[ 日本経団連 ] [ 意見書 ] [ 目次 ]

魅力的で信頼される国債市場の発展に向けて

2003年5月20日
(社)日本経済団体連合会

I.国債市場の現状

1.急増する国債発行額

(1) 新規国債発行額の増大

わが国の財政事情は、バブル崩壊後における累次の経済対策や、長引く経済低迷に伴う税収減などによって著しく悪化した。新規国債の発行額は、バブル末期の1991年度に約6.7兆円まで減少したが、その後は増加を続け、1999年度の発行額は約37.5兆円に達した。その後、2001年に誕生した小泉政権が「新規国債30兆円枠」を掲げ、2001年度はこの目標が達成されたものの、2002年度以降は、税収減などの影響で、再び発行額が増加している。
【図表第1を参照】

図表第1:新規国債発行額の推移
(2) 借換国債の増大

新規国債に加えて、過去に発行した国債の償還に伴う、借換国債の発行額も増大している。特に、90年代後半以降は急増しており、2003年度は、新規国債発行額の2倍を上回る約75兆円の発行が予定されている。
【図表第2を参照】

図表第2:借換国債発行額の推移
(3) 財投改革に伴う財投債の登場

2001年度に実施された財投改革によって、従来は資金運用部への預託が義務付けられていた郵貯、年金資金が自主運用とされる一方、財政融資資金特別会計において、国債の一種である財投債が発行されることとなった。財投債の発行額は、2003年度で約30.0兆円(うち、2001年度から7年間の経過措置として、郵貯、年金などが引き受ける額は約18.5兆円)に達する。
【図表第3を参照】

図表第3 財投債発行額の推移
(単位:億円)

 財投債発行額

うち経過措置分市中発行分
2001年度 437,605332,785104,820
2002年度 343,527234,000109,527
2003年度 300,100185,500114,600
※2001年度は実績、2002年度および2003年度は予定。

2.低位安定的な金利水準

国債発行額の増加にもかかわらず、国債利回りは安定的に推移しており、直近では、10年物利回り(店頭売買参考統計値)が1%以下の水準まで低下している。
【図表第4を参照】

図表第4:10年物国債利回りの推移

国債利回りが低水準にとどまっている背景には、(1)民間資金需要の低迷、(2)期待インフレ率の低下、(3)超金融緩和策の継続、がある。

(1) 民間資金需要の低迷

90年代以降、過剰設備・過剰債務を抱える民間企業においては、設備投資を手控え、キャッシュフローを債務返済などに充てる傾向が強まっている。全産業ベースのフリーキャッシュフローを見ても、1994年度以降は黒字が続き、民間企業は資金不足主体から資金余剰主体に転じている。
預金の流入が進む中で、こうした民間企業における資金需要の減少や、株式市場の低迷を背景として、金融機関、保険会社は国債運用を積極化しており、これが国債の安定消化に寄与している。
【図表第5を参照】

図表第5:フリーキャッシュフローの推移
(2) 低下する期待インフレ率

わが国の物価動向をGDPデフレータで見ると、1994年度以降、消費税率引き上げが実施された1997年度を除いて低下が続いている。こうしたデフレ傾向の下で、先行きに対する期待インフレ率も低下しており、国債利回りをはじめとする長期金利の安定をもたらしている。
【図表第6を参照】

図表第6:GDPデフレータの推移(前年比増減率)
(3) 超金融緩和策の継続

経済低迷が続く中、日本銀行は超金融緩和策を継続している。1999年から2000年にかけては、無担保コールレート(翌日物)をほぼゼロ%に誘導する、いわゆるゼロ金利政策がとられた。また、2001年以降は、日銀当座預金を操作目標とする量的緩和が実施されており、現在、月額1兆2,000億円の長期国債買い入れが行われている。こうした金融政策運営も、国債利回りの安定につながっていると考えられる。
【図表第7を参照】

図表第7:日銀当座預金残高の推移

3.偏りが見られる保有者構造

現在のところ、国債は安定的に消化されているが、その保有者構造には偏りが見られる。
わが国における部門別の国債保有割合をみると、近年は、金融機関、保険会社、中央銀行ならびに一般政府による保有が急速に増加している。一方、家計の保有割合は約2.4%、外国人の保有割合も約3.9%にとどまっている。
【図表第8を参照】

図表第8:部門別の国債保有割合(2002年末)

4.低下を続ける格付け

国債発行額が増加する中にあっても、わが国の格付け機関は、日本国債について最高位の格付けを行っている(日本格付研究所、格付投資情報センターの格付けは、ともにAAA)。
一方、海外の格付け機関は、わが国の財政当局による説明にもかかわらず、財政事情の悪化などを理由に信用リスクがあると判断し、日本国債に対する格付けを低下させている。
【図表第9を参照】

図表第9 主な海外格付機関による日本国債格付の推移
ムーディーズスタンダード・
アンド・プアーズ
フィッチ
1993年Aaa(93年5月)

1994年

AAA(94年 8月)
1995年
AAA(95年 3月)
1998年Aa1(98年11月)

2000年Aa2(00年 9月)
AA+(00年 6月)
2001年Aa3(01年12月)AA+(01年 2月)
AA (01年11月)
AA (01年11月)
2002年A2 (02年 5月)AA-(02年 4月)AA-(02年11月)

II.中期的に予想される情勢変化

1.国債発行額のさらなる増嵩

新規国債ならびに借換国債の発行額は、今後とも増大することが見込まれている。また、財投債についても、市中発行の拡大が避けられない状況にある。

(1) 今後も続く新規国債発行額の増大

人口高齢化の進展に伴い、今後は、社会保障給付費が大幅に増加すると見込まれている。厚生労働省「社会保障の給付と負担の見通し改訂版」(2002年5月)によれば、2002年度見込みで約82兆円である社会保障給付費が、2005年度に約91兆円、2010年度には約110兆円まで達する。こうした中で、国の歳出における社会保障関係費も増加する見通しである。
2006年度までの国(一般会計)の収支見通しを示した、財務省「平成15年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」(2003年2月)では、社会保障関係費や、国債費(元利払い費)の増大が見込まれており、2006年度における歳出入の差額は、2006年度に名目成長率が2.5%になることを想定したケースにおいても、約43兆円に増大するとされている。
【図表第10を参照】

図表第10:「歳出入の差額」の見通し(国の一般会計)
(2) 借換国債のさらなる増大

2008年度に予測される国債大量償還をはじめ、今後とも、借換国債の発行額は増大する見通しである。財務省「国債整理基金の資金繰り状況等についての仮定計算」によれば、2016年度の借換債収入(借換国債の発行額)は160兆円超に達する。
【図表第11を参照】

図表第11:借換債収入の見通し
(3) 市中発行される財投債の増加

新規国債、借換国債の発行額増大に加えて、財投債については市中発行分の増加が見込まれる。2001年度から発行されている財投債は、当初7年間の経過措置として、(1)郵貯、年金資金は、資金運用部の既往貸付を継続するために必要な財投債を引き受ける、(2)これ以外の新規財投債についても、概ね2分の1程度を引き受ける(漸次割合を低下)、(3)簡保資金も相応の財投債を引き受ける、とされている。これに沿って、2001年度における財投債の市中発行分は、発行額全体の4分の1程度にとどまったが、その割合は徐々に上昇し、2008年度以降は全額が市中発行される予定である。これに伴い、市場環境が悪化する懸念もある。

2.金利水準の変化

足許の国債利回りは低水準にあり、今後も低金利局面が続くとの見方が強まっている。しかし、今後の国債発行額の増加に伴って国債需給が悪化するとともに、中期的にわが国経済が好転すれば、金利上昇局面に転じる可能性が高い。

(1) 中期成長軌道への復帰に伴う民間資金需要の回復

わが国経済については、近年低迷を続けていることから、先行きに対しても悲観的な見方が広がっている。しかし、不良債権問題や産業再生など当面の諸課題が解決されるとともに、規制改革、税制改革などの構造改革によって民間需要が回復すれば、潜在的な成長力が発揮され、再び安定成長軌道に乗るものと考えられる。その際は、民間企業による設備投資の積極化などにより、民間部門の資金需要が回復することから、金融機関、保険会社は貸出を増加させる一方、国債運用を減少させると考えられる。

(2) デフレ傾向の終息

現在、世界的にディスインフレ傾向が広がっていることから、「デフレは構造要因によるものであり、半永久的に続く」との見方もあるが、わが国経済が成長軌道に復帰した段階では、長引くデフレ傾向にも歯止めがかかり、物価上昇に転じる可能性が高い。その際は、将来に対する期待インフレ率も上昇することから、国債利回りをはじめとする長期金利が上昇(国債価格が下落)する。
また、期待インフレ率が上昇した時点では、現在導入が検討されている物価連動債へのニーズが高まると予想される。

(3) 超金融緩和策の終結

日銀が現在実施している量的緩和策は、「消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続する」とされている。したがって、物価が上昇に転じた段階では、日銀は超金融緩和策を解除し、長期国債の買い入れ額も減少させることになろう。こうした政策変更も、長期金利の上昇要因となる可能性が高い。

3.保有者構造の変化

これまで主に国債を保有してきた郵貯、簡保、年金や民間金融機関については、構造的な保有余力の低下が予想される。

(1) 郵貯、簡保、年金資金の保有余力の変化

郵貯・簡保資金については、財投改革後も、国債をはじめとする国内債券を中心とした運用が行われている。今般発足した日本郵政公社の中期経営計画では、安全性・確実性を重視する観点から、郵貯資金の国内債券による運用割合は96%以上、簡保資金における国内債券への運用割合も75〜95%とされ、いずれも現在とほぼ同水準が維持される。一方、同計画においては、今後4年間で、郵貯残高が約27兆円、簡保資金量が約9兆円、それぞれ減少すると見込まれている。したがって、郵貯、簡保による国債への運用額そのものは減少する見通しである。
また、年金資金については、2002年度末段階では国内債券への運用割合が約87%を占めているが、2008年度末に達成予定の基本ポートフォリオにおいては、これを68%まで引き下げる予定であり、国債への運用割合も低下することが見込まれる。

(2) 民間金融機関などの保有姿勢の変化

より長期的に捉えれば、高齢化の進展などにより、個人の金融資産形成は伸び悩むことが予測される。また、金融商品の多様化が進む中で、預金に流入する資金量が相対的に減少するとの見方もある。さらに、経済情勢の変化によって、民間金融機関などのリスク・リターンの選好が変化する可能性もある。
したがって、現在、国債の安定消化の受け皿となっている民間金融機関などの国債保有姿勢に変化が生じることも考えられる。

4.格付け低下が金融機関に及ぼす影響

海外格付け機関は、今後の情勢によっては、日本国債に対する格付けをさらに引き下げる恐れがある。
「自己資本に関する新しいバーゼル合意案」は、A+以下のソブリン債について、20%以上のリスク・ウエイトを適用する案となっている。このリスク・ウエイトは、各国政府の裁量によって軽減することが可能であるが、マーケットの判断次第では、金融機関に対する格付けに影響が出る可能性もある。
【図表第12を参照】

図表第12 ソブリンおよび中央銀行向け債権に対するリスク・ウエイト案
信用評価AAA
〜AA-
A+
〜A-
BBB+
〜BBB-
BB+
〜B-
B-未満無格付
リスク・ウエイト0%20%50%100%150%100%

III.国債市場改革の進展状況

1998年暮れから1999年2月にかけての長期金利の急騰を直接の契機に、発行市場、流通市場、決済システム面での改革が進められてきた結果、わが国国債市場を支える制度インフラは欧米諸国との対比でも遜色の無い程度に整備されてきた。
【図表第13を参照】
IVで指摘するように引き続き改革を進める必要があるが、同時に、市場参加者などが、これまでの改革の成果を活かし、国債清算機関を速やかに設立するとともに、社内外のインフラ整備に努め、STP(Straight-Through Processing)化やT+0レポ取引の活発化を急ぐことが望まれる。

図表第13 国債市場改革の進展状況
1999年2000年 2001年2002年 2003年以降
商品性 ●1年物割引短期国債(TB)の公募入札開始(4月)
●30年利付債の公募入札開始(9月)
●5年利付債の導入(2月)
●15年変動利付債の公募入札開始(6月)
●3年割引債の公募入札開始(11月)
●中期債の5年利付債への統合(4月)
●ストリップス債の導入(1月)
●個人向け国債の導入(3月)
●物価連動国債の導入(2003年度中)
発行方法 ●入札日程及び発行額の事前公表開始(3月)
●政府短期証券(FB)の公募入札開始(4月)

●リオープン制度の導入(3月)
●入札日程につき、常時翌3ヶ月分を公表(10月)
●シ団引受手数料引下げ (4月)
●10年債の競争入札比率の引上げ(60%→75%)(4月)
●入札から発行までの期間短縮(1月)
●10年債の競争入札比率の引上げ(75%→80%)(5月)
債務管理



●買入消却の実施開始(2月)
●金利スワップ取引の導入(実施時期未定)
税制 ●有価証券取引税、取引所税の廃止(4月)
●TB、FBの償還差益の源泉徴収免除(4月)
●非居住者が保有する一括登録国債の利子の源泉徴収免除(9月)

●グローバル・カストディアンを通じて非居住者が保有する国債の利子の源泉徴収免除(4月) ●非居住者の受取るクロスボーダー・レポ取引の収益の源泉徴収免除(4月) ●一定の事業法人(資本金1億円以上)等が支払いを受ける公社債利子の源泉徴収免除(4月)
決済
システム


●国債決済のRTGS(Real Time Gross Settlement)化と必要な市場慣行の導入 ●証券システム改革法が成立(6月) ●社債等振替法に基づく新しい国債振替決済制度への移行(1月)
●国債清算機関の設立(2004年度予定)
取引方法

●新しいレポ取引(新現先取引)の導入(4月)
●WI取引の開始(実施時期未定)
市場参加
者からの
意見聴取

●国債市場懇談会の開催開始(9月)
●国債投資家懇談会の開催開始(4月)

IV.残された課題

官民が一体となって進めてきた国債市場改革については、着実な成果を上げてきている。こうした改革に加え、超低金利環境もあって、最近の国債市場の環境は極めて良好に推移しており、財務省が国債管理政策の目標とする「円滑かつ着実な消化」、「長期的な調達コストの抑制」は基本的に実現されているものと評価される。
しかし、中期的に見た場合、借換債を含む国債発行額のさらなる増嵩は避けられず、国債需給の悪化が懸念される。需給悪化に伴う長期金利の急激な上昇を回避するためには、引き続き必要な改革を進め、わが国証券市場の中核である国債市場の魅力をさらに高めていくことが求められる。
その際、国債市場以外の金融システムに歪みを生じさせないよう配慮していく視点が重要である。

1.発行・流通市場の機能のさらなる向上

(1) 長期債・超長期債の市場拡大

保険会社には、資産負債管理(ALM)の観点から、適正な利回り確保を前提として、長期債・超長期債へのニーズがある。また、金融機関についても、基本的に金利リスクへの対応から保有国債の平均残存期間は短い水準にあるものの、貸出需要の伸び悩みや預金の流入増とその滞留性に係る認識を背景に、同様に適正な利回り確保を前提として、長期債・超長期債による運用意欲の増大が見られるとの指摘がある。
他方、本年度の国債発行計画を見ると長期債・超長期債の発行額はさほど増加していない。また、超長期債市場については、発行額が少ないこともあって、市場流動性が低い点に改善の余地があるという指摘もある。
足許の市場環境は極めて良好であり、中期的な需給関係の悪化要因を縮減するためにも、こうした市場参加者のニーズを踏まえつつ、長期債・超長期債の市場拡大を弾力的に推進していくべきであると考えられる。

(2) シ団引受制の見直し

長期金利の形成にあっては、市場メカニズムが十全に機能することが望まれる。しかしながら、国債発行市場においては発行ウェイトの高い10年債について、入札制を基本としながらも、発行予定額の20%についてシ団メンバーへ固定価格・固定シェアで割当を行うシ団引受制が採用されている。シ団引受制は、発行市場における価格調整機能や市場流動性を低下させると従来から指摘されている。
これに対し、財務省では、この間、競争入札比率の引上げを行っており、最終的に全額公募入札とすることが望まれる。ただし、シ団引受制については、札割れ回避を含め安定消化の有効な手段となっている面がある。シ団引受制の見直しの際には、現在、市場参加者がその活性化に向けた検討を行っている入札前取引(WI:When-Issued)の活用により発行価格に係る不確実性を低下させることに加え、欧米諸国にならったプライマリー・ディーラー制の導入や新商品に限って札割れ時の引受義務の新設などを検討する必要があろう。

2.保有者の多様化の推進など

国債の価格形成におけるボラティリティーの縮小、金利リスクの適切な配分を図る観点から、内外を問わず幅広い投資家に保有されることが望ましい。したがって、次のような措置が望まれる。

(1) 個人保有の促進

個人による国債保有率については、金融機関への預金や郵貯を通じ、間接的に保有されている額を考慮すれば、必ずしも低くはなく、特に個人保有を促進する必要に乏しいとの見解もある。しかしながら、個人は、満期保有のケースが比較的多いため、金利リスクに関する耐忍性が高いという特性を持つ。したがって、個人による直接的な国債保有が増大することは、金融システム全体として見た場合の金利リスクの適切な配分に資すると考えられる。
そのような観点から、今般、従来の国債に加え、新たに個人向け国債が導入されたことは歓迎される。この個人向け国債は、変動金利、最低金利保証かつ中途換金可能という独特な商品設計となっている。個人向け国債は導入されたばかりであり、その消化状況を見極める必要があるが、商品設計については、リスク・リターンの観点から個人に適切な選択肢が提供されるよう、民間金融商品との均衡に十分配慮しつつ、今後とも検討すべきであると考えられる。

(2) 外国人保有の促進

外国人投資家は、国債の投資動機、将来期待などの面で国内投資家と異なる点が少なくないと考えられることから、その保有比率の上昇は、市場の流動性や安定性の向上に資すると考えられる。また、わが国証券市場の大宗をなす国債市場において外国人投資家のプレゼンスが増すことは、わが国証券市場の国際化や円の国際化にもつながる。
この間の、商品性の改善、税制上の措置など、発行・流通市場の環境整備は、国債の魅力を高めてきたものとして評価されるが、市場関係者からは、外国人の投資を促進するため、さらに、非居住者の保有する割引短期国債(TB)、短期政府証券(FB)の償還差益に関する非課税要件の拡充、非居住者等に対する振替国債の利子非課税制度の改善などの要望が出されており、一層の対応が求められる。

(3) 郵貯、簡保、年金資金の運用に係るコンセンサスの形成

郵貯、簡保資金の中期の資金運用計画については、日本郵政公社設立会議ならびに郵政審議会の議決、財務大臣との協議を経て総務大臣の認可を得ている。また、年金資金については、厚生労働大臣の定めた基本指針に基づいて運用を行っており、先般、社会保障審議会資金運用分科会が、特に株式を含む分散投資の是非について改めて検討し、株式運用の継続は適当であるとの結論を得ている。
郵貯、簡保、年金資金は巨額なだけに、その中期的な運用方針は、証券市場に大きな影響を及ぼす。既に関係府省で結論を得ているとは言え、例えば、株式市場が低迷を続ける中で株式運用比率の速やかな引き上げを求める意見があり、他方、郵貯資金による非市場性国債の購入や年金資金の国債運用比率引き上げといった意見も根強くあることも無視できない。経済財政諮問会議では、2003年の審議事項として「資金の流れの改革(郵政、政策金融、特殊法人、年金の諸改革の具体化などを踏まえた資金フローのあり方等)」を挙げており、こうした審議を通じて、郵貯、簡保、年金資金の中期的な運用のあり方について国民的コンセンサスが形成されることを期待する。

3.国債に対する信認の維持・向上

国債は、過去の極めて特殊な局面を除き、信用リスクフリーの商品としての市場評価を得ており、わが国債券市場におけるリスク計算や金利計算の基本となっている。海外格付け機関の中には、国債について信用リスクを指摘する向きがあるが、これまでのところ、こうした見解は少なくとも国内の投資家が共有するところとはなっていない。
しかしながら、引き続き信用リスクフリーとの内外の評価を維持していくには、財政事情に係る適切な情報開示を進めるとともに、中長期にわたる財政の見通しや財源調達手段を含め債務償還方法などについてより明確な展望を明らかにすることが望まれる。
なお、海外格付け機関については、国際的な影響力は無視できず、引き続き、わが国の短期・中長期の財政事情、経済・金融情勢などに関して、誤解の払拭を含め、政府として対話を続けていく必要があろう。

(1) ディスクロージャーの推進

フロー面の財政事情については、予算・決算として詳細な情報が開示されている。一方、ストック面の財政事情については、「国の貸借対照表(試案)」が財務省から公表されている。もとより「国の貸借対照表」は国の債務償還能力を示すものではないが、とりわけ負債面の情報は単に国債のみならず郵貯などを含むとともに、注記として政府保証借入金、政府保証債などの偶発債務に関する情報も開示されており、国債を含めた公的債務の全容把握やその管理戦略の予測において重要な情報源となっている。そこで、連結範囲の拡大や郵政公社発足後の郵貯、簡保に係る情報開示について下記のような措置が望まれる。

  1. 地方公共団体との連結貸借対照表の作成
    「国の貸借対照表」が、2000年度版から特殊法人なども含めた連結貸借対照表を参考資料として開示していることは前進であり評価される。他方、地方公共団体も、国とは独立した公経済主体ではあるものの、国からの地方交付税交付金、国庫補助負担金の交付など、財政的に国と密接に関係している。また、現行制度の下では、地方公共団体は破産能力を欠き、地方公共団体の債務償還について最終的に何らかの形で国が責任を負わざるをえないと考えられる。したがって、可能な限り速やかに国と地方公共団体との連結対照表を作成し、公開することが望まれる。
    なお、日本経団連が「自立自助を基本とした地方財政の実現に向けて」(2000年4月)で指摘したように、安易な国への依存を排した地方公共団体の財政的自立が強く望まれるところであり、現在、経済財政諮問会議において検討が進められている三位一体の改革において国・地方の財政責任がさらに明確化されることが強く望まれる。

  2. 郵政公社発足後の「国の貸借対照表」のあり方
    郵政公社の発足に伴い、郵貯、簡保の資産・負債は国の貸借対照表に記載されなくなる。郵政公社は、国とは独立した公経済主体ではあるが、郵貯、簡保には政府保証が付されており、偶発債務として国の財政事情に大きな影響を及ぼしかねない。したがって、郵貯、簡保については、公社化以降も、「国の貸借対照表」に他の偶発債務と同様に注記事項として明記すべきである。
    なお、この問題とは別に、郵貯、簡保に係る政府保証は、民間主体の健全な金融システムの健全な発展の見地から、廃止する方向で検討を進めるべきである。

(2) 財政構造改革に係るグランドデザインの策定

中期的な財政の見通しとしては、経済財政諮問会議の「中期展望」や財務省による「予算の後年度歳出・歳入への影響試算」、「国債整理基金の資金繰り状況等についての仮定計算」が示されている。しかし、社会保障関係費の増大を中心に歳出の増嵩が見込まれること、増税などの財源調達方法に関するコンセンサスが未形成であることなどを背景に、国債発行額及び国債残高を持続可能な水準に抑制できるか否かについて、不安が根強くある。このような問題意識から、日本経団連では、予ねてから、国・地方を通じた歳出構造改革、社会保障制度改革、税制改革などの内容・スケジュールなどを一体的に明らかにする財政構造改革に係るグランドデザインの策定の必要性を指摘し、「経済・財政等のグランドデザインの策定と当面の財政運営について」(2000年10月)、「活力と魅力溢れる日本をめざして」(2003年1月)において、独自のシミュレーション結果を公表してきた。政府が、こうした民間の作業も参考に、財政構造改革に係るグランドデザインの策定に速やかに着手することが望まれる。

4.民間主体の健全な金融システムの発展と調和した国債管理政策の推進

国債は、債券市場における中核的な商品であり、国債管理政策のあり方は、金融システムに大きな影響を及ぼす。国債管理政策の目標として、米国は「効率的な資本市場の育成」を掲げており、イギリスも「国債管理政策と金融政策との目標の整合性の確保」を挙げている。わが国の国債管理政策も、民間主体の健全な金融システムの発展と調和した形で展開される必要がある。

(1) 税制上の取扱いにおける民間金融商品との均衡確保

国債の個人消化を促すため税制上の措置を講じることは、欧米でも行われており、わが国においても過去実施されてきた。もちろん個人消化の拡大は重要な課題であるが、景気低迷の長期化や高齢化の進展などを背景に、個人の金融資産形成が伸び悩んでいることにも十分、配慮する必要がある。
経済活性化に向けた経済資源の有効活用の観点から、経済財政諮問会議においても「資金の流れの改革」が審議テーマとなっている。個人消化の促進に係る税制上の措置の検討に当たっては、民間主体の健全な金融システムの形成に歪みをもたらさないよう、預金、保険、証券をはじめ各種民間金融商品との均衡確保に最大限、配慮すべきである。
なお、金融商品間の課税の均衡を実現する税制の基本方向は、納税者番号制度の導入など、インフラの整備を前提として、金融所得を一括して認識し、金融商品間の損益通算や損失の繰越を可能とした上で、勤労所得とは別途に低率で課税する仕組み(二元的所得税)の導入であり、その実現を目指すべきである。

(2) ボンド・コンバージョンの検討

金融機関について、最近、保有国債の平均残存期間の長期化を指向する動きも一部に見られるが、大手行を中心に平均残存期間は比較的短い水準にある。このため、中期的に懸念される金利リスクは、適切な対応が行われれば、自己資本比率に大きな影響を及ぼす恐れは少ないとの見方が一般的である。また、保険会社については、資産・負債構成上、金利リスクに対し比較的耐忍性が高い。
他方、日銀や郵貯、簡保、年金資金については、金利リスクに対する脆弱性が指摘される。中でも、大量の国債を保有する日銀については、金融政策当局だけに、その金利リスクが政策運営の自由度を引き下げ、政策運営を歪める可能性があるとの指摘もある。日銀の金利リスクを軽減するため、日銀の保有国債の一部について、例えば、非市場性変動利付国債などとの交換を実施することも検討すべきではないかと考えられる。

(3) 国債管理体制のあり方

公的債務の総合的な管理の必要性や財政事情に過度にとらわれない適切な国債管理政策の実施の観点から、財務省から独立した国債管理当局(Debt Management Office)を設立すべきとの意見もある。しかし、国債管理において業務運営上一定の自主性を有する債務管理部署が設けられている英仏独の3ヵ国においても、フランスでは財務省の内部部局として設置されている他、イギリス、ドイツでは国債の発行・管理に関する基本的方針は財務省によって示されている。さらに、ほとんどの国では、債務管理と国庫資金繰り管理は不可分のものとして一体的に取り扱われている。また、公的債務は、それぞれ法的根拠を持つものであり、財投改革の経緯などを考えても、経済上の合理性のみで管理体制を論じることが適切か否かについては疑問が多い。一方、現行制度の下でも、関連当局が密接に対話・連携することにより、財政当局の要請と健全な金融システムの形成との調和のとれた国債管理政策が展開される可能性は十分にあると考えられる。したがって、財務省から独立した国債管理当局の創設については慎重に検討すべきであると考えられる。

以上

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