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新産業・新事業委員会報告書

〜 次代のコア事業育成のために 〜

2004年3月18日
(社)日本経済団体連合会
新産業・新事業委員会

1.経営者のリーダーシップの発揮

<まとめ>
経営トップのリーダーシップは新事業の成否の鍵であり、リーダーシップ発揮の良し悪しが、企業全体の存立を左右する時代を迎えている。リスクが高く、障害が多い新事業において、経営トップが期待する成果を上げるためには、経営トップ自らが将来への危機意識をもち、現場の問題意識や社内外の技術的優位性、既存事業とのシナジー効果、消費者動向、さらには、グローバルな視点などを十分に踏まえた新事業の戦略的で明確なビジョンを示し、それを全社的に浸透させるような強力なリーダーシップの発揮が求められている。
また、人材の育成、社内組織体制見直し、社外資源活用などを推進し、アントレプレナーシップ高揚などの企業風土を醸成するためのリーダーシップ発揮も必要である。

(1)経営トップの関与の増加

新事業の推進に対する経営トップの関与のあり方は、ここ数年で大きくかつ急激に様変わりしている。2001年の経団連の調査では、経営トップの関与は限定的であったが、今回の調査では80%以上の企業で経営トップが「陣頭指揮、あるいは積極的に関与」している。これは、各企業で事業再構築が一段落し、積極的な攻めの経営に転換しつつあること、また組織の再編やスリム化により経営トップと現場との距離が近くなってきたことが背景であろう。
しかし、新事業推進に経営トップが積極的に関与しているものの、経営トップが期待するような成果には繋がっていないことも現実である。経営トップが「期待する通りの成果が上がっている新事業」は20%強にしか過ぎず、50%以上の新事業が「期待の半分しか成果がない」という厳しい状況にある。

(2)リーダーシップの発揮の仕方

リスクが高く、障害の多い新事業において、経営トップの積極的な関与がなければ、新事業を成功させることは覚束ない。調査における成功例の約80%が「経営トップの陣頭指揮、積極的関与」を挙げ、失敗例では50%以上が「消極的な関与」に止まるなど、経営トップの新事業推進への意欲の違いが、新事業の結果に大きな差をもたらしている。
事業再構築(リストラクチャリング)が一段落した今こそ、次代のコア事業を育成するため、経営トップがリーダーシップを発揮する「リーダーシップ経営」を指向すべきである。
そこで何よりもまず、経営トップが積極的な指導力、統率力を発揮すべきであり、その発揮の方法、リーダーシップを活かす社内組織のあり方、人材の育成、社外資源の導入、アントレプレナーシップ高揚などの企業風土の醸成などについて、さらなる工夫が必要である。例えば、経営トップ自らが現場の課題や考え方、技術的優位性、既存事業とのシナジー効果、消費者ニーズの動き、さらには、グローバルな視点などを十分に踏まえた新事業の戦略的で明確なビジョンを示したうえで、積極的に問題解決のために陣頭指揮、支援を行うことが考えられる。
ただし、事業領域、企業規模、新事業の位置付け等に応じて、指導力、統率力の発揮の仕方は異なる。多くの事業領域を抱えている企業で、ノンコアの新事業である等の場合には、経営トップがすべての事業領域の詳細を把握することは困難であり、むしろ各事業部門トップ等へ権限委譲が必要であろう。
いずれにしても、経営トップが積極的に関与することで、トップの顔やメッセージが見え、社内資源の活用が推進されるとともに、社員の士気も向上してこよう。
なお、経営トップが新事業を評価する基準については、事業開始後3年目に単年度黒字化、5年目に累積損失解消などの会計的な基準が多いが、継続、廃止など新事業のあり方を決断する際には、自社としてのビジョンや方向性を勘案して、トップならではの中長期的な経営判断も必要である。

成功・失敗例の要因例(アンケート調査での意見)
成功要因
  • 経営トップが既存事業の強みを生かせる分野への新事業の展開を明確にした。
  • 経営トップの新事業への意欲が高く、経営トップ自らユーザー紹介等の積極的な支援をした。
  • 経営トップ自ら自社の先進技術を認知し、事業化する決断をした。
  • 研究開発に携わったスタッフが粘り強く商品化し、部長が事業化し、経営層が社外的な交渉窓口になり交渉を進め、役割分担がうまくできた。
  • 経営トップがリーダーシップを発揮し、全社的資源を活用した新事業推進プロジェクトを発足させ、社内の新事業に対する意識が向上した。

失敗要因
  • 経営トップの支援もなく、新事業推進者が社内で孤立してしまった。
  • トップダウンによるコンセプトのみが一人歩きした。

2.意識的な人材育成

<まとめ>
既存事業の枠組みやこれまでの経験や発想に捕われずに新たな事業に挑戦していく人材が必要である。このような人材は、一方で幅広い経験と知識を身に付けていることが不可欠であり、候補となる人材に対して、複数の部署をローテーションさせるとともに、人事ローテーションを補完する教育を充実させるべきである。

(1)新事業推進に向けた人材育成の必要性

日本企業の従来の社内教育は、OJTを中心に既存事業の成長を支えるジェネラリストあるいはスペシャリストを育成していくことに主眼が置かれていたと言える。近年、新事業推進を念頭においたスペシャリストを育成する人事制度を採用している企業も出てきているようであるが、十分ではない。調査でも、失敗要因の中で「新事業責任者に問題があった」とする項目が上位第5位に、また、今後取組むべき課題としても、「新事業責任者の育成強化」が今後の課題項目のトップを占めており、人材育成は各社にとって大きな課題である。

(2)期待される人物像

新事業を担う人材の理想像を一概には決められないが、これからの新事業の開拓には既存事業の経験や知識を活用しつつ、その枠を越えるような発想を有する人材が必要とされている。内外企業相互の競争の激化、技術の急速な発展、消費者ニーズの成熟化と短サイクル化、さらには従業員を取り巻く環境が厳しさを増す中で、新事業を調整・運営できる幅広い視野を持った責任者の育成を進めることが必要である。成功例を見ると、研究開発と企画あるいは営業と企画というように、複数の部署を経験しており、しかも失敗例との比較において経験部署の数が多い(成功1事例につき平均2.2職場、失敗1事例につき平均1.6職場)。また、成功例での責任者の60%以上が、「リーダーシップを発揮するタイプ」と指摘している。つまり、新事業推進の責任者としては、研究開発、営業、企画などの複数部署の幅広い知識を持ち、リーダーシップを発揮することのできる40歳、50歳台の人材が浮かび上がっている。

(3)人材育成制度の充実

人材の育成を図るには、新入社員教育や管理職教育などの各企業での従来からの取組みに加え、新事業を担う人材を養成していくためには、さらに、FA制や社内公募制度などの人材育成プログラムを活用して、意欲ある人材の発掘と育成を行うとともに、知識教育として、財務・マーケティング・事業プラン作成などの教育も充実させていくべきである。研究者などの事業経験の薄い者には、MOT教育などを重点的に受けさせることは、心理的障壁を下げる観点からも有効である。また、知識教育だけではなく真の起業家マインドを育成するには、例えば、研究者などが直接顧客に出向いたり、直接対話したりするなど、一時的にもマーケティングを担当することにより、顧客や消費者ニーズを把握する経験を積むことも一案であろう。
社内での教育にとどまらず社外で異業種間交流を行うことも、幅広い知識や考え方を習得する上で有効であり、様々な年齢や職種、役職レベルで実施すべきである。

今後、必要な人材例(アンケート調査での意見)
  • 事業家マインドをもった人材
  • 部門を越えて事業を統括し、自らが積極的に新事業を推進していく能力を併せ持つ人材
  • 既存事業の販売網に適しない新商品・新事業を担当できる営業マン、特に、ソリューション・提案営業ができる人材
  • 事業プランを立て推進できる技術者・研究者
  • 新事業の責任者となり得る若手人材

3.全社的資源活用のための推進体制

<まとめ>
次代のコア事業に繋がるような新事業を追求するには、研究開発部門、事業部門、財務部門、人事部門、コーポレート部門等の既存組織の枠組みを越えて、人材、販路、技術、専門知識、ノウハウなどの社内資源を全社的に有効活用できるような、経営トップ直轄で全社横断的な協力体制を構築する必要がある。
ただし、どのような組織形態になるにせよ、新事業推進にはトップのリーダーシップと強力な支援が不可欠である。

(1)社内横断的な組織の必要性

現状では、新製品開発などの既存事業の延長線上にある分野については、事業部組織が中心となり新事業開発を推進しているが、製品コンセプトなどが既存の事業分野に属さない、あるいは周辺事業分野については、経営企画部や新事業開発部などのコーポレート組織が担当していることが多いようである。
しかし、調査では企業が今後取組むべき課題として、「社内横断的な権限強化」、「グループ経営強化」、「他事業部、研究所との連携強化」など、全社的な協力体制を確立する必要があるとの指摘が非常に多い。これは、既存の事業部では新たな発想を取入れたり、既存事業を離れた新分野に大胆に入り込むことが難しく、一方コーポレート組織では社内に分散している専門知識やノウハウを十分活かしきれないという事情がある。また、昨今の新事業は、デジタル家電などのように多くの複合的な技術を活用し、複数の社内組織が関係するようになってきており、既存の組織単位での意思決定では、全社的に最善な取組みが困難となってきている。

(2)社内推進組織の在り方

次代を担うコア事業へと成長を期待する新しい事業を追求するには、一つの事業部、コーポレート組織だけで推進するのではなく、研究開発部門、事業部門、財務部門、人事部門など全ての部門を巻き込んで、それぞれの分野での専門知識、ノウハウなどを有効に活用し、全社、グループを挙げて新事業を推進する体制の確立が必要である。例えば、経営トップおよび各部門のトップも参画し、迅速な意思決定のできる新事業開発のための委員会組織の設置や、トップの強いリーダーシップによる直轄プロジェクトとすることも考えられる。それらの組織では、全社的観点から新事業シーズの検討を行い、実施が決定された事業への全社的な協力体制を明確にし、各事業段階での評価を行って、新事業がいわゆる離陸するまで責任を持つことが重要である。
なお、社員の発意に基づいて、企業が有する内部資源を効果的に活用し、新事業を推進する「社内ベンチャー制度」は、社内の活性化などの目的で実施している企業も多いが、調査でも指摘されているように、次第に応募者が減少しており、制度として曲がり角に立っている。この制度は、社内シーズの発掘には効果があるが、シーズがコア事業からかけ離れた分野であることも多く、他事業部や研究所などを巻き込んだ全社的な取組みに展開しづらい点が難点であり、同制度の活用や役割については検討する必要があろう。例えば、同制度により発掘・育成された新事業を社外へ出して育成するいわゆる「スピンオフ」手法や社外との提携などにより、この制度の下から育ったシーズを活用することも有効であろう。

各社の具体的取組み事例
  1. A社での事例
    コア事業へと育成するような新商品・新事業の開発時に、経営トップ直轄のプロジェクトを立上げ、必要な人材を全社から選抜し、全社的な推進体制を構築する。
  2. B社での事例
    複数の事業部門にまたがる新事業を事業化するため、全事業部門が参加する会合を設置し、シーズ、ニーズなどの情報交換を通じた社内横断的な取組みを行っている。
  3. C社での事例
    新事業を推進するため、経営戦略、新事業開発、研究開発、財務などの部門トップで構成する委員会を設立し、そこへ、各事業部門から新事業案件を持ち込み、審議し、了承されれば、全社的観点から資金面などの支援をする。
  4. D社での事例
    会社横断的に新事業を推進する委員会を設置し、事業部門のトップを委員会責任者に兼務で任命し、責任を持たせることによって、各事業部門が全社的視点を持つような工夫をしている。
  5. E社での事例
    複数の事業部門にまたがるような新事業を事業化するには、経営トップ直轄の会合で利害調整し、販路・人材などをうまく活用できる体制づくりをまず行う。
  6. F社での事例
    事業部門別の営業組織を、社内横断的組織に集約し、ユーザー別に営業担当者を配置し、一人の営業マンが複数の事業部門の製品を担当することとした。

4.社外資源の有効活用

<まとめ>
社内の技術・人材に固執する「自前主義」から、積極的に脱却をしなければならない。新事業の事業化にあたって、初期段階から社外とリスクを分担し、そのアイデアや技術、人材を採用するとともに、社内資源とシナジー効果を上げるようなスキームを設けるほか、社外と包括的な事業提携や共同研究を促進すべきである。

(1)進んでいる社外資源の有効活用

新事業を推進するためには、多くの人材、技術、営業ノウハウ、資金等が必要であり、日本企業は往々にして社内資源あるいはグループ内資源のみを活用していく「自前主義」に傾斜し勝ちと言われてきた。しかし、調査の成功例で約90%、失敗例でも約70%が社外資源を活用するなど、最近は企業を取巻く環境や経営意識の変化により社外資源の活用に目が向いている。成功例をみると、「国内大企業との提携」、「国内大企業との共同研究」、「国内中小企業との提携」、「国内大学との共同研究」、「海外大企業と提携」というような社外資源の活用を進めている。
しかし、現状では社内資源活用の補完として位置付けられていることもあり、社外資源活用の現状には課題が多い。調査のなかで、今後の取組むべき課題として、「提携、共同研究先企業の探索強化」、「社外技術、ノウハウの活用強化」、「社外販路の活用強化」、「提携、共同研究先大学の探索強化」の項目があがっているのも、社外資源の活用が不十分であり、活用方法に未だ多くの改善の余地があることを示している。

(2)社外資源の活用促進

新たな事業では、固定観念を打破するアイデア・技術を採り入れ、あるいは社外の人材を採用し、社内資源とシナジー効果を上げるスキームが必要であり、社外資源のさらなる活用の観点から新事業推進体制、社内組織のあり方を見直すべきである。例えば、研究開発、事業プランの企画・立案、事業化決断などの段階から、大学、ベンチャー企業などとも積極的に共同研究、事業提携などを模索することである。それらの社外資源を包括的に活用することは、ひいては、社外資金などの導管ともなり得る。
社外資源の積極的な活用には、社内の技術・人材・販路などの活用の道が狭められるとの危惧から、社内で多くの抵抗が予想される。こうした反対を乗越えていくには、経営トップが、社内外の技術、市場動向などを念頭においた上で、社外資源の活用に関する方針を明確に示すことが求められる。
また、新事業のシーズとして各社が抱えている特許などの知的財産が注目されている。これら知財を新事業に結びつけていくのはもちろんであるが、事業と関係の薄い知的財産を保有しているような場合には、知財マーケットなどの有効活用を含め、それらの価値の見直しと利用方法について積極的に取組む必要がある。また、「スピンオフ」などのように人材・技術を社外にだす手法も積極的に活用すべきである。「スピンオフ」により、事業化を断念した、あるいは事業継続が困難な事業に関係した技術・人材などの経営資源を有効に活用することが可能となる。
社外の人材についても、調査によると、社外の「エンジニア」「営業マン」「研究開発員」の活用が新事業の成功に繋がっている。社外から事業プランを募集し、プランとともに新事業責任者や関連の人材を外部から招聘する、といった手法を積極的に活用することが考えられる。内外を問わず人材の活用・流動化が日本においても根付くことが望まれる。
さらに、政府補助金や、融資、投資などの外部資金も積極的に活用することが望ましい。社外資金導入のためには、第三者に評価され得る中長期的なビジネスプラン作成が必要であり、内部の評価では想定し得なかったリスクなども明確になるというメリットもある。

成功・失敗例での要因例(アンケート調査での意見)
成功要因
  • 国内の研究機関、顧客との共同開発により、技術の蓄積が図れた。
  • 異業種との共同開発、協業が成功した。
  • 営業担当企業との責任分担による共同事業化が成功した。
  • 特殊技術、ノウハウをもった社外の人材を有効活用できた。
  • プロジェクトファイナンスを活用し、外部資金を導入できた。

失敗要因
  • 社外販路が有効活用できる前提(共同事業契約締結)で事業構築したが、有効に機能しなかった。
  • 長期間にわたる開発を伴う場合、第三者を通じての対象市場の理解・知識では、市場の変化についていけなかった。
  • 外部のリサーチ会社の情報を鵜呑みにしてしまった。

5.政府の役割

多くの試練を乗越える必要のある新事業を推進するためには、まず各社における自助努力が基本であるが、一定の公的支援も必要である。今回の調査でも、「税制優遇」「特許制度、知財関連の環境整備」「産学連携の推進、支援」「事業化段階への支援拡充」など、政府の支援を期待する声が強い。
税制については、事業化意欲を高めるため、減価償却制度の見直しが必要である。当面の課題としては、残存価額ならびに償却可能限度額の適正化を行い、残存価額については、現行の10%を少なくとも2〜3%程度に、償却可能限度額は備忘価額に早急に改めるべきである。また、新事業の推進方法を多様化させるという観点から、法人格をもちつつ構成員課税とし、出資者全員を有限責任とする「日本型LLC(有限責任会社)」を早期に導入すべきである。
新事業のシーズとなる知的財産に関しては、特に大学等における知的財産の創造への支援、コンテンツビジネスを振興する施策などを求めたい。なお、職務発明の取扱いについては、使用者と従業者の双方の意思を反映した契約がある場合、その契約は合理的とされ、その内容が裁判所において尊重されることが重要である。
また、政府補助金などの制度については、基礎研究、応用研究、実用・実証開発、事業化、事業初期といったステージ毎に、政府の支援策全体を整理し、重複施策を見直し、不足部分を拡充するなど、全体として効率的で最適な支援制度へ構築し直すべきである。

以上

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