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会計基準に関する国際的協調を求める

2003年10月21日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

資本市場を通じた資金移動のグローバル化や経済取引の多様化・高度化に伴い、企業が作成する財務諸表の比較可能性を確保しつつ、国際的に通用する企業会計基準を整備することが急務となっている。
昨今、国際会計基準審議会(IASB)の活動が注目されている。とりわけ、欧州連合においては、域内の通貨や資本市場の統合に伴ってそのインフラである会計基準についても統一化を図るべく、2005年以降、域内上場企業の連結財務諸表は、IASBの作成する国際財務報告基準(IFRS/IAS)に準拠すべきことが決定されている。
一方、世界最大の資本市場を持つ米国においては、2002年10月に、会計基準設定主体である財務会計基準審議会(FASB)とIASBが両基準の将来的な統合化に向けた基本的合意に至っているものの、現実には、証券取引委員会(SEC)の監督下において、世界で最も厳格で詳細なルールを定めていると言われる米国会計基準(USGAAP)が採用されている状況にある。
また、わが国では、ここ数年、会計・監査基準等の見直しが精力的に行われ、可能な限り、欧米の基準との整合が図られてきている。
したがって、2005年以降は、日米欧の3つの主要な市場において、それぞれ異なる会計基準が並存することとなる。そこで、国際的な会計基準の整備ならびにIASBの基準設定のあり方について、以下に提言する。

I.基本的考え方

1.わが国の会計・監査基準の整備

(1) 国際水準への向上

1997年以降、わが国では、「フリー・フェア・グローバル」の下に金融資本市場の改革が推進される中、資本市場のインフラである企業会計・監査制度についても、新基準が順次策定、導入されている。残された課題であった企業結合会計は2006年度からの強制適用が予定されており、減損会計は2003年度からの任意適用及び2005年度からの強制適用が決まっている。
また、2001年には、独立した民間常設の企業会計基準設定主体として「企業会計基準委員会」が設立された。これにより基準設定機能が強化され、高い独立性と透明・公正な手続の下、急速に変化する経済実態に対応して、迅速な会計基準の開発が行われている。
さらに、会計基準以外の面においても、公認会計士監査の充実・強化を図るべく、米国の企業改革法も踏まえ、2003年に公認会計士法が改正されている。そこでは、公認会計士の独立性の確保が図られており、試験制度の見直しも実施されるため、今後、公認会計士数の増加と競争を通じた質の向上が期待される。
かつて、「わが国の会計基準は海外に比べて遅れている」とか、「日本の会計・監査は信頼できない」といった批判が一部で見受けられたが、このように、わが国の会計・監査基準はすでに国際的に遜色ない水準までに整備されている。こうした状況について、内外の市場関係者の十分な理解を得る必要がある。

(2) 国際的な信頼回復の必要性

1999年3月期決算から、わが国企業が任意に作成する英文アニュアルリポート(年次報告書)に記載される監査報告書に、「日本基準により作成された財務諸表であり、国際基準とは異なる」などの警句(レジェンド)が付記されている。
こうした警句の付記は、アメリカの4大監査法人の方針として、その提携先である日本国内監査法人に指示されて、付記されているものであるが、その明確な根拠が十分に示されていない。
日本公認会計士協会及び国内監査法人においては、上記のようなわが国における会計・監査基準の整備状況を提携先に十分理解されるよう直ちに説明を行い、レジェンド問題を早急に解決すべきである。

2.日米欧会計基準の相互承認

現下の会計基準整備の議論において、IASBは、「世界の市場で適用可能な唯一で高品質な会計基準」に向けた収斂(convergence)を目標として掲げている。資金移動、資金調達のグローバル化が急速に進む中、日米欧の三大資本市場における会計基準が、可能な限り基本的な考え方を共有しようとする方向性については望ましいと考え、経済界として、これまでもIASBの活動に貢献してきている。
ただし、現段階において、資本市場の制度や、会計基準の基本的性格(ルール・ベースかプリンシプル・ベースか)、会計基準と会社法制・税制との関係等は、国ごとに異なっていることもまた現実である。
比較可能性と実態開示の適切性を確保し、資本市場のグローバル化に対応するためには、こうした会計を取り巻く環境の違いを十分に配慮しつつ、日米欧の会計基準が相互に接近していく必要がある。
現在、日本企業が日本基準に準拠して作成した財務諸表は、欧州各国において受け容れられている。また、わが国では、金融庁長官が認める場合、外国企業が自国基準に準拠して作成した財務諸表を受け容れており、さらに、日本企業が米国基準に準拠して作成した連結財務諸表を受け容れている状況にある。
世界資本市場の現状や、会計基準を取り巻く環境の差異を前提にすれば、国際的な資金移動の障壁を取り払い、グローバルに共通な会計基準を目指すための第一歩として、先ずは、日米欧がそれぞれの基準に基づく財務諸表を相互に受け容れる体制を作ることが重要と考える。特に金融庁においては、米国SECや欧州委員会及びEU加盟各国の監督当局等に対して、わが国会計基準の受け容れについて、強くかつ迅速に働きかけることが不可欠である。

3.(財)財務会計基準機構の財政基盤強化

会計基準の相互承認とIASBにおける基準策定への貢献を図るためには、企業会計基準委員会において、理論的裏付けと国際的な流れを踏まえつつ、実務上で適用可能な会計基準が適切に策定される必要がある。
そのため、企業会計基準委員会の活動が円滑に進められるよう、その運営母体である(財)財務会計基準機構の財政基盤について、財務諸表作成者である全企業、財務諸表利用者である投資家やアナリスト、監査人、学者、その他市場関係者全体で広く支援していく体制を早急に確立することが重要である。

II.IASBのあり方について

1.IASBのガバナンスの大幅な見直し

国際社会におけるIASBの存在感は増しており、その影響が各方面に波及している。そのため、IASBは真に国際機関たるに相応しい組織として、世界中から認められる存在となる必要がある。
ところが、わが国だけでなく、EUやフランス国内から表明されているIASBに対する不満や批判を見ても分かる通り、IASBの検討する会計基準の内容のみならず、そのガバナンスや検討プロセスに対する懸念が強まっている。
2003年5月に開催されたエビアン・サミットの財務大臣会合では、「我々は、民間セクターが関与したオープンかつ公開されたプロセスを通じて、質が高く、国際的に認識されており、また、金融安定性にも十分配慮しつつ適用、解釈、実施される会計基準の出現を支持する。」との声明が発表されている。この主旨を踏まえ、特に会計基準の承認権限を持つ監督当局の集まりである証券監督者国際機構(IOSCO)においては、IASBとの連携を密にする必要がある。また、IASBにおける基準の検討にあたっては、各国・地域や、財務諸表作成者、利用者等の意見を適切に汲み上げる体制を構築すべきである。同時に民間においても、各国経済団体との連携を図りつつ、積極的に意見発信を行うなど、実務面からIASBの議論に貢献していく必要がある。

2.個別論点に対する意見

2005年以降に欧州で採用される予定である現行の国際会計基準に関しては、日本基準とほぼ同様の内容であり、その基本的な考え方については相互承認に向けて賛同できるものと考えられる。しかし、IASBの検討項目の中には、将来的に現行基準とは根本的に異なる考え方を採用し、劇的な変化を生じるおそれのある項目が含まれている。そこで、当面の最大の論点となる項目について、以下に意見を表明する。

(1) 業績報告

業績報告プロジェクトにおいては、現行の損益計算書による純利益概念を廃し、金融商品の時価評価差額等の一旦未実現損益として表示されたものを実現した段階で実現損益へ振替える処理(リサイクリング)を禁止することで、期首と期末のストックの評価差額(時価の変動分)に基づく包括利益を用いた計算書を導入することが検討されている。
しかし、IASBの議論では、従来から利用されてきた純利益に対する包括利益の優位性について、理論的・実証的な検証を踏まえて十分に審議が尽くされた上で、包括利益が選択されているとは考えられない。また、そもそも実際に投資家やアナリストから包括利益情報のみを求めるニーズはまったく聞かれていない一方、純利益情報に対するニーズは引き続き強い。
仮に包括利益の情報価値が非常に重要であるとの立場で考えた場合でも、現行の日本基準において、包括利益に含まれる金融商品の時価評価差額や為替換算調整勘定は資本の部に計上されているため、財務諸表利用者は包括利益情報を入手することが可能である。また、リサイクリングを禁止した場合、実現概念に基づく純利益情報は入手不可能となり、企業が投資した取得原価に対する成果としての利益を測ることができなくなる。
したがって、現行の損益計算書で報告される純利益概念を廃し、リサイクリングを禁止するIASBの考え方に強く反対し、対案として、現行の実現概念を維持することを提案する。

(2) 金融商品の全面時価会計

現行の日本基準、米国基準、国際会計基準のいずれにおいても、金融商品については保有目的別に会計処理を使い分けており、売買目的有価証券のみ、時価評価差額を損益計算書に計上している。2000年12月には、IASBの前身であるIASCの非公式機関(JWG)が、すべての金融資産・負債を時価評価し、その評価損益を損益計算書に計上するという全面時価会計の基準案を公表したが、これについては、経済界をはじめ、世界中から寄せられたコメントのほとんどが反対している。
IASBでは、全面時価会計プロジェクトを将来の検討項目に含め、現在は正式な検討を中止しているが、現行基準の改訂のために2002年6月に公表した公開草案においては、金融商品の保有目的にかかわらず、時価評価差額を損益計算書に計上する全面時価会計を選択適用できる基準を提案している。さらに、上記の業績報告プロジェクトを推し進めると、最終的には全面時価会計の導入と同じ結果が生じてしまう懸念がある。
会計理論的に問題を包含していることに加え、JWGの提案以降、全面時価会計を導入すべき環境の変化も生じていないことを鑑みると、全面時価会計に反対する世界の経済界の考え方は依然として変わっていない。基準の検討にあたっては、全面時価会計に基づく会計情報は投資家をミスリードするおそれがあるという、財務諸表利用者を含めた市場からの声を真摯に受け止めるべきであり、それはJWG案の顛末を勘案すると、全面時価会計の考え方自体が世界から否定されていると認識すべきである。
また、別途検討されている保険の会計基準についても、保険負債の公正価値評価にはさまざまな課題があることを踏まえ、慎重に検討する必要がある。

(3) 退職給付会計

退職給付債務の見積数値の変更等により発生した数理計算上の差異を発生時に一括費用計上し、かつ、一定の範囲内(予測給付債務及び年金資産の10%)の数理計算上の差異については損益の認識を繰り越す処理(コリドー・ルール)を撤廃することで、IASBは暫定的に合意している。これは、業績報告プロジェクトとも関連し、資産や負債の公正価値(時価)評価でもって結果的に将来の損益を当期の成果として先取りする考え方であり、現行の考え方を根本的に変更することになる。
しかし、金融投資の性格を持たない退職給付制度について、公正価値(時価)評価する意味については、慎重に考える必要がある。現在、数理計算上の差異は発生後の平均残存勤務年数にわたり償却処理をしており、それが実務上でも受け容れられているため、財務諸表利用者から変更のニーズも聞かれていない。
また、コリドー・ルールは日本基準では採用されていないが、もともと退職給付会計が将来の仮定に基づく見積計算を前提にしていること、及び、作成者の負担軽減の観点から、米国基準と現行の国際会計基準で採用されており、その必要性は広く認識されている。
IASBが暫定合意した考え方に基づくと、見積計算の前提条件である基礎率等の変動が極めて大きく損益に影響を及ぼすため、企業が確定給付年金制度を維持することが困難になるおそれがある。したがって、数理計算上の差異の一括費用計上とコリドー・ルールの廃止には反対する。

以上

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