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今次年金制度改革についての意見

2003年9月10日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

これまで年金制度改正の都度、負担の増加と給付の抑制が繰り返されてきた。そのため、世代間の不公平が拡大し、年金制度に対する国民の信頼が損なわれている。加えて、長期停滞する日本経済の再浮上活力を削ぎ、現役世代の負担は既に限界に近づきつつある。このままでは年金制度の存続自体が危ぶまれる。
このような状況において、今回の年金制度改革が目指すべき最終的な目標は、経済社会の「活力を維持」して、高齢社会の下でも「持続可能な制度」を構築することにより、国民の不信感・不安感を払拭し、年金制度に対する「信頼性」を回復していくことである。
本提言は、年金制度の課題と解決の方向を示し、これらを一体的に改革する必要性を訴えるとともに、2004年の年金制度改革において、実現すべき項目について提言する。

I.年金制度改革の基本的な視点について

1.三位一体の年金改革の実現

現在の年金制度が抱える大きな問題は、(1)現役世代の負担の増大、(2)世代間の不公平の拡大、(3)国民年金の空洞化(つまり世代内の負担の不公平)である。これらの問題を解決するためには、既存制度の枠組みを超えた抜本的な制度変更が必要である。
我々が目指すべき年金制度改革の方向は、公的年金においては、(a)保険料率の増加抑制、(b)既裁定者も含めた給付の抑制、(c)基礎年金の間接税方式化による三位一体の改革である。
また、一体で老後の生活を支えるため、私的年金においては、自助努力の支援拡充といった手立てが必要不可欠である。

2.現役世代の負担の抑制

今後の高齢化社会の進行を考えると、将来にわたり健康保険料、介護保険料等も含めた社会保障全体にかかる現役世代の負担は増大せざるを得ない状況にある。負担については、将来的にも現役世代の活力を損なうことのないような水準とするべきであり、負担を引き上げて制度を維持するという安易な選択は絶対に避けなければならない。
また、現役世代に比し増加していく高齢者の多くが、経済的に比較的余裕をもって生活している今日の実態を考慮すれば、こうした負担は高齢者を含む国民全体で支え合うことにより、現役世代の負担増加の抑制を図っていくべきである。

3.世代間不公平の是正

これまで給付抑制と負担増を将来世代にしわ寄せしてきたため、世代間に負担と給付の大きな不公平を生んでいる。新しく行われた厚生労働省の試算でも、世代間の不公平は解消されておらず、1935年生まれと1995年生まれの負担給付比率の格差は約4倍であることが示された。
現役世代の納得・理解が得られるよう、こうした格差の解消に向けて、抜本的な制度改革を行う必要がある。

4.国民年金空洞化の解消

国民年金制度では保険料の完納者が5割以下で、一部納付者・未納者・未加入者が第1号被保険者全体の3分の1に達し、事実上、任意加入の制度となっている。このような事態は世代内の不公平を増幅させ、国民の年金制度への不信感を助長している大きな要因のひとつである。
したがって、年金制度の改革にあたっては、国民年金の空洞化問題を解消して、不信感を払拭することが喫緊の課題であり、国民年金保険料徴収を強化するとともに、国民皆年金が実現できるよう、基礎年金を間接税方式化すべきである。

II.三位一体の年金改革の在り方

1.保険料率の増加抑制

(1) 保険料水準の増加抑制
保険料の引上げは、企業の活力を奪い、経済活性化を阻害し、さらには企業の雇用維持努力に悪影響を生じさせるため、安易に行うべきではない。
将来の保険料率を20%に法定することが検討されているが、給付抑制、基礎年金の間接税方式化という制度改革が不十分な中で、保険料率の上限を20%とすることは、現段階において、三位一体の改革を放棄することに等しく、受け入れることはできない。
今回の制度改正では、政府の肥大化の防止、経済活力の維持・拡充、世代間の不公平是正の観点から、負担に軸足を置いた改革を実現すべきである。
すなわち、給付抑制、基礎年金の間接税方式への移行を前提として、現行の保険料率である年収の13.58%を極力上回らない水準で長期間固定すべきである。企業の人件費負担の現状、将来の勤労者世帯の家計負担、医療・介護等の社会保険料負担を考えれば、厚生年金の保険料率は15%が限界と考える。

(2) 年金積立金の活用
現行制度における年金積立金の目的は、将来にわたる保険料率の増加抑制である。高齢社会が本格化する中においては、積立金の水準を、現行の給付費の5年分程度から、高齢化のピークに向けて可能な限り抑制し、給付費の1年分程度とすることによって、保険料の上昇を抑制すべきである。

2.給付の抑制

世代間格差の是正を図り、持続可能な制度とするためには、負担の上昇を極力抑制する観点から、既裁定者も含めた給付の徹底的な見直しを行うべきである。厚生労働省が「方向性と論点」で標準ケースとして用いた試算前提の下では、現行制度の給付水準から少なくとも2割程度を一定の期間をかけて抑制していく必要がある。

(1) まず取り組むべき抑制策
まず取り組むべきは、過去の制度改正等で決められたことを、例外を設けずに実施することである。前回改正で行われた給付乗率の5%引き下げについては、従前額保証を廃止すること、ならびに物価スライドについては、法律の規定どおり、少なくとも過去3年間停止している1.7%分の引き下げも完全実施するべきである。
給付水準については、低所得者層には配慮をしつつ、高齢者の支出の実態を踏まえて必要最小限に抑制すべきであり、一定の所得を有する高齢者は、支給停止又は減額を行うべきである。この場合、所得再配分機能がより作用することに留意し、確実に所得を捕捉することの手段として、納税者番号制の導入が必要である。
また、保険料拠出に対応していない特定の家族形態を優遇する仕組みとなっている加給年金や振替加算等についても廃止すべきである。

(2) 経済社会の変動に応じたスライド制の導入
上記(1)により十分な給付の抑制を行った上で、さらに経済や出生率、平均寿命が財政再計算の前提よりも変動した場合に、制度を維持可能にするため、法改正を待たずに自動的に給付を調整するスライド制を導入すべきである。厚生労働省が提案する「マクロ経済スライド」については、前述の十分な給付抑制を前提としていないことに問題がある。加えて、世代間の負担と給付のアンバランスを解消するため、早期に引き下げを実施していく必要があり、指標がマイナスになった場合には、名目年金額を下限を設けずに減らすべきである。

3.基礎年金の間接税方式化

基礎年金については、国民の老後のセーフティーネットとして、基礎的生活を保障する観点から、高齢者も含め国民全員が広く公正な負担を行い、一定の年齢に達すれば定められたルールに基づいた年金給付が受けられるような真の国民皆年金とする必要がある。
そのためには、現行の保険料を中心とする方式から消費税を活用した間接税方式へ移行すべきである。
これによって、第1、2、3号の各被保険者毎に異なる現在の負担方式が改まるとともに、未納・未加入による空洞化問題や基礎年金拠出金による不合理な財政調整も解消されることになる。また、第3号被保険者制度に伴う問題、無年金障害者の問題も解決する。そして何よりも高齢者も含めた国民全体で公正な負担が図られることによって、国民の基礎年金に対する信頼性を高めることができる。
なお、当面の対策として、少なくとも次の点を実施する必要がある。

(1) 基礎年金の国庫負担割合の引き上げ
2004年改正で基礎年金国庫負担の2分の1への引き上げを確実にすべきである。国庫負担引き上げの財源については、老後の生活を全国民が広く公平に支え、世代間・世代内の不公平を是正する観点から、消費税の活用が最も相応しい。
また、高齢者世代と現役世代との間に税負担の不公平をもたらしている公的年金等控除は、原則として廃止すべきである。さらにこの部分についても国庫負担引き上げの財源として検討すべきである。
なお、さらに国庫負担割合を引き上げる場合には、それに見合う保険料負担の抑制を行うことも含め、全額間接税方式化に向けた検討スケジュールも法律に明記すべきである。

(2) 被用者年金制度の財源分離
基礎年金の間接税方式化にあたっては、社会的コンセンサスや制度設計等の検討準備も必要となることから、当面の措置として、まず、厚生年金の保険料について、1階・基礎年金と2階・報酬比例年金の部分に分けて徴収すべきである。

(3) 国民年金保険料の徴収強化策
国民年金保険料の徴収については、まず法律どおりの滞納処分の実施を行うべきである。また、国民健康保険証、パスポート、運転免許証等の取得・更新にあたって、国民年金保険料の納付実績等の提出を義務付けるべきである。
さらに、保険料徴収については、税との一体徴収の体制を確立し、事務の効率化を目指すべきである。

III.その他の制度改革について

1.適用問題

安易に支え手を増やすだけの論議に陥らないためにも、基礎年金の財政方式など、制度の抜本的な改革の方向性を明確にするとともに、国民年金の空洞化問題を解消した上で、「支え手」のあり方について検討を行う必要がある。現行制度の小手先の手直しで安易にとり易いところからとるという考え方であってはならない。

(1) 短時間労働者への厚生年金の適用
厚生年金の適用については、まず、任意適用事業所で働くフルタイム従業員への適用のあり方を検討すべきである。その上で、第1号被保険者とのアンバランスの解消策や財政影響の試算を十分明らかにする必要がある。また、医療保険や介護保険への適用を同様に拡大すればその影響は甚だ大きく、適用拡大による雇用への悪影響、短時間労働者の就業が多い産業および企業の経営への圧迫、事業所閉鎖等による地域経済への影響などを考慮する必要がある。さらには、短時間労働者本人の実質所得減に対する納得や事務負担の増加の問題もある。これらの課題を解消したうえで、影響を最小限にとどめる適用のあり方やそのための期間を慎重に検討すべきである。

(2) 派遣労働者への対応
派遣労働者等については、短時間労働者への適用と同様の問題がある。さらに、短期・断続的に就労する者も多いことから、事務手続きの煩雑さの増大等を踏まえて慎重に検討すべきである。

2.女性と年金

(1) 第3号被保険者制度
第3号被保険者制度自体の見直しは、就労促進の観点から見直すべきである。第2号と第3号との間に限った年金権の分割案は、就労促進よりも、むしろ第3号被保険者に止まるものが増加することになると考えられる。
厚生労働省からいくつかの案が提示されているが、いずれの案も、全国民が広く公正に負担し一定の給付を受けるという皆年金を実現することはできない。
なお、厚生労働省提案の負担調整案で示された直接雇用関係のない第3号被保険者の保険料について、事業主に負担を求めたり、事業主経由で徴収することは受け入れられない。

(2) 遺族年金
若年層の遺族のうち、就労可能な配偶者については、遺族年金の受給期間の限度を設けるなどの見直しの必要性について検討すべきである。
また、遺族年金が実態的に老齢年金化している現状からすれば、そのような遺族年金は原則課税すべきである。

3.在職老齢年金・支給開始年齢

(1) 在職老齢年金
企業の雇用政策とも関係することから、就労を阻害しない、シンプルでわかり易い制度とするよう見直しを行うべきである。
なお、総報酬制の導入で、前年度の賞与の1/12を加算した額を基準として在職老齢年金額が計算されるが、定年後再雇用の場合などに在職老齢年金が大幅に削減されるため、当年度の賞与を基準とするよう見直すべきである。

(2) 支給開始年齢の引き上げ
現下の厳しい雇用情勢と、支給開始年齢の引き上げ途上にあることから、当面は支給開始年齢の引き上げは行うべきではない。

4.資金運用と組織のあり方

(1) 資金運用のあり方
積立金の運用にあたっては、長期的に必要かつ達成可能な運用収益の確保に向け、株式を含む分散投資により、適度なリスクで効率的な運用を図るべきである。その際、経済前提の想定においては、楽観的な物の見方は止めるべきである。
また、年金住宅融資については、廃止すべきであり、大規模年金保養基地グリーンピアについては、閣議決定どおり、2005年度までにすべての施設を売却・撤退すべきである。

(2) 資金運用の組織
運用執行機関は、政治、行政から独立性の確保・徹底を図るとともに、年金運用実務の専門家等の参画も得て、国や運用執行機関に対するチェック機能を高めるべきである。

5.公的年金制度の一元化

公的年金制度の安定化と公平化を図るため、被用者年金(国家公務員共済、地方公務員共済、私立学校教職員共済及び厚生年金)の統合を早期に実施すべきである。

6.次世代育成支援策

次世代育成支援については、年金制度の中で行うことは適当でない。それよりも、保育サービスの充実等、社会基盤の整備で考えるべきである。具体的な施策として、育児休業期間中の免除期間拡充が検討されているが、その政策効果が不明確であり、義務化された育児休業期間(現行最長1年)の範囲内にとどめるべきである。
なお、年金積立金を活用した少子化対応としての育英奨学金や教育貸付金については、これらはすでに公的な機関で行われており、年金の積立金を本来の目的である年金給付以外の目的に流用すべきではない。

7.個人に対する情報提供のあり方・ポイント制

わかり易い制度とするためにポイント制が検討されているが、厚生労働省のポイント制案を採用した場合に、大規模なシステム開発が必要となるのであれば、負担の実績と給付の見込みの額を対比させて通知すれば足りる。
それよりも、年金個人情報提供に向けた当面の取組(年金見込額試算対象年齢50歳以上への引き下げ、58歳到達者への直接本人宛通知、インターネット等を通じた照会)を確実に実施すべきである。

IV.私的年金について

1.私的年金の役割拡大

老後の生活費については、自助努力によってカバーする部分を広げていくため、私的年金の役割を一層高めていくべきである。そのためには、税制上の支援措置を充実するなど、政策上のインセンティブの強化が必要である。

2.私的年金にかかる税制

私的年金の自助努力に係る税制についても、拠出時・運用時非課税、給付時課税の徹底のもとに見直すべきである。
現在課税が停止されている特別法人税については、運用時非課税の原則に鑑みて廃止すべきである。
確定拠出年金について、国民一人ひとりの自己責任、自助努力による老後の生活保障の確保を支援するために、拠出限度額を大幅に引き上げるとともに、マッチング拠出や、脱退一時金の受給要件の緩和を含め中途引出しの容認などを行うべきである。
確定給付企業年金制度については、自助努力支援の観点から本人拠出分の課税上の制限を撤廃すべきである。

3.企業年金制度の見直し

(1) 免除保険料等の凍結問題
厚生年金基金の免除保険料引き上げと最低責任準備金の凍結解除については、自己責任の下に財政健全化を図ることを原則とした上で、基金の責任とは言えない負担増加部分は、免除保険料率等で調整することを検討すべきである。なお、早期に代行返上を行った基金とそれ以外の基金で、最低責任準備金の取扱いに不公平が生じないようにすべきであり、免除保険料率の上下限(2.4%〜3.0%)についても撤廃し、個別化を徹底すべきである。
厚生年金基金連合会については、財政規律と情報開示の徹底とともに、資産運用による不足が発生した場合の解消方法を明らかにすることが必要である。

(2) 厚生年金基金の解散
いわゆる代行割れ厚生年金基金の解散の取扱いにおいても、自己責任による財政健全化が必要である。その上で、分割納付、または、金額の特例を設けるためには、国民に対して納得のできる説明が必要となる。その場合、分割納付中に経営破綻等が生じる可能性等に対して、将来の返済が確実に行われるための措置が必要である。

(3) ポータビリティーの拡充
確定給付企業年金実施企業を離職・退職した従業員の脱退一時金、及び確定給付企業年金が終了した場合に分配される残余財産については、移換先を個々の確定給付企業年金の他、確定拠出年金(企業型、個人型)とすることができるようにすべきである。
また、厚生年金基金を実施する企業を離職・退職した従業員の脱退一時金のうち、加算部分を確定給付企業年金又は確定拠出年金に移換することができるようにすべきである。

(4) 柔軟な制度設計
経済情勢の変化に柔軟に対応できるような制度設計が容認される必要がある。とりわけ、給付減額の要件については、合意手続きの簡素化などの要件緩和について早期に見直しを行うべきである。

(5) 支払保証制度
モラルハザードを惹起する支払保証制度については、将来にわたって導入すべきではない。また、ポータビリティーの拡充に関連して支払保証制度を設けることは賛成できない。

以上

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