[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

「公益通報者保護法案(仮称)の骨子(案)」に対するコメント

2004年1月21日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会
消費者法部会

本来、内部告発は、個々人の正義感と責任の下で行うものであり、制度的に奨励すべきものではない。これまでも内部告発者については、一般法理に基き、保護されるべき者は保護されてきたが、現在検討中の公益通報者保護法案は、公益のために通報する労働者の保護に関するルールをより明確化するものと理解する。
したがって、制度化に当たっては、企業のコンプライアンスへの自主的な取り組みを尊重することを前提に、下記により、当事者の予見可能性が高く、また濫用されない制度とすべきである。また、各条文の趣旨が分かるような規定とするとともに、充分な周知徹底を図り、国民や事業者等へのメッセージ性の高い取り組みを期待する。

内閣府ホームページ
http://www.consumer.go.jp/info/shingikai/19bukai3/pabukome.html

1.定義

(1) 「公益通報」について

骨子案では、「公益通報」について、「不正の目的ではない」ことを要件としているが、不利益処分を受けて当然の者が、それを免れるために本制度を悪用したり、誹謗中傷あるいは人事処遇への報復などの目的で制度を濫用すること等も懸念される。これらを回避するためには、「不正の目的」に自己の利益を図る目的が含まれることを明確にすべきである。その上で、公益通報の要件として、客観的な根拠を伴う「誠実」な通報であることも追加すべきである。
同時に、公益通報と因果関係のない通常の人事権に基く措置は制限されないこと、ならびに、「公益通報をしたことを理由とする解雇および不利益取扱い」であることの挙証責任は公益通報者にあることが明確に分かるような規定とすべきである。
さらに、骨子案で示される「事業者」は「法人その他の団体及び個人事業者」としているが、これには企業のみならず、病院、学校、法律事務所をはじめ雇用する立場にある者すべてが対象となる旨を明確にすべきである。

(2) 「公益通報者」について

骨子案では、「公益通報者」は、「公益通報をした労働者」と規定しているが、労働者に使用人兼務取締役、執行役員、従業員ではない役員待遇者が含まれるのか不明確である。運用上の混乱を避けるためにも、本法の対象は、一定の明確な範囲、例えば「労働基準法上定義される労働者」に限定する必要がある。
また、現在事業者に雇用されている労働者に加えて、派遣労働者、取引事業者の従業員も対象としているが、これらは直接的な雇用関係になく、制度の悪用や濫用の広がりが懸念されることから、適切な濫用防止措置を講ずることが不可欠である。
さらに、「使用していた者」(退職者)も対象となっているが、不満を持って退職した者が、報復を目的に本制度を濫用する可能性がある。また、過去の事案については、誠実に対応しようとする企業にとっての負担が過重となるのが通例である。したがって、退職者は本法の対象とはせず、退職者に関連して想定される「退職金の年金払い差止め」等については、一般法理で適切に保護するのが望ましい。仮に退職者も保護の対象とするのであれば、「現在、個人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信じるに足りる相当の理由がある場合」に限定するとともに、通報された違法行為について公訴時効が成立している場合には、本法による保護の対象外とすべきである。

(3) 「派遣労働者」について

「派遣労働者」については、派遣労働者が交代や契約の解除を免れる目的で公益通報者保護制度を悪用し、契約の解除の無効等を求める場合が懸念される。労働者派遣契約における条件に合致していないのであれば、派遣労働者の交代や契約の解除を求めることは契約制度の根幹であり、これに制約を加えるべきでない。
また、小売業界等において、商慣習上「派遣販売員」「派遣店員」等と呼ばれている「納入業者が雇用し、自己の納入した商品を専ら販売するために小売業者の店舗等に勤務する手伝い販売員」が多数存在している。運用上の混乱を避けるためにも、本法の対象は一定の明確な範囲、例えば「労働者派遣法上規定される派遣労働者」に限定する必要がある。

(4) 「取引事業者」について

骨子案では、労働者が事業に従事する「取引事業者」に関する違法行為についても保護の対象としているが、「取引事業者」の範囲が曖昧であり、濫用が懸念される。したがって、「取引事業者」は、事業者と一体となって継続的に事業を遂行している「請負関係にある事業者」に限定すべきである。
また、労働者が取引事業者の違法行為を外部通報した場合、営業秘密や個人情報を公表することとなる場合があり、当該事業者は、守秘義務違反等を理由に、取引事業者から契約解除や損害賠償等を求められる可能性がある。その際には、事業者が労働者に対して損害賠償請求など必要な措置を講ずる権利が制限されることのないようにする必要がある。

(5) 「犯罪行為等の事実」について

骨子案では、「犯罪行為等の事実が生じ、又は生ずるおそれがある旨を通報すること」と規定しているが、犯罪行為が生ずる「おそれ」という曖昧な事実関係の下で外部通報が行われた場合、事業者に不当かつ深刻な損害を生じさせる可能性があるため、犯罪行為等が行われる蓋然性・急迫性を要件とすべきである。

2.公益通報者の解雇の無効等

(1) 行政機関への通報の要件について

行政機関への通報の要件については、企業の自浄作用を促進させるような要件になっていない。企業のコンプライアンスへの自主的な取り組みを促進させる観点から、「真実相当性」の要件のみならず、何らかの要件を加えるべきである。

(2) 外部通報の要件について

外部通報を受ける機関については、通報された内容を検証することなく公表する場合には、事業者側は多大な損害を被るため、適正な調査能力を有する機関に限定するとともに、通報に関する情報の公表にあたっては、適切な調査の実施を義務付けるべきである。
また、外部通報の要件として、「2週間内」に通報者に対して調査に関する通知を行うこととしているが、通報者の誠実性如何あるいは通報の内容・時期等によっては、2週間という短期間では、通報案件に関して調査に値するか否か判断できない等の理由により通知することが困難である場合も想定される。したがって、通知期限を一律に規定すべきではなく、仮に期間を限定するのであれば、少なくとも「原則2週間」との規定にすべきである。
さらに、「公益通報をした日」については、事業者が客観的な事実に基く通報を受領した時点とすべきである。

3.事業者による是正措置等の通知の努力義務について

骨子案では、「書面により事業者は当該公益通報者に対して是正措置等を通知するよう努めなければならない」と規定しているが、是正措置の内容については、プライバシー保護等の理由から必ずしも明らかにし得ないものもある。また、そもそも事業者には、当局のような犯罪捜査権限がないが、通報者に対する是正措置の通知の努力義務を課すことは、事業者に対し、実質的に関係者の人権に踏み込んだ調査を強いることとなるおそれもある。したがって、是正措置を通報者に通知するか否かについては事業者の自主的な判断に委ねるべきであり、努力義務の規定は、削除すべきである。なお、外部通報を受けた機関についても、事業者と同様の扱いにするのが妥当である。

以上

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