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「独占禁止法改正(案)の概要」に対する日本経団連意見

2004年4月15日
(社)日本経済団体連合会

「独占禁止法改正(案)の概要」に対する日本経団連意見(概要)
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I.はじめに

日本経団連は、先に「独占禁止法の措置体系見直しについて−日本経団連としての見解」(9月16日)及び「『独占禁止法研究会報告書』に対する意見」(12月1日<11/28公取委提出>)を公表した。そこでは、政府規制の撤廃・緩和が進み、市場における自由競争の徹底と企業活動の規律強化がますます求められる中で、自由経済の基本法である独占禁止法の重要性が一層増大しているとの認識を示すとともに、独占禁止法違反行為の抑止のためには、官製談合の横行やその背景にある予算の硬直性や政治の介入などの構造的な問題、公取委の権限・執行体制の整備も含めて、独占禁止法の措置体系を抜本的、総合的に充実・強化することを喫緊の課題として求めてきた。これは、2003年自民党政権公約で掲げられている「自由な経済活動を保証し、企業の国際競争力を強化する観点から」独占禁止法の措置体系の抜本的、全体的見直しを行うとの考え方と軌を一にする。
しかしながら、公正取引委員会が、先に公表した「独占禁止法改正(案)の概要」(3月30日)は、これまで日本経団連や関係各方面が再三指摘してきた根本的問題や理論面における数々の問題点を置き去りにしたまま、事業者に対する制裁を強化しさえすれば独禁法違反がなくなるとの考えのもとで、課徴金制度の強化を図るものである。このような短絡的な姿勢は、わが国独占禁止法の将来、ひいては市場経済の健全な発展を阻害するものであり、容認できるものではない。
また、その内容は、今回の独占禁止法改正の理論的根拠となっている「独占禁止法研究会報告書」の考え方から大幅に乖離していることからも、日本経団連は、「独占禁止法改正(案)の概要」について、改めて問題点を指摘し、公正取引委員会に対して、理論的根拠について具体的かつ説得力ある回答を求めるとともに、その考え方を改めて国民に周知し、関係各方面から再度意見聴取すべきである旨、意見表明することとした。

II.総論

1.「21世紀にふさわしい」独占禁止法の改正をめざすべきである

竹島委員長が常に強調される「競争なくして成長なし」のテーゼに全面的に賛成である。竹島委員長の言われる競争とは、「公正かつ自由な競争の促進」と理解されるが、日本経団連としても、全く同じ立場に立つものである。
しかし、「公正かつ自由な競争」を確保するためには、独占禁止法の内容、公正取引委員会によるその運営、手続に加えて、法改正に至る経緯も公正かつ「透明性」あるものでなければ、国民の理解を得ることはできない。

2.改正に当たっての透明性の確保

今回の独占禁止法改正の出発点となった理論的根拠は、独占禁止法研究会報告書及びその下部組織である措置体系検討部会の検討にある。一方、今般、公正取引委員会から示された「独禁法改正案の概要」は、その後の検討を踏まえて、既に独占禁止法研究会報告書や、当初の公正取引委員会見解から大幅に乖離したものになっている(例えば、新課徴金を制裁として認識すること、社会的損失論の後退、新課徴金と刑事罰の1/2調整等々)。したがって、その内容については、改めて措置体系検討部会及び独占禁止法研究会の検討を経るか、少なくとも、国民にこれを広く知らしめ、関係各団体、学識者等に説明を行い、変更後の新しい考え方に対して再度広くその意見を求めることが筋道と考える。自由経済の基本法である独占禁止法の広範にわたる改正であるだけに、そのプロセスを透明にすることが必須である。

3.改正に当たっての理論的根拠の明示

そもそも「課徴金制度」が導入された昭和52年改正時には、昭和49年7月の独占禁止法研究会報告から昭和52年第80回通常国会における改正法成立に至るまで、3度にわたる慎重な国会審議を経ており、その間、関係各界による積極的な意見表明、討議が行われた経緯がある。公正取引委員会が提示している「独禁法改正案の概要」は、21世紀の独占禁止法の骨組みとなり、この昭和52年改正以来の大規模な改正となる。そうであればこそ、その正当性、公正性、衡平性等の確保の観点から、その理論的根拠を夫々の論点毎に具体的かつ詳細に明確にしておかなければ、今後数十年の独禁法の解釈、運営、将来の改正検討に当たって、不可避的に混乱を生じることとなる。したがって、その後の改正において、度重なる弥縫策を講じてきたなかで、いわば棚上げされてきた諸問題(課徴金の性格、刑事罰との関係、審査の適正性、審判の独立性、弾劾主義、直接主義等)について、抜本的に見直す必要がある。

以上の認識のもとに、公正取引委員会が提示した各論に対して、公正性と透明性を確保した独占禁止法改正を実現するため、以下に、現段階でのわれわれの見解を積極的、建設的な提言として明らかにするものである。

III.各論

1.課徴金の算定率

〇現行の2倍程度+違反事業者が過去10年以内に同一の行為類型の違反行為を行った場合は、一定率(5割程度)を乗じた額を加算

【趣旨】見直し後の課徴金の算定率は、違反行為防止という行政目的を達成するために必要な水準として設定するものであり、その水準については、(1)過去の事件における不当利得の水準(過去の事例を分析するとカルテル・入札談合による不当利得の平均値は16%であり、約9割の事案において8%以上の不当利得があるとみられる。)、(2)他法令の規定、(3)違反行為を繰り返す事業者が跡を絶たない状況、(4)海外の状況、等を総合的に勘案。

【意見】
説得力のある根拠がないまま課徴金を引き上げることは、容認できない。

(1)公取委は、未だ「企業に対して金銭的不利益を科しさえすれば、違反がなくなる」との考え方に立っている(特に、措置減免制度に関して、「仮に申請した事業者全員に相当程度の減額を認めた場合、金銭的不利益を課すことで違反行為防止を図るという制度趣旨を没却する」との指摘が端的)が、「なぜ違反行為が繰り返されるのか」について、充分な事実解明を行わずに、違反事業者に対する制裁のレベルのみを引き上げても、問題は解決しない。特に、官製談合については、公共調達制度の問題点を解決しない限り、根本解決にはならない。
違反行為をなくすためには、独禁法のみならず、それ以外の抑止力(公取委の権限・体制の整備・コンプライアンス制度の促進、指名停止、違約金、民事損害賠償等の総合的検討)も含めた措置体系全体について見直すべきである。

(2)とりわけ、公共調達にかかる独禁法違反の大部分に発注者側の関与が認められる中で、官製談合の根絶のためには独禁法の措置体系と公共調達制度の見直しをリンケージしながら改革を行う必要がある。
公取委が繰り返し強調する、「違反行為の頻発」、「累犯の増加」は、もっぱら公共調達に関する談合のことである。公取委は、所轄官庁の違い、地方自治への配慮を念頭に持ちつつも、これらに働きかけていこうとする姿勢を示しており、この点は評価する。但し、違反の増加、累犯の増加が制裁強化の必要性に結びつくのなら、これらの公共調達分野でのサンクションを高めなければ、まさに不公平、不充分な議論である。
少なくとも、公取委として、いかなる働きかけを関係省庁へ行う意思があるのか、いつどのように実行に移そうというのかを明らかにしないまま、ただ制裁を強化するとの議論は到底受け入れられない。
これに関係し、日本経団連は談合・カルテルの“そそのかし罪”の創設を提唱してきた。一部には、独禁法の名宛人は事業者であって、発注者側を罰するような体系は導入できないと言う考え方はあるが、そもそも、そそのかし罪の原型である利益要求罪は、商法にあり、商法の名宛人には総会屋が入っていないことは言を俟たないのであり、このような説明では提案を覆す根拠にならない。

(3)公取委は制裁金の引上げの根拠の“参考”として過去10年間の摘発カルテル事例から、“前後理論”を援用してカルテル・談合事件の平均を取り、カルテル、談合を行えば平均して実績的に約10%の値上げがあると主張する。計算可能なカルテル・談合事例をあげたとして、摘発後の価格下落は1ヶ月間無視する事によりデータの公平性を確保したとする。日本経団連としては、どのようなデータが排除され、どのようなデータが使用されたか窺い知れるところではないが、周知のように、摘発(立ち入り)を受けた業者が、負い目を持っている購入者に対して再度の値上げの実施を申し込む事など現実にはないと思われる。ましてや、個別の商品の原材料価格の動き、顧客との力関係の変化、新規参入者による競争激化等々様々な経済的要素が価格に収斂するのであり、背景となる事実を捨象して単に前後の価格を比較すればよいというものではない。参考としてあげたに過ぎないといいつつ、実質新課徴金の算定根拠としてはこのデータが示されているに過ぎず、新課徴金の根拠がこのようなごく少数のデータだけで、また公取委と一部の関係者だけで“固まっていく事”は極めて問題である。

(4)新課徴金が「制裁」であることを認めるとしても、現下の経済実態(*先般、財務省が発表した法人企業統計季報(2003年7−9月)によると、製造業企業の売上高営業利益率は3.5%)を踏まえれば、現行の算定率(6%)でも十分に高く、抑止力に乏しいとは言う根拠はない。

(5)課徴金を「制裁」とするのであれば、上限(最高額)が規定され、その範囲内で、行為の悪質性、重大性に応じて裁量によって制裁額が決定される法制を採用するのが当然であり、諸外国や我が国のほかの制裁の例を見ても確定額や確定率によって制裁額が決定される法制はない(我が国の刑法でも、刑罰の上限を規定しており、また欧米の独禁法の制裁規定でも上限を規定)。
公取委案では、「確定率」を当然のように用いているが、課徴金の性格・趣旨を「不当利得の剥奪」から「制裁」に変更するのであれば、確定率を基準にすることは理論的になじまないのではないか。
また、多様な違反行為に対して、制裁額を確定率や確定額で一律に課すことは、罪刑均衡原則に反するのではないか。制裁額は、基本的に個別事案の違反行為による不当利得額又は違反行為が与えた損失額を基礎に算定されるべきである。しばしば例に出される重加算税等にしても、脱税額等を具体的に算出した上での算定である。同じ業種の価格カルテルであっても、それによる不当利得率は、経済情勢等により千差万別であり、それをあらかじめ定められた確定率により非裁量的に制裁を課すことは、罪刑均衡原則と衡平の原則に反する。なお、仮に、新課徴金は、違反行為に係る売上高の一定率の金銭を、非裁量的に科すのであれば、その率については、不相当に重い制裁を科する事例が生じないために保守的に算定することが当然に求められる。

(6)今回の独禁法改正のそもそもの動機は、違反行為が後を絶たないという事である。そうであれば公取は違反行為がなくなるまで、制裁を強化し、抑止力を強化するという事となる。違反行為の根本的原因、社会的要素、経済的要素を探求すべしとの日本経団連の当初からの指摘に拘らず、公取は短兵急に制裁強化へと飛躍している。
制裁の強化という意味では、一昨年法人への罰金の上限を5億円に引き上げたばかりである。公取委は、この引き上げでは、抑止力として効果がなかったとの結論を、施行後2年足らずで果たして得たのであろうか。そうであれば、その効果がないとの理論的、実証的論証を国民の前に明らかにすべきである。罰金の引き上げは、まさに抑止力強化を目的として、国会の承認を得たものである。更に、今回、執行体制強化のために犯則手続の導入を提唱している。5億円の罰金と犯則手続(刑事手続)を併せれば、強力な抑止効果があると考えるのが普通であるが、これでは充分でない、新課徴金の導入がそれに加えて必要不可欠である、との理由を国民の前に明らかにすべきである。

(7)また、竹島委員長の発言によれば、これからは新課徴金賦課が原則であり、刑事罰(告発)は例外であるとの事である。これは、平成2年の告発に関する公取委見解を修正するものであるのか、それとも修正はしないが、運用でそうすると言っているのか、明らかにすべきである。

2.根拠および課徴金と法人に対する刑事罰との間の調整規定

〇不当利得相当額以上の金銭を徴収する措置(「行政上の制裁」)である。

【意見】
「不当利得の剥奪」を超えた課徴金の性格は、もはや「制裁」でしかありえない。したがって、新課徴金を公取が制裁として明確にしたことは、理論的整合性を保つ観点からは評価する。その反面、これに伴い、刑事罰との二重処罰禁止問題の存在が明確化することとなった。
まず、行政制裁と刑事罰の併存が許される理論的根拠は何か。いかなる根拠によって二重処罰にならないのか。また行政制裁がどのような程度と性格のものであれば、二重処罰とならないのか。今回提案の新課徴金は、したがってどういう根拠で二重処罰に当たらないということとなるのか、について明らかにすべきである。

〇罰金相当額の半分を、課徴金額から減額する調整措置を設ける。

【趣旨】見直し後の課徴金は、カルテル・入札談合等の違反行為防止という行政目的を達成するため、不当利得相当額を超える金銭を徴収する行政上の措置である。他方、刑事罰は、過去の違反行為の反社会性・反道徳性に着目し、違反行為に対する応報の観点から、違反行為者に対して道義的非難を加えることを本旨とし、これに伴い違反行為の抑止(一般予防)効果も期待するものである。したがって、課徴金制度と刑事罰について、その趣旨・目的・性質・内容を比較した場合、基本的に異なるものと考えられる。
他方、課徴金は違反行為防止を目的とし、刑事罰は違反行為の抑止(一般予防)効果も一つの効果として期待されるという意味で、両者に共通する部分が存在することは否定できないことから、違反行為防止という行政上の目的を踏まえ、課徴金の額から罰金額の2分の1に相当する額を控除する調整規定を設けることが適当であると判断したものである。

【意見】
法人に対する制裁として、課徴金と刑事罰とを併科し、金額によって両者間の調整を行うことは合理的根拠がない。

(1)公取委は、罰金の1/2相当額を課徴金から減じれば、憲法上の二重処罰に当たらないとの政府部内の見解を得たとの事である。そうであれば、行政制裁と刑事罰をいかなる理論的根拠によって調整する事ができるのか、なぜ1/2であれば良い(合憲な)のか、1/3,1/4でない理由は何か、政府部内の見解が内閣法制局から出されているのであれば、その理論的根拠が存在するはずである。
事が憲法問題であり、法理論的にも新しい分野を切り開くものであるからには、単に行政府内部で了承が得られるかどうかの問題ではなく、広く理論的根拠を国民の前に明確に示す責任があると考える。

(2)そもそも2つの制裁について、単に合計額の上限を設け、行政上の措置として罰金額の1/2を差し引くような調整方法が妥当であるのか、疑問である。

(3)これまで法人に対する刑事罰は、自然人たる行為者についての犯罪の成立を前提として、当該法人の代表者の「選任監督上の過失責任」を根拠として法人を処罰するものとされており、「法人の行為」自体が直接刑事罰の対象とされることはなかった。これは、事業者を主体として違反行為が認定され、事業者を名宛人として措置が行われる「行政処分」としての課徴金との大きな相違点である。今回、課徴金という、「事業者単位の行為」の認定を前提とする「制裁」と、あくまで行為者についての犯罪の成立を前提とする刑事罰という「制裁」が、行政法と刑事法の関係において、どのような関係になるのか。
また、例えば、石油連盟生産調整事件のように、行為者に「違法性の認識の可能性がない」として行為者、法人ともに無罪になるような場合に、課徴金の判断にどのような影響を及ぼすのか。これらは、「法人処罰論」や「行政制裁論」の本質に係る問題であり、刑事法・行政法など専門的見地から、広く公開の場で検討すべきである。

(4)刑事罰と行政罰との調整を行うのであれば調整方法については、課徴金相当事件と刑事告発事件を振り分け、刑事告発を行う場合には課徴金を課さない方法をとり得ない理由を明示すべきである。
もし課徴金額が刑事罰の罰金の上限を上回る場合があることを理由に、選択制を否定しているのであれば、証券取引法等にも見られるように、刑事罰の罰金に加えて、独禁法上に「没収規定」を追加することで、対応することを検討すべきである。

(5)本来、課徴金を制裁と認める以上、法人に対しては、行政制裁金に一本化し、刑事罰は個人のみを対象とすることが簡明であり、法理論上の難点もないのに何故この方法に踏み切らないのが疑問である。

(6)課徴金の算定期間については、その上限を3年から4年に延長することとしているが、その根拠について明らかにすべきである。

3.対象の拡大

〇入札談合

〇価格・数量・シェア・取引先を制限するカルテル・私的独占

〇購入カルテル

【趣旨】ハードコア・カルテルについては、すべて課徴金の対象とし、他の事業者を支配する私的独占で、ハードコア・カルテルと同じ効果を有するものについても対象とする。

【意見】
追加される対象について、まずは、制裁としての課徴金を科すべき悪質な行為とする根拠や、いかなる算定根拠により課徴金をかけるのかについても明らかではない。

(1)公取委は、課徴金制度の提案以来、一貫して、「価格カルテルは事業者間の密かな合意で容易に値上げが可能であり、得られる利益が大きい上、捕捉が困難であり、さらに排除措置が殆ど意味を持たないため、価格カルテルに限って課徴金制度が必要である」と説明してきたが、今回これとは別の理由により、価格カルテル以外の違反行為に課徴金の適用対象を拡大することとしている。これまでの説明との矛盾について、どのように説明するのか。

(2)本来、課徴金の対象になる価格カルテルには、「対価に係る取引制限のみならず、対価に影響がある市場分割協定及び数量カルテルは含まれる」と、従来より説明されてきた。
しかしながら、今回新提案されている「対価に影響することとなるもの」とは、あらゆる行為は、何らかの意味で価格に影響があり、行為概念としては不明確である。このような行為と価格カルテルは別の概念であり、根拠に乏しい。
不明確な要素を残したままでこうした行為まで課徴金の対象に拡大することは、いたずらに企業活動を萎縮させ、競争を抑圧することになる。

(3)OECDのハードコア・カルテルの範囲は、現行の課徴金制度の適用となる価格カルテルの範囲と基本的に同一であり、私的独占行為などは含まれていない。

4.措置減免制度

〇1番目の申請者→立入検査前:100%免除

〇2番目の申請者→立入検査前:50%減額、立入調査後:30%減額

〇立入検査前の1番目の申請者については、刑事告発を行わない。

〇該当する事業者数の合計数が2を超えない場合に限る。

〇申請前に、公取委が独自に情報を入手していても可。複数の事業者が同時に申請を行うことは、認められない。

〇措置減免制度は,企業のコンプライアンス努力を後押しし,違反行為からの自発的離脱を慫慂することになること等から,違反行為の継続・拡大の防止に資することとなる。ただし,企業のコンプライアンス努力そのものを措置減免制度の要件とすることとはしない。

【意見】
措置減免制度は、その目的、具体的な制度設計について、議論が尽くされておらず、現行の枠組みでは、導入を容認できない。

(1)公取委は、本制度は plea guilty を伴う司法取引の制度ではないとしながら、実際は有責性等を排除し、当局への協力度のみを勘案して減免をすることとなり、結局、捜査活動の便宜のために用いるものとならざるを得ない。
また、公取委は、その意義について、たれこみによる捜査経済への貢献ではなく、申請者の人格態度の評価であると、繰り返し説明してきた。即ち、違反を行ったことを通告し、違反行為を将来に亘って停止し、今後も行わないとの人格態度を評価することにより制裁を減免するとの趣旨と説明されている。公取委のこの立場は、わが国に司法取引制度を取り入れるべきではないとの考え方からは、評価されるものである。しかし、人格態度を評価するというのであれば、機械的に減免の申請を行った順序により、減免の程度に差をつけることと矛盾する。
即ち、申請者は、自己の調査により違反行為を発見し、自らの発意により申請を行うのであって、しかもそれが未だ公取委の調査が始まっていることを知らない状況下で行われるのであれば、人格態度の評価をするとの観点から言えば、公取委の調査が開始される前の段階での申請者には、等しく減免を与えることが理論的に首尾一貫するはずであり、少なくとも、2番目の申請者までに限って、減免の対象とする理由はない。
さらに、企業と企業人である行為者、公取当局3極における緊張関係からして、企業が事実を全て把握し開示できる状況になるのは極めて困難な場合が多いと予想される。そのような条件の下での申請・報告には、意図せざる虚偽、誤解、情報の不充分性が包含される恐れが充分にある。これらを一方的に虚偽の報告・資料であると決め付け、減免規程を適用しないとすることは、現実を無視した考え方であることから、少なくとも「虚偽等」は、故意犯に限定すべきである。
これらは、結局のところ、企業のコンプライアンスへの人格態度の表明であり、それに対応して(例えば、調査への真摯な対応等)評価されるべきであり、単に申告の順番だけで適用者を決めるべきではない。

(2)本制度の適用を希望する事業者が、事実の捏造や迎合的供述など、虚偽の供述を行う危険性があることなどから、審査官には、高度な捜査能力が求められるため、本制度を担当する審査官は法曹資格者とするとともに、その旨、法律上明確にすべきである。

(3)行政調査を担当する部門が、調査開始後の事業者側の調査への協力が「違反事実の報告」に該当するものなのかどうかを判断することになると、「利益誘導」による供述の歪曲の恐れもある。

(4)「基本的な考え方」では、「一番目の申請者については、刑事告発を行わない方針を公表する」としているが、これをどのように担保するのかが不明である。また、告訴不可分の原則の下で、検察官が減免対象者を起訴猶予にすることを、どのように法的に担保するのかも不明である。最低限、これらの点が担保されない限り、本制度は有効に機能し得ない。また、個人の刑事責任に対する考え方が明らかにされていない。

(5)本制度が適用され、課徴金が減免されたとしても、その他の制裁措置(指名停止や違約金、損害賠償請求等)が科されるのであれば、本制度は有効に機能し得ない。課徴金以外の制裁措置とのリンケージを、どのように担保するか、考え方を明示すべきである。

5.審判手続

○第3条、第6条、第8条、第19条、第4章の規定に違反する行為があると認める場合に勧告又は審判開始決定を行うことができる規定を廃止し、違反行為を行う事業者に文書をもって排除措置命令を行うこととする。

○排除措置命令をしようとするときは、当該命令の名あて人となるべきものに対し、あらかじめ、意見を述べ、及び証拠を提出する機会を与えなければならないこととする。名あて人となるべき者は、弁護士等を代理人とすることができることとする。

 ※公取委は、当該意見申述等を踏まえ、当該人の証拠について説明を行う。

【意見】
公取委の組織・体制整備も含めた具体策について、抜本的に見直すべきである。

(1)犯則手続を導入するのであれば、これと表裏一体のものとして行政調査権限の行使に伴う適正手続の確保が、一層重要になってくる。制裁性が高まるとともに、適正手続の確保を、同様に高めなければならない。これが法治国家であることの所以である。
加えて、刑事手続と行政手続を公取委内部で明確かつ厳然と区別できる仕組みを明らかにすべきである。公権力の行使に対する国民の権利擁護は、今更詳述する必要もなく当り前ことである。例えば刑事手続で収得した証拠、供述証拠等を行政手続のために使用する事は当然に許される事ではなく、仮にそのような事を想定しているなら、その根拠は何で、どこまでが許されると考えているのか、明示すべきであり、国民の批判に耐え得るものでなければならない。

(2)適正手続の確保のためには、公取委が証拠説明を行うかどうかの判断を行うのではなく、被審人の申請に応じて、必要的に証拠説明を行うべきである。

(3)公取委側が手持ちの全ての証拠を開示して説明をする用意があるのかが不明である。

(4)適正な審判手続の推進のためには、行政手続法18条で採用している処分庁側の関係資料について、審判開始決定時点において、全面的に閲覧・謄写することを容認すべきである。欧米諸国の独占禁止法違反処理手続においても、全面的な閲覧・謄写手続が資料開示制度としてすでに以前から認められている。

○審判官の定員を5名とする規定を廃止し、命令で定める数の審判官を置くこととする。

【意見】
審判官について「命令で定める数の審判官を置く」としているが、審判官には、裁判官経験のある法曹資格者を有する者を登用するなど、具体策を明示すべきである。また、審判官に限らず、審査官についても、法曹資格者を充てるべきである。さらに、これを運用に任せるのではなく、法的に明確化すべきである。

○以下の点について、審判官審判に関する規定を明確化する。
・事件ごとに審判官を指定し、調査嘱託、検証等を含め、審判手続を行わせる権限を規定。
・期日を指定し、審判を指揮する権限を規定。
・審査官又は被審人から申出のあった証拠採否に係る権限を規定。

【趣旨】既に、適正手続の保障の観点から、対審構造型の審判手続を採り、審査審判分離を制度的に確保している(法第51条の2ただし書:事件審査に関与した者は当該事件について審判官になることができない。)。また、法第54条の3により、審決は、審判手続で取り調べた証拠によって事実認定しなければならず、審判官作成の審決案に反映される仕組みとなる。また、審決案が委員会に提出された後、被審人の異議申立て、委員会に対する直接陳述を受けて、委員会がこれらに理由があると認めるときは、審決案を修正する審決を行うが、審決の取消訴訟においては、修正前の審決案が審決書に添付され、双方とも東京高裁に送付され、東京高裁がそれらを調べたうえで判断が下されることとなる。したがって、事件審査開始時及び命令時の予断は排除され得る仕組みとなっている。

【意見】
「制裁」として課徴金を執行するのであれば、デュー・プロセスの確保は当然の前提であり、現行の糾問主義的な審査・審判手続から対審構造的な手続へ抜本的に見直すべきである。

(1)近代国家法制度として当然な、直接主義、予断排除、弾劾主義の要請をどう具体的に現実化するのか、その手続を含めて明らかにすべきである。その際、審判官の独立性を高め、委員会がその判断を尊重する仕組みに改めるべきである。殊に直接証拠に接して心証形成をするのは審判官であるという制度の下においては、直接主義の要請からも、事実認定は審判官の専権事項とすべきである。
その際、特に審判官に裁判官経験のある法曹資格者を登用すること、審判官への公取委員会の舞台裏での介入排除、アクセス禁止の担保、審決案への意見があった場合の公開、開示は、審判制度の透明性確保の為には必須の要件である。また、事実の審理にたずさわっていない委員会の審決案への介入は法解釈の面に限定されるべきである。

(2)「適正手続の保障の観点から,対審構造型の審判手続を採り,審査審判の分離を制度的に確保している」としているが、その根拠は「事件審査に関与した者は当該事件について審判官になることができない」としている点のみである。しかし、これは、裁判で言う「裁判官の忌避事由」の問題であり、審判構造に関する直接的な問題ではない。
また、現行審判体制の下では、審決案が委員会に正式に提出される前に、委員会や事務総局の上層部との間で、事前に「根回し」が行われる可能性は否定できない。
対審構造を確保するためには、まず、「審判官が独立して権限を行使できる立場にあるかどうか」が問題となるが、公取委職員中心の審判官の体制では「独立した職権行使」が望めないため、審判官の合議体のうち、過半数は裁判官経験のある法曹資格者とすべきである。

以上

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