[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

今後の防衛力整備のあり方について

― 防衛生産・技術基盤の強化に向けて ―

2004年7月20日
(社)日本経済団体連合会

今後の防衛力整備のあり方について・概要
(PDF形式)

はじめに

世界の安全保障環境が大きく変化するなか、政府は、昨年末、ミサイル防衛の導入決定とともに、本年中に、現在の防衛計画の大綱(以下、「防衛大綱」)、中期防衛力整備計画(2001〜2005年度;以下「中期防」)を見直すことを閣議決定した。本年4月には、総理大臣の諮問機関として、「安全保障と防衛力に関する懇談会」が設置され、検討が進められている。
日本経団連(防衛生産委員会)では、かねてより、提言「新時代に対応した防衛力整備計画の策定を望む」(1995年)や「次期中期防衛力整備計画についての提言」(2000年)などにおいて、防衛産業の立場から、防衛生産・技術基盤の強化に関する要望を行ってきた。これは、国家の平和安定が経済産業活動の大前提であることのみならず、わが国では、国の防衛力の基盤となる技術開発や生産活動を民間企業が担っていること、防衛産業は他の分野とは異なる特殊な制約の下で活動が要求されることなどから、官民間の特段の連携、意思疎通が不可欠であるという理由による。
今回の防衛大綱、中期防の見直しでは、新たな脅威・危機から、国民の安心・安全を守り、また適切な国際貢献を果たすため、防衛力の質的な変化が求められている。それは同時に対応する防衛装備、その開発・生産を担う防衛産業に対しても抜本的な変化を求めることに繋がる。
そこで、本提言では、「安全保障と防衛力に関する懇談会」における議論など、わが国安全保障政策の検討に際して、防衛産業の視点から基本的な考え方を示すこととしたい。

1.わが国の安全保障を取り巻く環境の変化

(1) 安全保障環境の質的な変化

冷戦の終焉に伴い、世界の安全保障環境は、東西国家間の対立から、地域紛争、テロの発生、ミサイル・大量破壊兵器の拡散等、多様な形へと変化している。わが国周辺においても、朝鮮半島におけるミサイル、核開発、武装工作船等といった脅威増大が顕著になっている。さらに、近年、サイバーテロ、大規模災害、感染症など、軍事的な脅威にも増して、国民生活や経済社会システムに大きなダメージを及ぼしかねない脅威が増大している。経済社会システムの高度化、ネットワーク化の進展に伴い、これらの危機による社会的影響は、ますます大きくなっている。

(2) 自衛隊の活動の多様化

安全保障環境の変化に伴い、自衛隊の任務も専守防衛に基づく活動に加え、国際協力業務、災害派遣、感染症対策など、多様化している。また、昨今の復興支援活動にみられる通り、経済大国として国力に応じた国際貢献が求められている。さらに、任務の多様化に加え、防衛装備などのネットワーク化、迅速で効率的な運用のために、陸海空の統合運用や多国間の共同運用、警察や消防といった他省庁との連携による対処も求められている。

(3) 技術の高度化

近年、米国を中心に、ITネットワーク、精密誘導機器、センサ、無人機など、防衛関連科学技術は飛躍的な進歩を遂げている。特に、宇宙の活用による通信・測位・情報収集等を含めた、防衛システムの高度ネットワーク化、システムインテグレーション化が急速に進んでいる。
また、従来の防衛技術から民生技術へのスピンオフのみならず、昨今では、高度な民生技術を安全保障分野において活用する傾向が強まっている。多種多様な脅威から、広く安心・安全を確保するためには、防衛、民生の垣根を超えた技術の活用が求められている。
新たな脅威への対応や、技術の高度化、大型化を背景として、諸外国においては90年代後半以降、従来型の装備も含め予算の拡充を図るとともに、国際共同開発による、効率化の動きが進んでいる。

(4) 防衛産業を取り巻く状況

一方、わが国では、厳しい財政状況を背景として、防衛装備予算は年々減少の傾向にある。さらに、ミサイル防衛システムという新たな装備の導入に伴い、従来の装備に対し、「選択と集中」が強く求められている。
わが国防衛産業の特徴として、(1)企業内に占める防衛事業の比率が低いこと、(2)供給先は防衛庁のみであること、の2点がある。防衛装備予算の減少は、わが国防衛産業の規模の縮小に直結し、産業全体としての地盤沈下、企業内での重要性の低下、技術力の低下、コストの上昇につながる。株主や社会に対する説明責任が増大する中で、防衛部門の投資効率や将来への明確な展望が強く求められている。
日本経団連の調査によれば、すでに、下請け企業等においては、防衛事業からの撤退の傾向が始まっている。一旦失われた生産基盤を改めて再構築させるためには、人材面での手当ても含め、長い期間とコストが必要であることに留意して、防衛産業政策を進めていく必要がある。

(5) 国際的な連携の進展

装備・技術の高度化、高コスト化、多国間の共同運用の増加等に伴い、90年代以降、欧米を中心に、開発・生産、運用の両面における多国間連携が進展している。このような連携を通じて、さらに高度な技術革新が生まれ、また、多国間の同盟関係や企業間の連携関係の一層の強化が図られている。
一方、わが国では、武器輸出三原則等により、防衛生産分野において他国と連携することが制約されている。すでに、わが国は先進国間の共同開発プロジェクトの流れから取り残されており、将来の防衛装備に係る技術開発面、コスト面、ひいては、わが国の安全保障全般に対する影響が懸念される。

2.今後の安全保障基盤の強化に向けた基本的考え方

(1) 安全保障基本方針と防衛産業政策の明確化

国民の安心・安全を確保するためには、地政学的な脅威への対応に加え、情報収集、危機管理、災害対策、感染症対策、情報セキュリティ等、多様な局面での対応が重要となる。このような、わが国を取り巻く状況変化に即した形で国家の安全保障に係る基本方針を明確に打ち立てるとともに、その技術・生産基盤である防衛産業の位置付け、中長期的産業政策を明示する必要がある。

(2) 基幹技術としての防衛技術基盤の強化

特に、多様な脅威に対し柔軟な対応を図るためには、何よりも、技術基盤の高度化とフレキシビリティが重要である。高度な技術基盤の維持は、脅威に対する抑止力となると同時に、海外からの技術、製品の導入に際してのバーゲニングパワーともなる。また、国際的な研究・開発・生産プロジェクトへの参加にも不可欠であり、技術を通じた諸外国との交流の推進を通じた外交・安全保障関係の強化にも繋がる。さらに、先端的技術は、防衛、民生を問わず大きな波及効果を生み、わが国産業の競争力強化、経済の活性化にもつながる。
昨今、ITを中心として、高度化する民生技術が防衛技術として活用される事例が増えており、わが国が優位性を持つ民生技術を国民の安心・安全に積極的に利活用していくことが重要である。わが国発の技術を用いて、国際社会への貢献を図ることは、高度な技術・経済力を持つわが国にとって、国際的に果たすべき安全保障上の一つの使命でもあろう。
長年の蓄積により国際的に優位性を持つ防衛技術の維持・強化を図ると同時に、科学技術創造立国を目指すわが国としては、防衛・民生の垣根を越えて、広く「安心・安全」に関する技術開発の推進を図り、国際競争力の強化、技術優位性の確保を図ることが重要である。

(3) 防衛産業の変革の必要性

一方、防衛産業においても、従来の装備生産中心型から、多様な脅威への対応力を包含した幅広い安全保障産業への変革が求められている。一層のコスト低減や技術力の強化により企業自らの体質強化を図り、新規参入を含めた企業間競争により国際競争力を高めることこそが、わが国の防衛力の基礎となることを認識せねばならない。

3.新時代に対応した安全保障基盤の確立に向けた具体的課題

(1) 安全保障基盤の確立に資する予算の適正な確保

厳しい財政状況のなか、多様な脅威に対する安心・安全を確保するためには、従来の基盤の維持向上に必要な予算の確保とともに、より幅広い安全保障基盤の確立のために必要な予算を十分確保する必要がある。
自衛隊の役割の拡大に伴う、新たな装備のための予算を確保すると同時に、広く「安心・安全」に関わる関連省庁の予算を効率的に活用し、国全体として、安全保障基盤の強化を図ることが重要である。
新中期防の策定に際しては、今後の中長期的な防衛力整備方針を予め明確にし、重点的に整備すべき装備・技術、その中長期的な研究・開発・調達の内容、スケジュール等を明確にする形でロードマップを提示するとともに、それに基づく重点的な資源配分を行うことが必要である。それにより、企業としても将来の投資の指針とすることができ、より効率的な開発や生産体制の整備が可能となる。

(2) 先端技術の育成・強化と安全保障への積極的な利活用

わが国が、今後も国際的な競争力を維持するためには、世界最高水準の科学技術創造立国を目指す必要がある。科学技術創造立国の実現は、単に経済社会の活性化のみならず、国際的な優位性を確保することで、わが国の安全保障上の地位を向上、安定させることにも繋がる。
わが国では、従来、防衛技術と民生技術は、政策上、別個のものとして扱われがちであったが、今後は、防衛、民生を含めた広範囲の総合的な科学技術の向上とフレキシブルな対応能力の涵養こそが、将来のわが国を支え、国民の安心・安全の確保に資する最重要課題であると認識し、政策決定を行うべきである。
科学技術戦略の策定・推進にあたっては、防衛当局、内閣府総合科学技術会議等、関連省庁の密接な連携が必要である。特に、総合科学技術会議における、第3期科学技術基本計画(06年度〜)の策定に向けた検討に際して、防衛関連技術をタブー視することなく、安心・安全に関する技術開発のあり方やそのための資源配分のありかた、技術安全保障に関する方針などについて十分な議論が行われる必要がある。その下で、安心・安全に係る研究開発予算を十分に確保し、今後の安全保障環境の変化や科学技術の進歩に適時適切に対応可能な技術力の獲得を目指すべきである。

(3) 装備・技術の選択と集中

厳しい財政状況の中で、安全保障環境の変化や技術進歩に対応した装備・技術の整備を図るために一層の「選択と集中」が避けられない状況となっている。
その際、わが国の安全保障上不可欠な装備・技術、わが国に必要な安全保障産業の姿について長期的な観点から評価するとともに、わが国の固有性、民生分野への波及度、発展性、技術安全保障上の優位性などを踏まえた幅広い見地からの判断が必要である。
また、特に、脅威の多様化・複雑化、技術・システムの高度化に伴い、個別の要素技術のみならず、システムインテグレーションの重要性が益々増大しており、これらへの継続的かつ計画的な投資が必要である。
防衛産業においては、国際的な観点からも選択されるに相応しい技術水準、価格水準を維持強化していく必要がある。政府においては、選択と集中の実現に向けて、将来的な防衛産業のあり方を描き、その道筋を明らかにすべきである。

(4) 防衛基盤の強化に向けた方策

  1. 輸出管理政策
    現在、わが国では、武器輸出三原則をはじめとする輸出管理政策、及びその厳格な運用により、防衛関連品・技術の輸出や交流、投資が厳しく制限されている。
    すでに述べたとおり、装備・技術の国際共同開発の傾向が強まるなか、わが国ではこのような機会への参加や海外企業との技術対話も制限され、最先端技術へのアクセスができない。すでに、日本の防衛産業は世界の装備・技術開発の動向から取り残され、世界の安全保障の動きからも孤立しつつあり、諸外国の国際共同開発の成果のみを導入するといった手法には懸念が生じている。
    日本経団連では、既に1995年から、日米同盟上の関係強化の観点から、輸出管理政策の見直しについて要望を行ってきたが、内外の安全保障の環境変化を踏まえれば、現行の輸出管理政策のあり方について再検討を行う必要性は益々増大している。
    具体的には、平和国家としてのわが国の立場を堅持し、武器輸出による国際紛争の助長を回避するという、現行の武器輸出三原則の基本的理念は引き続き尊重しつつ、一律の禁止ではなく、わが国の国益に沿った形で輸出管理、技術交流、投資のあり方を再検討する必要がある。

  2. 安全保障分野における宇宙の活用
    国民の安全・安心を確保するために、いまや、宇宙空間からの衛星による情報収集・通信・分析・活用が欠かせない。宇宙の利用に関しては、国際的にも平和利用が原則とされているが、「平和利用」の解釈に関しては、侵略や攻撃を目的としない防衛目的での利用は、国際安全保障上、むしろ有用であるとの解釈がとられ、広く宇宙が有効活用されている。一方、わが国の「平和利用」の解釈においては、利用が一般化していない限り防衛目的での利用は禁止されており、その結果、最先端技術で国民の安全を守ることができない状況にある。
    安全保障における、宇宙利用の重要性の増大を鑑みれば、わが国でも、早急に宇宙の平和利用を国際的な解釈と整合させる必要がある。あわせて、通信・測位・情報収集衛星等の宇宙インフラを整備し、積極的に活用することにより、わが国の安全保障・危機管理インフラを強化すべきである。

  3. 取得・調達の改善など
    取得・調達をめぐっては、予算制約の下、コスト低減に向けた取得・調達改革が進められているが、さらに、企業の経営努力や公正な競争が促進される取得・調達方式のあり方について検討を進める必要がある。
    具体的には、トータルライフサイクル管理、インセンティブ契約方式、契約における総合評価方式等のあり方について検討を行うとともに、基盤維持に資する価格・コスト・経費率等の算定、安定的な調達に資する複数年度契約の導入、契約関連業務の簡素化等の執行上の改善が必要である。
    また、取得調達システムや技術開発の効率化を図るために、官民相互の連携をより強化するとともに、民間の提案・ノウハウの活用や、輸送、糧食、修理等のロジスティックスを中心に民間へのアウトソーシングを積極的に進めることが必要である。

  4. 対外的な装備・技術協力のための環境整備
    対外的な装備・技術交流を円滑、かつ効果的に進めるためには、政府間のみならず産業間の対話の推進が不可欠である。
    日本経団連では、日米間の装備・技術協力を推進するため、米国NDIA(National Defense Industrial Association)との間で、97年にIFSEC(日米安全保障産業フォーラム)を設置し、日米防衛産業間の対話を図るとともに、IFSECでの検討結果(IFSEC共同宣言(97年、2003年改訂))を元に、日米防衛当局との対話を進めている。
    今後、IFSECのような場を活用しつつ、装備・技術に関する海外との対話を積極的に進めるとともに、先に述べた輸出管理政策や、知的財産権の保護等の課題の解決を図り、対外的な官民相互の交流を促進するための環境整備を行う必要がある。

おわりに

国民の安心・安全を脅かす脅威や危機から、国民を守ることは国家の最も基本的な責務であり、安全保障は国家の存立基盤である。防衛産業はその技術基盤・生産基盤を国内に維持することを通じて、国家の防衛力の基盤となり、国家の安全保障の一翼を担っている。
政府は、今後の安全保障政策の策定に際して、国際的な環境変化に機動的に対応可能な強固な安全保障基盤を形成するために、「安心・安全」に強い社会システムの構築に向けた明確な基本方針を策定するとともに、国民の意識を高めるべく、広く議論を展開することが望まれる。
日本経団連としても、「国の基本問題検討委員会」において、国民の「安心・安全」や技術・経済安全保障等、広く今後あるべき安全保障政策のあり方について、引き続き検討を進めていく。

以上

提言「今後の防衛力整備のあり方について」参考資料
(PDF形式)

日本語のトップページへ