[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

産業技術の理解増進に向けた産業界の果たすべき役割について

2004年1月20日
(社)日本経済団体連合会

産業技術の理解増進に向けた産業界の果たすべき役割について(概要)
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日本経団連の産業技術委員会では、昨年9月に、産業技術の理解増進に関する懇談会を設け、主として初等中等教育段階を対象に、産業技術の理解増進に向け、産業界としてどのような役割を果たすべきかを中心に検討を行なってきた。その結果を、以下とりまとめることとする。この提言が、初等中等教育の段階において、産業技術に関するより良い理解が浸透していくために役立つことができれば幸いである。

1.産業技術の理解増進に向けた産業界の取り組みの重要性

青年や一般市民の科学や産業技術に関する理解の不足が指摘されている。国民が科学や産業技術に関して適切な理解を有することは、わが国が科学や産業技術の成果をいち早く国民に還元していく上で、さらには、科学技術創造立国を支える様々な人材を育てていく上で、欠く事のできない重要な要素である。科学や産業技術に関して、多くの人の理解を得ていくことは、科学技術創造立国を実現するにあたっての重要な政策課題と認識すべきである。
科学や産業技術に関する青年や一般市民の理解不足の大きな理由のひとつに、初等中等教育の段階における実体験のない知識詰め込み型の教育が指摘されている。初等中等教育の段階において、特に、理科教育や技術教育の場面で、現場体験や目的を明確化した実践的な教育を通じて、生きた知恵を身につけさせ、課題を発見できる力や自ら考える力を養成していくことが、科学や産業技術の理解を得ていく上で不可欠なことと考える。
生きた知恵を身につけさせていくためには、知識を現実の世界につなげる形で学習させることが大切である。産業界は、技術を現実の製品やサービスに結びつけることを日常の活動としており、知識を現実の世界につなげる学習を進めるにあたって、相応しい素材を数多く有している。また、時代の動きを正しく捉えた情報を多く有しているのも産業界である。産業界が、現場体験や目的を明確化した実践的な教育を含め、現実の世界につながる産業技術に関する情報を、初等中等教育の段階を中心に発信していくことは、大変意義の大きいことであると考える。

2.産業界の取り組みの現状と評価

現在、企業や業界関連団体、さらに経済団体は、産業技術の理解増進のための活動を様々な形で実施している。
例えば、日本経団連の産業技術の理解増進に関する懇談会の委員企業・団体34社にアンケートを行なったところ、21社・団体より、44件の活動報告があった。その取り組みも、企業施設への受け入れを行ない、体験の機会を与えるもの、学校などに出向いて実験を行なうもの、学習のプログラムや素材を提供するもの、コンテストを支援するものなど、多岐にわたっている。
また、経済広報センターでは、産業技術に限定したものではないが、小・中・高校の教員を対象に、夏休みの期間中、民間企業の工場、研究施設や本社において、教員の民間企業研修を行なっており、参加企業は、2003年度で年間80社、参加教員数767人となっている。
日本科学技術振興財団では、財団が運営する科学技術館における工業界の展示や、土曜化学実験教室、さらには、高校生、高等専門学校生対象の企業の研究所などで行なうサイエンスキャンプ、全国で行なっている青少年のための科学の祭典など、産業界が直接参加する様々な活動が行なわれている。
これらは、短期間に調査した部分的な取り組みの姿にすぎない。十分な調査ができなかった企業や団体の取り組みも少なからず存在しており、現実には、産業技術の理解増進に関する相当多くの取り組みが、工場、研究施設、企業博物館や学校などにおいて行なわれているものと思われる。
また、アンケート結果では、産業界としての取り組みが前向きに捉えられている。現在こうした活動を行なっているほとんどの企業が、実施中の活動が産業技術の理解増進に効果をあげているとの認識を示している。さらには、現在、連携・協力活動を実施していない企業・団体を含めて、今後、活動の充実を考えている企業・団体が全体の65%となっている。

3.さらなる連携、協力活動に向けた課題

産業界においては、主に初等中等教育段階を対象にして、産業技術の理解増進に向けて様々な取り組みが行なわれているところであるが、産業界が取り組みを行なう上では、いくつかの課題も存在している。
第一に、産業技術の理解増進に向けた産業界の取り組みは、ほとんどの場合、社会貢献活動の一環として捉えられており、その活動には、質、量両面にわたって、一定の限界が存在していることである。
第二に、企業活動ではあまりなじみがない学校の先生方や子どもたちを対象にしていることから、事前の企画、準備にあたっての負担が大きいということである。また、参加者が集まりにくいことを課題とする意見も出されている。
第三に、産業界と学校との間での真の意味での協力関係が必ずしも構築されていないことである。現状は、学校などからの依頼に対して、産業界側は協力できる範囲で対応しているか、あるいは、企業側のオリジナルのプログラムをそのまま学校側に提供しているかのいずれかが中心であるとの指摘もなされている。
第四に、現在の取り組みは、参加する子どもの立場からみれば、その時だけの体験で終わってしまう一過性のものがほとんどであるということである。産業技術に特に興味をもった子どもを対象とした継続的な取り組みを行なうには限界が存在している。

4.今後目指すべき方向

産業界が抱えているこれらの課題に対応し、知識を現実につなげる学習の推進に、産業界がさらなる役割を果たしていくためには、今後、以下の取り組みを進めていくべきである。
第一に、産業技術の理解増進にあたっての産業界の果たすべき役割の重要性について、企業・団体に訴え、産業界自身の認識を高めていく必要がある。
産業技術の理解増進のための活動は、わが国の先進的な科学技術の成果を製品やサービスとしていち早く市場に出していく上で重要な意義を有する。さらには、科学技術創造立国を支える様々な人材を育てていく上でも、産業界へのメリットも存在する。社会貢献活動という枠組みの中でより充実した活動を行なうとともに、こうした枠組みをこえてさらに一歩進んだ活動に取り組むことが期待される。
そのためには、業界関連団体において、自らの業務として、産業技術の理解増進への取り組みをさらに進めていくことが重要である。
また、従業員の子どもを対象に、親の働く職場の見学を行なうことや、広報活動の一環として位置付けるといった業務としての活動の中にも、産業技術の理解増進に役立つものも存在しており、こうした取り組みを強化することも大切である。
第二に、産業技術の理解増進に向けた企業の取り組みにあたって、負担を軽減するような様々な工夫を行なっていく必要がある。例えば、企業が個別に行なっている参加者の募集、企画、学校との交渉などについて、その一部分について、コーディネート組織において支援活動を行なうようにしていくことが有効と考えられる。また、企業OBに、産業技術に関する理解増進活動に取り組んでもらうことや、産業界の取り組みを学校側からアクセスしやすくすることも考えられる。
第三に、企業と学校とが、互いに協力して、産業界からの望ましい発信のあり方を検討し、モデルケースを模索していくことが重要である。この点について、企業自らの努力が求められるところであるが、新しい協力関係を企業が自ら作り出すには限界がある。
今回のアンケートでは、現在の活動としても、また、今後取り組むべき活動としても、最も多いのは、企業施設への生徒・学生の受け入れとなっており、一方、教材の提供や教材作成への協力は、現在は実施していないが、今後、取り組むべき課題としては、企業施設への受け入れの次となっている。こうした状況を学校側からどう評価するのか、こうした状況を前提にどのような新たな協力関係が考えられるかなどについて、コーディネート組織を中心に検討を行ない、望ましい発信のあり方を模索していくべきである。また、一過性の取り組みだけでなく、継続的な取り組みのあり方の検討も必要と考える。
さらには、企業と学校との関係だけでなく、工場、研究施設、企業博物館が存在する地域コミュニティーと企業が、産業技術の理解増進に向けた協力関係をつくっていくことも大切である。地域コミュニティーとの連携にあたっては、子どもだけでなく、親の参加を得ることも、産業技術の理解増進には、有効であると考える。

5.関係者への期待

これまで述べてきた今後目指すべき方向の実現には、産業界の努力が何よりも重要であるが、学校側にもさらなる協力を期待するところである。また、前向きの取り組みを行なう意思がある企業を支援し、科学技術創造立国の実現に資する見地から、政府のさらなる取り組みも望まれるところである。

(1) 学校などへの期待

前向きの取り組みを行なう意思がある企業と学校とが協力することで、人的、予算的、時間的制約を可能な限り解決し、企業の立場からも、現場の先生の立場からも、最大限に効果があげられるようにしていくことが期待される。
その際、現場の視点に立って、受け入れサイドのニーズを積極的に発信し、企業の必要以上の負担を軽減させていくことが望まれる。
また、双方の立場を踏まえた真の意味での協力関係の構築に、企業とともに、取り組んでいくことが期待される。
さらには、産業技術の理解増進に関係する活動を行なっているNPOの役割も期待される。

(2) 政府への期待

政府においては、現在、科学技術に関する理解増進について、様々な取り組みを行なっているが、業界関連団体への支援も含め、産業界の活動への支援を充実させるとともに、特に、企業と学校を結ぶコーディネータ機能への支援の強化を図ることが期待される。
あわせて、企業と学校とが互いに協力して、継続的な発信のあり方を含め、産業界からの望ましい情報の発信方策についての検討を行なうことを支援することが期待される。その際、試行的な取り組みに対して助成を行なうことでモデルケースをつくっていくことも大切である。
さらには、産業技術に限らず、科学技術に対して国民の理解を得ていくことは、科学技術の成果を国民に十分に還元していくとともに、科学技術をめぐって国民が正しい判断を行なえるようにしていくために、不可欠の課題である。現行の科学技術基本計画においても、科学技術に対する国民の理解を深めることが基本方針とされている。今後は、科学技術予算の全体に占める理解増進のための予算の割合を増やしていくべきと考える。

以上

参考資料
産業技術の理解増進に向けた産業界の果たすべき役割について
アンケート調査結果のまとめ
(PDF形式)

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