性や説明責任が求められる。産業界の視点からは、先述の事項のほか、以下の諸点につき重点的な改革を求めたい。

  1. 民間的経営手法の導入
    非公務員型の法人へと移行することにより、人事、財務等において、これまでにない自由な運営が可能となる。国立大学に新設される、経営協議会のみならず、役員にも学外から広く人材を募り、人事・業績評価や組織運営などに民間的経営手法を大幅に取り入れるべきである。また、TLOを大学内組織とするなど、産学連携の窓口一本化によるサービス向上を図るべきである。

  2. 学長の権限強化
    社会のニーズに合った学部横断的な改革や戦略的な中期計画の遂行のためには、経営トップたる学長の権限を強化し、トップダウンによる機動的な経営を行う必要がある。学長は自らが代表して内外に対し、計画のコミット、説明責任を果たす。また、わが国の科学技術人材の視野の広がりを阻んでいるとの指摘が強い、大学教員の自校出身比率の問題(インブリーディング)については、明確な数値目標を掲げ、改革をすすめる。

  3. 産学の人材交流
    企業人の大学教員への登用や期限付き任用・兼職、大学教授の民間企業への就職や兼業、研究員の相互派遣やインターンシップ受け入れなど、相互の利益に資する人材交流を進める。

6.政府の役割について

(1) 大学間の競争環境の整備(評価制度の充実)

各大学による自由な競争を維持するためには、第三者機関による公正な大学評価が必要である。昨年の臨時国会で可決成立し、2004年度から導入予定の認定評価機関による第三者評価制度に基づく、各大学の公正な評価、結果の開示を着実に遂行すべきである。また、評価による事後チェック機能の発揮にともない、学部・学科の設置認可といった事前規制の更なる緩和が望まれる。
また、大学教育の成果としての卒業生の質は、単位の授与に際して厳正にチェックされ、卒業の可否で保証されることが原則である。一方、教育プログラム自体の国際的な同等性確保や品質向上のためには、日本技術者教育認定機構(JABEE)を通じた認定制度の充実、国際的な評価・認定制度との連携を強化することも重要である。

(2) 優れた教育に対する効率的支援の充実

喫緊の課題である産業技術人材の育成に対し、国も積極的に支援を行う必要があるが、その場合にも、競争原理を活用した重点的な支援を行うことが重要である。まず、今後必要な産業技術人材育成のための新カリキュラムの開発支援においては、公募制度を基本とし、選考の透明性を確保しつつ、優れた教育に効率的な資源配分を行うべきである。また、人材育成支援は、学生や研究者に対する奨学金等の充実を最優先し、競争を通じ、多くの学生や研究者が集う魅力的な大学が結果として授業料収入を増加することができる仕組みへと転換する。直接、大学に対する支援を行う場合でも、上述の第三者評価を加味する仕組みへと転換する。

7.おわりに

80年代の不況において、米国は日本企業をモデルとしつつ、産業技術人材の育成を国家戦略として掲げ、大学の「知」を産業化することで、低迷からの脱出を成功させたと言われる。
長期景気低迷を脱却できずにいる今こそ、種々の制度改革とともに、これを担う人材育成を強力に推進する必要がある。産業界としても科学技術創造立国を目指し、引き続き、産学官連携サミット、産学官連携推進会議等も活用して、一層の産学官連携を推進していく。

以 上

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